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東風の便り  作者: 啝賀絡太
第一章  御神渡り
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第四話


 次の日は寝不足で、一日中上の空で過ごしていた。


 授業も全く身に入らず、何度も先生に注意された。そんな僕のおかしな様子を、クラスメート達が何も思わないわけがなかった。


「今日は随分と呆けているじゃないか」


「ちょっと、寝不足気味で……」


 僕は苦笑いでそう答えた。


 午前の授業はすべて終わり、昼休みに入っていた。それまでは睡魔に襲われていたが、今であれば彼らに昨日の出来事を話すことが出来る。そう思った僕は、話しかけてきたクラスメートに昨日の事を話した。


「昨日さっそく行ってきたよ。諏訪湖の御神渡り」


 僕がそう言えば、クラスの人たちはきっと関心してくれるだろう。そう思っていたが、実際の反応はそれとはまったく違うものだった。


 彼らは近くにいる者同士で目を合わせ、次の瞬間には笑いあっていた。


「本当に行ったのかよ。何もなくてつまらなかっただろうによ」


「あんなもん、ただの自然現象だってのになぁ」


 真に受けた僕のことを嘲笑の対象とし、クラスの中で棘のある笑いが止まらない。


 あれが自然現象なはずがない。僕は否定しようとしたが、周りが同調して誰も聞きやしなかった。


 ただ、御神渡りは湖面のひびに入った水が新しい氷になり、気温が上がる日中に膨張した周りの氷にせり出されて出来上がる現象だと。皆が皆、それを常識だと語った。


「でも、それ以外にも話とかって……」


「それって、昔言われていた伝承とかいうやつ?そんなの信じるの?」


 反論しようとした僕の言葉を遮った、そのクラスメートの瞳はひどく冷たく僕に反論の隙を与えてくれなかった。


 結局、僕は都会から来たばかりの無知な人間だと結論付けられ、その場での御神渡りの話は終わってしまった。誰も僕の話に耳を傾けるつもりなどなかった。


 水をかけられたような気分だった。眠気なんてなくなっていたが、頭は放心したままで、昼休みが終わっても授業に身に入らず、気が付くと放課後になっていた。


 クラスメートが僕のことをいつもの様にからかってきたから、というのもあるとは思う。しかしそれよりも、伝承の話を否定したときの彼らの様子に違和感を感じて、他のことに手を付けることができなかった。


 確かに、僕も一昨日まではそういった物は現実に起きたことをその当時の人間が妄想したものだと思っていた。だから彼らの考え方はこの時代にはなんらおかしくはない。


 しかし、あの時に僕に向けられた視線は揶揄するようなものではなく、伝承そのものを否定するかのような、そんな心が冷たくなるようなものを感じた。その瞳の奥、彼らの心の中には、まだ何かをはらんでいるようだった。


「神様はいない、か──」


 帰宅途中、東風谷さんが御神渡りの話をしていた時のことを振り返ってみた。


 御神渡りを知らないと言っても責めることもなく、皆が知らない事と言っていた。それは、昨日彼女が見せてくれた伝承の事実を指していたのではないのか。


 彼女もまた、今日の彼らのような視線を浴び続け、辛い思いをしていたのではないだろうか。


 考えているうちに、僕の足取りは湖へ向かっていた。湖の畔にある公園までやってきた僕はひとまず湖を見たが、そこに人影らしきものはなかった。


「流石に毎日いるわけじゃないか」


 そもそも、昨日出会ったことさえ偶然に違いないのに、いつの間にか僕はここに来れば彼女に会えると考えていた。


 頭が回っていなかった自分に、微苦笑がわいてでた。


 暫く湖を眺めてから、僕は道なりに歩きながら、ときに凍り付いた湖に目を向けた。


 今日の諏訪もとても寒い。公園では犬と一緒に散歩している高齢者とたまにすれ違うくらいで、他には誰もいなかった。たまになびく風が、外で遊ばず家に早く帰れと言ってきているような気がした。


 しかし、その時の僕はどうにも家に帰る気がしなかった。


 公園の終点までたどり着いた僕は行き場を失い、今度はより湖に近づこうと、枯れた芝に足を踏み入れる。


 立ち入り禁止の看板の目の前まで僕は近寄った。どうやら諏訪湖の氷上は、厚さや強さにむらがあるとのこと。


 その看板には、用事のない人以外は氷上に乗らないこと、また児童及び生徒は氷上で遊ばないよう注意喚起が記載されていた。


 昨日の行動はかなり危険だったようだ。そういえば、最近は全面氷結の頻度が少なくなっており、氷自体も薄くなってきていると叔父が話していた。


「……………………昨日の出来事は、幻だったのかな」


 昨晩の出来事は勿論、この湖で出会ったあの少女ですら、僕が見た幻覚だったのではないだろうか。


 一抹の寂しさを感じた僕はその場に座り込む。辺りが暗くみえ、風がいっそう冷たく感じる。それがなんだか辛くなり、膝に顔をうずめた。


 ふと、風を感じなくなり、湖のせせらぎも聞こえなくなった。違和感を感じた僕は顔をあげた。


 僕はいつの間にか湖を離れ、見たことのない家屋の中にいた。大きい窓が陳列していたが、窓からは外の様子は見えず、あるいは外という概念がないように白く光っていた。


 いずれにせよ、窓から感じ取るのは光だけだったが、その明かりも僅かなもので、部屋を明るくする分には物足りなかった。かといってその部屋の中には光源がないため、部屋全体が薄暗く、敷き詰められていた畳が腐食しているようにも見え、部屋全体が重苦しいように感じた。


 部屋を見回していると、背後できしむ音がした。


 ぱっと振り返ると、誰かがその場から去る姿を見た。はっきりとは見えなかったが、その後ろ髪の色には見覚えがあった。


「東風谷さん?」


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