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作者: 白川 悠合

「喧嘩をしたときは、花束を持って帰ると良い。」

なにかのドラマで聞いた台詞だ。

花屋に行ったは良いけれど、何を買えば良いのかわからない。季節の花にも詳しくはない。

1輪1輪不揃いに並ぶ店内をぐるぐる回る。

ふと、太宰治の斜陽の一説を思い出した。

「夏の花が好きな人は夏に死ぬ。」

これはつまり、その人が死んだときにお墓に添えられる花が好きな花だという事だろう。

続く斜陽には、「四季の花が好きなわたしは四度死に直さなければならないの」と笑う。

好き嫌いではなく、思いつく季節の花を考えてみる。

春は桜。たんぽぽ。菜の花。

夏は向日葵。朝顔。

秋は秋桜。

冬は…冬は…。

そういえば、桜は「枯れる」とは言わないなと気付く。

桜だけ「散る」と言う。

自分が死ぬときに添えられる花はなんだろう?

どの季節に死ぬんだろう?

いつの花がすきだろう?

振出に戻って店内をぐるぐると回る。

喧嘩をしたわけではないけれど、謝る方法がわからなかった。

喧嘩をしたわけではないから、「ごめんね」は向いていない気がするのだ。

カスミソウも薔薇もガーベラもこんなに色があるとは思わなかった。

白、赤、ピンク、オレンジ…

「どんなお花をお探しですか?」

店員が声をかけてきた。

「謝る時に渡せる花を…」

ほんの一瞬、気まずい空気が流れた。

この人は何をしたんだろう?

少しだけ関心のある眼差しを向けられる。

それに気付かないフリをして下を向く。

[何かをした]と言うのであれば、多くの時間を奪った。

返せないのに愛だけをもらった。

それでも足らないとおやつがもらえない子どものように泣き喚いた。

店員は「どんな花が好きな方ですか?」とか「どんな人ですか?」とか、花束が作れるように質問をしてくる。

もらってばかりで何も知らないから答えられなかった。

何が好きなんだろう?

どんな人、と聞かれれば、自分を犠牲にしてでも守り抜いてくれる人なのだが、じゃあその犠牲に対して謝りたいのかと聞かれれば違う。

「もう少し考えます。」

とだけ伝えてもう一周店内を回ってお店を出た。

ドラマの受け売りで花を渡すのは間違っていたのかもしれない。

近くの喫茶店に入りコーヒーを頼んだ。

たくさんの砂糖を淹れて頭と体に糖分を与える。


母親が死んでから15年が経つ。

「背中が痛い」と病院に行くと、「ついでに他も検査しておこうか。」となんとなく検査をしたときに癌が見付かった。

余命は半年だった。

この15年一人で生きてきたような顔をしながら、たくさん助けられていた。自立なんてできていなかった。

都合が悪くなると周りに当たった。責任転嫁をして、自分を正当化しようとした。

だから謝りたかった。自分と、自分の周りに。

「15年か…」声に出して改めて実感する。

指の隙間から抜け落ちたおこぼれでいいからと毎日必死にしがみついていた。そうして手にしたものは何もなくて心も体も限界だった。


隣の席で未来ある女子高生たちが夢を語る声が聞こえてきた。

「やっぱりプロポーズは薔薇の花束が良いよ」

そうか。薔薇か。

本数によって意味が変わると聞いたことがある。


一本…一目惚れ、あなたしかいない

二本…この世界は二人だけ

三本…愛しています、告白


同じ花でも色と数で言葉が変わるらしい。

花言葉なんて誰が考え出したのだろう。

花束をもらっても、綺麗だとか可愛いとか意味なんて考えた事もなかった。ありきたりに聞く意味と知識だけで真似をして生きてきた。

花に詳しくもないのに、花束を贈ろうと考えているのが間違いだったのだ。

所詮はドラマの台詞の受け売りだ。

それでも、きっかけが欲しかった。なんでもよかった。

お店の前を通ったら安かったから買ってみた。とか、最後の一本だったからなんとなく。とか。

もう一度花屋に戻ってから、さっき調べた色の意味を無視して、まだ蕾んでいるもの、咲いているもの、大きいもの、小さいもの、一本ずつ手にとっていく。


5年めくらいまで我儘だけを言い続けては困らせた。「ごめんなさい。」

仕事をするようになってから気付いた、夢を諦めさせていたことへの「ごめんなさい。」

手に取ると同時にたくさんの「ごめんなさい」があふれてでくる。

それと同時に「ありがとう」もあふれでてくる。

ごめんねとありがとうが隣合わせで手を繋いでいた。

思い描いていたよりもずっとずっと小さな花束が完成して、会計を済ませると、「花には言葉があるんです。伝わると良いですね。」と渡された15本の花束を抱えて店をでた。


伝わるだろうか。意味なんて関係ないと以前の自分のように気なしに花瓶に添えられるのだろう。

こまめに水やりもできないから、すぐに枯らしてしまうかもしれない。

それでも良かった。

意味なんてわからなくても、伝えたい気持ちも一緒に包んで、その言葉は自分だけのものにしてしまおう。

気になって調べたときに伝われば良い。

ただの花束として本当の言葉が伝わらなかったとしても良かった。


15年分の「ごめんね」を贈るには相応しい意味だった。

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