表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神様の実験  作者: P4rn0s


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/6

おなじ?

それが「こちらを見た」と認識した瞬間、彼は初めて、足元が揺らぐ感覚を覚えた。


観測室のガラス越し。

照明は落とされ、必要最低限の光だけが個体を照らしている。

ケージではない。

囲いと呼ぶには、あまりにも広い空間だった。

地面に近い感触を再現した床材。

匂い。

温度勾配。

音の反響。


環境は整えた。

いや、整えすぎたと言うべきかもしれない。


個体番号は付けてある。

書類上は、それで十分だ。

だが、研究室の誰もが、もうそれを番号では呼ばなくなっていた。

無意識に、代名詞を使う。

「あれ」「それ」「中のやつ」


名前を避けるための、曖昧な言葉。


個体は、二足で立っていた。

完全ではない。

姿勢は不安定で、背骨のラインも歪んでいる。

だが、確かに「立って」いた。


彼は、ガラスに近づく。

向こうも、同じように近づいた。


距離が縮まる。

互いの存在を隔てているのは、数センチの強化ガラスだけだ。


そのとき、個体の顔が、ゆっくりと持ち上がった。


見上げる。

その角度。


彼の脳は、一瞬で結論を出そうとした。

偶然だ。

刺激に対する反射だ。

視界に入った動く影に、首を向けただけだ。


だが、次の瞬間、否定しきれなくなる。


視線が合った。

そう感じてしまった。


もちろん、視線という表現は正確ではない。

眼球の構造は人間と異なる。

焦点の合わせ方も違う。

だが、それでも、こちらを「捉えている」感覚があった。


彼は、息を止めていた。

自分でも気づかないうちに。


モニターに映る脳活動は、明確に変化している。

感覚野だけではない。

統合領域が動いている。

記憶に関連するパターンも見える。


「……学習してる」


独り言のように呟いた声は、ガラスに吸われて消えた。


それは、彼が設計した通りだった。

環境に適応し、刺激を関連付け、行動を変える。

ここまでは、想定内。


問題は、その先だった。


個体は、こちらを見たまま、動かない。

逃げない。

威嚇もしない。

ただ、立ち止まり、観察している。


観察。

その言葉が浮かんだ瞬間、彼は強い違和感を覚えた。


観察しているのは、こちらのはずだ。

立場は明確だ。

観測者と被観測者。

それが、この研究の前提だった。


だが今、その前提が、静かに崩れ始めている。


彼は、わざと視線を外した。

モニターに目を落とす。

数値を追う。

いつも通りの作業。


数秒後、再びガラスを見る。


個体は、まだ同じ場所に立っていた。

そして、またこちらを見上げている。


彼の胸の奥で、何かがゆっくりと冷えていく。

興奮ではない。

恐怖とも違う。


理解が、追いついてしまった感覚。


これは、単なる反応ではない。

この存在は、環境の一部として、彼を組み込んでいる。


「……認識してる」


その言葉は、重かった。

口に出した瞬間、後戻りできない種類の言葉だった。


その日以降、個体の行動は明確に変わった。

彼が観測室に入る時間帯を、学習している。

近づく音に反応する。

他の研究員が来たときとは、明らかに違う反応を示す。


彼は否定し続けた。

データを疑い、条件を疑い、自分の解釈を疑った。


だが、ある行動が、それを決定的にした。


彼が観測室に入ったとき、

個体は、何もない床を指差した。


正確には、指のような構造を伸ばし、

床の一点を示した。


そこは、いつも彼が立つ場所だった。


偶然。

そう言い切るには、動きがあまりにも明確だった。


彼は、その場に立ち尽くした。

足が、動かなかった。


「……違う」


自分に言い聞かせるように、呟く。


「意味付けしてるのは、俺だ」


だが、心拍は上がっている。

手のひらが、汗ばむ。


個体は、待っている。

そう見えてしまう。


何を待っているのか。

それを考え始めた時点で、彼はすでに一線を越えていた。


その夜、彼は研究室で眠った。

簡易ベッド。

消えかけの照明。

夢と現実の境界が、曖昧になる。


夢の中で、彼は見上げられていた。

巨大な空間。

白い光。

下から、無数の視線。


目が覚めたとき、胸の奥に、奇妙な確信が残っていた。


この存在は、

自分を「上位の何か」として認識し始めている。


彼は、それを否定しなかった。

否定できなかった。


むしろ、頭の奥で、別の思考が静かに形を成していく。


もし、そうなら。

もし、本当にそうなら。


これは、ただの生命ではない。


意味を求め、

原因を求め、

世界を説明しようとする存在だ。


神を作る実験。

その言葉が、初めて、比喩ではなくなる。


彼は、ガラス越しに、もう一度個体を見た。


見上げるその姿勢は、

祈りに似ていた。


彼は、その事実から、

まだ目を逸らす。


だが、もう時間の問題だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ