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東風の便り  作者: 啝賀絡太
第三章  諏訪の花火
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第三話

 茅野と別れの挨拶をして、僕達はすぐに会場を後にした。


 東風谷さんは半ば無理矢理、僕の手を引っ張る。いつもより少しだけ速く歩く彼女にぶつからないよう、ぎこちない足取りでついていった。


 突然どうしたのか尋ねたかったが、滅多にないことなので、僕はただ静かについていく事しか出来なかった。


山奥に続く緩やかな坂道を登っていく。


 坂道を登っていくごとに、だんだんと東風谷さんの限界が見えてくる。大丈夫か尋ねようとしたその時、彼女は地面に埋まっている石につまずき、転びそうになった。


「危ない!」


 僕は思わず叫び、彼女を横から受け止める。間一髪で浴衣の大部分を汚さなかったが、袖の一部等には砂ぼこりがくっついてしまった。


「ごめんなさい」


 東風谷さんは身体を僕に任せたまま、膝をついて謝る。


「どうしても、花火大会が終わる前に行きたい場所があったんです。あなたに見てほしい物があって……」


「見てほしいもの?」


 聞き返した僕に、東風谷さんは無言で頷いた。それ以上は何も言わなかったが、彼女のことだろう。きっと素晴らしいものに違いないと僕は信じていた。


「大丈夫だよ。花火大会はさっき始まったばかりだし。これだけ大規模のものならすぐに終わらないだろう?ゆっくり行こう。せっかく似合っている浴衣が汚れたりしたら勿体ないから」


 東風谷さんを傷つけないよう、僕はゆっくりと言葉を選びながら言った。


 ゆっくりと立った彼女の顔が赤くなっていた。どうかしたのか尋ねても彼女はなんでもないですとしか答えなかった。代わりに彼女は、震えた声でひとつの質問を僕に投げかけた。


「浴衣、変じゃないですか?」


「変じゃないよ。すごく似合っている」


 首を横に振りながら、僕は東風谷さんにそう答えた。東風谷さんは両手で口元を隠しながらそっかと呟き、笑顔で何度も味わうように頷いていた。


「実は似合ってないんじゃないかってちょっと不安で……」


「えぇ!今日最初に似合っているって言ったじゃないか」


「あ、あれはお世辞とか、社交辞令のようなものかと……!それに、凄く似合ってるとしか言わなかったから……」


「それは──」


 あまりの美しさに言葉を失い、直視することが出来ないくらい、眩しく見えてしまったから。


 思い浮かんだ言葉があまりにもキザに思えて、僕は一瞬言葉を詰まらせる。今更ここで伝えるのを止めるのは、野暮だとも思った。結局言葉を口にするのに五秒ほど時間を要し、出てきた声もか細いものだった。


 顔が熱くなり、花火を見る。隣をちらりと、視線だけ向けた。視界の隅に見えた彼女の表情は、純粋に喜んでいる普通の少女のようだった。


 僕達は東風谷さんの家を通り過ぎて、坂道を登って行った。そしてさらにその先に続いた、獣道のような、綺麗に整備されていない道を、僕達は転ばないよう手をつなぎながら歩いていく。少しだけ握る力を強くすると、彼女も僕の手をぎゅっと握り返した。


 共に歩みを揃え、獣道の先で点滅する明かりを目指す。


 辿り着いた先は、なだらかな坂になっていた。十分に整備されていない草原には、そこら中に雑草が生い茂っていたが、そんな事は気にもしない。

 それよりも僕は、正面に見える炎の花々に目が移ってしまった。


「綺麗だね」


 隣で東風谷さんが呟く。僕はそうだね、と答えた。


 山奥にこんな穴場があるとは思わなかった。東風谷さんがいうには、地元の人でさえなかなか知らない場所らしい。


 現にその場にいたのは僕と東風谷さんだけのようで、それ以外に人影は全く見かけられなかった。


 秘密の特等席で、僕達は花火を楽しんだ。高さ4m、幅広い長さで黄金に輝くナイアガラ、その上で、いくつもの花火が空で輝く舞い散っていった。


 湖上で輝くスターマインは、湖に咲くスイレンのように見えた。花火が打ちあがるたび、東風谷さんが凄い凄いと興奮する。僕の中にあった鬱蒼とした気持ちも、天高く散りゆく花火と共に消え去っていった。


 楽しい時間はあっという間に過ぎ去っていき、物悲しさが心に生まれた。


「終わっちゃいましたね」


 今となっては暗闇なだけの景色を見ながら、東風谷さんは言った。僕も小さく笑いながらそうだねと答えた。


 このまま帰るのは勿体ない、と思ってしまった。僕は帰ろうと告げることが出来なかった。東風谷さんも何故かずっと黙ったままで、静寂の中、夏虫の演奏だけが響く。


 世界で二人だけのような気がした。今となっては突飛な発想だと思うが、僕は本当にそう思ったのだ。先ほどの打ち上げられた花火達も実は自然が起こした超常現象で、麓には誰もいないんじゃないかと本気で信じていた。


 見上げた天空を見て、僕は呟く。


「せっかくだから、もう少しここに残ろっか」


 なだらかな坂の上で、僕達はいつかの湖上のように隣り合って寝転がった。


 眼前の光は、先ほどまでとはまた違う瞬きの輝きを放っていた。夏でもこんなに星々が見えるなんて、引っ越す前にいた街ではありえなかった。


「新鮮ですか?」


「うん、こんなに綺麗なんて思ってもいなかった」


 僕の答えに、東風谷さんはそうでしたかと、優しい声で応えてくれた。


「私、こうして自然と全身で感じることが大好きだんです」


「うん、東風谷さんはきっとそうだって思っていた」


 僕の答えに、東風谷さんは照れ笑いをした。


「でも、気持ちはわかるよ」


 僕は東風谷さんの照れ笑いに重ねて伝えた。


 初めてあったあの日も、彼女は氷の上で寝そべっていた。その時の彼女の心地よさそうな顔につられて、僕も同じことをした。


 不思議なことに寒さはあまり感じず、その場で寝てしまうくらい、僕はリラックスしていた。


 あの時ときっと同じだ。今見ているこの星空も、とても綺麗に見える。この街に引っ越してから約一年の中で、東風谷さんと見ているこの星空が一番、煌めいていように思えた。


「夜空を見ていると、吸い込まれそうに思いませんか?」


「それはなんだか怖いな」


「そうですね、けれど」

 

 東風谷さんは僕の右手に左手を重ねながら答える。


「けれど、それが心地よく感じるんです何もかもが溶けていきそうで、嫌なこととかも、全てが……」


 東風谷さんの声と共に、意識がどんどん遠のく。彼女が言ったとおり、意識がふわりと身体から離れて、満天の星空の中に溶けてしまいそうだった。


 ただひとつ、僕の中にあったある悔恨だけが溶けないまま、重しとなって僕の身体の中に残っていた。


 気がつくと、僕は東風谷さんに謝っていた。


「どうしたんですか?」


 彼女は声色を変えて、起き上がって僕のことを見る。無意識な行動により、後に引けなくなった僕は、起き上がってあぐらを組み、目の前の草むらを見ながら話を続けた。


「ごめん。せっかく会場まで来てくれたのに、結局こんな感じで、こっそり見る事になっちゃって」


「大丈夫ですよ。気にしないでください」


 隣から、彼女が笑う。愉快そうに言う彼女の声は、乾いているように聞こえた。


 カラ元気の声に目頭が熱くなっていく。


「私は人とは違いますから、周りの子たちは怖かったみたいなんです。前は、一緒に遊んでくれたんだけどな……」


 彼女の言葉が突き刺さる、僕は決してそういう言葉を彼女から言わせたかったわけではないのに。


 自分が感じてほしかったこととは正反対の反応を東風谷さんがする。何故、こうも思い通りにいかないのだろうか。彼女が傷つくのが怖くなり、僕はとうとう何もいうことが出来なかった。


「でも、今日は本当に楽しかったんです。人込みは大変でしたが、一緒に屋台を巡って、花火も見れて……本当に楽しかった」


 彼女の声が少しずつ力強くなる。僕は顔をあげて彼女の顔を見た。


「君以外にも、理解してくれそうな人もいた事も、優しい人もいるのも、今日わかった。君のおかげで、私は素敵な思い出を作ることが出来ました」


 彼女はにこやかにそう言ってくれた。そしてその顔のまま、僕に告げる。


「ありがとうございます」


 彼女の満面の笑みに胸をうたれたが、僕もこちらこそありがとうと、目を見て伝えた。

 

 それから夜空を見続けた僕達は、気がつくと、寝てしまっていた。

 ぱっと、目が覚めたころには、空はすでに明るくなりかけていた。


「ご気分はいかがですか?」


 右耳から東風谷さんの声が入ってくる。彼女はずっと、僕の隣に寄り添ってくれていたようだ。


「あぁ……ごめん。いつの間にか寝ていたようだ」


「いえいえ、気になさらないでください」


 彼女は微笑んだ顔で、首を横に振った。


「もうすぐ、陽が昇ります。帰りましょうか」


 彼女の提案僕は頷きながらも、胸の内のわだかまりが気になって仕方がなかった。その場から離れようとして、立ち上がったとき、背後から暖かい光が僕達に触れた。


「光が……」


 東風谷さんは静かに呟いた。


 東雲の空模様の中、東の方角から溢れ出てくる陽の光に呼応するように、星々が煌めいていた。西の方角を見ると、月が負けんとばかりに光を反射していた。彼女はわぁと、純朴な少女の目でその光を浴びていた。


 その時の東風谷さんの瞳を、僕は決して忘れないだろう。彼女の顔を見て、その姿を見て、普通の女の子ではないとは言えないのではないか。


 彼女は確かに、過去に周りから恐れられるような何かをしたのかもしれない。周囲から忌み嫌われるようなことをしてしまったのかもしれない。


 だが、例え彼女が周りから遠ざけられる存在だったとしても、僕が同じようにしなくてはならない理由などあるだろうか。


 かえろうか。僕がその五文字の言葉を告げる前に、誰かの怒号が聞こえてきた。


り何をしとるんか!」


 僕と東風谷さんは同時に振り向く。大人達がいっせいに、こちらに駆け寄ってきた。


 一日不在にしていた事がそんなにまずかったのだろうかと思ったが、どうもそんな様子ではなかった。


 何か嫌な予感がして、東風谷さんに逃げる事を提案したが、すぐに囲まれてしまう。大人達の中には叔父の姿もあった。彼もまた、厳しい顔で僕の事を見ていた。


「す、すみません。ここで夜空を見ていたら一晩明かしてしまって……」


「そういう事を聞きたいんじゃない」


 言い訳を述べた僕に対し、一人の男が低い声でそう返した。


「お前は、今誰と一緒にいるのかわかっているのか……」


「誰とって……東風谷さんの事は知っています。でも僕は──!」


 主張した僕を大人たちは冷めた目で見てくる。なかには、僕が言ったことが信じられないと言うような疑った目で僕を見ていた。


「……これ以上はいかんな」

 

 叔父がぼそりとそう呟いていた。それを合図のように、周りの大人たちは僕と東風谷さんを引き離す。


 何をするかと問うても、大人達はジタバタするな、おとなしくしろ、としか言わなかった。


「東風谷さん!」


 僕は東風谷さんのほうを見る。東風谷さんもまた、拘束されてしまった。


「なんだよ急に!どういう事ですか、叔父さん!」


 僕は近づいてきた叔父に訴えた。


「お前はもう早苗様と会ってはいかん」


 叔父は冷たい目で僕に告げた。

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