過去
十年前の今日、彼女が引っ越すことになったんだ。
だから、俺たちは今日再び再会することを誓ったんだ。
十年前
「引っ越し?」
「うん、そう。引っ越すことになったの」
「なんでさ」
「お父さんが転勤することになったの」
「この街から出て行ってくの?」
「うん。単身赴任って話もあったけど、お母さんが付いて行くって。だから私も一緒に付いて行かないといけないの」
「親の転勤なのに、なんで君も一緒に行かなきゃいけないのさ」
「しょうがないよ……。親が決めた事なんだから」
「いつ引っ越すの?」
「明日。だから、君と会えるのが今日が最後になるみたい」
「もっと、君と遊んでいたいよ」
「わたしも」
「どうしても無理なの?」
「うん。やっぱり……やっぱり嫌だよ。悲しいよ。離れたくないよ。お別れ……したくないよ」
「僕だってお別れしたくないよ」
「手紙……、手紙書くから。向こうに行っても」
「僕も書くから。必ず書くから」
「……」
「……」
「……。ねぇ、約束しよう。帰ってくるから。絶対に帰ってくるから。もう一度会おうこの場所で」
「……わかった。絶対に待ってる。この場所で、この桜の木の下で待ってる。僕は、いや俺はここで待ってるから」
「じゃあ、約束。あの二つの星、織姫と彦星のように大人になったらもう一度この場所で再会するって。離れ離れになっても必ず再会するって。この丘で再会するって。約束だから」。
「うん、約束する」
「そして再会したら結婚しよう。そしたら、お尻に敷いてあげるんだから」
「結婚はいいんだけど、敷かれるのはいやだな」
「あはは。ねぇ、交換しようか?」
「ん? 何を交換するの?」
「指輪だよ。前に二人で買って互いに着けあったおもちゃの指輪。私たちが再会したときに、もう一度この指輪を互いの指に着けるためにさ」
「わかった。大切に取っておく。また、君にこの指輪をはめることのできる日まで」
「約束だよ」
「うん、約束」
「それじゃあ……」
「うん、じゃあ……」
「「十年後の今日午前零時に、この場所で」」
「ところでさ、なんで午前零時なの?」
「その方が私たちの再会がロマンチックになるかなって。」
「おいおい」
「駄目?」
「うっ。……だ、駄目じゃないよ。別に」
「なんで忘れていたんだ。クソッ」
こんなに大切なことを、このゲームに参加するまで忘れていたんだろう。
こんなことになるまで忘れていた自分が恨めしい。
本当にもう一人の自分が言っていたように心が痛いよ。
けど、思い出したんだ。
約束の内容全てを。
彼女との思い出を。
「けど。まだ、まだ彼女の名前が」
そう、まだ約束を思い出しただけなんだ。
それに……。
「指輪」
クソッ、どうする。
約束は思い出せても、大切な彼女の名前と一番必要な指輪の在りか
だけが思い出せない。
それがないと、約束が果たせないっていうのに。
「結局、今までの記憶なんて役に立たないじゃないか」
今までを思い返しても役に立ちそうな情報がない。
「どうすればいいんだ、俺は?」
焦りの後ろで見え隠れしだした、諦めという言葉。
「認めたくない。認めたく……ないよ」
周りを見渡すと夜景が綺麗なのはわかるが、そんな事を楽しんでいる余裕なんてこれっぽっちも無かった。
下の道路を、ただ無意味に車が走って行く。
その中で一台だけ目立つ小さな赤い原付があった。
帰り道の郵便局員だろう。
「別に今は関係ないだろ、郵便なんか」
どうでもいいモノを見ていた自分に少し嫌気がさしてくる。
いや、待て。
本当に無関係か?
「手紙? ……そうだ、手紙だ」
さっき思い出した約束の中にあったじゃないか。
お互いに手紙を書こうっていう重要な事が。
思い返せば、彼女と手紙をやり取りしていた記憶は確かにある。
その中になら、いろいろとヒントがあるかもしれない。
あぁ、考えれば直ぐにも気付きそうなことなのに。
「はぁ……」
自分に対する呆れの溜息一つをして次の行動を考える。
時間は八時。
残りは四時間。
急げばまだ十分に間に合う。
「さて、家か」
一人暮らしのために借りたアパートの一室ではなく、実家のほうに手紙を仕舞っているはずだ。
実家はここからそんなに離れてはいない。
歩いて十分程度だ。
ただ、無理を言って同じ市内とはいえ、一人暮らしをさせてもらっているのにたった一月で帰るのは俺のプライドが許せん。
けど、構うもんか。
約束を忘れていたという事実だけでもう俺のプライドはもうぼろぼろなんだから。
そんなもん捨ててこう。
彼女と会うためにも、今は。




