俺は勇者様だが気分屋だから気分が良くねーと戦わねーから頑張ってもてなせや村人ども
村人たちは憔悴しきっていた。
毎日のように魔物が現れて村を襲っている。
せっかく作った芋もとうもろこしも奪われ、奪うものが何もなくなると家畜を喰らいはじめた。家畜までいなくなったら次には人肉を喰らわれそうな気がしたので、必死こいて農作物を作り続けていたのだ。
「このままではオイラたちに平和な暮らしはいつまで経っても送れねぇだ」
「どうにかしなければ」
「どうにかしなければ」
そんな時、村に一人の若者が現れた。
胸に『勇者パリバロペロス』と名札があった。
勇者パリバロペロスといえば国中に名が知れ渡っている。
先の魔王軍との戦いで、一人で魔王城に乗り込み、一人で魔王を討ち取った、『生ける伝説』ともいえる人物である。
名前が長いので誰もが『ペロ』と彼を呼んでいた。
村人はまずは疑った。
「おいっ、村人ども! 腹減った。俺はかの有名な勇者パリバロペロス様だ。ペロさんだ。実物に会えるだけで光栄だと思え。何か食わせろ。野菜はいらん。肉と果物を山ほどご馳走しろ」
村に入って来るなりそう言う男に対し、みんなで眉に唾をつけた。
確かに立派な鎧に身を包み、偉そうな赤いマントを翻している。しかしその傲岸な態度とあまりの若さ、そして貫禄のないオヤジみたいな俗物そのものの顔に、彼を本物と信じる者は一人もいなかった。
村長は彼を迎えると、機転を利かし、丁寧な口調で言った。
「おお、勇者様! ちょうどようございました! この村はただいま魔物につけ狙われております。毎日のように魔物がやって来て、農作物や家畜を喰い荒らしておるのでございます。どうか、魔物を退治してやってはくださいませんか? 軽いものでございましょう?」
そして少し軽んじるような笑いを浮かべ、こう言った。
「貴方が本物の勇者様なら?」
するとパリバロペロスは横柄なオヤジのような表情を微塵も崩さず、こう答えたのだった。
「へー、そうなの? そんなの軽いもんだ。やってやんよ。でも、まずはメシ食わせろや。腹が減っては屁すらこけんわ。もてなしてくれたら、もてなしてもらったぶんの仕事するよ」
村人たちは一瞬どうしようかと迷ったが、どうせ魔物が襲ってくれば奪われるものである。魔物のために取っておくよりは、藁にもすがる思いで、肉と果物をパリバロペロスにふるまってみた。
「うん! なかなかいい肉だ! こりゃー、うめーな!」
農作業用にほんとうは生かしておきたかった村で一番の牛を、勇者のためにふるまった。村でも一本しかない樹に少ししか生らないリンゴを差し出した。
勇者はそれを腹いっぱい食べると、剣を傍らに、無防備に投げ出すように置き、ゴロンとだらしなく寝転がった。
「布団をもて」
村人たちに顎で命令する。
「ちと寝るわ。魔物が来たら起こせ」
これ、本物の勇者か? いや、やっぱりどう見ても違うだろう──村人たちはコソコソと話し合い、村一番の牛を食肉にしてしまったことや貴重なリンゴを食わせてしまったことを後悔しはじめていた。
「魔物だ!」
門のほうから駆けてきた若者の声に全員が振り返った。堅く閉ざしてある鉄の門が簡単に破られた。姿を現したのは黒い牡牛の頭部に巨人の身体をもつミノタウロスであった。
「勇者様!」
「勇者様、魔物が来ました!」
揺り起こされて、パリバロペロスは面倒臭そうに目を開いた。
「あ……。でっけぇやつ、来たなぁ」
あくびをしながらだるそうに起き上がると、剣を持つ。そのまま高く飛ぶと、太陽を背に剣を振り上げた。
「……ンモ?」
日が翳ったのを不審そうに見上げたミノタウロスを、その硬そうな黒い鉄兜のような頭頂から一刀両断にして着地すると、パリバロペロスはまた大あくびをしながら、ふかふかの布団に戻って行った。
「本物だ……」
「本物の勇者パリバロペロス様だ!」
のんきな寝顔を見せて眠る勇者を取り囲み、拝むように村人たちが囁きあう。
「これは魔物がおそれをなしてやって来なくなるまで村におってもらったほうがええだ」
「さすがに魔王まではやって来んだろうけん、三匹もやっつけりゃあ、危険を感じて近寄らんようになるじゃろ」
この日から村人たちは、魔物に奪わせるための農作物ではなく、パリバロペロスを村にとどまらせるための果物と家畜を必死こいて育てはじめた。
デビル・ソーサラーが巨大なゴーレムを引き連れてやって来た。
ペロは一太刀で二体まとめてやっつけた。
ワイバーンとガーゴイルの群れが空から襲って来た。
ペロは光の魔法を放ち、面倒臭がりながらも一匹ずつ消し去った。
ドラゴンが地響きをあげて襲来した。
ペロはちょっと真剣な顔になったが、やはり一太刀で葬った。
最強のドラゴンを退治したことで、もう魔物はやって来ないように思えた。
「ありがとうございますじゃ、勇者様。これはほんのお礼のしるしですじゃ」
村長は丁重に礼を言うと、村中のみんなで頑張って作ったビーフジャーキーを手土産に持たせようとした。
しかしパリバロペロスは鼻で笑いながらそれを押し返した。
「この村は居心地がいい。しばらく居させてもらうわ」
「そ……、それは構いませんが……。しばらくと言うと、どれぐらいで?」
「さぁな。俺の気が済むまでというか。……新しい魔王が戦を起こすまでかな」
新しい魔王はまだ若い。軍を統率する力もまだないと聞く。そうすると、ペロはかなり長いあいだ、この村にとどまることになりそうだった。
「おまえらも用心棒いたほうが助かるだろ?」
ペロは言った。
「いてほしけりゃ今まで通り、メシと酒を俺にふるまえ。あと若い姉ちゃんな。俺は気分よくねーと戦わねーし、気分悪くしたら何をやらかすかわかんねーから気をつけろ」
言い終えるなりペロは寝息をたてはじめた。傍らに剣を無造作に置いて──。
「こんなに無防備に剣を投げ出しちまってまあ……」
小声でそう言いながら村人の一人が剣に手をかけようとすると、寝言のようにペロが言った。
「剣を取ろうなんてするなよ〜? 言っとくけど、触れた瞬間に死ぬから」
誰もが震え上がり、声を失った。
村人たちは相談しあった。
「まぁ、もう魔物も襲っては来んだろうから、テキトーにもてなさずにいたら勝手に出てくんじゃね?」
「いや、機嫌損ねて暴れ出されたら大変じゃ。それこそ魔物よりも厄介な存在になるかもしんねぇだ」
「魔物が来なくなった代わりに厄介な勇者に居座られちまっただ」
「どうすんべ」
「どうすんべ」
そこへカサカサと音を立てて、ひっそりと、何者かが村長の家の大広間に入って来た。一匹のゴブリンだった。
「おい、お前ら!」
ゴブリンはヒソヒソ声で言った。
「この村に勇者がいるな? ウチの精鋭をよくもやってくれやがったな! 魔王様がお怒りだ! さすがの勇者でも魔王様には勝てんぞ? 魔王様に村を焼き払われたくなかったら今すぐ勇者を追い出せ! 二日以内に勇者を追い出さなければ魔王様が軍を率いてこの村を襲撃する! いいな? 二日以内に追い出すんだぞ? わかったな!?」
それだけ言うとゴブリンは逃げるように出て行った。
外でゴブリンの断末魔が聞こえた気がしたが、村人たちは気にせずヒソヒソと話し合った。
「魔王が来るだ!」
「どうすんべ?」
「勇者ペロは一人で先代魔王を倒したと聞くぞ」
「ヒヨッコ魔王なんて敵じゃないんじゃね?」
「だけんども! 軍勢を率いて来る言うとっただがに!」
「大軍で来られたら村が焼き払われてしまうだ!」
するとそこへ外からペロが入って来た。ゴブリンの返り血をつけた顔であくびをしながら、村長に向かって言う。
「魔王軍なんて返り討ちにしてやんよ。安心しろ。これで俺が新しい魔王を殺せば次の魔王はしばらく生まれねぇ。世界が平和になるじゃねーか。任せろ」
二日経っても勇者パリバロペロスは村にいた。たらふくメシを食らい、食後はビーフジャーキーをつまみに酒を飲み、食べていない時は寝てるか女の子と遊んでいた。
「警告ハシタゾ!?」
村の上空を飛び回りながら、ガーゴイルが大声をあげて触れ回った。
「魔王様ノ軍勢ガ今日、コノ村ヲ襲ウ! 恐怖シロ、愚カ者ドモ! ……ギャー!」
最後のは断末魔だった。投げナイフ一発でガーゴイルを撃ち落とすと、勇者パリバロペロスは大きくのびをした。
「さ〜て、じゃ、運動でもすっかな」
ゴウン、ゴウンと不吉な鐘が鳴るような音を立てて、魔王軍がやって来た。その数は1万は下らないように見えた。
「はわわわ!」
「あんなにぎょうさん来よっただ!」
村はパニックになった。
「いくら勇者様でも勝てるわけがねぇだ!」
「いやあああ! 逃げないと……!」
勇者パリバロペロスは鎧を脱ぎ捨て、下着に赤マントだけの姿になり、みんなの前に立つと、言った。
「あの数じゃムリだな」
「ええええ!?」
村人たちは騒然となった。
「『任せろ』言うとっただにゃあか!」
「アンタ、わしらを見捨てる気か!?」
「慌てんな」
そう言うとペロは剣を鞘から抜き、
「村ん中で戦うのはムリだって言っただけだ」
砂煙をあげて押し寄せる魔王軍めがけ、光速で突進して行った。
1時間かからなかった。
魔王の軍勢は1人残らず地に倒れ伏し、緑や紫色の血が道や畑を染めていた。
あっさりと跳ねた魔王の首をメロンのように持ち、ペロはのんきな口調で村人たちに言った。
「ごめん。ちょっと手こずっちまった」
村の外で始まった戦闘は、数で大きく勝る魔王軍がペロの横を通り過ぎ、村の中でも繰り広げられた。
おかげで畑は魔物やペロに踏み荒らされ、家畜も流れ魔法に当たって一匹残らず死んでしまった。村人に死者はなんとか出なかったが、激しい魔法の応酬に、火傷や凍傷を負った者が多数出た。
魔王軍との戦いに勝利した勇者パリバロペロスを称える宴をペロは村長に開かせた。
宴に参加したのは主役のパリバロペロス、負傷を免れた村の美女たち、そして村長であった。村の男たちは「野郎の顔見ると酒がまずくなる」といってペロが参加させなかった。
「すみません、勇者様」
村長がペロの前に進み出て、頭を下げる。
「魔王軍との戦闘の被害で食べ物がなくなってしまいましただ。これが最後の豪華な食事となります。もう、勇者様がこの村にとどまる理由はないかと……。別の村へ移動されてはいかがでしょう?」
「バーカ」
ペロは笑い飛ばした。
「俺が肉にしたモンスターがいっぱい転がってんだろが。コカトリスは唐揚げにすっとうめぇぞ? フルーツ系のモンスターもいくらかいたはずだ」
「はあ……」
村長はため息をついた。
これじゃ魔物のほうが少しだけましだったとすら思えた。このままでは一生自分らはこの勇者の奴隷だと、目の前が真っ暗になった。
なぜこの村がそんなに気に入ったのだろう? 魔物にしても、なぜこの村にあんなに執着していたのだろう? 自分にそんなに魅力があるのだろうか? そう思って村長は鏡に自分の顔を映して見たが、べつにイケメンでもなんでもなかった。
「おいこれ、毒が入ってんぞ」
ペロが酒の入った盃を傍らの女に突きつけて、言った。
「俺を殺す気か? っていうか、こんな毒じゃ俺、死なねーけどな。せいぜい腹下す程度だわ」
村長に言われて酒に毒を仕込んでいた女が小さく悲鳴をあげた。
毒で弱らせて村から追い出す作戦も容易く失敗した。魔物がいなくなった今、この勇者さえいなければ村は平和になるのに。戦いがなければ何の役にも立たない、しかし大きすぎる力をもった勇者パリバロペロスに、村長はなんとか『ざまぁ』したくて仕方がなかった。