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東風の便り  作者: 啝賀絡太
第二章  風祝の少女
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第四話

 神奈子さんが答えたと同時に湖から仰がれた風が、僕の肌を立たせた。


「君は“現人神”を知っているか?」


 神奈子さんは一つ、僕に問いかけた。


 当時、そういった知識は基本的に東風谷さんから聞いていた為、彼女が教えていない事に関しては全くわからなかった。


 僕は正直首を横に振った。


 現人神──────────


 それは言葉のとおり、人の姿をして現れた神様を言う。多くはその単語を「神の血を引いている人物」や「その身に神が宿っている人物」を指す言葉として使っていた。


 なお、現代においては生きた人間を神のようだと称える事もあり、例えば神がかった技術をもつスポーツマンを神と呼んだり、多く広まった文化の始祖にあたる人物をその文化の神様だと呼ぶこともあり、その人達は現人神に分類される事もあるらしい。


 この時代で例えるなら、シアトルのチームに所属している日本人メジャーリーガーのことを神と呼んだり、また漫画の神様と呼ばれている人物もいた。


「もっとも、早苗の場合は昔から呼ばれている本来の意味の現人神が正しい」


「それは、つまり……」


 僕が言おうとして詰まった言葉を、神奈子さんが答えることで真実を繋げた。


「つまりあの子……早苗は神の血を引いている。この地に昔からいた神の末裔であり、神の力を実際に扱う事の出来る人間だ」


「神の血を引いている、現人神……」


 驚愕している僕に、神奈子さんは説明を続けてくれた。


「あの子はふつうの人間では出来ない事が出来る。世界征服みたいな、人間が行動できるものではなく、超常現象のようなものだ。そう、私達は神力と言う事もあるが、いわば人の手では実現する事の出来ない現象を引き起こす事が出来るってわけさ」


 例えるならば、先ほど博物館で神奈子さんが言っていた、人が自然現象が神様の所業と話していたように、つまるところ早苗さんは、その自然現象を起こすことが出来るということだろうか。心の中の疑問を見透かしたように神奈子さんあh説明した。


「早苗は風を起こすことも、雨を起こすことも出来る。出来てしまう」


 神奈子さんの説明に相槌を入れる事も出来ず、僕は息をのんだ。


 茅野やここの地域の人達が感じていた恐怖の正体は、この自然現象を起こす事が出来る力なのだろうか。


「現にあの子は、生まれてから何度も奇跡を起こしてきた。意識的にではなく、無意識に起こしてしまった物もあった」


「無意識に?条件反射的に力を使ってしまうってことですか!?」


 まずそうに話した神奈子さんに、僕は反射的に聞き返した。


 神奈子さんは深いため息をつきながら頷く」


「あぁ、そうだとも……早苗は自分が現人神だということは知っているが、まだ心が成長しきれていない。だから使える神力も僅かではあるが……やはり、なまじ人間の生活に馴染んでしまったからだろうか。やはりあの子を普通の人間と同じ生活を送るのは難しかったのだろうか……」


 口惜しそうに神奈子さんは呟いていた。


 きっと、生まれた時に沢山話し合っていたのだろう。特殊な人間だから、普通の人間と同じ生活は送れないのでは、なんて言う反対派もいたのだろうか。


「地元民で友と呼べるような人間は出来ず、皆恐れてしまった……」


 にわかには信じがたいことだ。僕がそういうと、神奈子さんの頬がゆるんだ。


「信じがたい……か。それが、あの子が君にどれだけ打ち解けていて、また君があの子とどんな接し方をしているのか、よくわかる言葉だよ」


 だが事実は事実だ。神奈子さんは厳しい表情できっぱりと言い切った。


「僕の知り合いで、東風谷さんの事を怖いと言っている人がいました……東風谷さんは昔から怖がられていたんですか?」


「いや、そんな事はない。幼い頃は分け隔てはなかったとも。なかったんだがな……」


 彼女は湖を遠い目で見ながら、その時の出来事をまるで昔話を聞かせるように話し始めてくれた。


「幼子ほど、純真で、周りの不思議な現象に壁を作ることはないだろう。早苗の周りで起きていた現象を、同年代の子が恐れる事はなかった。そして保護者達も不思議に思っていたが、変わり者の子としか思っていなかったそうだ。だが、年齢を重ねていくにつれ、周りの反応も次第に変わっていった。まるで時代の変化にそって、早苗のことを受け入れられない子が増えてきた」


 思えば、人類は技術が進歩するたびに、怪異に対し信用がなくなっていた。


 僕が小学校に入学する前はこっくりさん口裂け女のような言わば都市伝説と呼ばれていたものが流行っていた。それこそ、あまりの恐怖に集団下校を行った地域もあったそうだ。


 だが、科学が進歩するにつれ、神秘性は胡散臭い創作だという認識が広まっていった。


 一方で、実在する東風谷早苗という現人神は、創作ではない神力を持っており、彼女のその特殊性は浮き彫りになり悪い意味で目立つようになった。


「早苗のことも、だんだんとおかしな話をする子だと皆が言い始めたんだ。怯える子はどんどん増え、早苗に近づく子はいなくなったんだ」


「その時の早苗さんは、何かしたんですか?」


「何も……何もしなかったさ。ただ、それが良くなかったんだろうな」


 神奈子さんの声色が変わっていく。先ほどまで憂うような瞳は、いつの間にか力強く、憎悪をぶつけてやらんとするほど強い目になっていた。


 人間というのは、得体のしれないものに恐怖を感じる事が多い。畏怖の感情は、自分が想像もつかない正体不明の力が怖くて仕方がないのだ。


 かつて神様と呼んだ数々の自然現象も、当時はその仕組みを知る術がなかったから、それが自分達の創造をはるかに超える存在によるものだと恐怖したのがキッカケだったのだろう。


 しかし、その恐怖が消える条件がある。ひとつは対象の正体が判明することだ。


 不思議なことに人は知ると恐怖をなくすことがあるのだ。夜中、寝ている間に聞こえるカラカラと転がる音。


 それがまるで、ショッピングカートに近い軽い音で誰かが外で徘徊していると思い込んでしまい、恐怖心がわいてくる。


 だがその音の正体が、ペットボトルで作られた風見鶏だとわかってしまえば、湧いて出た恐怖心は揮発し跡形もなく消えていく。


 東風谷さんの場合、本当の現人神だから、普通なら得体のしれない力は持ったままのはずで、それに対する恐怖心がなくなる事はないはずだ。ただそれは、彼女が己の力を誇示する場合の話だ。


「早苗は、怯える周りの様子に悲しくなっても、笑顔で遊ぼうと誘ったりした。あの子は変わらず、友達が大好きだったんだ。危害を加えてなんかいなかった」


「力を自分から使おうとしなかったってことですか?」


「あぁそうさ。だが、人間というのは元来弱い物に対して大きく出やすい性格でな。奴らは何もしていない早苗に対し、ひどい仕打ちをするようにした。集団的自衛権と主張しながら、危害を加えるようになった」


「いじめ、ですか」


 神奈子さんは静かに頷く。


「はじめは、簡単な悪戯程度だった。変人扱いをしてからかったり、黒板けしを落とされたりな……許される行為ではないと思うが、しょせんは子供の悪戯だ」


 神奈子さんは、薄汚れた格好で帰ってきた東風谷さんに、何があったのか尋ねたことがあったそうだ。


 ただ、東風谷さんはその時はなんでもないと答えていたそうだが、彼女へのいじめがエスカレートしていくうちに様子がおかしいのが明らかで、神奈子さんは何度も問い詰めたそうだ。


 東風谷さんも辛くて耐え切れなくなったのか、真実を告げてくれたらしい。


「上履きに画鋲を入れられたり、川に落とされたりもしたらしい」


「そこまで深刻化していて、誰も異議を唱えなかったんですか!?」


「……わかるだろう?」


 問い返した神奈子さんの瞳はとても冷たく、僕は感情的に聞いてしまったことを後悔した。


 それが軽率な質問だったことは、明白だ。親や家族が東風谷さんの為に何もしないとは思えない。


 いじめという言葉を僕は使ってしまったが、言ってしまえば彼らの行いは犯罪だ。子供がやった事、なんてのは言い訳にならない。


 その時周りにいた子供たちが犯した罪は、この先どんな事があったとしても許されることではない。


 神奈子さんはこの先その行いをした子供たちや、それに意義を唱えた時に改善をしなかった子供たちの親族を、一生許さないのだろう。口にはせずとも、瞳でよくわかった。


 蛇に睨まれた蛙のように僕は固まっていた。冷たい瞳に僕は喰い殺されてしまうのではと思った。


 体感としては、二十秒ほど睨まれていたと思う。生きた心地はしなかった。


 はっと神奈子さんは一瞬だけ目を見開き、鼻から息を大きくはいてから、すまなかったと僕にお詫びの一言を述べた。


「君は当事者でもないのにな。つい、カッとなってしまった」


「いえ、僕のほうこそ無粋な質問をしてすみません」


 すぐに僕も謝る。


 無論、その言葉は神奈子さんに気をつかうために出たものではなかった。


 考えてみればすぐにわかることだ。さっき神奈子さんが孤立していたと言っていたばかりだろう。


 子供たちに味方はいなかったらしい。それもまた、人間の心理のひとつだ。


 物語ではよくいじめに一人立ち向かうヒーローが出てくるが、現実にはそういない。元々いじめられていた子と共に、被害を受けてしまうのではという不安があるからだ。


 自ら壁になる勇気なんてものは、そう簡単に湧いて出てくるものでもないだろう。


 胸がしめつけられる思いだった。東風谷さんが周辺の人間に何かをしていたわけでもないのに、どうしてそこまでの仕打ちを受けなければならなかったのか。


 そうすると、だ。東風谷さんが普段から制服を着ていない理由にもたどり着くことが出来た。学校に行く機会がないならば、学校の制服なんて着るはずがない。僕は心の中で整理した。


「だが、まぁ、世俗に触れる事は悪い事ばかりじゃなかったそうだ」


 神奈子さんは僕を見ながらそう言った。何があったんですかと尋ねると、彼女は鼻でわらう。


「この状況でわからんか鈍感もの。君との出会いのあと、早苗は少しだけ明るくなったんだ」


「ああ……えぇ!?僕ですか?」


 間抜けな返答だ、と神奈子さんは笑った。自分でもそう思う。


「いつも通りひとりで諏訪湖に行ったその夜に、自分の事を奇異な目でみない人がいると嬉しそうに話してくれたんだ。そして、伝承のことを紹介したいから夜中に出かけたいと興奮気味に私達に話してくれたよ」


 そう話してくれた神奈子さんの顔に笑みがこぼれていた。先ほどとはまるで別人だ。


「御神渡りを見せた後、少しだけ後悔したそうだがな」


「そうなんですか?」


「あぁ、少し距離をつめるのが早かったかもしれないとな。だが、お前は早苗の好きなものを否定しなかった。そのやさしさに早苗も私も救われたのだよ」


 東風谷さんがそこまでナイーブになっていたなんて思ってもいなかった。


「君との出会いで、早苗の人を信じる心も報われたはずだ。ありがとう、早苗に優しく接してくれて」


 お礼を言われるとは思わず、僕は照れくさくなって火照った顔を手であおいだ。


「僕も東風谷さんには日ごろお世話になっていますので。ただ……」


 はたして東風谷さんは昨日のことを許してくれるだろうか。


「大丈夫さ。君のやさしさは伝わっている。早苗も、君の事が嫌になったわけじゃないからな」


 微笑みながら神奈子さんは答えてくれた。

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