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黒瀬澪 -鬼は学園にて笑う  作者: まくねきよか
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隔離棟の怪物

神城学園の北端。校舎のどこからも見えない位置に、古びた鉄扉の施設が存在する。


正式名称は「対呪監理第七棟」。

通称――“隔離棟”。


ここは、学園が管理する“危険指定対象”を一時的に収容・監視する施設であり、生徒の出入りは禁止されている。


その理由は単純だ。

“中にいるモノ”が、学生ではないからだ。


重厚な鉄扉の内側。

無機質なコンクリートの床の上に、一人の少年が座っていた。


黒の囚人服に身を包み、両手は呪縛具で固定されている。

足には制動封印。口元には呪式封じの仮面。


しかし――


その瞳だけは、澄みきっていた。


透明で、静謐で、

それでいて、底知れないほど“静かに狂っていた”。


「……戦ってないな。まだ、つまらない世界だ」


その一言が、呪術感知網に引っかかった。


そして、学園中枢に警報が走る。


【封印対象002号・ひいらぎ 夜一よいち――“覚醒兆候”確認】



1.新入生試験、終了後


「……澪。少し話がある」


スパーリング戦から二日後。

校舎裏の訓練棟前で、澪の前に教官の一人――佐神さがみが現れた。


黒いスーツ姿の女教官。

無表情な澪に似た、無駄のない仕草で言葉を継ぐ。


「次の課題だ。――“戦闘適性の確認”だよ」


「もう終わったでしょ。スパーリング」


「次は“呪霊”が相手だ。場所は……“隔離棟”。」


その単語に、周囲の空気が一瞬だけ揺れた。


「そこ、呪霊を閉じ込めてるって話じゃなかった?」


「半分正解。もう半分は……人間の姿をした呪いそのものがいる」


「……へぇ」


澪の黒い瞳が、僅かに細くなる。


それは、明らかな“興味”の兆しだった。

神城学園の敷地の北端、鬱蒼と茂る森の奥。

高圧呪術結界と幾重もの封印によって守られた区域に、それはあった。


隔離棟――対呪監理第七棟。


「この扉の先にいるのが、“対象002号”……通称、柊 夜一」


案内役の教官・佐神は、無表情のまま澪に言う。

厳重な封印陣の上に、ゆっくりと鉄扉が開かれていく。


重金属が擦れる、ひどく耳障りな音。

それはまるで、底に眠る怪物を起こすかのような、不吉な鳴動だった。


「先に言っておくけど、やつは人間だ。ただし、呪術検査ではS級相当の“存在濃度”が出ている」


「……人間なのに、呪霊並?」


「いいや。呪霊より危険だ。――なにせ、あいつには理性があるからな」


淡々とした言葉の奥に、かすかな警戒と恐怖が滲んでいた。


だが。


「興味あるかも」


澪は、まっすぐに進み出る。

その黒髪が風もないのに、ふわりと揺れた。


冷たい気配が、棟の奥から流れ出てくる。

それは呪霊特有の邪悪さではない。

もっと、研ぎ澄まされた、純粋な“殺気”。


「……足音が一つ増えた。久しぶりの客人か」


その声がした瞬間、奥の暗闇で何かが立ち上がった。


重く、鋭く、空気を裂く気配。

視線だけで人を殺せるとしたら、まさにそれだった。


「君が、“新入り”かい? 僕を退屈から解放してくれるのかな?」


柊 夜一。

檻の中で微笑むその少年は、

まるで鏡のように、澪と**“同じ目”**をしていた。


――退屈。

――静寂。

――そして、戦いだけを求める飢え。


「黒瀬 澪。よろしく。……殺し合えるなら、嬉しい」


「殺し合い? はは、物騒だなぁ。でも――僕も、そう思ってた」


二人の瞳が交差したその瞬間、

学園の警戒網が、一斉に赤を示した。


【対象002号:呪力急上昇。臨戦状態。】

重力のような沈黙が、隔離棟を満たす。


澪は一歩、檻の内側へ踏み込んだ。

それだけで、監視室の術師たちがざわつく。


「馬鹿な……。封印解除の命令など――」


「いいえ、違う。あれは“夜一の術域内”。つまり、彼が……引き込んだ」


結界も、術式も、意味をなさない。


この空間は今や、“夜一の世界”だ。


「……“柊 夜一”。」


澪が名前を口にした。


「君の力、見せて」


その瞬間、空気が爆ぜた。


「望むところさ、黒瀬 澪。噂は聞いてる。“今年の一位”、だろ?」


夜一が軽く笑った。

細い指が空を切り、瞬間、虚空に“鎖”が現れる。


純白の呪鎖。

それはまるで生き物のように蠢きながら、澪へと一斉に伸びた。


「まずは様子見。殺しはしないよ?」


「そう」


澪は目を細めると、

刀を抜いた。


重音しげね”――彼女が背に差す漆黒の大太刀。


呪力を纏うこともなく、ただ一閃。

風すら切らぬ、無音の抜刀。


刹那、鎖は五つに断ち割られ、宙を舞う。


「……うそだろ」


監視室の誰かが、息を呑んだ。


夜一も、笑顔を崩さないまま呟く。


「即断即斬、か。動きだけ見れば、獣みたいだ。でも、ちゃんと読んでる……“戦術として”」


彼の目が、研ぎ澄まされる。


「なら次は、速さでいこうか」


彼の体が、かき消えた。


本当に“消えた”。


気配も、音も、呪力すらも置き去りにして、

夜一は澪の背後に立っていた。


――刹那、彼の手が澪の首筋に伸びる。


(とどいた)


そう確信した瞬間、夜一の右腕が、ひしゃげた。


「…………あ?」


次の瞬間、自分の身体が“叩き落とされている”ことに気づく。


視界が横転し、壁が、天井が、ぐるぐると回る。

背中が床に叩きつけられる直前、夜一は見た。


澪が、左手だけで振るった裏拳。

それだけで、彼の“瞬間移動”の軌道を見切っていた。


「……君、本当にヤバいね」


「うん。知ってる」


澪は、無表情で答えた。


だがその指先は、微かに震えていた。

高揚か。警戒か。あるいは――喜びか。

「へえ……ここまでやられたの、ほんとに久しぶりだ」


床に転がった夜一は、ひとつ息を吐くと、口元を拭った。

唇が切れて、赤い血がにじんでいる。


「嬉しいな。僕さ、ここに閉じ込められて、戦うことすら許されなくて――」


ゆっくりと立ち上がる。


「ずっと、ずっと、飢えてたんだよ」


その声とともに、空気が震えた。


「っ……高濃度呪力反応!」


監視室の術師が叫ぶ。結界がきしむ音が響く。


「制御限界を超えています!解除しますか!?」


「――できるわけがない。あの二人はもう、外せない」


教官・佐神は歯噛みしながら言った。


そして、澪もまたそれを感じていた。

目の前の少年の周囲に広がるのは、まるで“嵐”。


異常な密度の呪力が、彼の身体を中心に回転するように渦を巻く。

呪霊ではない。人間なのに――いや、人間だからこそ、これほど暴力的な呪力が生まれる。


「君はどうする? 黒瀬澪。こっちは“本気”を出すよ」


その言葉に、澪はほんの少しだけ、口元を歪めた。

笑っていた。


「じゃあ、私も少しだけ」


刹那――澪の体が光に包まれる。


いや、正確には“光”ではなかった。

空間が、澪の身体のまわりだけ“色を失う”。

まるで、そこだけが白黒映画になったかのような――異常。


「視界が……染まる……? これは――」


「“呪壊域じゅかいいき”」


澪が告げた。


「私の呪力は、“存在を否定する”。当たれば、壊れる」


「……それ、反則じゃない?」


夜一は笑うが、瞳の奥が鋭くなっている。


そして次の瞬間、

二人は消えた。


音が遅れて、爆風が隔離棟を襲う。

壁が崩れ、天井が揺れる。

だがその中心にあるのは、ただの“殴り合い”だった。


呪術ではない。能力の応酬でもない。


――“拳”と“刃”と“本能”による、

最古の戦闘。


「お前……面白い」


「君もだよ、澪。君の目、昔の“あいつ”と似てる」


「……誰の話?」


「死んじゃった。昔の戦いで。僕が、壊した」


その言葉に、澪の刃が、一瞬だけ止まった。


「へえ」


「……何」


「奇遇。私も、全部壊した。――戦える奴、みんな殺して。最後は自分で死んだ」


一瞬、時が止まったような静寂があった。


「……は?」


夜一が、言葉を失う。


「転生って、便利」


そう言って、澪はもう一度刀を握り直した。


そして――


「だからさ、“次”は壊れないでよね。夜一」


刹那、夜一の顔が笑みではなく、歓喜に染まった。


「――ああ。君に殺されるなら、それも、いい」


二人の呪力が再び炸裂する。


そして学園最北端、“神城の闇”と呼ばれる隔離棟が、

この瞬間、“最前線”に変わった――。

爆ぜる呪力、震える大地、軋む空気。


「これで、最後!」


夜一が叫ぶ。

彼の手に現れたのは、純白の長槍。

鎖の術式を“編み替えた”異形の呪具。

その刃先には、彼の命そのものを込めた呪力が燃えている。


澪は、そのすべてを見ていた。


速さ。角度。重力。術式の応用構成――

すべてを一瞬で読み取り、剣を構える。


(……これは殺し合いじゃない。生存の証明だ)


澪の黒刀が、夜一の槍と交差した。


――ガッ!


爆風。轟音。空間がねじれる。


しかし、割れたのは夜一の槍だった。


「っ、ぐ……!」


夜一が膝をつく。


澪の黒刀“重音”は、寸分の狂いもなく、彼の肩口すれすれに停止していた。


「……止める、んだね?」


「殺すつもりだったら、とっくに頭を落としてる」


「ほんと、だ……」


夜一は、その場に崩れ落ちた。

だが顔には、笑みがあった。


「……まいった。完敗だよ、澪」


澪は黒刀を鞘に収めながら、一言だけつぶやいた。


「強くなれ。壊したくないくらいには、面白かった」


それは賞賛でも、慈悲でもない。

“殺すには惜しい”という、彼女なりの評価だった。


夜一の視界が、ゆっくりと暗転していく中で、

彼は最後に、笑いながらこう呟いた。


「じゃあ、また次の“殺し合い”で、会おうか――」


そして、意識を手放した。



6.余波


数時間後――神城学園・第一会議室。


教師陣と上級術師、そして学園長までもが集められていた。


「隔離棟の封印が……一時的とはいえ、破られた。

そして、対象002号・柊夜一が無力化された。たった一人で、だ」


会議室の空気は、重苦しい緊張に満ちていた。


「黒瀬澪。あの少女はいったい、何者だ?」


「今後どう扱うべきか、慎重な判断が――」


「“戦力”だ」


その場の空気を裂いたのは、教官・佐神の言葉だった。


「余計な詮索をするな。あいつはただ、“呪霊を殺すためだけに生まれた”

――それだけで、十分だろ」


沈黙が走る。


だがその場にいた誰もが、心の底では理解していた。


あの少女、黒瀬澪は、もはや学生ではない。

兵器であり、災害であり、そして――希望だ。



7.静寂の終わり


夕暮れの学園の屋上。


澪はひとり、柵に腰掛け、空を見上げていた。


風が吹く。髪が揺れる。


「……退屈は、少し減った」


誰に言うでもなく、ぽつりと漏らすその声。


その背後で、ドアが開いた。


「来たか」


「うん。ボロボロだけど、なんとかね」


柊夜一が、包帯だらけの身体で立っていた。


「次は、もうちょっと強くなっておくよ」


「次まで壊れないで」


「お互い様」


そのやり取りの後、ふたりは何も言わず、同じ空を見上げた。


“戦いしか知らない二人”に、

わずかに芽生えた、言葉にならない“繋がり”。


それが、後に学園を揺るがす最大の“異端”のはじまりであると、

このとき誰も、知らなかった――。


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