猫と永遠
この春から一人暮らしだ。希望していた大学に合格し、実家を離れて都心で一人暮らしになったが。
「私はハナと別れるのが辛いよ〜」
ついつい本音が溢れた。家の縁側で飼い猫のハナに向き合いながら。
庭の桜の木はまだ咲いていないが、風はだいぶ柔らかい。花粉も舞っているみたいで、私の目もしょぼしょぼしてきた。決して悲しいから目が痛いわけじゃないが、思わずハナの背中を撫でる。
真っ白な猫だが、毛並みは昔よりツヤがない。人間の年齢だとお婆ちゃんらしい。動作もだんだんと鈍くはなってきたが、ちょっとでも塾や部活の帰りが遅いとずっと玄関で待ってる。甘えん坊で、人懐っこいハナ。私の中ではいつまでも赤ちゃんのような猫。
春からはそんなハナともお別れ。それにハナの年齢を思うと、いつ何があってもおかしくない。その事を想像すると憂鬱。大好きなハナと一緒にいても笑顔になれない。
「咲良、どうしたの?」
そこに母がやってきた。洗濯物を取り込みにいたらしいが、ハナを撫でながら、明らかに憂鬱そうな私が気になったらしい。
ここで嘘をついても仕方がない。私は今の気持ちを正直に母に話す。
「そっか」
母は普通に共感してくれたが、こんな事も聞いてきた。
「咲良、英語のグッドバイの語源は知ってる?」
「知らない」
心なしか側にいるハナも首を傾げていた。
「God be with you、あなたが神と共にあらんことをっていう祈りの言葉だったみたい」
「へー」
「ハナも神様みたいに時間も空間もない存在といつも一緒にいられたら良いね。それって永遠って事じゃない?」
母は優しく微笑み、ハナの背中を撫でた。ハナは気持ちよさそうに目を細め、小さく鳴く。その鳴き声がやけに大きく響く。
「そう、そうかもね」
そう思う事にしよう。それに今までのハナとの思い出も絶対に消えない。どこかに全ての記憶が保存されているサーバーのようなものを神様が持っているかもしれない。今はそんな気がした。
「さあ、そろそろ引っ越しの準備とか、部屋の掃除もしないと」
「そうよ、咲良。やる事はいっぱいあるよ!」
こうして様々な忙しさに追われ、ハナとの別れの寂しさも、グッドバイの語源も忘れてしまった。
気づくと風はもっと温かく変わり、庭の桜も花を咲かせ、ハナも嬉しそうに鳴いていた。