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東風の便り  作者: 啝賀絡太
第二章  風祝の少女
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第五話

「早苗なら、そろそろスーパーに買い物に行っているだろうな。場所はそこに表示されている」


 神奈子さんはそう呟くと、懐から携帯を取り出し僕に優しく投げてきた。


 落とさないように、気をつけてキャッチした。当時はスマートフォンなんてものはなかったもので、渡されたものも、古いガラパゴス式の携帯電話だ。画面には、おそらく東風谷さんが普段から行っているスーパーの場所が表示されている。


「さっき、君の電話を受け取ったときにそのまま持ってきてしまった。私はこれから用事があるのでね。代わりに返しておいてくれないか?」


「わ、わかりました……!

 彼女はそう言うと、僕とすれ違い何処かへ行こうとする。

 すれ違い様に、上手く誘えよと言われたような気がした。それを確認しようと振り返ったが、そこに神奈子さんの姿はなかった。


 僕は携帯で提示されたスーパーに向かおうとした。だが、目的地に到着する前に東風谷さんとはちあう。彼女はスーパーの袋を二つ持っていた。


「こ、こんにちは……」


「……こんにちは」


 東風谷さんは、どうしてここにいるかと聞きたそうだった。そこで僕は神奈子さんから預かった携帯を見せる。


「それ、私の……!どうして……」


「今日、神奈子さんという人に会って、これを預かったんだ」


 僕がそう答えると、東風谷さんは何かを思い出したのか大きく口を開けた。普段の東風谷さんとは違うような、年相応の顔になった気がした。


「神奈子様ったら、お昼から姿が見えないと思ったら、勝手に人の携帯を……!」


 珍しい、東風谷さんの怒った表情だ。どうやら、この携帯は東風谷さんのもので間違いないようだ。もっとも、先ほど神奈子さんには返しとくように言われたので予感はしていた。


 すぐ後に、東風谷さんはハッとした表情を見せる。


「いえ、その、あの人……あの子は……」


 弁解しようとする東風谷さんに、僕は首を横に振って伝えた。


「大丈夫、神奈子さんは東風谷さんの親戚だと話していたよ」


 僕は手伝うよと言って、東風谷さんの持っていた袋をひとつ取った。驚きで力が抜けていたのか、東風谷さんはすんなりと渡してくれた。


 夕暮れ時、東風谷さんの家の帰路を歩いていく。暫くの間、僕と東風谷さんの間に会話は生まれなかった。


 緩やかに長く続く坂を登りきり、とうとう彼女の家の前まで来てしまった。僕は勇気を出して、沈黙を割いた。


「昨日は、ごめん。考え至らずな事を口走って……」


「いえ、こちらこそ説明が足りず、その場から逃げてしまって」


 うつむく早苗さんに僕は何度もいいんだ、と返した。


「少し考えればわかる話だったんだ。それを僕が何も考えていないで、軽率な発言をしたから」


 ところで、と僕は話を切り替えた。


「今度、湖の方で花火大会があるって聞いたんだ」


「えぇ、毎年行っている湖上花火大会ですよね」


「うん。僕も是非見てみたいと思うんだけど……」


「良いですね。とても素晴らしいですよ。学校のお友達と是非──」


 そう言った東風谷さんの言葉を僕はいやと言って咄嗟に遮った


 喉まで来ている言葉を吐き出すのに、苦労している。その様子を見て、東風谷さんは察した顔をしていた。ばれてしまっているならば仕方がない。いっそ僕は勢いをつけるために大声で言った。


「花火には、東風谷さんと見たい、です。だから、一緒に行ってくれませんか!?」


 僕は誘い、顔をさげた。顔がとても暑い。それは、坂を登ったからでも、夏のせいでもないだろう。


 ゆっくりと顔をあげると、東風谷さんは茫然としていた。大丈夫か二度尋ねても東風谷さんの返事はなかった。


 三度目の呼びかけで、彼女は現世に戻ってきた。


「……本当に話が変わったなぁって思ったら、まさかお誘いだなんて」


 ぼそりと溢した東風谷さんの言葉に僕は苦笑いで返した。確かに、なんとも不器用な誘い方だったと思う。


「神奈子様から、私の事を聞いたのではありませんか?」


「うん、聞いたよ。昔あった事とか、今の事とか」


 けれど、僕が東風谷さんと一緒にいたい理由に響く話ではない。


 東風谷さんは、普通の人とは違って特別な力もあるし、それによって地元の人に恐れられているのかもしれない。


 ただ、僕が彼女を好きになった理由は、彼女が現人神だからではないのだから。


「僕はそれでも、東風谷さんと一緒にいたい。東風谷さんと思い出を作りたかった」


 きっと学校のクラスメートや、もしかしたら大人の人に話したら止められてしまうのかもしれない。


 それでも、僕は彼女との思い出を作りたかった。


 東風谷さんは暫く、何も答えなかった。


「……もし、行けたとしても、流石に私は花火の事は詳しくありませんよ」


「いいよ。僕は東風谷さんと一緒に花火を見れれば、それで良いから」


「私と一緒にいても楽しいか……」


「今までも楽しかったよ。だから大丈夫」


 僕は彼女の目をしっかりと見てもう一度尋ねる。


「僕と一緒に、花火大会を見ていただけませんか」


 彼女の瞳からは、ぽろぽろと涙があふれた。


 一瞬肝が冷えたが、その後何度も首を縦に振ってくれたので、一安心する。


「ありがとう。こちらこそ、よろしくお願いします……………!」


 震えた声で、東風谷さんはそう言ってくれた。


「じゃあ、当日はここまで迎えに行くよ」


 東風谷さんが落ち着くのを見守った後、僕は彼女に言った。東風谷さんは笑顔でよろしくお願いしますと言って、家に入って行った。


 仲直りできた喜びと、誘いがうまく行ったことに舞い上がり、下り坂を転ばないように気をつけた。


 けれど表情はどうしても緩んでしまうものだ。


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