冥王ヤデス様の憂鬱
ここは冥界。
死者達が楽しい死後を送る場所だ。
「ついて行けん……」
冥王ヤデス様が玉座で溜息を漏らしている。
冥王城の王の間はまるでどんちゃん騒ぎのような賑やかさだった。
「何がそんなに楽しいのだ……?」
「だってヤデス様、今年の『なろう』の夏のホラーのテーマが『ラジオ』なんですよ?」
部下のイーデスがめっちゃ明るい笑顔で言った。
「ラジオでホラーといえば『冥界』! 我らの時代がやって来たんですぅー!」
「なぜ、ラジオといえば冥界なのだ?」
「だってそうでしょ? ラジオでホラーといえば、『ラジオをつけたら、あるいはつけてもないのに、冥界からの声がそこから……』ヒャッハー!」
「別にラジオでなくてもいいのではないか? ホラーといえば普通、死者が登場するものだ。死者といえば冥界に住むものだろう」
「わかってないなぁ、冥王様」
イーデスがからかうように笑う。
「それでも普通のホラーだと、幽霊とかが現世に出向く形のストーリーになるんですよ? 登場人物は冥界から派遣されるけど、舞台はあっちになっちゃうんです」
「そうなのか?」
ヤデス様は納得の行かない顔をする。
「それでも舞台はあっちで、我々はあっちと繋がったラジオに『う〜ばぁ〜い〜つぅ〜』とか喋るだけなのではないのか?」
「そこそこそこですよヤデス様!」
イーデスは楽しそうにぴょんと跳ねた。
「我々はこっちにいていいんです。わざわざ現世まで出張する必要がない。時間給がいいんですよ。交通費すら要らない」
「それなら冥界に人間を引っ張り込めば良いのであろう。わざわざラジオから声を聞かせなくとも……」
「わかってないなあ」
イーデスは鼻で笑うと、言った。
「見ててくださいよ、冥王様」
テーブルの上に古ぼけた鉱石ラジオを置いた。
それに向かって楽しそうに口を近づける。
喋った。
「死ねばいいのに」
「キャーッ!」と、ラジオのスピーカーから女の悲鳴が聞こえる。
イーデスは手を伸ばすと、何かを引っ張った。
何もないところから人間の女がイーデスに手を引っ張られ、出て来た。
「いらっしゃい!」
「ようこそ!」
「ようこそ冥界へ!」
「あらァ……」
人間の女は顔を赤らめ、嬉しそうに冥界のみんなを眺め回した。
「楽しそうな場所! みなさんイケメン!」
「こんなの冥界ではない……」
ヤデス様は頬杖をつくと、呟いた。
「これでは明快ではないか……」