夢の中の目覚め
「……どこ、だ」
黒瀬澪は、静かに目を覚ました。
だが、そこは“現実”ではなかった。
眼前に広がるのは、どこか懐かしい景色。
空は濃紺に染まり、月はありえないほど巨大で、光のない街並みに怪しく照りつけていた。
「また……この夢」
それは、彼女が“転生”してから幾度となく見た夢。
見覚えのない景色。
けれど、心の奥に刺さるような感覚だけが、確かな実感を与えていた。
その中央に、ひとりの“少年”が立っていた。
全身を黒い外套で覆い、顔は見えない。
だが、その“声”は――前話、廃墟で聞いた声と同じだった。
『ようこそ、鍵の器よ』
「……お前、何者だ」
『名など必要ない。ただ、君がここにいる理由だけは明らかにしておこう』
夢の世界で、少年の影が手を伸ばす。
それは、“檻”の扉を開くような仕草だった。
『君は選ばれた。“あちら側”へと至る、最初の器として』
その瞬間、澪の足元が崩れ落ちた。
落下。
終わりのない暗黒の中――彼女は、過去の記憶を“強制的に”見せられる。
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2.《前世》の記憶
炎。
それは、人の血が焼ける匂い。
鬼たちが呻き、咆哮し、散っていく音。
だがその中心にいるのは、彼女だった。
いや、“彼“だった――酒呑童子。
強すぎた。
戦いすぎた。
殺しすぎた。
人間、妖怪、神、鬼――すべての“強者”を殺し尽くし、最後に残ったのは虚無。
“退屈”という名の呪い。
――どうせ、誰も敵わないのなら。
それは、彼女がかつて下した最後の決断。
「……面白くない」
刹那、全身が燃え上がる。
灼熱の炎で己の身体を焼き、自ら命を断った。
その記憶の中、澪の意識は静かに問いかける。
(それでも、私は……また戦っている)
なぜ。
何のために。
誰のために。
その問いに答える者はいない。
夢の世界に、再び“声”が響く。
『君はまだ、満たされていない』
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3.現実と虚構の狭間
――現実世界。
「っ……澪っ!! 黒瀬澪ッ!!!」
紗夜の叫びが、薄暗い廃墟に響いていた。
澪は意識を失い、石畳の上で静かに横たわっている。
その顔は苦悶に歪み、額には冷たい汗が滲んでいた。
「……これは、ただの昏倒じゃない。精神干渉……それもかなり深層のレベルだ」
御影が言う。
彼の周囲には、四重の結界が展開されていた。
「志真、内面侵入は可能か?」
「……難しい。だが、“夢”に近い形でなら、同調干渉はできる」
斑鳩志真は結印を組み、瞳を閉じた。
その先にあるのは、“黒瀬澪の精神世界”――つまり、“夢見の檻”。
彼は言う。
「……俺が行く。彼女を現実に引き戻すために」
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4.夢世界:邂逅
志真が意識を飛ばした先。
そこは、崩壊寸前の都市のような空間だった。
ビルは倒壊し、地面は裂け、空は反転し続けていた。
その中央で、澪が膝をついている。
「……黒瀬!」
志真が駆け寄る。
だが、彼女は微動だにしない。
その目は、虚ろだった。
「……ああ、また“夢”か」
志真は彼女の手を取った。
「澪、お前は現実に戻らなきゃならない。紗夜も伊勢も、みんなお前を――」
「どうでもいい」
「……!」
「誰がどうなろうと、私には関係ない。私が興味あるのは、“強さ”だけ」
志真は黙っていた。
だが、その沈黙は、澪の言葉を否定するためのものだった。
「それでも、あの時――お前は、“仲間の盾になった”。違うか?」
「……」
「思い出せ、黒瀬澪。お前は、もう“独り”じゃない」
刹那。
崩壊していた夢の世界が、少しだけ“修復”された。
そして――
“その声”が、最後に響いた。
『……器よ、面白い。ならば、次は“本当の悪夢”を見せてやろう』
世界が、強制終了する。
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5.目覚め
澪は、目を覚ました。
そこには、涙を流して抱きしめる紗夜と、ほっと息をつく伊勢と、静かに見つめる志真と御影の姿があった。
「……帰って、きたのか」
「おかえりなさい、澪さん……!」
「……ありがとう」
その言葉に、誰よりも志真が驚いた。
黒瀬澪が、“他者”に礼を言ったのは、初めてだった。
だが、それも束の間。
彼女はすぐに立ち上がり、刀の柄に手をかける。
「まだ……終わってない」
“声”の主。
“夢見の檻”を操った何者か。
その存在は、確実に世界に“敵意”を向けている。
(いいよ。面白い)
澪の黒髪が、夜風に揺れた。
彼女は、再び戦いの中に身を投じる。
その刃が、ただひとつ――“退屈”を斬るために。