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東風の便り  作者: 啝賀絡太
第一章  御神渡り
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第二話

 家は既に明かりがついていた。帰宅すると、既に晩御飯の準備は終わっていた。


「おぉ、帰ったか」


 叔父が柔らかい表情をつくって僕を出迎えてくれた。


 普段は物静かだが、僕には気を使うようにして、優しく接してくれる。それが、どこか有難くも申し訳なく感じていた。


「今日は随分と遅かったじゃないか。どこか寄り道でもしていたのか」


 夕飯を食べているとき、叔父がそんな事を尋ねてきた。


「はい、湖の方に……」


 僕がそう答えると。叔父は少し嬉しそうに関心していた。


「そうか、そうか。今の時期、あそこは風がひときわ冷たくて寒かっただろう。して、何故湖に?」


「御神渡りというのを見に……」


「そうか、そうか。御神渡りを見にか。もうそんな時期だったなあ。あれは一度見ておくべきだな。もう、出来ていたのか?」


「いえ、まだそこまでは……氷がせり上がって、大きな筋が出来る現象のことなんですよね?

 僕がそう伺うと、叔父はにこやかにうなずいた。


「そうだ。よく知っているな。この町には様々な逸話が残っているんだが、御神渡りにもそんな逸話がある」

神様の通り道だって……お話ですか?」


 僕がそう聞くと、叔父一瞬だけ目を見開き、詳しいなと一言つぶやいた。


「物好きなクラスメートでもいたのかな?」


 叔父の問いに僕は首を横に振って、正直の今日の出来事を話した。


「湖で、不思議な女の子と出会いました。ここの町の事をよく知っているみたいで……東風谷早苗さんっていう人で、本当に不思議そうで、でも優しそうな人でした」


 僕があの子の名前を出すと、叔父が作っていてくれた表情が崩れてしまった。


 そして、何度も東風谷さんの名前を繰り返す。


「本当にそう名乗っていたのか?特徴は?変わった子だったろう??」


 先ほどとはうって変わって、叔父は僕に食い気味に質問を並べる。


 僕は少し戸惑ってしまったが、彼女の容姿を並べた。


「僕と同い年くらいに見えました。緑色の、長い髪をした少女で……」


 彼女の容姿や性格を並べて説明する。叔父は奇天烈な話を聞いたかのような、なんとも難しい表情をしていたが、決して無下にするのではなく、正面から真摯に聞いてくれていた。


「そうか、そうか。あの人に出会ったんだな」


 特徴を聞き終えた叔父が、感心したかのような声を出す。


 ぶつぶつと何かを口にしていた。彼女とは知り合いなのだろうか。そう思ってる一方で、先ほどの叔父の表情がどうも僕の心の中で引っかかっていた。


 知り合いなのか尋ねても、叔父は首を傾げ誤魔化すだけで、的を得た答えを返してくれる事は無かった。


 その様子が奇妙でほんの少し不安だったので、僕は夜中に諏訪湖へ行く事を打ち明ける事が出来ず、こっそりと家を出ていった。


 夜中の諏訪は昼間以上に凍える。冬場の水辺なのだから、当たり前なのだろうが、それよりも恐ろしく感じてしまったのは静寂さだった。


 電灯は確かにある。真っ暗というほどではなかったが、自宅から諏訪湖へ向かう道に車はいっさい通らない。


 夜中だから周りの家屋も皆明かりを消していたものだから、まるで僕以外の誰もがこの町からいなくなってしまったと思えてしまえた。


 東京にいた頃には感じたことのない静かさだった。まるで、この町を包み込んでいる山々が、寝かせるために静かにさせているような気がして。だからこそ、夜更かしをしている僕がもしその山々にばれてしまっているのならば……


 普段とは違う思い込みをしてしまい、足が震えていた。それでも、僕は東風谷さんと約束をしてしまったのだから、あの場所まで行かなければならない。


 その先にあるであろう、光を頼りに、僕は静寂の道をひとり歩いて行った。


 東風谷さんと出会った場所に向かうため、僕はまっすぐ諏訪湖へ向かっていた。すると、件の少女とは湖の手前、サイクリングロードでその姿を見つけた。


 僕が声をかけるよりも先に、東風谷さんは僕に気が付く。


「来てくれましたね」


 合わせた目をそのまま細めて、彼女は僕に話しかけた。


 怖くなかった?と尋ねてきた東風谷さんに、大丈夫と答えた。自分でも気が付くくらい声が震えていて、顔だけ寒さを感じなくなる。少しだけ強がってしまおうと思っていたが、その後彼女は僕の後ろを見た。彼女の視線が気になり、僕はゆっくりと振り向く。


 そこは、僕が今まで通ってきた道で、人は勿論、猫でさえ、誰もいなかった事は僕がよくわかっていた。


 そのはずなのに、何故かその通りは僕が来たよりも暗闇に見えて、まるで来た通りとは違うような新鮮な場所に思えた。本当に何かいるんじゃないか、そう思って凝視していると、後ろから東風谷さんがわっと小さく声を出しながら、僕の背中に身体を重ねた。僕は小さな声と、不意に感じた質感にぎゃっと声をあげ、その場で跳びはねた。


「やっぱり、怖かったんだ。ごめんごめん」


 ひとしきり笑った後、謝りながら再びいたずらな笑みを見せる彼女に、僕は視界をぼやかしながら睨みつけた。


「何かいるんじゃないかと思った」


 早くなった鼓動を落ち着かせるために、僕は息を大きく吸って、そしてゆっくりと吐いた。


 幽霊でもいたんじゃないかとビビっていたのは確かだが、やはり僕の司会には何も映らなかったし、事実、この場には何もいなかったのだ。


 しかし東風谷さんは、再び意味深な事をつぶやく。


「確かに、今はいないよ。でも、そろそろ来るんじゃないかな」


 笑う彼女に、僕は疑念の意を目で訴える。先ほどと同じいたずらなのではないだろうか。


 今度こそ騙されないぞと身構えていた一方で、ふと彼女が言っていた見せたいものとは何だったのだろうかという疑問がよぎる。


 そう思って再び東風谷さんを見ると、彼女は再び、僕よりも少し先、後ろ側から何かを見つけたようなそぶりを見せた。

「ほら、来ましたよ」


 そんなこと言って、また僕を驚かせようとしているんだ——


 そう思った時、ふわりと何かが通り過ぎたような気がした。人が近くを通り過ぎるとき、その人が間近ですれ違う時、に生じる空気の流れを僅かに感じる事がある。


 風が通り過ぎるのとは似て非なる感覚。今のはそれに近く、まるで僕よりも背丈の高い、大人の人がすぐ傍を通り過ぎたような、そんな空気の流れを感じた。


 否、これは幻覚ではなかったのだろう。これは錯覚ではなく、確かに誰かがいたのだ。



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