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東風の便り  作者: 啝賀絡太
終章  拝啓、大切な君へ
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終章 前編

 今朝、駅のホームで出会った少女に招かれた館で、僕は一息つく。


 最初は御神渡りで出会った時のことを話すだけだった。しかし何故それが苦い思い出なのかという話になり、是非落ち着いた場所でもっとじっくりと話を聞きたいと少女が望み、事態は発展していった。


 最終的に、僕は彼女の館に招かれて、白銀に染まる庭園を背景に、思い出を最後まで語り終えてしまった。その後も彼女にいろいろな事を聞かれ、気が付くと雪は降り止み、雲間から陽の光が溢れ出ていた。


「こんな時間までお付き合いいただき、ありがとうございました」


 席を外していた少女が僕に一礼した。


「こちらこそ、長く話してしまったようでごめんね」


「いえ、とても興味深い話でございましたので」


 少女は微笑みながら再び席に着く。


「こちらこそ、根掘り葉掘りと聞いてしまって申し訳ございませんでしたわ。話に夢中になってしまい、もしかしたらつい気分を害されることまで……」


「気にすることないよ。僕も、話せることを話していただけだから」


 少女らしからぬ気づかいに、僕は笑みを作り答えた。


 東風谷さんが地元の人にされた事などはこの少女に詳しく話していない。それは僕が気分を害するというよりは、少女の人生に影響を及ぼしてしまいそうな気がしたから。あくまで僕は、東風谷さんと過ごした出来事を話していた。


「お詫びと言うには少し物足りないかもしれませんが、私の話をしてもよろしいでしょうか」


 少女は手に持っていた扇子で口元を隠していたが、瞳が笑みを作っていた。


 なるほど、僕だけ身の上話をするのは対等ではないということだろうか。もしくは、彼女が単におしゃべりで、もう少しだけ会話を続けたいと思っているだけなのかもしれない。


 今日は一日休みだ。それならば、もう少しだけ彼女に付き合ってあげても良いだろう。


 君が良ければと、僕は少女に答えた。


 彼女は顔を明るくして、両手をあわせ、それでは是非と身の上話とやらを話し始めた。


「あれはいつだったでしょう…………私の近くに、とある一家が引越してまいりましたの。その人達ったら、引越してきたのに私達に特に挨拶もしなかったのですの」


 近隣のトラブル話だろうか、ちょっとした愚痴……か?僕から聞いた話に影響されてそんな話をしてくれているのだろうか。


 ただこのご時世、引越し先に挨拶をしない人はいるものだ。隣人とそもそも生活サイクルが違うこともあるだろう。


 ただ意見を言うのは彼女の話を全て聞いてからにしようと思い、僕は静かに話を聞き続けた。


「そしてその人達は私達に、自分達にとって都合の良いことばかり押し付けてきましたの。どうも、宗教に関する活動をされているようでして、他人に布教活動というのをよくしていましたわ」


「へぇ、結構珍しい人たちもいたもんだね」


「そうですの。身なりも変わった方々でして、特に髪色が特徴的でしたわ……それぞれ、青と金と、緑だったかしら。青髪と金髪の方は身長が低く、緑色の人は少しお姉さんでしたわ。その三人をよく見かけるのですけれど、他に家族の方はいないようですの」


 青と金と緑……それで布教活動?どうも僕はその姿に覚えがあった。


 聞き覚えのある見た目に、胸騒ぎがする。そんな事になっているなんて、つゆも知らないだろう。彼女は話を続けた。


「最終的に、私のお友達がやりすぎだと言って、彼女たちはお叱りを受けておりました。彼女達は反省をして、今ではすっかり仲良しですの」


「……その人達の名前は?」


 僕の声は震えていた。顔もこわばっている。間違いなく彼女が言う返答に、恐れているのかもしれない。


 彼女は対照的に笑みを浮かべたまま、答えた。


「八坂神奈子、洩矢諏訪子、そして……東風谷早苗と申していましたわ」


 引きつった顔を見て、彼女は笑っている。なんだ、彼女は僕の事をからかっているのか?僕があんな話をしたから……もしかして、作り話だと思ったとか?それで、彼女もまた作り話として三人を例に挙げたとか。


 だが、彼女に神奈子さんの見た目を詳しくは話していない。そして、金髪の少女の名前を僕は知らない。だが、あの街の名前にゆかりのある、いかにもな名前だ。


 この話は本当なのだろうか。だとしたら……


「東風谷さんは、東京にいるっていうのか?」


 口からこぼした疑問に、少女は首を横に振った。


「いいえ、彼女達はここにはいませんわ」


「だが、その人達はご近所だと……ここは君の家なのだろう?」


「この話はあくまで別荘での話ですので……」


 少女は瞳を細め、答えた。


 するとこれは、別荘の近くに東風谷さん達が引っ越してきたという話だというのか。


「その別荘はどこにある?」


「遠い場所ですわ。とてもとても遠い場所……電車や飛行機、宇宙シャトルでも辿り着くことのできないようなそんな場所に」


 交通手段で辿り着かないほど遠い場所とはどこのことだろうか。


 だが、それは中学三年生のあの日、金髪の少女にも言われた。境界を越えなけば辿り着くことの出来ない場所。


 どこまでが本当なのか、全くわからない。彼女を凝視していると、まゆを下げながら少女は僕に語りかけた。


「そんな顔なさらないでください。嘘をついているつもりはありませんの……ただ、近頃は東風谷早苗の様子が変でございまして」


「変?具体的には?」


「えぇ……私も他の二人から話を聞きましたので、説明をするのがとても難しいのですが。どうもたまに、彼女の身体が薄くなるようですの。昔に比べて充実した日々を過ごしているはずなのに、彼女は時折遠くを見るように明後日の方向に思いを馳せているようですの。あなたなら、その意味がわかりまして?」


 彼女は僕に問いかける。思い違いでなければ、僕のなかにもひとつの仮説がある。


 東風谷さんがいなくなってから、僕以外の人は東風谷さんのことを忘れていた。それが、きっといなくなった時に必要な処理だったのだろう。


 だが、東風谷さんと交流のあった僕は中途半端に同じ場所に足を踏み入れてしまい、諏訪子という少女に無理矢理追い出された。


 結果、例外として記憶をなくす事がなかったのだろう。


 それらは口にせず、僕は目の前の少女に、どうすれば良いか尋ねた。彼女は二つの提案を僕にあげた。


 ひとつは、単純に同じ場所に行くこと。そうすれば、この地で彼女を知る人はいなくなる。ただし、僕も境界を越えてしまえば、ここに残る人々の記憶から僕という存在がいなくなってしまう。なにより、その場所に行ってしまうと、この世界に戻って来る事はできない。


 もうひとつは、僕が彼女のことを忘れること。自分の記憶から彼女を一切なくせば、彼女が消える恐れはなくなるらしい。


「そんな事ができるのか?」


「えぇ、少し境界を弄れば……」


 彼女はご機嫌な声色で扇子を閉じ、小さく回した。


 仮説が真実味を帯びる。


「記憶をなくせば、貴方はきっと、昔の後悔を振り返る必要もなくなりますわ。一方で、引越した後もあなたならきっと、楽しんで暮らせると思いますの」


 彼女の誘いは僕の悩みを深くするばかりだった。俯いている僕に少女は催促する。


「いかがいたしますか?思い出を捨て去り、この地で生き続けるか……もしくは現世を捨て去り彼の地──幻想郷で新たな生を謳歌するか」


 タンザナイトのような輝きを見せる瞳で僕を見つめてきた。


 外はつい先ほどまで太陽を照らしていたはずなのに、あっという間に暗くなっていた。蠟燭の火が心許なく部屋を照らしていた。静けさがより一層、僕に汗をかかせる。


 彼女が危険な状態ならば、すぐにでも駆け付けたい気分だった。だが────


 いろいろな考えや思いが、中学の思い出と共に巡る。その中で僕の中に強く思い浮かんだのは、二人で花火大会を見たあの日の夜だった。


「東風谷さんの今について、聞いてもいいかい?」


 僕の問いに、少女は何なりと、と答えた。


「君は東風谷さんが充実していると言っていたね」


「えぇ、気の合う人も沢山出来たそうで。私の友人も、最初は言い争いをしていたものの、今ではよく彼女と話しているようですわ。東風谷早苗は東風谷早苗のまま、ありのままに日々を謳歌してます」


 少女は笑みを浮かべて僕に答えた。


 東風谷さんが東風谷さんらしく楽しくしているならば、それで良いのかもしれない。


 それならば僕がすべきことは決まっている。


「答える前にひとつ、お願いしても良いだろうか……」


「えぇ、私にできる事であれば」


「有難う。彼女に伝えて欲しい事があるんだ」


 少女は快く承ってくれた。だがそれと同時に、僕にもう一つの案を提示する。


「ならば、文にして渡すのはいかがでしょうか。今、こちらで書いていただければ、渡すことは出来ますので」


 そう言い、彼女はどこからともなく便せんとボールペンを取り出した。僕はそれを受け取り、手紙を書き始めた。


 この先の事を思うと、手が震える。だが、自分の為にも書ききりたい。


 花火大会以降、僕は東風谷さんとまともに会う事も出来ず、お別れの挨拶を言うことなく、二度と会う事はなかった。


 僕はまだ、彼女に伝えきれていない事が沢山あった。優しくしてくれた事へのお礼や、毎日が楽しかった事……東風谷さんへの感謝と思いの丈を伝えなければならない。


 綴りきったとき、僕はふぅっと深く息をはいた。それを見た少女が、終わりましたか?と尋ねてきたので、僕は静かに頷き、手紙を少女に渡した。


 少女は渡した手紙を便せんにおさめた。


「確かに承りましたわ。では、あなたの答えを教えてくださいまし」


 尋ねる少女に僕は答えた。


「僕は──」


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