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東風の便り  作者: 啝賀絡太
第三章  諏訪の花火
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第二話


 長くも短くも感じる時間が流れ、僕達はようやく人の流れから離れることができた。


「ここまでくれば、もう逸れる心配もないね」


 緊張がほぐれ、僕たちはすぐ近くのガードレールに腰を落とした。身体にかかっていた負担が徐々に現実味を帯び、ふぅっと一呼吸ついた。


「すみません……結局、君にずっと身体を任せたままで」


「大丈夫だよ。逸れる方がもっと大変だからね」


 離れたりしないで本当に良かった。


 心から出てきた思いを伝えると、彼女は安堵の表情を見せてくれた。


「それで、そろそろ手を放しても……」


 顔を赤くしながらうつむく東風谷さんにつられて、僕は下をみた。逸れそうになった時から、彼女の手を握りしめていた。


 僕はごめん、と大きな声で謝り、すぐに手をはなした。


「一休みしましょう。私、離れの自販機から飲み物を買ってきます」


 彼女は顔を見せないまま、そう言って走り去っていった。


 流されるまま、僕はその場で待ち続けた。


「あれ、東京君じゃぁん!」


 誰かが大声で呼んだ。もちろん、それは本名ではない。


 聞き覚えのある声に顔をあげると、僕が転入してきたときに揶揄ってきた男子がいた。


 その揶揄い男子や彼の友人が、壁を作っていた。その中には例のゴシップ少女もいて、彼女は社交辞令のような、いかにも作られたような笑顔をみせながら僕に手を振っていた。


「こんなところでどうしたの?」


「ちょっと、人ごみに疲れちゃって……」


 僕が苦笑いで答えると、ゴシップ少女も笑い返してきた。


「大丈夫ー!?こんなのでバテるなんて、体力ないねー」


「ひ弱だなぁ。まだ都会サマ気分が残ってるのか?」


 揶揄い男子が昔のように揶揄ってきて、頭がぎゅうっとしめつけられた。ああ、このノリは慣れないし、慣れたくもない。


「別に、そんな気分はじめからないし。なんだよ都会サマ気分って」


「おお、こわいこわい。そんな怒るなよ」


 男子は、大きく笑いながら僕の肩を何度も強く叩いてきた。ただ人を馬鹿にするだけのような弄りは好きじゃなった。人の事を考えていないような気がして。


 もしかしたら、東風谷さんもこんな気持ちだったのだろうか。


 自分勝手な思考を巡らせていると、ゴシップ少女が僕の顔を覗き込んでいた。


 咄嗟に何、と少し不機嫌な声色で聞いてしまったが、彼女は気にせず、心の奥を見透かそうとするように僕の瞳を離さないでいた。


 じっと見つめたまま、僕の質問には何も答えず、彼女は自分の気になっていた質問をしてきた。


「ひとりで来たの?」


「まじかよ、ぼっちじゃん」


 ゴシップ少女が尋ねてきて、すかさず揶揄い男子が割り込んでくる。妙に癪に障るが、こぼれそうになっていた苛立ちを我慢した。


「いや、二人で来てるよ」


 無表情で答える僕に、ゴシップ少女は質問を畳みかけてきた。


「もう一人は?」


「今、飲み物を買いに行っている」


「そうじゃなくて」


「そうじゃない?」


「誰と来ているのかって聞いてるの!」


 そこまで言われて、僕はあぁと生返事をした。この人たちに東風谷さんのことを言うことは気が引けた。


「東風谷さんとなんだ!」


 尋ねた彼女はなぜか喜々としていて、瞳を輝かしながら僕に聞いてきた。


 図星を突かれたからか、はたまた純粋な恥ずかしさからか、心臓が一秒のあいだ、きゅっと縮む。同時に、尋常じゃない量の汗が額から溢れ出てきた。


 その様子を見た彼らは、一斉に僕のことを揶揄いはじめる。


「まじかよ、あんな女と一緒に来たんか!」


「東京もん。変わった趣味しているね」


「せいぜい祟られるなよ」


「ていうか、東風谷さんと知り合いだったんだ。どこで出会ったの?」


 各々の感情や思惑を一斉にに僕に浴びさせる。それらのほとんどを快く感じ取ることは出来なかった。


 出来るはずがなかった。彼らの態度から、東風谷さんに対する印象は容易に想像できた。


「もの言いたげだな」


 揶揄い男子はヘラヘラと笑ってきた。


 僕は別にと答えた。そいつは冗談なのに冷たいねぇなんて笑っていたが、全く面白く感じなかった。


「てか、アイツが言っていたことってマジなの?」


「なにが」


「図書館で一緒にいるって話だよ」


「いるけど」


 淡々と答える僕とは正反対のリアクションを彼らはしていた。浮かれた話をしていると舞い上がるのはよくあることだ。けれど、彼らの反応はどうも鼻について仕方がなかった。


 茅野と神奈子さんから聞いた話が、ずっと頭に残っていたからだろうか。


 それとも、彼らの反応があまりにもやかましかったからか。


 恐らくどちらとも当て嵌まっていたのだろうが、とにかく僕は彼らの、小学生のように高い声で大袈裟に茶化す反応が気に入らなかった。


 一方で、僕もこのころは子供っぽい性格だっただろう。嫌悪感を隠すことが出来ていなかった。


「東風谷さんが楽しそうにしているの、久しぶりに見たからさ。どこまでいったの?」


 興味津々といった表情でゴシップ少女が聞いてくる。純真そうな瞳が鬱陶しくて仕方がない。


「そういうの、無粋とは思わない?」


 苛立ちを隠せなかった。僕は思わず睨んでしまって、ゴシップ少女はたじろいで謝った。


「ちょっと、やりすぎたかなって思うけど……でも、嬉しいでしょ?仲が良いってみんなに知られてさ」


 彼女の調子の良い言葉の数々に耐えきれなくなった僕は、舌打ちをした。それでも彼女は悪びれることはなく、それどころか自分の行いに不満があるのかと頬を膨らませながら聞いてきた。


 耐えきれなくなった僕は、ゴシップ女を睨んでしまった。


「ごめんって」


 おずおずと謝る女子を責めることもできず、僕はため息をついた。周りにいたクラスメート達も、困惑した表情で僕を見ている。


「東風谷さんだって普通の人と同じ心を持ってるんだよ、なのに──」


「お前、正気か?」


 ゴシップ少女の友人がが、憐みの瞳を向けながら僕に問う。


 彼らは当惑を見せていたが、なお自分達の間違いを認めようとは思わなかった。


「やっぱりお前、どうかしているよ」


 いつも揶揄ってくる男子が、笑わず僕に告げる。今まで生きてきた中での常識を否定されれば、誰だって不機嫌になるのは当然のことだ。この中でアウェイなのは、僕の方だ。


「あいつは普通の人間じゃないんだよ。異常で怖い力を持っているんだ。化け物なんだよ!」


 彼が怒鳴った。その勢いに負けてしまった僕は、息をのんでしまう。


 きっと、彼らにしかわからない彼女に対する恐怖心というのが、少なからずともあるのだろう。幼いころに何が起きたのか、余所者の僕は確かに知らない。


「東風谷さんの何処が普通なの?教えてよ……」


 隣にいた女子が、声を震わせながら僕に聞く。それが演技だとか見せかけのものだとは到底思えなかった。みんなの視線が痛々しくて、僕は無意識に後ずさる。


 冷静に反論することが出来ず、僕はただ狼狽えながら、首を横に振った。


「東風谷さんは化け物なんかじゃない……だって」


 理由を話そうと、頭の中で散り散りとなった言葉を集めたが、彼らに伝えることは出来なかった。彼らもまた、自分達の意見が理解されていない事に気がついているのか、僕のことを呆れた目で見ていた。


 十数秒間続いた沈黙を破ったのは、僕でもなければ金子さんでもない。


「おい、そこ邪魔だぞ!!」


 大きい声が、空気をさく。一斉に声の主の方を見た。


「茅野じゃねぇか……」


「そこ、たむろされると困るんだよ。早く場所移動しろ」


 鬱陶しそうに言う茅野を前に、ゴシップ少女達は僕を一度睨んでから移動を始めた。


「おい、大丈夫か?」


 尋ねてきた茅野の声は少し明るめに言ってくれていた。優しく置いてくれた手があたたかく、僕はすぐに礼を伝えた。


「ありがとう、大丈夫だよ」


「随分と張り切った格好だな。てことは、誘うのに成功したのか?」


「まぁ……そうだね」


 僕はへへらと、気持ち悪く笑いながらそう答えた。


「やったじゃん。とりあえず仲直りも出来たって事か。おめでとう」


 茅野は我が事のように喜び、僕の頭をぐしゃぐしゃと乱した。


「あいつらの事は気にするな、気に食わないやつらかもしれないが……」


「わかってる。いや、よくわかったよ」


 僕がそういうと、茅野は申し訳なさそうに頭を下げた。


「やめろよ、君が謝ることじゃないだろう」


 僕は茅野にそう言う。


 あの場にいた彼ら全員に非があるとは思えなかった。幼い時から東風谷早苗という特別な存在がいた。その生活のなかで植え付けられ育った恐怖心はそう簡単には取れないのだろう。


 僕とは全く境遇が違う。価値観に相違があるのは仕方のないことだ。


「でも今は危害があるわけじゃないし、そっとしておいてほしいなんて思うけど」


 僕達がそう話していると、東風谷さんが戻ってきた。


「あの……」


「おかえり」


 僕がそう言ったあと、東風谷さんは少しはにかみ、茅野の方を見た。


 茅野はどうも、と少しぎこちなくそう言った。東風谷さんも静かに会釈をした。


「あー……俺はこいつの友人だ。いつもこいつが世話になっているな」


 笑いながら僕の頭をぐしゃぐしゃとしてそういう茅野に、僕は親かよと言いながら手を払った。


 東風谷さんは僕達のやり取りを見て、くすくすと笑っていた。それを見たからか、茅野は緊張がとけたようにいつも通りの声色に戻って、東風谷さんに告げた。


「話はいろいろ聞いているよ。今年に入ってから遊んでいるんだって?」


「えぇ、私もよく話してくれていて嬉しいです」


「そうか。ありがとうな。本人から聞いているかもしれないけど、こいつ前の学年の時は面倒くさい奴らに絡まれていたみたいでな……あんたのおかげで、二年の頃は耐えていたのかもしれない」


 そんな大袈裟な……なんて一瞬思ったが、あながち間違いでもないような気がして、僕はへへへと笑う事しかできなかった。それをまた茅野に揶揄われて、僕はうるせぇと笑いながら返した。


「しかしまずいな……」


 茅野はまた深刻そうな顔に戻る。


 一体何がだろう、僕がそう尋ねると、茅野はゴシップ女の名前を出した。


「あいつに見られたってなると、もしかしたら自治会長とかに話がいくかもな……」


「話ってまさか私のこと?来ているのがバレてしまったのでしょうか」


 心配そうに尋ねる東風谷さんに、茅野は重く頷いた。そこで僕は事の経緯を説明した。


「実は、僕達が会っているのを知っている人がいたみたいで……さっきその女子と鉢合わせたんだ」


「あいつ顔がきくからな……親経由で広まる可能性もあるかもしれんな」


 どれだけ周知能力があるんだなんて思ったが、ゴシップ少女なら出来かねないと思った。だからこそのそのあだ名なのだから。


 しかしもし茅野の言う言葉が本当ならば、このままだと会場にいられなくなるだろう。しかしそうすると、花火が見られなくなるかもしれない。


「どこかで見れればいいんだけど……」


 僕がそう呟くと、うつむいていた東風谷さんが意を決して声をあげた。


「あの、行きたい場所があるんです!」


 呼吸を整えてから言った彼女の言葉は、少し震えていたが、良く張っていた。


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