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東風の便り  作者: 啝賀絡太
第四章  境界線の先
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第四話

「そもそも、なんで引っ越す必要があるんですか……やっぱり、この前の花火大会の一件が理由ですか」


「それもまた勘違いだ。確かに、あの一件はひどく遺憾的なものだったが、事由はもっと深刻なものだ」


 僕の事を見下ろしていた少女は、視線を同じ高さにする為にしゃがみ込む。


「ときにお前は、神が存在する条件を知っているか?」


「存在する条件?」


 言葉を繰り返すと、早苗からいろいろ教えてもらったのだろう?と、挑発するように少女はそう言った。


 過去、彼女が教えてくれたとき、神様には信仰が必要だと言っていたような気がする。僕はそれが答えなのではと少女に聞いた。少女はつまらなさそうに正解だと呟いた。


「神は人々の信仰心をもって、存在を維持することが出来る。信仰と文字通り、信じ仰ぐ……神が存在し、神の恩恵で生きていられると信じ、神を敬う心をもらってこそ、生きながらえる事が出来る」


「存在を認知しているだけでは駄目だということですか?」


 僕の問いに彼女は頷き、ここまで言えばわかるだろうと僕に告げた。


 東風谷さんもまた、現人神と呼ばれる神様ならば、彼女もまた信仰心が必要不可欠。おそらく神奈子さんや目の前の少女もそうなのだろう。だが、彼女たちを信仰する人々が少なくなり、あの街に居続けることが出来なかったということだろうか。


「だから私達はより信仰心が集まりそうな場所へ引っ越すことにした。ここは、あの街や君が昔住んでいた都市とはまた隔離された土地だ。本来ならば境界を渡らなければここに来ることは出来ない。早く帰らないと、二度と家に帰れなくなるぞ」


 少女に言われ僕は身を後ろにそらす。だが、このまま帰るわけにはいかない。


「僕にはもう、何かしてあげる事はないんですか?」


 東風谷さんに会えなくなるなら、せめて最後に何かをしてあげたい。僕はその思いで少女に聞いた。


「君は、早苗と仲良くしてくれていたな。様々な場所からあの子と交流しているのを見ていたよ」


 少女は先ほどとうって変わって、穏やかな表情でそう言った。


「神奈子と一緒に話したとも。早苗があそこまで明るくなったのは何年振りかと。彼女は久しぶりに、人を信じる事ができていた。おかげで人を救うべき対象だと思えるようになっただろう」


 しかし少女の表情は一変し、また先ほどと同じかそれ以上に嫌悪と拒絶の表情を見せた。


「だが一番な大きな勘違いはその驕りだ。お前に出来る事はもはや何もない!」


 少女の怒号合わせるように、周りに木々にいた鳥が飛び立つ。


「お前はあの街、あの世界の人間だ。こんな所にいつまでもいて良い人間じゃない。もう役目は終えているんだよ」


「で、でも東風谷さんや貴方たちは信仰心がないと」


「それなら早苗や私達の信者になろう言うのか?お前は友という関係を断ち切ると?そうまでして、たったひとりの信仰心で変わると?それを彼女がそれを望むと思うか?思わないよな!?もう一度言うぞ。君の、役目は、終わったんだよ!」


 言葉攻めに圧倒され、僕は何も答えられなかった。ただ、少女の怒号を聞き入れることしかできなかった。


 彼女は肩で息をしていた。大きく息を吸って、そして深く深く吐いた。


「ここに来ることを早苗に伝えたのは昨晩だ。そのまま時間がないと伝えて、無理矢理な。そうでもしないと未練が残る可能性があるだろう。最後の最後で、心残りを残してしまったそうだからな」


 少女の語気がどんどん強まる。


 なら、せめて最後に会わせてほしい。僕がそう願うと、少女の瞳が丸くなり、怒気が増した。


「会わせられるわけがないだろう!それで早苗の未練が強く残ってしまったらどうしてくれる!」


 少女の怒声に気圧されてしまった。僕は何も言えず、親に叱られた子供のごとく意気消沈していた。


「思い出を作る時間は終わりだ、少年」


 目の前にいた少女は吐き捨てるようにそう言い、右腕をそっと天に挙げた。


 僕の身体を何かが掴む。抵抗しようとじたばたしても、放してもらえない。


「これ以上の話は無駄だ」


 少女の背後に見えた湖から、水が迫り上がって来ていた。


「お別れだ、少年。二度と会わないだろう」


 少女はやるせなさそうに僕に告げたあと、右腕を下ろした。


 迫り上がっていた湖の水が僕に向かって流れ込む。呼吸が出来ない。視界も奪われ、ただもがき苦しむ。やがて意識が遠くなっていき、僕は気を失った。


 気が付くと僕は、東風谷さんの自宅の前で仰向けに寝っ転がっていた。僕の顔を叔父が覗いていた。


「目が覚めたかね」


 叔父は会って間もないころのような優しさと戸惑いを抱えた顔で僕に語り掛けた。


 僕は上半身を起こし、後ろを振りかえる。そこは相変わらず更地で、最初から何もなかったかのようだった。


「さぁ、帰ろう。そんなにずぶ濡れでこんなところにいたら風邪をひくぞ」


 叔父に指摘され、僕は自分の身体が濡れていた事に気がつく。


 近くに水場などない。ということは、あの金髪の少女との出会いは夢や幻ではなかったようだ。という事は、少女が話していた事も現実であり、別れの挨拶もなく東風谷さんと別れてしまった事実がじわりじわりと理解してしまった。


 もう二度と東風谷さんと会う事は出来ない。それを理解し、胸に強い痛みが走る。耐え切れない痛みにこらえきれず、僕は小さい子どもがケガした時のように、感情を溢れるままに、とめどなく、涙を流し続けた。


 それから奇妙な事に、みんな東風谷さん達の事を忘れてしまっていた。


 叔父さんも、茅野も、ゴシップ少女も。


 最初からそんな人がこの街にいなかったように。僕が東風谷さんの話をしても首を傾げ、そいつは誰だと聞いてきた。


 僕が叔父に監視された理由は、僕が花火大会の日に一人山に入ったから、危なっかしいという理由に変わっていた。


 叔父は監視はやりすぎたと僕に謝り、その日から僕は自由の身になった。周りの人達の態度も柔和になったが、僕はただ虚しいだけだった。


 僕だけが東風谷さんを覚えていることもまた奇妙な感覚で、この街に残る意気をなくしてしまった僕は、高校受験を機に、再び東京へ戻った。


 高校入学後、僕は東京で過ごし、現在に至るまで諏訪に帰った事はない。


 あの街に、東風谷さんを覚えている人は誰もいないのだから。

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