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亡蜀記  作者: コルシカ
30/31

孔明対仲達


         三十


 蜀軍が雍州に侵入したという報せは、魏王朝をとまどわせた。

 このときまだ曹真は存命であったが重態であり、まもなく亡くなることになる。

 これまで西方の軍事統括者であった曹真が指揮をとれないいま、代わりの将軍を諸葛亮にあてなければならない。

 「し、将帥には大将軍(司馬懿)を任命する」

 荊州の宛に駐屯していた司馬懿は、

 (ついにこの日が来たか)

 と感じた。諸葛亮の知嚢にかなう者は、魏においてはじぶんしかいない、と自覚していたからである。

 司馬懿の家は儒教において厳格な家であったが、司馬という姓をもつからには軍事に精通していなければならない。

 「せ、西方の難事を解決できるのは、だ、大将軍をおいて他にはいない」

 曹叡から絶大な信頼をよせられた司馬懿は、うやうやしくその任に就いた。

 (むかし、われが曹操に漢中を攻めるように進言したが、あのとき曹操がそのとおりにしておかなかったばかりに、蜀という厄介な国が生まれた)

 司馬懿は過去に粘着する性格ではないが、このことは蜀という国を想起するたびに思い出されてならない。

 (その尻ぬぐいに、諸葛亮と戦っているわれは道化か……)

 司馬懿は、苦笑した。洛陽で陣容を整えた司馬懿は、すぐさま長安にむかった。

 車騎将軍 張郃

 後将軍  費曜

 征蜀護軍 戴陵

 雍州刺史 郭淮

 という顔ぶれである。

 「諸葛亮は、すでに祁山を包囲しています」

 雍州刺史の郭淮が、司馬懿に現況を報告した。長安を攻略するにおいていつも祁山を攻めている諸葛亮を、司馬懿も知らぬわけがない。

 「賈栩と魏平を、すでに祁山を守備させてある。われらは軍をわけて、諸葛亮に対峙する」

 そういった司馬懿は、費曜と戴陵に上邽へ向かうよう指示した。

 「祁山に向かうにあたって、諸葛亮は上邽県と西県を攻撃するはずだ」

 上邽は祁山の東北にあり、この現地に向かう前の司馬懿と諸葛亮の攻防は、将棋の名人が数手先を読み合うのに似ている。

 蜀軍の偵探も、司馬懿のうごきを諸葛亮に報せている。

 「征西将軍(魏延)と元雄(呉班)の軍で、司馬懿が到着する前に祁山の兵を蹴散らしてもらおう」

 いうまでもないことだが、賈栩と魏平の能力は、魏延と呉班に遠くおよばない。

 「祁山の兵だけでなく、天水郡の兵も蹴散らして丞相をおどろかせてやろう」

 魏延と呉班は祁山を難なく破り、天水郡の兵までも蹴散らしてしまった。

 「幸先のよいことだ」

 諸葛亮は頬を緩めて、上邽にむけて主力を進軍させた。

 賈栩と魏平の敗報を受けた司馬懿は、

 「まずいことになった……が、費曜と戴陵を上邽に派遣しているので、最悪の事態はまぬがれた」

 と各将を安心させるようにいった。

 (しかし……)

 蜀将の有能さにくらべ、魏将の戦における弱さはどうしたことであろう。

 じぶんで敵将の先を読むわけではなく、場当たり的に魏延という猛将と策もなく戦うのであるから、目も当てられない。

 (張郃は歳をとりすぎている……はやくわれが諸葛亮と対峙しなければ、防衛戦を突破されるかもしれぬ)

 司馬懿の内心は、あきらかに動揺していた。

 費曜と戴陵には四千の兵をもたせているので、上邽の守備兵とあわせれば一万ちかくになる。

 司馬懿は軍の進行を早め、郿をすぎて陳倉にむかい、雍からむきを変えて街亭へと進んだ。雍から街亭に軍を進めるのが魏軍の通常移動であるようで、ゆえにかつて馬謖は街亭で魏軍を待ち受けたのであろう。

 「申し上げます」

 「どうした」

 進軍を急ぐ司馬懿のもとに、急使が到った。

 「上邽の費将軍、戴将軍が、城外に撃って出て、蜀軍に大敗しました」

 司馬懿は、青ざめた。

 「城を堅守せよと命じたはずなのに、己を過信したか……」

 費曜と戴陵は、蜀軍の度重なる挑発に業を煮やして、

 「ここで城を出て戦わなければ、武名が廃る」

 と城外に出撃してしまった。

 待ち受けていたのは諸葛亮が鍛えに鍛えた精兵たちである。

 あっという間に撃破されて城内に引き上げたという顛末であった。

 (これは、戦勝で勢いにのった蜀軍の方が、がぜん有利になった)

 司馬懿は動悸をこらえながら、上邽方面に急いだ。

 連勝でも浮かれない諸葛亮は、

 「賊は城から出られない。上邽付近にある畑の麦を刈り入れよう」

 といった。

 これで魏軍の兵糧を補填することをさまたげ、逆に蜀軍の兵糧を豊かにすることで攻守に戦略の厚みをもたせることができる。

 一方、司馬懿が諸葛亮の麦刈りを知ったのは、雍の西北であった。まだ上邽にはかなりの距離がある。

 先陣の張郃ならば、諸葛亮を止めることができるであろうと期待してはいるものの、諸将の顔色はさえない。

 「諸葛亮は、あいかわらず優柔不断な性格であろう。本営を固めてから、麦を刈りはじめたにちがいあるまい。

 われらは二日間昼夜兼行すれば、充分きやつに対応できる」

 完全な、嘘であった。

 雍の西北からいくらいそいでも、二日で上邽に到着はできない。

 (蜀軍が上邽からうごかなければ、渭水を渡らなければならない……)

 馬上の司馬懿は、眼を落した。

 いまの諸葛亮が、簡単に魏軍を渡河させてくれるとは思えない。

 「魏軍の主力が、渭水の南岸にあらわれたか……」

 諸葛亮は本営で、司馬懿率いる敵主力の位置を知った。

 諸葛亮とて虚を衝かれたのは、否めない。

 しかしいまの諸葛亮は街亭の戦いの頃のように、兵法に未熟な総帥ではない。

 (司馬懿が渭水を渡河するのに、幾日かかるか)

 と心中でかぞえていた。

 魏軍が渡河中に襲うもよし、渡河後魏軍が背水の陣に陥ってから襲うのもよい。

 (それよりも……)

 諸葛亮は、魏軍が渡河を終え疲労困憊し、安心した瞬間を急襲する選択をした。

 司馬懿は、やすやすと渭水を渡河させてくれる諸葛亮をいぶかしんだが、渡河を終えて安堵の表情をみせている兵を観察して、諸葛亮の罠にはまったことを知った。

 「安心するのは早い。敵は寄せてくるぞ」

 司馬懿の絶叫に属将はぎくりとしたが、すでに諸葛亮の主力は攻撃に移っていた。

 両軍が激突したのは、上邽の東である。

 および腰の魏軍は、あっという間に蜀軍に押されはじめた。

 (諸葛亮……やるようになった)

 蜀軍の主力は中軍に魏延と呉班、左右に呉壱と廖化が率いている。

 魏軍の先陣である張郃までもが、後軍の乱れにひきずられてうまく兵を連動できなくなっている。

 「先陣に本軍を寄せる。背後を取られては軍が壊滅するぞ」

 どう見ても魏軍の将兵の質が、蜀軍に劣っている。ここで諸葛亮が馬岱の率いる騎兵をつかって、司馬懿の背後に迂回させていれば、魏軍の崩壊が現実になっていただろう。

 しかし司馬懿にとって幸運なことに、諸葛亮の本営は戦場よりやや後方にあった。

 「司馬懿は、本陣を前に寄せてきているのか」

 諸葛亮の本陣に戦況が報告されたのは、日が暮れかかった頃である。

 (いまから馬岱を魏軍の背後に迂回させても、遅かろう)

 諸葛亮は、暗くなりつつある戦場をはるかにのぞみ見た。

 開戦からずっと、蜀軍は優勢を保っている。

 しかし魏軍の張郃がねばりづよく兵を督促しつつ指揮しているので、いまだに戦場の均衡は崩されずにいる。

 「わが軍、優勢です。賊軍はやや後退しながらも、抵抗をつづけています」

 「ふむ……」

 諸葛亮は、白い羽扇をもって戦況を予想していた。

 (魏軍に、あらたな援軍は来ることはない……ならば)

 翌日には疲弊しきった魏軍は、蜀軍によって大敗するに違いない。しかし。

 (それをわからぬ司馬懿か)

 司馬懿は、諸葛亮が知るかぎり最強の総帥である。自軍の崩壊を、座して待つ司馬懿ではなかろう。

 (魏軍は、夜のうちに撤退するな)

 諸葛亮は、そう結論を出した。

 夜間に撤退する魏軍は、夜明けに渭水を渡河しなければならず、その機をとらえて蜀軍が猛攻を加えれば、渭水を背にした魏軍は河に追い落とされ、司馬懿とて打つ手はなくなる。

 (……勝ったな)

 諸葛亮は、はじめて魏軍を相手に快勝できることを確信した。

 みずから兵たちを鍛え、魏延や呉壱らに戦場の呼吸を学んだ。この確信は、かつて馬謖と机上で戦略戦術を論じていたころの諸葛亮では、抱くことができなかった予測であるといえた。

 夜の帳が下り、完全に戦闘は停止した。

 戦闘の終了を確認した諸葛亮は、かならず魏軍が撤退すると思い、

 「今夜のうちに、かならず敵はうごく。撤退であろうと夜襲であろうと、かならず偵探をわれのもとまで通すように」

 と近侍に命じた。夜食をとり、眠ろうとしたが、この間にも魏軍は撤退するかもしれない。

 ふたたび近侍を呼んだ諸葛亮は、

 「就寝しようと思っていたが、翌朝まで起きていることにした。

 魏軍の報告で帰還した兵がいたならば、かならずここに通すように」

 と命じた。牀にもたれて兵書を眺めていたが、深夜になっても報告を諸葛亮にもたらす兵はあらわれなかった。

 しらずうつらうつらしていた諸葛亮の眠りを破った兵に、

 「どうだ、魏軍はうごいたか」

 と諸葛亮は訊いた。

 「いえ、賊軍はまったくうごきを見せておりません……」

 兵の当惑したような返答に、諸葛亮は黙り込んだ。

 (司馬懿は、われを誘いだそうとしているのか)

 夜襲もないならば、そのような策をうつこともできる。

 楚漢戦争の頃、韓信が敵軍を誘って背水の陣で勝利した事例はある。また川を渡る敵軍の上流にある堰を切って溺死させたということもあった。

 (しかし……渭水のような大河を、韓信のように工作することは一晩ではできまい)

 いずれにせよ、明日魏軍は蜀軍によって壊滅させられることになる、と確信した諸葛亮は払暁から夜明けまでわずかな眠りにおちた。

 「申し上げます」

 夜明けとともに、偵探の兵が諸葛亮の寝所に通された。

 「おう。どうなった」

 「いま魏軍は、撤退をはじめました」

 「そうか。全軍に伝達。敵に策はない。敵軍に総攻撃をしかけよ」

 諸葛亮は、心に灯がともるようであった。

 歴史上、はじめて蜀軍が魏軍に勝って追撃するのである。記念すべき日であった。

 蜀軍は、全軍で追撃態勢にはいった。

 魏軍はすみやかに退却しているが、なぜかその速さは異常であった。

 蜀軍は騎兵を突出させてそれを追ったが、魏軍はその速さをいなしつつ、撤退してゆく。

 「いずれ渭水のほとりで、撤退は止まるであろうが……」

 先陣の魏延は、かすかな不安を感じた。後拒もせず伏兵もしかけずに、ひたすら逃走する魏軍はたしかに不審であった。

 やがて、撤退する魏軍のうしろから数千の矢が蝗の群れのように放たれてきた。

 蜀兵の盾に、たちまち矢が何本も突き刺さる。伏兵にしては、規模が大きすぎるように魏延は感じた。

 「申し上げます。魏軍は急ごしらえの営塁に逃げ込みました」

 土煙と矢の一斉攻撃が止んだ戦場に、長大な営塁があらわれた。

 「そういうことか……」

 魏延は魏軍の行動に整合性を感じて、思わずつぶやいた。

 「賊軍は昨夜一晩で後軍の兵をつかい、営塁を築いていたと。そういうわけだな」

 「そのようかと」

 「ふふん、それはわが軍も気づかぬはずだ」

 撤退した魏軍はすべて営塁に逃げ込んだようすで、追撃してきた蜀軍に対して戦闘態勢にはいった。

 「一夜で作ったにしては見事だが、壁の高さはさほどでもないな。

 しかしいまこのときも、営塁を堅固にする工事を行なっているにちがいない。

 司馬懿め、わが軍に勝てぬと悟って防御に徹するつもりだな」

 魏延の予想どおり、営塁の壁の中ではいまでも数千の兵たちが、補強工事を続行している。

 「これで少しは、かたちになったか……」

 蜀軍の強さに動揺した司馬懿がうった窮余の策というのが、これである。

 渭水を渡ることと、渭水を背に戦うと魏軍が全滅するかもしれないので、高地を利した土の営塁に籠り、何十日も蜀軍の攻撃を防ぐことにした。

 「洛陽に、救援を乞うたらいかがか」

 蜀軍の精強さを目のあたりにした張郃が、司馬懿に提言をおこなった。

 司馬懿は首をふって、

 「劣勢になりましたので、救援軍をさしむけてください、と陛下にお伝えできるかよ。

 補給も天水郡の冀県から、わずかなりとも運用できる」

 と強気の姿勢をくずさなかった。

 「専守防衛というわけですか……」

 張郃は、ため息をついた。とはいえ、いまの魏軍で蜀軍を打ち破れる策は思いつかない。

 「車騎将軍(張郃)、諸葛亮は、遠く漢中からわが領土に侵攻してきている。

 かならずその軍事運用には、隙が生じる。それをひたすら待つ」

 司馬懿は、張郃を横目で見てそう説明したが、

 (張郃め、われに取って代わる好機をうかがっておるな)

 と内心舌打ちをしていた。

 大将軍の司馬懿の信用が失墜すると、車騎将軍の張郃が一足飛びで大司馬に昇進し、魏軍の総帥にならないともかぎらない。

 (諸葛亮の失策を見逃せぬ……それを見逃せば、わが軍は崩壊し、われの地位も万全ではなくなる)

 司馬懿は、覚悟をかためた。

 諸葛亮からすれば、魏軍が営塁を固めてしまう前に営塁を破壊しておきたい。

 (魏延ならば、そのことをきっと理解しているだろう)

 なにしろ張遼や曹仁亡きいまは、魏延が中華一の強さを誇る陸兵を率いる将軍である。

 「今日、決着をつけるぞ。押して押して賊を壊滅させる」

 魏延も、諸葛亮の意中は手に取るようにわかる。蜀軍はその強さにおいて、円熟期をむかえていた。

 魏軍が籠もる営塁に、魏延の軍が襲いかかった。

 「きたぞ。壁が破壊されたら車を盾にしてふせぐのだ。蜀軍に営塁をやぶられるな」

 司馬懿が陣頭に立って、大声で督戦するのはめずらしい。

 「蜀軍、襲来」

 望楼の物見から、報告が上がった。

 蜀軍は、まず騎兵で突撃をかける。それを営塁の魏軍は弩で必死の防戦をする。

 両軍の矢の応酬で、司馬懿は盾で守られながら、

 「騎兵のつぎは、歩兵がくるぞ。蜀軍は雲梯を運んできていないか」

 雲梯は、諸葛亮が陳倉を攻めたときに使用した攻城兵器である。

 「雲梯は、見あたりません」

 偵探の報告に、司馬懿は胸をなでおろした。

 諸葛亮は、平地での決戦を想定して攻城兵器を持参しなかった。

 (まだ、運には見放されていない……)

 それにしても、蜀軍の攻撃は熾烈である。

 今日一日耐えれば、夜のうちに全軍の兵を用いて塹壕と柵をつくることができる。

 魏軍にとっては、防戦一方なので長い一日となった。

 司馬懿とともに諸葛亮と戦って強くなった兵は、総帥の意中を察しているので必死に戦った。

 「敵を休ませるな。日のあるうちに営塁を陥落させよ」

 魏延は蜀兵の攻撃の手をゆるませずに、攻め続けたが、専守防衛の魏軍の営塁を攻め落とせず、ついに兵を退いた。

 「司馬懿を撃退することは、たやすくはなくなったな」

 魏延からの報告を受けた諸葛亮は、無念さをややにじませていった。

 それでも、蜀軍の圧倒的な有利はかわらない。

 疲労困憊している司馬懿は、あえて陽気な声で、

 「やあ、敵の鋭気はくじけたぞ。これから塹壕を掘って、柵をともに立てようではないか」

 と兵たちによびかけた。

 一万以上の兵たちとともに、司馬懿も鋤を手に持ち、歌を兵とともに唄いながら営塁強化工事をはじめた。

 一夜のうちにして、土の城であった営塁の防備は強化された。

 夜が明けて営塁に攻め寄せた魏延は、

 「ふむ……予想はしていたが、攻めづらくなったな」

 と嘆息をもらした。

 諸葛亮も、まったく悲観はしていない。

 「このまま営塁に攻勢をかけつづければ、渭水を背にした魏軍は壊滅する。

 司馬懿や張郃をも輔斬することができるにちがいない。司馬懿の兵が魏軍で最強なのは明らかなので、司馬懿のあとは能力の低い将兵がでてくる。

 長安への道、決して遠くはない」

 実戦に熟練していなかった諸葛亮は、すでに過去の人である。

 魏延や呉壱と連絡相談を密にしながら、連日司馬懿率いる魏軍が立て籠もる営塁を攻めつづけた。

 一方の司馬懿は、蜀軍の攻勢に耐えつづけていた。

 (いまの諸葛亮ならば、簡単に隙を見せはせぬか……)

 まちがいなく司馬懿の戦争経験のなかで、これほど劣勢を強いられたものはない。

 (援軍を要請するか。しかしそれでなお負ければ、洛陽に逃げ帰って陛下の顔を見ることはできぬ)

 すなわち、この劣勢をはねかえして蜀軍に勝たなければ、司馬懿はこの地で死ぬ覚悟を固めている。

 「兵糧は、いかほどある」

 司馬懿は、軍吏に訊いた。

 「はい。さしあたり三十日ほどは。あと、冀県からの輸送が到着すれば六十日は確保できるかと」

 「そうか……輜重隊を敵に襲われてはならぬ。輜重隊が到着するまで、出撃して蜀軍をゆさぶるぞ」

 曹操と袁紹が戦った官渡の戦いで、袁紹が負けたのは輜重を失ったからである。

 その重要さを知らぬ諸葛亮ではない。

 「敵営塁に、かならず輜重が到着するはずだ。それを焼き払え」

 ずっと立て籠もっていた魏軍が出撃するのは、輜重隊の到着がちかいからである。

 蜀軍を急襲したはずの魏軍であるが、たちまち魏延と呉班の軍にはねかえされた。

 「退くな。ここが勝敗の分かれ目ぞ」

 司馬懿じしんも営塁内から何度も督戦の軍吏を前線に送り、劣勢の自軍を鼓舞しつづけた。

 数日間、激しい戦闘が展開された。

 「申し上げます。冀県よりの輜重隊が、無事到着いたしました」

 軍吏の報告を聞いた司馬懿は、眼に力をよみがえらせて、

 「これでまだ、諸葛亮と戦えるぞ。兵を撤退させよ」

 と命令を下した。

 「魏軍の営塁に、輜重が搬入されています」

 夜間に急報を受けた諸葛亮は、

 「きたか。馬岱の騎馬隊で、それを襲え」

 と寝具のままさけんだ。

 馬岱も急いで魏軍の輜重隊に攻撃を加えるべく駆けつけたが、夜間で敵地ということもあり、すでに輜重は営塁に運び込まれたあとであった。

 「一足遅うございました……」

 本営に戻った馬岱が、無念さをうかべて詫びた。諸葛亮も絶好の機会を逃したことに、怒りをおぼえたが、悪いのは馬岱ではなく本営を前線から遠い場所に置いたじぶんであると気づいた。

 「よい。長い戦いになりそうだな」

 諸葛亮は、馬岱の肩に手をおいた。

 両軍の攻防は、一月余りになろうとしていた。

 蜀軍の前線からは、さらに強固になった営塁から魏軍が一歩も出ず、埒があかないとの情報が毎日諸葛亮のもとに届いている。

 「これ以上無理押ししても、賊軍は守備に慣れてしまっています。

 押して兵や軍資を消耗するより、退いてみてはいかがでしょうか」

 ある日姜維が、諸葛亮に献策した。

 「ふむ……くわしく述べてみよ」

 姜維から策を聞いた諸葛亮は、

 「それはわるくない。やってみるか」

 と眼をあげた。

 翌朝、司馬懿のもとに軍吏が駆け込んできた。

 「蜀軍が、退いてゆくようです」

 「なんだと」

 司馬懿は営塁内の望楼に登ると、たしかに蜀軍の旗が遠ざかっている。

 (益州に撤退するのではあるまいな……)

 司馬懿は疑心暗鬼になり、すぐさま偵探を放ち、詳細を調査してくるよう命じた。

 偵探が、報告をおこなった。

 「蜀軍は西県方面にすすんでいますが、かなりゆっくりとした速度です」

 「やはりな……」

 諸葛亮は魏軍が追撃することを想定して、撤退を偽装している。

 魏軍が追ってくれば、反転攻勢する陣形をとっているはずである。

 「夜が明けたら、蜀軍を追うぞ」

 司馬懿は、寝所に入ってあれこれ考えごとをしていた。

 (郭淮と費曜が、軽はずみに蜀軍の挑発にのり、敗北したのは大きかった)

 上邽の兵を利用する機会もなく、諸葛亮の虚をつく戦略もたてようもない。

 明日からは、おそるおそる蜀軍の反転攻勢を注視しながら、後を追わねばならない。

 (緒戦がすべてであったかな……)

 いつも蜀将と魏将の能力の差を、まざまざと見せつけられる。司馬懿はなかなか眠りにつくことができなかった。

 明朝、魏軍はそろそろと営塁を出た。

 「伏兵の存在もあるぞ。周囲に気をつけて追うのだ」

 司馬懿は数多くの偵探を用い、蜀軍の罠を探ろうとした。しかし蜀軍はひたすら西にむかい、鹵城に到った。

 「大将軍(司馬懿)、よろしいか」

 張郃が、意見具申をおこなった。

 「蜀軍は遠征して、わが軍を攻撃しています。しかしわが軍が守備に徹したため、長期戦において勝ちをものにしようとしています。

 祁山に籠もっている兵は魏の大軍がちかづいたと知って、いよいよ固く守るでしょう。

 そこでいかがですか、この地に駐屯し兵を分けて蜀軍の後方に回り込ませるのです。

 敵を追いながら戦わなければ、衆望を失うことになりかねません。諸葛亮の軍は、おそらく兵糧が尽きようとしているので、このような策をもちいているのです」

 「諸葛亮は糧食の輸送兵器を用いているのではなかったか……木牛とかいうそうな」

 「はい。それでも、益州からの兵糧にも限りがあるかと存じます。

 ここは、あえて積極策をとるべきかと」

 張郃の具申は、戦場で起居を重ねてきた者には視える何かがあるのであろう。

 悔しいが司馬懿には、戦場経験が乏しいのでそこまでは理解できない。

 (……とはいえ蜀軍は、強い)

 司馬懿は諸葛亮に恐怖を感じているじぶんに、愕然とした。

 「車騎将軍(張郃)の意見は、うかがった。

 下がってよいぞ」

 司馬懿は、張郃の意見を採用しなかった。奇兵を蜀軍のうしろにまわりこませず、全軍で蜀軍にせまった。

 「きたな」

 諸葛亮は、姜維の献策が当たったことに喜びをかくせなかった。

 いまの諸葛亮は、戦場を俯瞰できる眼をもっている。

 諸将にすばやく布陣させると、まもなく攻撃に移行した。

 「戦い始めが肝心よ。突撃」

 むろん、主将は魏延である。呉壱や張翼、廖化の軍も魏軍に焔のような攻撃をしかけた。

 またたくまに、魏軍は劣勢においこまれた。

 「ううむ……退却。山の上に営所を築いて防御する」

 司馬懿は、

 (これでは、先日までやってきたことと、何もかわらぬではないか)

 と恥じた。と同時に、

 (魏軍の将軍が、蜀軍に怯えきっている)

 と再認識させられた。

 山上の営塁を堅固にし、塹壕を掘り、柵を立てた。

 (今回は、背後に川がないだけましか……)

 劣勢でありながら、司馬懿としては敗退することはできない。

 皇帝の曹叡は、曹一族という血縁より実力を重視してくれるとはいえ、亡き曹真や曹休のように大敗しても曹叡はなにもいわないが、これまで下手な戦をしてきたことがない司馬懿からすれば、今回蜀軍に大敗してしまうと何がおこるか見当がつかない。

 (じぶんの運命は、じぶんで切り拓くぞ)

 ゆえに司馬懿は張郃の提言をとりあげなかった。

 あえていえば、曹操と張郃は群雄割拠時代の戦法を得意とし、司馬懿と諸葛亮の戦法は理論から出発し、互いに実戦の円熟にたっしているといえる。

 (それでも、われは諸葛亮におよばぬ……)

 諸葛亮は、

 「賊軍は戦う気もないのに、わが軍を追撃しているぞ。しかもその進撃は及び腰であるときている。

 士気の低さは、わが軍の比ではない。司馬懿に隙はかならず生じる」

 と明るくいった。

 魏軍の立て籠もる営塁内では、陰気な日々が過ぎていった。

 「大将軍(司馬懿)は、諸葛亮を恐れること虎のごとしです。

 この戦場での駆け引きのまま終われば、天下の笑いものになるのは必定」

 属将の賈栩と魏平が、司馬懿に出撃要請を出した。ほかの武将たちも、

 「ぜひ営塁から出て、諸葛亮と戦わせてください」

 と懇願するようになった。

 (いまの諸葛亮と戦えば負けてしまう……とはいえ中央へのおぼえも気にせねばならぬ)

 賈栩や魏平、その他の武将たちに言い寄られたかたちで、司馬懿は負けても蜀軍に一度は決戦を挑むべきだと覚悟をきめた。

 (われに策はないが……そこまで諸将の士気が高くなるのであれば、やってやるか)

 「祁山を包囲している将軍は、だれか」

 「はい。王平のようです」

 「王平か……」

 諸葛亮の第一次北伐で馬謖がしくじったとき、馬謖軍を全滅から救ったのが王平である。

 「少々厄介だな。車騎将軍(張郃)に祁山の包囲を解いてもらおう」

 司馬懿じしんは主力軍を率いて、諸葛亮の本営をめざして進軍することにした。

 五月辛巳の日、ついに司馬懿は営塁を出て、諸葛亮の軍にむかった。

 両者、初の直接対決である。

 「司馬懿め……しびれをきらせたかな」

 一方の諸葛亮は、余裕である。

 先鋒は魏延、呉班、高翔といういずれも猛将である。

 魏延はいつでも益州から出撃する際に、

 「どうか私に、一万の別働隊をおまかせください。別の道から、長安周辺をかきまわしてごらんにいれます。

 丞相は混乱している魏軍をたやすく破ることができ、潼関で合流できるでしょう」

 と魏の副都である長安を急襲する案を提案した。

 雍州の辺境を奪ったとしても、正義を天下に喧伝することなどできない。

 長安を陥落させることができてはじめて、勘の時代を懐かしむ人々が、歓喜の声を上げ、魏の王朝を動揺させることができるのである。

 (文長は、恣意がすぎる……)

 諸葛亮は魏延の策を、そのたびしりぞけてきた。

 魏延はたしかに、いまや天下第一の名将である。戦も強い。しかし己を誇る心があり、諸葛亮の制御下から脱すると、一万の兵を私兵に変えて勝手な進退をくりかえすようになるのではないか。

 諸葛亮は、魏延をたよりにしながら、おそれていたともいえる。

 (どいつもこいつも、怯よ)

 諸葛亮をことさら臆病者、と糾弾したいわけではない。

 先帝の劉備だけが、魏延の能力を認めてくれてそれをいま発揮できないというやりきれなさがあった。

 劉備は生前、漢中の太守として張飛をおいて、魏延を抜擢してくれたのである。

 (丞相は、偏安を貪っている……)

 劉備は曹操と戦ってなんども負けたが、その心は曹操に対して不屈であるということを天下に示しつづけた。

 諸葛亮は、ほんとうに魏の不正を暴き、蜀の正しさを天下に喧伝しようとしているのか。

 魏の天水郡というような辺境を奪取したところで、魏は慌てない。

 ところが長安が魏延によって陥落させられれば、魏の朝廷は上が下への震撼をおこすであろう。

 今回の戦でも、司馬懿が営塁からうごかないのであれば、魏延に軍を割かせて広魏郡さらには扶風郡を襲わせれば、皇帝の曹叡もあわてて親征してくるにちがいない。

 そうすれば司馬懿は営塁に籠もっているわけにはいかず、正面決戦で魏軍を大破できるはずであった。

 (丞相は戦うそぶりだけみせて、みずからの地位保全に汲々としている……)

 魏延の目からみれば、諸葛亮も司馬懿も凡庸な将軍である。

 現実に意識をもどした魏延は、

 「臆病者の魏軍の、目をさましてやる」

 とさけんで、視界に入ってきた魏軍に突撃した。

 魏延を張飛以上、と見た劉備の目はたしかである。関羽や張遼亡きいま、天下で最強の将軍は魏延なのである。

 魏延はみずからの部隊の兵をじぶんで訓練していて、そのうごきはまるで荒れ狂う竜である。

 蜀兵をあなどっていた魏兵は、魏延の部隊と接するやたちまちその気魄に呑まれ、有機的な攻撃の前に首を失っていった。

 (これほどとは……)

 司馬懿は蜀軍の強さを目のあたりにして、呆然自失していた。

 魏延だけではなく、副将の呉班と高翔のはたらきもすさまじい。

 (今日こそ、大勝できる)

 一方の諸葛亮は、夷陵の戦い以来といっていいほどの蜀軍の快進撃を見た。

 「賊軍はくずれたぞ。全軍突撃」

 諸葛亮は、兵車から采をふるった。

 魏軍には恐怖が蔓延しており、もはや軍の態をなしていない。

 「大将軍、前方の軍がこちらに逃げかかってきています。混乱する前に退却のご指示を」

 司馬懿の中軍に、魏延らの先鋒にうちくずされた敗軍が混じりはじめた。

 「全軍退却」

 司馬懿は、左右の兵に守られて山上の営塁をめざして敗走をはじめた。

 しかし蜀軍の追撃はおそろしい速さで、司馬懿は山の麓でひとりきりになってしまった。

 「そこにおられるのは、司馬将軍か」

 驚いて振り向いた司馬懿は、「廖」の旗を見た。

 (まさか、廖化か……)

 蜀軍の将軍である廖化が、小部隊をつれて司馬懿を追撃しているのである。

 全身に冷や汗をかいた司馬懿は、麓の道をじぐざぐに逃げ、進路と反対側にじぶんがかぶっている兜を投げた。

 後から司馬懿を追っている廖化は、

 「ふん……」

 と司馬懿の兜を戟に引っかけて左右の兵に渡して、

 「司馬懿は、反対側の道を逃げたぞ。追え」

 と迷いのない声で命じた。

 (これしきで、廖化をだますことはできぬとは思うが)

 司馬懿は、山上の営塁をめざして駆けに駆けた。廖化の率いる小部隊の蹄の音が、その後を追う。

 そのとき、司馬懿の眼前に弓矢隊があらわれ、廖化の部隊にむけて弩を射かけた。

 「大魚を逃がしたか……」

 廖化はさほどくやしがりもせず、馬首をめぐらせ退却していった。

 「大将軍、おけがはありませんか」

 馬を寄せてきたのは、驍騎将軍の秦朗であった。後詰めの軍を率いていたが、思いがけず司馬懿の主力が崩れたので、営塁に敗走してくる兵たちを救出していたのである。

 「驍騎将軍……助かった」

 司馬懿は冷や汗を拭き、礼をいった。

 蜀軍の大勝である。

 司馬懿の主力は、いまや強さでは蜀軍と天地ほどの差があるとだれもが認識することになった。

 先陣で祁山の包囲陣を急襲していた張郃は、主力軍の敗退がみぐるしかったため、退路をふせがれて苦戦した。

 魏随一の名将である張郃でなければ、そのまま戦死していたであろうが、奮闘してなんとか山上の営塁に逃げ戻ってきた。

 (司馬懿は、救援の兵を出してくれなかった……)

 じぶんが司馬懿を権力闘争の相手と見ているかぎり、司馬懿も張郃をそう見ているのである。

 「ただいま帰着いたしました」

 血の気がのぼっている張郃は、本営で司馬懿に復命した。

 「車騎将軍、ご苦労」

 敗軍の兵に暖かいことばを期待しているわけではないが、司馬懿の素っ気ないねぎらいに、張郃は殺意をおぼえた。

 蜀軍の取った魏兵の首は三千、さらに五千の鎧、三千百の弩も拾得した。

 (これで、司馬懿は逃げられまい)

 諸葛亮は現実に司馬懿に大勝して、今後の戦略を練り直した。

 天水郡を得たあと広魏郡をも得ると、魏における東西の交通を完全に遮断することができる。

 この二郡より西にある魏の領土は、抵抗することをやめて蜀に降伏することになるだろう。

 「あと二月もすれば、司馬懿の兵糧も尽きるであろう」

 諸葛亮はゆとりのあるこころで、山上にある魏軍の営塁を眺めた。

 しかし、である。

 曹真が蜀を攻めたときに大雨で進路をふせがれたように、晩夏から雨が降りつづいたのである。

 「我慢、我慢だな……」

 司馬懿は大雨が降っている天を見上げて、つぶやいた。

 長い戦いである。

 春にはじまった司馬懿と諸葛亮の戦いは、もう夏の終わりをむかえている。

 司馬懿はねばりづよい戦いで、諸葛亮には負け続けているものの、陣を敷いている位置は緒戦から一歩も退いていない。

 魏の王朝では、

 「大将軍(司馬懿)は雍州の天水郡で諸葛亮と戦っているようだが、はたして勝っているのか、負けているのか」

 と現状を詳細に認識している者は少ない。

 もちろん洛陽にいる曹叡も、

 「だ、大将軍から、くわしい戦況は、と、とどかぬのか」

 と現地の情報を知りたがった。

 司馬懿としては、諸葛亮に大敗したことを曹叡に報告する義務はない。あいかわらず、曹叡に援兵を求めることもしなかった。

 「さいごに諸葛亮を雍州から叩き出せば、陛下によい報告ができる」

 司馬懿の勝利への執念は、すさまじい。

 蜀の丞相という身分である諸葛亮には、撤退しても信用を失ったり、身分を落されることはないが、司馬懿はちがう。

 (張郃のような輩が軍中にいるかぎり、命を賭してでも諸葛亮には負けられぬ)

 大将軍という総帥の地位を狙う張郃が同じ陣中にいるかぎり、司馬懿の精神はつねに削られている。

 いずれ司馬懿の軍で兵糧が尽きれば、山を降りるだろうと余裕をもっている諸葛亮のもとに、驚愕すべき使者が到着したのは、六月に入ってからであった。

 使者は、狐忠と成藩という二人である。

 「急ぎの連絡です。驃騎将軍(李厳)が、丞相のご帰還を乞うておられます。

 兵糧を運ぶ道が途絶してしまい、兵站が途切れてしまいましたので、このままでは軍が飢えてしまいます」

 諸葛亮は、唖然とした。

 (長雨のために、蜀の桟道が崩れでもしたのか……)

 蜀から出るための道は、どこも険峻で、一度雨によって崖崩れや崩落が生じると、何ヶ月も通行できないことが常である。

 「いまのところ、兵の撤退に関しては、大事ないか」

 諸葛亮の問いに、狐忠は、

 「はい。われらがここにいたるまでに、兵の通行をさまたげる悪路はありませんでした。

 驃騎将軍のおっしゃるとおりでしたら、すぐさま撤退すべきかと考えます」

 と答えた。

 (天が、司馬懿を活かそうとしているのか……)

 諸葛亮は、天意を感じた。

 かつては長雨が曹真の襲来をさまたげ、こんどはおなじ長雨が司馬懿の接待絶命の危機を救ったのである。

 「兵を撤退させる。わが軍が兵を退けば、かならず魏軍が追撃してくる。後拒には征西将軍(魏延)を任せたい」

 「わかりました……」

 せっかく司馬懿を窮地に追いつめたのに、撤退せねばならない悔しさは、魏延もおなじである。

 ところで漢中の政務と兵站業務を任されている李厳は、このころ李平と改名している。

 漢の元勲に陳平という謀臣がいるが、かれに倣ったのかどうか。

 ともあれ、いまは李厳のことを李平と呼ばねばなるまい。

 「蜀軍が撤退してゆきます」

 偵探からの報告を聞いた司馬懿は、

 「それは、まことか」

 と思わずさけんだ。

 成都に異変があったのでなければ、兵糧が尽きたのは明白であるが、この長雨で蜀の桟道が崩落したのかもしれない。

 表情に生気をとりもどした司馬懿は、さっそく諸将を招集した。

 「蜀軍の撤退は、偽装ではない。

 兵糧が、底をついたのだと推測される。ゆえにわが軍はただちに追撃をおこなう」

 司馬懿は、張りのある声で宣言した。ここまで蜀軍にいいように負けてきたのである。

 それを挽回する好機にちがいなかった。

 諸将が追撃にむけてうごこうとしたそのとき、張郃が異議をとなえた。

 「兵法では、城を包囲してもかならず敵兵が脱出する一路はあけておかねばならない、とあります。

 帰途についた軍を追えば、わが軍におおきな損害が出るかも知れません」

 曹叡の命令は天水郡の防衛であり、蜀軍の撃退ではない。それは司馬懿にもよくわかっている。

 このまま蜀領土に侵攻するのであれば理屈はとおるが、ただ引き上げる蜀軍を放置するだけで、曹叡の命令は完遂したことにならないか、と張郃はいっているのである。

 司馬懿は張郃の発言を聞いて、むっとした。

 このたびの諸葛亮との戦いで終始頽勢であった司馬懿としては、どうしても蜀軍に勝ったというかたちで遠征を終えたいのである。

 「去る者を追うのは、戦のならいである。

 車騎将軍は儒学を信奉されるかわりに、敵の不利さえも憐れむおつもりか。

 われにそれを強いられても困る」

 こんどは、張郃が黙り込んだ。

 (司馬懿には功績をたてさせたくない)

 という思いはあるが、武人としての良心が葛藤を生んだ。

 そのようすを見た司馬懿は、郭淮に目くばせした。

 「車騎将軍、ここは大将軍がおっしゃるとおり、蜀軍に打撃を加える好機かと存じます。

 ぜひ、諸葛亮をともに追いましょう」

 郭淮は胸をたたいて、張郃をはげました。

 (伯済までもが、そういうのならば……)

 張郃は、蜀軍を追うことにした。

 郭淮は漢中を曹操と劉備が攻防してきた頃から張郃の副将で、信頼のおける将軍であったからでもある。

 張郃が先陣、郭淮が後詰めとなって蜀軍を追撃しはじめた。

 祁山の東に木門という土地があり、

 (伏兵があるとすればこのあたりか……)

 張郃は、進軍の速度をゆるめた。

 予想通り、ここに魏延の伏兵がかくれていて、いっせいに張郃を攻撃した。

 「なんの、これしきの敵か」

 老将といえる張郃は勇をふるって、蜀兵を撃破した。

 「よし、このあたりでよいぞ。退け」

 魏延は、すべての伏兵をまとめて退却をはじめた。

 張郃は、すでに忘我の境地に達している。

 「敵の背中を追え、追え」

 しかし魏延の方が、張郃より一枚上手である。猛然と追ってくる張郃をいなしながら、整然と後拒をおこなった。

 張郃からすれば、魏延の撤退があまりに秩序だてておこなわれていることを疑うべきであったかもしれない。

 しかし戦となれば猛然と敵を追うのは、張郃の得意とするところであった。

 「伏兵は、ここまでか」

 高地を仰ぎみても、旗は立っておらず、太鼓の音も聞こえてこない。

 (このまま益州に攻め込むもよし……)

 そう張郃が考えはじめたころに、視界が翳った。

 蜀軍から、雨のような矢が浴びせられてきたのである。

 「敵は伏兵の位置をずらして置いているぞ。撤退せよ」

 張郃は絶叫した。

 「後続の郭淮将軍の兵がまじって、撤退できません」

 兵からの思わぬことばを聞いた張郃は、青ざめた。

 (伯済……謀ったか)

 郭淮は、司馬懿に西方を担当する張郃の後任の地位を確約されて、張郃を裏切ったのである。

 「このままでは、撤退できません」

 兵のさけび声を聞いた張郃は、膝に激痛を感じた。膝に矢が突き立っている。

 (毒矢だったか……)

 あまりの痛みに、張郃は馬から転げ落ちた。

 張郃は意識を失い、戸板に乗せられて本営に運ばれたが、すでに息をひきとっていた。

 「車騎将軍、戦死」

 名将で将兵に慕われていた張郃の死に、魏軍は悲嘆に暮れた。

 (張郃……やっと死んでくれたか)

 司馬懿は同僚の死に、涙をながすことのできる男である。

 しかし曹操の時代の兵法を引き継いでいた張郃の死は、司馬懿をおびやかす者がいなくなったことを意味し、安堵をおぼえたのも事実である。

 「追撃やめ。帰還する」

 司馬懿は魏軍の蜀軍への追撃をやめさせ、洛陽に帰還した。

 (危うい戦であった……)

 蜀軍の撤退がなければ、どう考えてみても魏軍の勝利は見えない戦だった。

 司馬懿がこのような長く苦しい戦を経験したのは、初めてである。

 しかし諸将の中で、張郃だけを失った悲しみを皇帝の曹叡は悲しみ、「壮候」という諡号をさずけた。

 張郃のあとを継いだのは、嫡子の張雄である。

 「あ、あの諸葛亮を、よく退けてくれた。こ、これは勝ちに等しいものである」

 曹叡は司馬懿をはじめ、諸将に褒詞と、褒爵および官位の引き上げをおこなった。

 (張郃に戦を任せていれば、褒賞に偏りが出ていた。大将軍の戦い方が賢明であった)

 司馬懿の傍らで戦を見てきた秦朗は、等しく諸将が賞される光景をみて、司馬懿の深慮遠謀を感じた。

 一方の諸葛亮は、

 (実質的な勝利であった……撤退は天意によるものだ)

 と遠征の手ごたえを感じていた。

 しかも、馬謖を大破した張郃を屠ることができたので、

 (幼常への仇討ちもできた)

 とひそかに胸をなでおろしていた。

 しかし、解せないことがある。

 道路があちこちでふさがれたり、崩落していると覚悟しての帰還であったのに、成都への道はどこも通行が可能である。

 「どの道も瑕疵はないな……」

 「驃騎将軍(李平)のおっしゃっていたことは、なんだったのか」

 はたまた李平が急ぎで道路の応急処置を終えたのか、と見てもその痕跡はない。

 魏延や呉壱たちも、不審をおぼえはじめている。

 そして諸葛亮が漢中に帰還したとき、思わぬ事件があきらかになるのである。


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