70話 テリーの思い……
「ぐっ……うぼぁぁぁぁっ……!」
「もう諦めろ……。私と偉大なる牡牛を相手にお前はよくやった。ここで降伏するのならば命まで奪いはしない」
「うぼぁ……生憎と僕はコンの呼び出した幻獣だうぼぁ……。例えここでお前にやられようと主人であるコンがやられない限り何度でも蘇るうぼぁ……。流石に2、3日はコンの体の中で休ませて貰わないとやる気が充電できないだろうだけどうぼぁ」
「そうか……ならば遠慮なく仕留めさせて貰おう」
「うぼぁ……」
一方その頃ジルエッタの死霊であるグレイリッヒ、そしてその守護星獣である偉大なる牡牛を相手に戦うテリーは2人の強力且つ連携の取れた攻撃に苦戦を強いられていた。
偉大なる牡牛がそのスピードとパワーを活かした突進でテリーがそれを受け止めている間にグレイリッヒが追撃を仕掛ける。
そのパターンの攻撃を何度も受けたテリーの負ったダメージは着々と増えていき、このままでは倒されてしまうのも時間の問題であることはテリー自身も良く分かっていたことだった。
「うぼぁ……。(でもいくら死なないとはいえここでやられてしまったら僕のことを信じてこんな時代にまで呼び出してくれたコンに申し訳ないうぼぁ……。ふふっ……それにしても今思えばコンもルナも僕みたいなただフィロソファーのレベルを100に上げただけで契約できる冴えない幻獣に本当に良くしてくれたなぁ……うぼぁ。確かシルバーグラス高原に行った時だって何の為に呼び出されたかと思えば……)」
疲弊した体で絶体絶命の窮地へと立たされるテリー。
その追い込まれた精神の中で自身を信じて呼び出してくれたコンのことを思うテリーはハルマゲドン以前の時代……。
NEVER FORGET YOUR SOULのゲーム内でのコン達と過ごした日々のことを思い出していた。
「一体何の用だうぼぁ……コン。契約した幻獣の身でこんなこと言うのはあれだけど正直言って僕はあんまり戦闘に呼び出されるのは面倒くさくて嫌だうぼぁ。できれば早く僕よりもっとランクの上の幻獣と契約してそいつに任せ……ってそういえばもうこの前あの僕より数段性能の高い青龍の幻獣と契約してたじゃないかうぼぁ。それならもう戦闘は全部青龍に任せて僕は家でゆっくり寝かせくれ〜うぼぁ〜ってあれ?。ところで今日戦う敵は一体どこにいるんだうぼぁ」
「ゆっくりしたいところを呼び出しちゃってゴメン、テリーちゃん。実は今日は戦闘を任せる為じゃなくてシルバーグラス高原に皆でピクニックに来たから折角だしテリーちゃんも呼んで一緒に楽しもうと思って。テリーちゃんと仲がいいビクトリアちゃんも呼び出してあるよ」
「あ〜、お久しぶり〜、テリーちゃ〜ん」
「ビ……ビクトリアちゃん……」
ハルマゲドン以前のNEVER FORGET YOUR SOULのゲーム内でのある日、テリーはコンに壮大なススキ野原の光景が広がるシルバーグラス高原へと呼び出されていた。
今日も敵のモンスターと戦う為の呼び出されたと思い面倒くさそうな態度を取っていたテリーだったが、周囲に敵と思われる者の姿はなく、ススキ野原を一望できる小高い丘の上に敷かれたピクニック用のシートの上にコン、それに夜空瑠那や他の仲間達が座って微笑ましい表情を浮かべてテリーのことを出迎えていた。
その中にはテリーと仲の良いコアラの幻獣であるビクトリアの姿もあった。
ビクトリアという名前は恐らくコン達の世界に現実にいたビクトリアコアラにちなんで付けられたのだろう。
幻獣でありながら実際のコアラと同程度の小さい姿で、どうやらサポートを得意とする幻獣のようだ。
そんな意外な場所に意外な目的の為に呼び出されたことを聞いてテリーは少し困惑してしまっていたようだが……。
「フォンシェイとアジューもまた別の機会に呼び出してあげないとね。ちょうど昼食の準備もできたところだしテリーちゃんも一緒に食べよう」
「う……うぼぁ……」
「まさか私達と一緒にご飯を食べるのまで面倒くさいって言うんじゃないわよね、テリーちゃん。ほら、いつまでもそんな拍子抜けした顔してないであんたも早くこっち来て座りなさい。ちゃんとビクトリアちゃんの横を空けといてあげたから」
「う……うぼぁ……ルナ……」
困惑しながらもルナに促されてビクトリアの隣へと座っていくテリー。
コン達がプレイしていたNEVER FORGET YOUR SOULはゲーム内で食事を楽しめる程の味覚が設定されており、またテリー達ゲームに登場するNPC達も人間と同等の知性や感情を持つ人工知能が組み込まれている。
しかしながら所詮はゲーム内で設定された疑似的な設定であり、実際にゲーム内で食事を取るような行為をする者は少なく、NPCに対しても只のプログラムされた人格として接する者が多い。
更にフォンシェイやテリー達プレイヤーが召喚する精霊や幻獣に至ってはなるべくゲームの進行に支障がないよう組み込まれた人格プログラムを制限して呼びだす者達がほとんどであった。
そんなコン達はテリーやフォンシェイ達呼び出した精霊や幻獣達の人格プログラムに一切の制限を設けることなく、他のプレイヤーや何なら現実の世界で共に生活している人に対してと変わらぬ態度や感情を抱いて接していた。
そんなコン達に対しゲームに組み込まれた人高知能でありながら精霊であるフォンシェイや他のNPC達も友情や信頼の抱くようになっていた。
そしてそれは今コン達と共に壮大なススキ野原の広がる景色を前にして皆と楽しく食事をしているテリーも同様で……。
「さぁ〜て、それじゃあ食事も済んだことだし。更なる絶景を目指して皆であの一番高い丘の上まで競争しましょう。まだまだこのシルバーグラス高原では夕方になれば夕日に照らされて黄金に……、夜になれば月明りに照らされて白銀に光が輝くススキ野原の絶景が見られるみたいだからね」
「えぇ〜、それは楽しみだけど別に競争なんてしなくていいじゃないかぁ〜、ルナぁ〜。お昼も食べたばっかりだし皆でゆっくり歩いていった方が……」
「何言ってんのっ。折角こんな広大な景色の広がる場所に来たんだし思いっ切り走り抜けてみたくなるのが冒険者の心情ってもんでしょ。それとも私に負けるのが怖いのかなぁ〜、コン〜」
「い……いや……そんなの元々武闘家の職業を極めてるルナに勝てるわけ……」
「それなら僕が受けて立つうぼぁ〜、ルナ〜」
「……っ!、テリーちゃんっ!」
「へぇ〜、あの面倒くさがりのテリーちゃんがいつになくやる気になってるじゃな〜い。だけどこの私を相手にそんな偉そうなこと言って大丈夫なのかなぁ〜」
「そうだよ、テリーちゃん。別に負けたからって何かあるわけじゃないだろうけどルナの足の速さに敵うわけがないし……。疲れるだけだからやめておきなよ」
「大丈夫だうぼぁ〜、コン〜。僕もやる時はやる男だってことを皆に見せてあげるうぼぁ〜」
「ふっ、ならいくわよ、テリーちゃん。位置に着いて……」
「うぼぁ……」
「よ〜い……ドンッ!」
「うぼぁぁぁぁっ!」
「……っ!」
「は……速いっ!」
その時コン達に初めてやる気のある姿を見せたテリーは夜空瑠那に圧倒的な差を付けてゴールである一番高い丘の上まで走り抜けて行った。
一体その時何が自分をそこまでやる気にさせたのか……。
テリー自身にもよく分かっていなかったがその時の記憶と抱いた感情の感覚だけは今でもハッキリと覚えている。
そして窮地に立たされた間に刹那に抱いたテリーの意識は現実でグレイリッヒを目の前にしているものへと戻っていく。
「(ふふっ、それでその後結局夜のススキ野原の景色を見るまで皆と一緒にいたんだっけうぼぁ。あの皆とお月見団子を食べながら見た綺麗な満月と銀色のススキの光景は今でも鮮明に僕の頭の中に残ってるうぼぁ)」
「行けっ!、偉大なる牡牛っ!」
“モオォォォォォォッ!”
「(それ以外にもコン達は僕に楽しい思い出を一杯くれたうぼぁ。ゲームのプログラムの一部に過ぎなかった僕が本物の命を持ってこの時代に蘇ることができたものきっとその皆がくれた思い出のおかげ……。その恩に報いる為にも絶対にこんなところで負けるわけにはいかないうぼぁっ!)」
“モオォォォォォォッ!”
「うぼぁぁぁぁぁっ!」
「……っ!」
現実へと意識の戻ったテリーに向けて強烈な勢いで突進を仕掛けてくる偉大なる牡牛。
そんな偉大なる牡牛をテリーはこれまでにない程の気迫を見せ2本の角をガッチリと掴んで受け止める。
その気迫から生じるエネルギーはグレイリッヒをも驚かせる程これまでとはまるで性質の違うものとなっており、テリーの背中からあのコンの夢で夜空瑠那を貫いた時に見せたオーラ状の翼が凄まじいエネルギーを持って放出されていた。
しかし偉大なる牡牛を正面から受け止めているだけでは窮地へと追い込まれたこれまでの戦い方と変わりがなく……。
「その気迫は見事……。だが偉大なる牡牛を止めることだけに力を割いていてはこれまでの戦いと結果は変わらん。……はあっ!」
懸命に偉大なる牡牛を受け止めるテリーに止めを刺そうと迫り来るグレイリッヒ。
このままでは偉大なる牡牛を受け止めている間にグレイリッヒの追撃を受けるというまたこれまでと同じ結果になってしまうが……。
「う……うぼぁぁぁぁーーーっ!」
“モッ……モオォォォォォォッ!”
「……っ!、何っ!」
迫り来るグレイリッヒを前に更に気迫を込めるテリーはなんとその手で掴んだ偉大なる牡牛の2本の角を凄まじい握力で握り潰してしまった。
実体がなくとも痛みは感じるようで、偉大なる牡牛はその激痛に耐え兼ねて思わず前足を上げて腹部をテリーへと曝け出すように体を仰け反らてしまう。
そしてテリーはその偉大なる牡牛の腹部をコンの夢で夜空瑠那に対してしたように強烈な突きを放った腕で串刺しにしてしまい……。
「うぼぁぁぁぁぁっ!」
“モオォォォォォォッ!”
「くっ……偉大なる牡牛が……」
今のテリーの一撃で偉大なる牡牛はこの世に実体を維持していられるだけの力を失ってしまったのか、激しい断末魔の雄叫びを上げると共にその姿を消滅させていった。
とはいえコンの精霊であるフォンシェイやテリーのようにその本体となるものは主であるグレイリッヒの体に宿っているようで、グレイリッヒの肉体の活動が停止しない限り偉大なる牡牛も完全にこの世から去ることはない。
恐らく時間が経てばまた力を取り戻し実体を現すことができるだろうが、当然今すぐにというわけにはいかず偉大なる牡牛という強力な仲間を失ってしまったグレイリッヒに対しテリーは……。
「うぼぁぁぁぁぁっ!」
「……っ!、ぐおぉぉぉぉぉっ!」
偉大なる牡牛を葬り去った後テリーはすかさず右肩を前に出し自身へと迫るグレイリッヒに対しカウンターで強烈な反撃を仕掛けて行く。
偉大なる牡牛が破られたことに驚き一瞬反応が遅れつつもグレイリッヒはなんとか全身に力を込めてそのテリーの突進を受け止めていた。
その際手に握ったハンマーは思わず投げ捨ててしまったようだ。
テリーの強烈なパワーに押され気味になりがらもグレイリッヒはどうにか力を振り絞ってテリーの体を撥ね退け……。
「うおぉぉぉぉっ!」
「うぼぁっ!。……うぼぁぁぁぁぁっ!」
押し返され体をよろめかせるテリーに対しグレイリッヒはすかさず間合いを詰めて拳を打ち放つ。
しかしテリーも強靭な肉体の力でそれを受け切り、自身も拳で反撃を仕掛けその場でテリーとグレイリッヒの壮絶な拳の打ち合いが始まった。
どちらも決して相手の拳を防ぐような真似をせずこちらが拳を放っては次は相手の拳を体で受けて止め、まさにどちらかが倒れるまでのデスマッチであるぞと互いに言い合っているようであった。
そしてそのデスマッチの最中テリーの放った顔面への拳の一撃にグレイリッヒが一瞬体を怯ませたと思うと……。
「ぐっ……」
「……っ!、チャンスだうぼぁっ!。……うぼぁぁぁぁぁっ!」
「ぐはぁっ!」
「うぼぁっ!、うぼぁっ!、うぼぁっ!、うぼぁぁぁぁぁっ!」
グレイリッヒが怯んだのを見て好機だと直感したテリーはここぞと言わんばかりに強烈な拳を畳み掛ける様にグレイリッヒの顔面目掛けて叩き込んでいった。
テリーの凄まじいパワーの前に最早グレイリッヒに反撃するだけの力は残ってなくこれで決着かと思われたのだが……。
「うぼぁ……これで止めだうぼぁ……」
「ぐうっ……」
「うぼぁぁぁっ……あっ!」
「……っ!」
グレイリッヒに止めの一撃を打とうとした直前、どういうわけか突如としてテリーはその動きを止め相手に無防備な状態を照らしてしまった。
そしてその一瞬の好機を逃さずグレイリッヒは薄れゆく景色の中で咄嗟に力を込めてテリーの腹部目掛けて拳を打ち放ち……。
「うぼぁっ!」
「………」
「く……くそ……。あと少しというところで溜めてたやる気が切れちゃったうぼぁ……。ゴメンうぼぁ……コン」
テリーは普段怠けることで蓄えたやる気をエネルギー源として戦闘を行っている。
あの背中から翼を放出した姿の時は凄まじい力を得ることができる分そのやる気を一気に使い果たしてしまったようだ。
そして力を使い果たし倒れ込んで来るテリーの体をグレイリッヒは優しく受け止め……。
「久々に心が沸き立つ戦いだった。あと1秒でもお前の力がもっていれば敗れたのは私であっただろう」
「うぼぁ……」
「お前は私がこれまで戦場で見て来た中で最も勇敢……そして戦いには似つかわしくない優しい心を持つ戦士だ。できれば以前のように守護霊となってお前のことをずっと見守っていたいと思う程にな」
「………」
「お前の拳からは常に誰かの為を思って戦う心がヒシヒシと伝わって来た。恐らくあのお前の主である終焉霊魂の少年のことだろう。敗れはしたが立派に戦い抜いたお前を決して責めたりしないはずだ。早く主の体の元に戻ってその体を休ませるがいい……」
「………」
薄れゆく意識の中でグレイリッヒの言葉を聞きながらテリーはそっと目を閉じこの場から姿を消滅させていった。
恐らくは自身の本体があるコンの魂の元へと戻って行ったのだろう。
グレイリッヒの言う通りテリーにとってコンの魂は最高の安らぎを与えてくれる場所だ。
またコンの力となるべき時が来た時に備えテリーはその魂の中で安らかな眠りへと就いていった。
コンやサラ達がジルエッタに勝利し自身もコンと同様に信頼を寄せる夜空瑠那の魂を復活させることを信じて……。
そしてコンとサラのことを信じて戦っている者があと2人……。