破滅する馬鹿王太子に転生したので何としてでも破滅回避しようとしたのだが……
(うわ、マジか……)
最初に出た感想がこれである。
リーフデ王国王太子、ピーター・リーフデはたった今前世の記憶を思い出した。
ピーターの前世は漫画、アニメ、ライトノベルなどにどっぷりハマっていた何の変哲もないオタク男子大学生。
アルバイトの帰り、暴走する車に跳ねられて命を落としたらしい。
(前世で読んだWeb小説のよくある典型例だろコレ。しかもよりによってピーターに転生かよ)
ピーターは王宮の自室にあるカウチに腰をかけ、ため息をついた。
ピーターはこの世界が小説の世界であることを知っていた。前世同じくオタクである姉と妹から女性向けライトノベルも面白いから読んでみてと勧められて読んだ小説の世界なのだ。
小説の内容としてはこうだ。
主人公はピーターの婚約者である公爵令嬢ルイーズ・シントゥアン。
婚約者であるはずのピーターは学園で一学年下であるピンクブロンド髪の男爵令嬢シェリー・ドンナーと浮気をしている。おまけにルイーズはピーターから仕事を押し付けられていた。そして卒業パーティーでルイーズはピーターからシェリーをいじめたという冤罪を告げられ婚約破棄されてしまう。それを助けるのが隣国の皇太子フィンレイ。ルイーズはフィンレイから溺愛され、ピーターとシェリーは落ちぶれるという典型的なストーリーだ。
(このままだと俺はざまぁされて破滅する未来が待っている。大人しくそんな未来を受け入れられるわけがない! 幸いまだ学園にシェリーは入学していない。今からルイーズとの関係を良好にしておこう)
ピーターはそう決意した。
そこからの行動は早くかった。自分の仕事をルイーズに押し付けることなどもっての外。今まで以上に努力するようになった。ルイーズに歩み寄ることもしたので彼女との仲も以前より良好になり、ピーターが破滅する道は消えつつある。
しかしピーターにとって不安の種はまだ残っていた。
(シェリーがいる限り油断は出来ない。明日の入学式にシェリーがいるはずだ。釘を刺しに行かないとな)
何としてでも破滅を回避したいピーターだった。
☆˒˒ ☆˒˒ ☆˒˒ ☆˒˒
いよいよ学園にシェリーが入学して来る日になった。
ピーターは小説では自分と共に破滅してしまう側近候補を率い、シェリーのいる教室に向かう。
そして皆の前でシェリーに向かってこう宣言した。
「シェリー・ドンナー! 貴様の魂胆は分かっている! 男の尻を追いかける為にこの学園に入学したアバズレが! 俺達に近付いたら容赦しない! 皆もこのアバズレには十分注意するように!」
ピーターは清々しい気持ちになった。
(これで破滅回避確定だ!)
ピーターは明るい未来を信じて疑わなかった。
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しかし、ある日のこと。
「殿下、今年入学されたシェリー・ドンナー様のことですが、今彼女がどのような状況なのかご存知ですか?」
婚約者であるルイーズとの仲を深める為に定期的に開いている二人だけのお茶会で、ルイーズからそう聞かれた。
「いいや、知らないが」
ルイーズの口からシェリーの名前が出て来て少し不安になるピーター。
「シェリー様は入学式の日に殿下からのお言葉のせいで孤立しております。彼女にあのようなことを言う必要があったのですか?」
(何だ、俺が小説みたいにシェリーと浮気をしていることになっていたというわけじゃないのか。良かった)
ピーターは小説と同じ展開になっていないことに安心した。
「あんなアバズレのことを気にかけるなんて、ルイーズ、君はとても優しい。俺は君を誇りに思う。あのアバズレに関しては自業自得だ。君が心配するようなことは何もないよ」
ピーターはルイーズに優しい笑みを向けた。
するとルイーズは何も言わなくなり、ただ紅茶を飲むだけだった。
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数日後、ピーターが側近候補達と学園内を歩いていると、看過出来ない状況を目にする。
何とシェリーがルイースや側近候補の婚約者達と一緒にいるのだ。
(あのアバズレめ! ルイーズを陥れようとしているに違いない! ルイーズを助けなければ!)
ピーターは側近候補達と共に駆け出した。
「何をしている!」
ピーターが声を張り上げると、ルイーズ達は驚いたようにピーターを見る。
シェリーはビクリと肩を震わせた。
「ルイーズ、大丈夫か? このアバズレに何か嫌なことをされたのだな?」
ピーターはすぐにルイーズの元に駆け寄り、彼女を守るようにシェリーとの間に割って入る。
側近候補達も婚約者を守るように立っていた。
「シェリー・ドンナー! 俺の婚約者ルイーズに悪意を向けるとは、本当に心根が腐っているようだな!」
ピーターはギロリとシェリーを睨む。
シェリーは涙目だった。
「殿下、いい加減にしてください!」
そこへルイーズの声が響き渡った。彼女はピーターを睨みつけている。
「ルイーズ?」
いつもとは違うルイーズの様子に戸惑うピーター。
「私はシェリー様に何もされておりませんわ。ただ相談を受けておりましたの。彼女は殿下のせいで恐怖を味わいましたのよ。彼女がどんな目に遭ったのか教えて差し上げますわ。彼女は殿下のせいで孤立し、挙げ句の果てには不埒な男子生徒から貞操を奪われかけましたのよ! 私達が助けなければ、彼女は取り返しのつかないことになっておりました!」
物凄い剣幕のルイーズ。
「だ、だがそれはこいつの自業自得だろう。それに、こいつは男なら誰でも良いはずだ。貞操を奪われたところでそのくらい」
「何ですって!?」
ルイースの怒りは更に激しくなる。
「殿下は女性の尊厳を軽視すると仰るのですね! それに、殿下はご自身のお言葉の重みを理解しておりませんわ! 国の未来を担う王太子殿下が一人の令嬢を蔑むことで、自分も彼女を蔑んで良いのだと思う方々が続出したのですわ! そのせいで彼女は輝かしい学園生活を奪われたのですよ! こんなこと、あって良いはずがありません! 国王陛下、王妃殿下からもシェリー様への態度を改めるよう言われていたというのに!」
ルイーズの言葉に側近候補の婚約者達が同意するように頷く。
(国王陛下と王妃殿下から……? 確かに何か言われていた気はするが……)
ピーターはルイーズの言葉にたじろぎながら思い出す。
「私達はシェリー様の味方で、彼女がこれ以上蔑まれないようにしておりましたのよ。それをこのように邪魔するとは」
ルイーズは完全に呆れていた。怒りを通り越したらしい。
「私は、ご自身の言葉の重みを理解せず一人の令嬢を理由なく蔑む殿下が国を導けるとは思えません。そのような方をお支えすることは出来ませんわ。私は、殿下との婚約を解消させていただきます。この件は国王陛下や王妃殿下、シントゥアン公爵家にも通してあります」
ルイーズは迷わずそう言い切った。
その言葉にピーターは唖然とする。
「ルイーズ、そんな、婚約解消だなんて……」
破滅回避の為にルイーズとの婚約を続けるつもりだったピーター。しかし逆にルイーズの方から婚約解消を告げられ、おまけに両親も了承済みであることを知り、ピーターは頭が真っ白になる。
側近候補達も婚約者から婚約解消を告げられてしまった。
「シントゥアン嬢、お見事だったよ」
そこへ現れたのは隣国の皇太子であるフィンレイ。
「フィンレイ様……」
ルイーズは驚いたようにフィンレイを見る。
「どうして彼がここに……!?」
ピーターは驚愕していた。
「シントゥアン嬢、君の理不尽な悪を許さない姿勢、感動したよ。未来の皇妃に相応しいのはシントゥアン嬢のような女性だ。今すぐ返事をくれとは言わないが、どうか私の婚約者になって欲しい」
(そんな……こんなの原作通りの展開じゃないか……!?)
ピーターは目の前で起こった状況に愕然とした。
結局、ピーターとルイーズの婚約は解消され、ルイーズはフィンレイの婚約者になった。
ピーターがシェリーへの態度を改めなかった為国王夫妻は激怒し、ピーターは廃嫡されて辺境の厳しい騎士団で鍛え倒されることになった。それに伴い、新たに彼の弟が王太子になることが決まる。また、ピーターの側近候補達もそれぞれの家から廃嫡され、悲惨な末路を迎えた。
お金で完全に解決出来るわけではないが、ピーターのせいで精神的苦痛を味わったシェリーは賠償金を受け取ることになった。もちろん賠償金の出所はピーターの個人資産である。
その後シェリーの貞操を奪おうとした男子生徒やシェリーに精神的苦痛を与えた生徒達は退学になり、彼女は平穏な学園生活を送ることが出来た。
(俺は破滅を回避したかっただけなのに……どうしてこんなことに……? 俺はどうすれば良かったんだ?)
辺境の騎士団で苦しんでいるピーター。
果たして彼が過ちに気付き心の底から反省出来る日は来るのだろうか?
読んでくださりありがとうございます!
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