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東風の便り  作者: 啝賀絡太
第四章  境界線の先
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第三話

「おおい、そろそろ行くぞぉ」


 叔父が遠くから僕を呼んでいる。僕は静かに息をのんだ。


「あれ、ついていかない方がいいんじゃないの」


 彼女の言葉に僕は頷いた。ここで大人しく叔父の場所に戻ると、僕は二度と東風谷さんと会う事はないだろう。


 だがゴシップ少女が言うことが本当だとしても、どうすれば良いのだろうか。悩んでいる僕にゴシップ少女は小さな鍵を渡してきた。


「これは」


「私の自転車の鍵。身体違いすぎるから使いづらいだろうけど、多少は時間稼ぎできるでしょ」


 ゴシップ少女の気遣いに僕はどうして、と理由を尋ねた。彼女は、お詫びだと一言だけ答え、携帯を取り出し誰かに電話をかけた。


「とにかく茅野っちを逆側の出入口に待機させとくから、会いに行きなよ。はやく!」


「わ、わかった……!」


 僕はゴシップ少女に言われるがまま、近くに停められていた自転車に跨り走り出した。


 叔父との距離が遠くになるにつれ、彼の声が激しくなっていたような気がしたが、構わず僕は走り続けた。


 叔父が車を取りに戻り、道を引き返すまでの時間を稼ぐ為に、僕は必死に自転車をこいだ。自転車のサイズが小さくてこぎづらくても、息苦しくても僕は必死に足を動かした。


 道の最果てまでたどり着くと、出入口の駐車場に車が一台停まっていた。窓から茅野が顔を出して僕を呼んだ。


「こっちだ!」


 僕はすぐに車の側まで寄る。


「自転車は適当に停めておけって言ってたぜ」


「わかった。その車は?」


「ちょうどおふくろと買い物に行くところだったんだ」


 その場に自転車を残し、僕は急いで車に乗った。茅野が母に頼む。


「悪い、買い物行く前にちょっと寄ってくれんか?」


「いいわよ。同級生の子が引っ越す前に挨拶したいんでしょ?」


 茅野の母は快く承諾してくれた。嬉しい限りだが、東風谷さんに関する事なのに対応が珍しい。なんて考えていたら、茅野がこっそりと僕に教えてくれた。


「同級生が誰かは言ってないってだけだ」


「そっか……有難う」


「場所はわかるのか?」


 茅野の問いに僕は大丈夫と答えた。僕は道を伝えながら、車で東風谷さんの家まで連れて行ってもらった。


 しかし、その旅路は途中で途切れる事となる。


「なぁ……本当にここであっているのか?」


 茅野は僕に尋ねた。その声色には戸惑いが見えていた。僕は自分の返事に自信を混ぜる事は出来なかった。


「どこにも家なんてないぞ」


 目の前の光景を、茅野が呟いた。それがまた現実である事を突き付けられた気がして、僕は何も返すことが出来なかった。何度も歩いてきた、案内した道だってあっているはずなのに。


 今年に入って何度も見たはずの家が、目の前の敷地内になかった。家の中に入ったことは一度もなかったが、東風谷さんはいつも、この先にあったはずの建物に帰っていたはずだ。


 殺風景となった土地の先に坂が見える。整備もされていないような畦道の先は、先日東風谷さんと一緒に侵入した山道のはずだ。


「ちょっと行ってくる」


「行ってくるってどこに……!」


「多分、時間がかかるかもしれないけど、もう大丈夫!ありがとう!」


 僕は制止しようとする茅野を振り払い、敷地内へ入っていった。


 何もない土地を通り抜け、段差を登り、坂を登る。墓場を通り過ぎ、山奥に続く畦道を一心に駆けぬけた。


 花火大会の時は暗くてよく見えなかったが、一度は丁寧に舗装されていたのかもしれないが、それから整備はされていないようで、気をつけないと転倒してしまいそうな窪みもあった。


 それでも、走らないわけにはいかなかった。


 荒れたアスファルト、使われなくなった駐車場を通り抜け、その先にわずかに残る獣道を歩いてく。どこまで歩けばいいのかわからない。この先は本当に行き止まりで、遭難する恐れだってある。


 けれどその先で、東風谷さんが僕を呼んでいるような気がした。道の果てに確かにいるのではないかと、直観を感じていた。


 沈みかけていた太陽が視界を襲った。光が眩しくて僕は腕で顔を覆う。周囲も光が照らし、真っ白に見えた。


 視界を奪われ、めまいがする。僕はその場で座り込んだ。

 暫くすると、光は弱まり、周りも見えるようになった。腕をのけた先に見えた眼前の光景に驚愕した。


「こんな山奥に……湖?」


 森を切り抜けた先に、僕たちが住む町と同じかそれ以上の湖が広がっていた。湖にはとても太く長い、立派な柱が何本もそびえたっていた。


 叔父からは諏訪湖以外に大きな湖はないと聞いていたので、僕はまだ幻覚を見ているのかと自分の目を疑った。


「お前まで来てしまったのか」


 女の子の声がする。僕は咄嗟に声のした方を見た。


「まさか、境界を越えてここまで来る馬鹿だとはな……」


「君は──」


 目の前の少女は呆れ混じりにため息をついた。


 少女の髪は太陽に照らされ金色に輝いていた。初対面だと思ったが、彼女は僕の事を知っているような口ぶりだった。


「君、早苗とよくつるんでいた男だろう?早苗と神奈子から話は聞いている。私もまた彼女達の親族みたいなもんだ。それで、なんでここまで来たんだ?」


「な、なんでって……僕は東風谷さんを探していて……」


「探してどうする?」


 少女の冷たい目が突き刺さる。


 僕はただ、東風谷さんがいなくなると聞いたから、それが本当なのか確かめたかっただけだった。


 連れ去ったりするつもりはなかったが、ゴシップ少女が言った事が本当なのかは気になる。


「会って聞きたい事があるんです。知り合いから、東風谷さんが街からいなくなるって聞いたから」


 少女は黙って僕の事を睨み続けていた。だが彼女の瞳は、僕にいろいろ問い詰めんとしていた。


 そのことを誰から聞いたのか、それで何故ここまで来たのか、知ってどうするのか、東風谷さんと会うつもりなのか、会ってどうするのか。


 目は口程に物を言うとは言うが、彼女からここまで警戒の強い視線を見せられたら、少なくとも僕に対し不信感を抱いていることは明白だった。そんな視線を浴び続けたからか、冬の朝のように身体が震え、声が出しづらくなっていた。


 だが、きっと彼女はこのままだと何も答えない。ここは勇気を出して目の前の少女に聞かなければ。


「その人もまた、家族づてに聞いたとかで……東風谷さんが遠くに行くと」


「噂に次ぐ噂を信じたのか?」


「もし本当なら、東風谷さんと会えるかわからないから……」


「知ってるとも。お前、早苗と約束をしたんだとな」


 強い語気で少女は僕に聞く。僕は何も喋らず頷いた。


 東風谷さんが何故教えてくれなかったのかは最早どうでも良かった。


 ただ、本当なら、せめてお別れの挨拶をしたかった。


 僕の気持ちを見透かしたかのように少女はため息をついた。


「なにか勘違いをしているようだ。変に誤解したままだと夢見が悪いし、私が教えてやる。私達は、あの街から遥か遠い場所に引っ越すことにした。単純に距離があるわけじゃないんだ。いいか、この意味がわかるか?」


 少女が説明した言葉はわからず、僕は正直に首を横に振った。


「遥か遠い場所って……僕は諏訪から来ましたよ。ここは諏訪じゃないんですか?」


「そういう事だ。ここは諏訪じゃない。お前が来れたのは本当に偶々なんだ。なんの因果か、お前は来てしまっただけに過ぎない」

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