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恋の始まりは、筆先から / 最初の恋文
恋は、声ではなく筆から始まる。
貴族の世界では、言葉こそが愛。
姿を見せるより先に、書の筆跡で心を交わす。
一枚の和紙。
一滴の墨。
そして、一息のためらい。
「恋文ってね、書いた瞬間から勝負が始まるの。」
文字が整いすぎても冷たく見える。
崩しすぎても品がない。
言葉を選ぶ手の震え一つにも、恋の温度が宿る。
私は硯を前にして、
ゆっくりと筆を持ち上げた。
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その人は、春の庭で私に微笑んだ。
名は出さぬが、文才に秀で、声に品があった。
出会いは、偶然のようで必然だったのだと思う。
「あなた、よく筆を持たれますね。」
「書くのが好きなんです。世界が黙っていられないので。」
「……では、私にもその“世界”を少し書いてくださいますか。」
その瞬間、胸の奥で音がした。
夜、灯の下で筆をとる。
彼に贈る最初の文。
『春の風に心ゆらめく花のように
あなたを思えば筆の先も震えます』
手渡すことなく、私はその文を折り、香を焚いて包んだ。
香は、白檀。少し甘く、静かに染みる匂い。
「これで、言葉が彼に届く。」
そう思うだけで、胸の奥がふわりと熱くなった。




