慈しみと雪山に住むもの
「命あるものは、みな、幸福でありますように。安楽でありますように。
上も下も関係なく、慈しみなさい…」
神様は、慈愛に満ちた顔をして、語り始めた。
「慈悲の心ですか。難しいものですね」
「大切なものよ。慈しみの心は。路傍にいる小さな虫にも命はあるわ。
そして全て終わりゆく。だからこそ戒めを保って、みなの幸福を祈りなさいね」
「現代社会。そんなに出来た人間はいませんよ」
愚痴るように言ったが、私は何とも言えない気持ちになった。
「そうね…前向きに、率直に、足ることを知り、悪口を言わず、驕らないこと。
難しいから、少しづつで良いのよ。日頃の心掛けが、いつか貴方を変えてくれるわ」
そう神様は言った。私は部屋に入ってきた蛾を外に逃がして、そのまま寝た。
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「人間が持つ六つの執着を知っているかしら?」
神様は、欲望を見透かす眼差しをしてから、語り始めた。
「食欲とか性欲とか物欲とかですかね」
欲望を口にしたが、私は何ともいえない気持ちになった。
「そうね。その根幹にあるものよ。視覚、嗅覚、聴覚、味覚、触覚。そして心。
この六つによって様々な欲望に縛られてしまうの」
神様は、クスリと寂しそうに笑った。
「無常。美しいものも、美味しいものも、全て儚く…朽ちてなくなるわ。
智慧を持ち、生がもたらす欲望に囚われないようにね。
願わくば、貴方があらゆるものから解放されますように」
そう神様は言った。私はピザのデリバリーをしたい気持ちを堪えて、そのまま寝た。