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東風の便り  作者: 啝賀絡太
第四章  境界線の先
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第一話

 じんわりと続く夏の暑さに、僕は宿題をやる気にもなれず、ただひたすら縁側で寝転がっていた。

 あれから僕は、東風谷さんと会うことは出来なかった。連絡を取ろうにも、彼女の携帯電話は電源が入っておらず、連絡がつかない。

 今頃彼女は無事なのだろうか──そればかりが心配だった。

「堕落しとるな……」

 仰向けになっている僕に、叔父が呆れた様子で話しかけてきた。

「どこに出かける事も出来なかったら、暇ですよ」

 僕は起き上がり、叔父を睨みつけた。当時、僕は叔父の事が信用できなくなっていた。

 叔父は東風谷さんが現人神である事を知っていた。なのに僕に伝えなかったのは何故だろうか。

 自宅に戻されてから数日たつが、僕は一度も外出を許されていない。家から出ようにも、叔父や彼の友人に監視をされていて、建物の外から出る事が出来なかった。

「お前さんは、早苗様に近づきすぎだ」

「近づきすぎって……」

「彼女は俺達とは違う崇高な世界の住人だ。何人も近づいてはならない」

 叔父の言葉に僕は絶句した。そんな事、一体だれが広めたというのか。

 東風谷さんは、現人神と呼ばれる存在なのかもしれない。崇高な人なのかもしれない。

 だが同時に、人としても生きてきたのだ。僕の目の前にいる彼女は、どこにでもいる少女となんら変わりなかった。

 それなのにどうしてなのか。

「叔父さんは、東風谷さんの事を知っていましたよね」

「………………………………あぁ」

「現人神っていう事も、知っていたんですよね?」

「あぁ…………そうだな」

 僕の質問に叔父は静かに肯定の答えだけ返した。

 その冷静さに内心煮え切らない気持ちになりながらも、僕は質問を聞いた。

「なら、どうして言ってくれなかったんですか。近づいてはならないなら、何故その時に教えてくれなかったんですか」

 問い詰めた声は自分でも思うほど大きく、部屋に響いていた。

 納得がいかなかったのだ。散々見ていなかったような振りをしていて、今更になって横やりを入れられたことが。彼女と良い思い出を作ろうと、そう思っていたのに。最後の最後で踏みにじられた気分だった。

 外のヒグラシの鳴き声がよく聞こえてくる。叔父はゆっくりと口を開いた。

「あの日────お前が、早苗様と出会った日、お前はどこか苦しそうな顔をいつもしていた。相談に乗ってやりたかったが、どう声をかければいいかもわからなかった。だが、早苗様と会ってからお前が明るくなった気がしてなぁ」

 叔父は、申し訳なさそうに話す。彼が気にかけてくれていたのは僕もよくわかっていた。

「彼女は普通の人間ではない。神様なんよ。わしらとは、住む世界が違うんよ。そうはわかっていても、お前が楽しそうにしているのを見ていたら止めようにも止められんかった。確かに、わしの責任でもあるな。すまなかった──」

 そう言うと、叔父は頭を下げてきた。その態度が僕は不満だった。遠回しに僕のせいにされているようで不愉快だった。

 僕は謝罪をしてほしかったわけじゃなかった。

 それなのに、何も言い返すことが出来なかった。

「だが、もうこれ以上は一緒にいられないだろう。お前が都会から来た、元々この地域の人でないにしても、お前は神様と長くいすぎた。彼女とは二度と会うべきではない」

 叔父は頭をあげ僕の目をみて告げる。ふざけるな、と僕は叔父に訴えたが、叔父は何も言わず部屋の出入り口に戻る。

「やることがないなら、受験勉強でもしなさい」

 叔父は捨て台詞をはくようにそう言い、部屋を出ていった。

 胸のもやもやを整理する事が出来ず、その場で立ち尽くしていた。

 暫くあと、何もすることがなかった僕は、叔父に言われたとおり勉強をするために、自室に戻った。

 自室に戻ると、携帯電話がチカチカと光っていた。それは、誰かから着信が来たサインだ。僕はすぐに手に取り着信履歴を確認しようとすると、軽快な着信音と共に待ち望んでいた人の名前が携帯の画面に表示された。

「もしもし……」

「東風谷です」

 電話の相手は早苗さんだった。久しぶりに聞いた声に、思わず東風谷さんの声を大きく呼びそうになった。だが叔父にバレてしまったら、携帯電話まで取り上げられてしまうかもしれないと思い、僕は廊下から離れた壁際に寄り、声をしぼって会話を続けた。

「大丈夫?ケガとかない?」

「はい。連絡が遅くなってしまい申し訳ありませんでした。実はあの山に携帯を落としてしまっていたようで……」

 きっと一緒に花火を見たあの山だ。道も整備されていない、だいぶ奥まで行ってしまっていたから、探すのに時間がかかったんだろう。

「そうだったんだ。ごめん……一緒に探せなくて」

「いえ、君が謝る事じゃないよ。それより、今電話してしまっても大丈夫でしたか?どうやら声を小さくされているような気が……」

「大丈夫。実はね……」

 僕は近況を話した。それを聞いた東風谷さんは、電話越しでもわかるくらい落ち込んだ声でそうでしたかと、途切れ途切れに応えた。

「ごめん。暫く会えなさそうなんだ。叔父さんは夏休み終わるまでって言っていたから、たぶん今日までだと思ったけど……」

「いえ、こちらこそすみません。不自由なことになってしまっているようで」

「いいんだ。東風谷さんのほうは大丈夫?」

 僕の問いに、東風谷さんは大丈夫ですと答えた。彼女はもともと外出する際は帽子などをかぶっていたようだが、湖上花火大会の日に多くの人に姿を見られているため、彼女も山の方以外にはなるべく外に出ないようにしていたらしい。

 彼らが東風谷さんに何かをしてくるとは思わなかったが、それでも念を置いて自粛したそうだ。

「それでも、元気そうなら良かったです」

「僕も久しぶりに東風谷さんの声が聴けて安心した」

 東風谷さんにそう告げて数秒、間があった。彼女に伝えた事を自覚し、あっと声をあげて顔が熱くなる。

 他意がないよう弁明しようとして、しどろもどろになっていると、彼女は携帯をもったまま、笑ってしまったそうだ。

「ありがとうございます。私も、君の声が聴けてなんだか嬉しかったです……」

 そう言ってくれた時の彼女は、微笑んでいてくれただろうか。

 彼女の笑顔がハッと脳裏に映り、電波に乗って聞こえてきた言葉に、耳も熱くなった。

「あの、もう少し喋っていても良いですか?」

 東風谷さんのお願いに僕はもちろんと答えた。

 それから僕達はこれまでと同じように、いつも通りに会話を続けた。

 勉強は一人でも頑張っている事。

 湖上花火大会の花火は綺麗だった事。

 神奈子さんが携帯を持ちだした事はとりあえず許した事。

 宿題はもう終わったのかの確認。

 そして、夏休みが終われば、受験できっと忙しくなるだろう。あと、どれくらい東風谷さんと会えるかはわからない。

「私が言う事じゃないとは思いますが、君はやはり……」

 東風谷さんの言葉は、一度途切れた。

 刹那、彼女はか細い声で謝った。けれど彼女の思いは十分伝わっていたし、納得もしていた。

「大丈夫、この前の出来事や今の境遇でよくわかったよ」

 僕は精一杯声色を優しくした。

 その後、無言の間がしばらく続く。今、東風谷さんはどんな顔をしているのだろう。

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