64話 英霊の力を解放するグレイリッヒ
「よしっ……ではお前はそこを左に行け、フォンシェイっ!」
「了解しましたっ!」
「精霊と別れたか……。我らの戦いのどさくさに紛れて余計な動きをされても厄介だ。あの聖騎士は私に任せてお前は精霊を追ってくれ、フェリス。私の邪魔をさせないよう動きを封じてくれるだけでいいから無理には倒そうとするな」
サラ達とジルエッタが戦いを開始した頃、城の西側の区画の方へと移動したグナーデは廊下の分かれ道でフォンシェイと別れ自身は真っ直ぐ西側の区画に向けて走り続けていた。
それ追って来たフルレイムもフェイスをフォンシェイの方へと向かわせ、自身はグナーデを追う為同じく廊下を真っ直ぐと進んで行った。
しかし体に纏った火属性の魔力により宙を浮いて移動しているにも関わらずまるで風を切るように廊下を走るグナーデに中々追い付くことができず、このままでは取り逃がしてしまう恐れがあると判断したフルレイムは地面に水平になって移動していた体をスピードを落とすと共にゆっくりと起き上がらせていき……。
「善なる火を燃え上がらせ悪なる火を消し去る正義の火龍よ……。我が信仰と正義の執行を火種としこの決して燃え尽きることのない蝋の体に灯りたまへ……地を這う火龍っ!」
「……っ!、これは……っ!」
フルレイムが強力な魔力を解放する共に一筋の……まるで溶岩のような禍々しい色合いの線が絨毯のように走るグナーデを追い越し廊下の床に敷かれていった。
そしてその敷かれた溶岩を伝うようにまるで巨大な蛇の体のように長く曲がりくねった炎の柱が走っていき……。
“グオォォォォッ!”
「こ……これは……この世の全ての悪を焼き尽くす炎を纏うと言われる火龍っ!。光の根源級の魔力を得たことで伝説上の生物を模ったものまで生み出せるようになったというのか……っ!」
「いけ……火龍っ!」
「くっ……」
グナーデを追い越したその炎の柱の正体はなんと炎の体を持つ伝説の龍、火龍であった。
光には度々人々の神々への信仰を現す表現として使われることがあるが、コンシエンシアの光の根源級の魔力を得たフルレイムは自身の信仰の力を自らの炎へと宿し伝説と謳われる程の生物を生み出したようだ。
廊下の床を伝ってその猛々(たけだけ)しい龍の頭をグナーデの前へと現した火龍はグナーデを喰らいその灼熱の炎の体で焼き尽くそうと襲い掛かり……。
「くっ……聖剣よ……」
「……っ!」
「はあぁぁっ!」
その自身を喰らおうとする火龍の頭を見ながらグナーデは勇敢にも自身の聖属性の魔力を込め輝かしい光を放つ聖剣を振るい、火龍の頭を正面から真っ直ぐに両断してしまった。
そしてグナーデの聖なる斬撃の光は曲がりくねった火龍の体を斬り裂きながらフルレイムの元まで向かって行き……。
「くっ……」
このままでは術者である自身までグナーデの斬撃に斬り裂かれてしまうと判断したフルレイムは直前で術を解き、廊下を覆っていた火龍の炎はその場から消滅した。
そして火龍の炎を切り払ったグナーデは再びフルレイムから遠ざかるように廊下を走り出し……。
「まさか私の火龍の炎が……。光の根源級の魔力を得たとはいえやはり死霊である私の放つ術では奴の聖属性の魔力に……ちっ……待てっ!、聖職者ギルドの聖騎士っ!」
グナーデに打ち消された自身の術に疑問を感じつつもフルレイムは再びグナーデの後を追い始めた。
一方グナーデと同じくもう1人のジルエッタの死霊であるグレイリッヒの相手をしているテリーはその頃……。
「うぼぁ……おっ!、やっと壁の終点が見えてきたうぼぁ……。それであいつは一体どこに……」
「………」
「……っ!」
自身の気力の閃光で打ち破った壁をゆっくりと乗り越えて行っていたテリーだったが、まだ破れていない終着の壁が見えて来たところで壁の前に起き上がって来たグレイリッヒが姿を現し、向こうも壁を乗り越えながらこちらへと迫って来た。
そして互いに1つ破れた壁を乗り越えた先の間で再び対峙することになった2人は……。
「うぼぁ……やっぱりまだ生きていたかうぼぁ……」
「流石は終焉霊魂の呼び出した精霊だ……。まさかあれ程の力を秘めていようとは思いもよらなかったぞ……」
「うぼぁ……そう思ってるならもう負けを認めてコン達に投降して貰えないかうぼぁ……。さっきので大分やる気を使ってしまって正直もうこれ以上戦ったりするのは面倒くさいのうぼぁ……」
「ふっ……馬鹿を言え……」
“ゴゴゴゴゴゴゴォッ……”
「うぼぁっ!、こ……これは……」
再びテリーの前に立ちはだかったグレイリッヒだが、その直後突然凄まじい気迫と共に自身の体から不可思議な黄金のオーラと波動を放ち始めた。
そしてその波動は城の入り口の広間にいるコン達の元まで伝わっていき……。
「……っ!」
「な……なんかテリーちゃんの向かった方から凄い波動のようなものを感じるけど……サラさん」
「この凄まじい正の霊力の波動は……まさかっ!」
「……っ!、何っ!、一体この波動の正体は何なの、サラさんっ!」
「これはまさか守護星獣の……っということはグレイリッヒの魂は既に英霊にまで……」
「ふふっ、そのまさかよ……サラ」
「聖獣って聖なる力を持つ獣ってこと……サラさん。あのフルレイムって魔術師の死霊に付いて行った鳥みたいに……」
「いえ……その聖獣ではなく星に獣と書く星獣のことです。天に描き出される星の図形から生み出された彼等は自身の魂を英霊にまで昇華させた者の守護者として霊界から授けられるものなのですが……」
「え……英霊ってあの勇者の魂を持つっていう伝説の……」
「ええ……ですがまさかグレイリッヒの魂が英霊にまで昇華しているとは……」
「ふふっ、霊界に選ばれた一握りの魂だけが英霊の称号と守護星獣の力を得ることのできる。長い間戦場の守護霊としてこの世界に尽くして来たグレイリッヒは私の死霊となり再び肉体を持って世界に尽くす更なる覚悟を決めた時既にその魂を英霊を昇華させていたのよ。今まで主である私以外の誰にも知られないようにしてきたのだけれど……。流石に終焉霊魂の呼び出した精霊が相手とあってはその力を解放せずにはいられなかったようね」
「そ……そんな凄そうな人の相手をして大丈夫なの……テリーちゃんは……」
「分かりません……。ですが英霊を相手にするということになれば如何にテリーといえど苦戦は必至となってしまうでしょう。……それでグレイリッヒの従えている守護星獣は一体どのようなものなのです……ジルエッタ」
「ふふっ、もう隠していても仕方ないし教えてあげるわ。英霊となったグレイリッヒが従えている守護星獣は偉大なる牡牛よ、サラ」
「偉大なる牡牛……っ!」
破れた壁の奥から伝わるグレイリッヒの放つ波動に動揺するサラ。
それに対しジルエッタは自慢げに英霊となったグレイリッヒの守護星獣なるものの名を口にしていたが偉大なる牡牛とは一体……。
天に描き出される星の図形とは星座のことで、タウルスとは恐らくその1つである牡牛座のことを示しているのだろう。
そしてグレイリッヒと対峙するテリーの前に黄金のオーラから解き放たれて来たのは……。
“モオォォォォォッ!”
「う……うぼぁ……っ!、これは……っ!」
猛々しい雄叫びを上げる共にテリーの前に姿を現したの牡牛座という星座の名が示す通りの1頭の牡の牛……。
しかし一般的に家畜として知られる牛の姿ではなく、頭に2本の立派な角を生やし勇猛な態度でテリーを威嚇する姿はまるで古代ローマで人間の闘牛士を相手に果敢に戦う闘牛のようであった。
しかもその姿はグレイリッヒの放っていた黄金のオーラによって姿を模られた半透明のものであり、霊獣であるコンチビと同じように実体がなくその体は強大な正の霊力が集まってできたようだった。
その神々(こうごう)しさはまるで人間よりも闘牛の側が主役であるかのように感じられ、鋭く固い強靭な角で相手の闘牛士の体を貫きそのまま空中へと放り投げる姿が目に浮かぶ程であった。
この黄金のオーラの牛が間違いなくジルエッタの言っていた偉大なる牡牛なのだろうが、予想外の増援に何事にも動じない……っというか気にしないテリーも流石に動揺が隠せない様子だった。
そしてグレイリッヒの号令と共に偉大なる牡牛はまさに人間から主役の座を奪った闘牛のように雄々しい勢いでテリーへと突っ込んで来て……。
“モオォォォォォッ!”
「う……うぼぁぁぁっ……。凄いパワーだうぼぁぁぁっ!」
強烈な勢いで突っ込んできた偉大なる牡牛の2本の角を掴んでなんとか受け止めるテリーだったが、その凄まじい力を抑えるのに精一杯で身動きが取れなくなってしまった。
そしてその好機を逃すまいと今度はハンマーを握ったグレイリッヒが迫って来て……。
「ふんっ!」
「……っ!、うぼぁぁぁぁーーーっ!」
偉大なる牡牛を抑え込んでいるテリーは完全に無防備な状態でグレイリッヒの攻撃を防ぐ手立てはなく、自身の脇腹を目掛けて横から強烈に振り抜かれてきたハンマーの直撃を受けて大きく吹き飛ばされてしまった。
しかし肉体の強靭さに自身のあるテリーは吹き飛ばされながらもダメージはほとんど受けてないっといった様子ですぐさま立ち上がっていたのだが、それよりも驚くべきは2本の角を掴んで偉大なる牡牛を抑え込んいたテリーには半透明の存在でありながらも確かにそこには実体があるかのように感じられたにも関わらず、グレイリッヒの方は偉大なる牡牛を完全にすり抜けて攻撃してきたということである。
どうやら偉大なる牡牛は対象を選んでその実体の持つ力を行使することができるようだ。
「う……うぼぁ……。どうやらあいつの体は僕には実体を持って当たってくる癖に味方に対しては都合よくすり抜けてしまうようだうぼぁ……。それも厄介だけどそれよりもやっぱり2対1で戦うことになってしまったのが何より辛いうぼぁ……」
2対1で戦うことになってしまった上に偉大なる牡牛の厄介な特性に苦しむテリー。
しかしながら例え追い込まれようともテリーは並んで立つグレイリッヒと偉大なる牡牛に向けて決して怯まずに立ち向かおうとしていた。
普段は怠惰な振る舞いばかりしているというのにこの状況で尚もこれだけの気迫を持つというのはやはりテリーも正真正銘コンの呼び出した幻獣である。
そして偉大なる牡牛の波動を感じテリーの身を案じながらもその勝利を信じるコンもその思いに呼応するように再びサラと共にジルエッタへと立ち向かおうとしていた。




