6話 蘇る記憶……フィロソファーとしての覚醒
「……サラさんっ!」
「……っ!」
「……っ!、な、何だ……こいつはっ!」
「構うことはねぇっ!、このままやっちまうぞ、ジェイスっ!」
「あ、あれは確か……フォン……シェイ……っ?」
「……クリアブル・フィールドっ!」
“パアァァーーーンっ!”
「な……何ぃっ!」
少年が呼び出したと思われる妖精の姿をした少女は瞬く間にサラの元へと駆け付け、その周囲に発生させた球体を描いて渦巻く風と水流のバリアの中へとサラを包み込んだ。
クリアブル・フォールドと呼称されたそのバリアは、攻撃を完全に防いだだけでなく、向かって来たジェイス達を大きく外側へと弾き飛ばしてしまった。
「くっ……一体何が起こりやがったんだ……っ!」
「バリアよっ!。あの突然現れた妖精の女の子が作り出したバリアを私達を弾き飛ばしたのよっ!」
「なんだとっ!。だがこれまで妖精を従えた人間なんて一人も見たことねぇぞっ!。それにまさか妖精が俺達全員の攻撃を一度に弾き返すなんて……」
「あ……あれはまさか……」
「……っ!。知っているのですかっ!、魔術師ギルドのお方ぁっ!」
突如姿を現した妖精の少女にジェイス達は驚きを隠せなかった。
ジェイス達の世界にも妖精は存在するのだが人間と関わることはほぼ皆無であり、小動物程度の大きさでその魔力の量も人間の10分の1程度しか持たなかった。
ジェイス達にとってとても自分達と対等に渡り合えるとは思えない存在であったはずなのだが……。
それが何故4人で一斉に仕掛けた自分達の攻撃を全て弾き返すことなどできるのか……。
疑問に思わざるを得ないジェイス達だったが、魔術師ギルドのメンバーの者が少女の正体について何か知っている様子だった。
ジェイス達は慌ててそのメンバーに少女について問い質したのだが……。
「あれは……恐らく精霊です……」
「精霊っ!。それって万物の根源を司る膨大な魔力を持った存在のことよね。この世界のどこかに存在する天と地の狭間の世界に棲むと言われている……」
「ええ……。そしてその天と地の狭間の世界との扉を開きこの世に精霊を呼び出す力を持った者を精霊術士と呼ぶのです……」
「馬鹿なっ!。精霊術士など伝説の中の存在でしか聞いたことないぞっ!。それじゃあサラは死霊術師だけではなく精霊術士としての力まで持ってやがるっていうのかっ!」
「いえ……ジェイスさん……。あの精霊をこの世に呼び出したのはサラではなくあの後ろにいる死霊の少年……」
「なんだとっ!」
魔術師ギルドのメンバーの話によると妖精と思われた少女はそれとは比べ物にならない程の力を持つ精霊……そしてそれを呼び出した先程ジェイスに腕を斬り落とされ泣き喚いていた死霊の少年だという……。
精霊術士とは精霊をこの世に呼び出すことのできるこの世界のジェイス達にとって伝説的な存在であり、自分達に成す術もなく敗れ去った少年がその精霊術士であるなどど信じられるはずがなかった。
そしてそれは死霊として少年をこの世に蘇らせたサラも同様で……。
「あなたは……本当に精霊なのですか……」
「私は風と水の属性の力を持つ精霊、羅・風水と申します。発音がしにくいのでフォンシェイと呼んでください」
「フォンシェイ……ではあなたをこの場に呼び寄せたあの少年も本物の精霊術士……」
「いえ……」
「……っ!」
「私のマスターはその精霊術士をも超える存在……フィロソファーですっ!」
「フィロ……ソファー……」
サラの前に現れた自らをフォンシェイと名乗る精霊の少女……。
ジェイス達と同様に青緑色の長い髪を靡かせ青と薄い緑色のオッドアイを持つその精霊の存在を疑うサラであったが、自身の死霊である少年が呼び出したということもあり次第にその存在と彼女の言葉を信じ始めていた。
そしてフォンシェイから少年は精霊術士をも超える存在……フィロソファーであると聞かされたサラは神妙な面持ちで後ろで自身のことを見守っている少年へと視線を向けたのだが……。
「………」
「本当にあの少年が精霊術士をも超えるそのフィロソファーとしての力をその身に宿しているというのですか……フォンシェイ」
「はいっ!。私のマスターの実力ならばこの場にいる者達も一瞬で蹴散らすことができますっ!。今はまだこの世界に蘇ったショックで自身の持つ本来の力を忘れてしまっているようですが……」
「そうですか……。やはり私の死霊術の儀式が不完全であったようですね……」
「い、いえ……っ!。終焉の世界を彷徨っていた私のマスターの魂をこの世に呼び覚ましたサラさんの死霊術はとても素晴らしいものですっ!。力を忘れてしまっているのはむしろマスターの方の問題……それよりも今はこの状況を打破する方法を考えましょうっ!」
「そうですね……フォンシェイ」
少年の方を見つめながら自身が行った死霊術の儀式について思い返すサラであったが、フォンシェイの言う通り今だジェイス達によって窮地に立たされていることに変わりはなかった。
バリアの中にいることによりそう簡単に相手の攻撃を受けることはなさそうだが、駆け付けて来たフォンシェイもバリアを維持するのに精一杯でジェイス達に反撃を仕掛ける余裕まではなかったようだ。
フォンシェイがバリアを維持している間にどうにか現状を打破しなければならないサラだったが、どういうわけか何もジェイス達に対して反撃の手を打とうとはしなかった。
もう何の手立てもないということなのだろうか……それとも……。
ただ自身の死霊の少年のことだけを未だに神妙な面持ちで見つめ続けていた。
「はっ!。精霊だの精霊術士だの大層な名前を出して現れたはいいもの結局バリアの中に隠れてるだけで何の反撃もしてこねぇじゃねぇかっ!。やっぱりこんなチビの女ただのこけおどしだぜ、ジェイスっ!」
「そうだそうだっ!、もうこんなバリアなんてとっと打ち破ってサラをやっちまおうっ!」
「よし……どういうわけサラが反撃してくる気配もない……。こうなればバリアが壊れるまで攻撃し続けるのみだっ!。行くぞっ!、お前達っ!」
「おおっ!」
反撃を仕掛けてくる様子のないサラを見てジェイスは皆に攻撃を再開するよう指示を出した。
前後左右からジェイス達により代わる代わる繰り出される攻撃をフォンシェイは必死にバリアに魔力を込め耐え凌いでいた。
そんな様子を未だに完全に記憶の戻らない少年はただ黙って見ていることしかできなかったのだが……。
「フォンシェイ……僕はあの小さな精霊の女の子のことを確かに知っている……。だけど一体いつどこで……。なんだかずっと長い間一緒にいたような気がするのに思い出せない……」
フォンシェイを呼び出したことで僅かながら少年は自身の生前の記憶を取り戻しつつあったようだ。
しかしその間にもバリアを維持するフォンシェイの魔力は刻々と削られていく……。
このままではバリアが破られ中にいるサラ諸共ジェイス達の手に掛かってしまうのも時間の問題であったが……。
「はぁ……はぁ……全く往生際の悪い奴等だ……。だが見ろ。もうあの精霊もバリアを維持するのが限界に来ているようだぞ。相当疲れている様子だし現に今俺の攻撃で一瞬バリアが消えた」
「ええっ!、あと一撃強大な攻撃を叩き込めば完全にバリアを消し去ることができるでしょう。ここは私の魔法に任せてくださいっ!。私の魔法にでバリアが消滅した後皆さんで中にいるサラに止めを……」
「分かったっ!」
「くっ……何をしているのです……マスター……っ!」
フォンシェイのバリアを完全に消滅させる魔法を放つ為魔術師ギルドの男が詠唱を始める……。
男から禍々しい魔力が立ち込めていくその光景は懸命にバリアを維持し続けているフォンシェイに絶望を与えるものであった。
「水を生み出す我が水の魔力はハイドロジェン……。太陽をも創造する我が火の魔力はヘリウム……。二つの魔力の交わりは宇宙と繋がる扉となる……」
魔術師の男が天に向けて指を突き立て呪文を唱え始めるとその頭上に暗闇に包まれた球状の空間が作り出された。
男が更に呪文を唱えると共にその暗闇の空間内には星の光と思えるようなものがいくつも輝き始め、まるでその場に小さな宇宙の空間が出現したようだった。
「……っ!。あれは火と水の属性の魔力によりこの世に疑似的な宇宙空間を造り出す最上級魔法……。未だその魔法の詠唱を実現できた者はいないと聞いていましたがまさか王都の魔術師ギルドの研究がまさかそこまで進んでいようとは……。
あんなものを撃ち放たれては私達はこのバリアごと消滅させられてしまいますっ!。(流石にこれ以上傍観しているわけにはいきませんか……。できればフィロソファーと呼ばれる少年の力を目にしておきたかったのですがまだ力を取り戻すことはできないようです)」
「くっ……マスターっ!」
男の魔法の凄まじさに先程まで落ち着いた様子で傍観していたサラも流石に慌てた表情を見せる……。
バリアを破ると言っていたがどうやら魔術師の男はこの魔法で一気にサラ達をこの場から消し去ってしまうつもりのようだ。
どうにか男の魔法についにサラも死霊術を用いて対抗しようとしていたが果たして……。
「まだこの場に十分な霊力は満ち足りていませんがやるしかありません……。天界に召されし高潔なる魂達よ……。その穢れなき霊力を僅かばかりでいい……。地上に残されし我らを救う為この地に注ぎたまへ……」
“パアァ〜〜〜ン”
「よし……これで何とかまともに死霊術を発動できるだけの正の霊力がこの場所に……。ですがそれでもあの男の魔法に対抗できるかどうか……」
サラが祈りを捧げるとどういうわけか教会の窓から差し込む光が強くなっていき、この場に聖なる気のようなものが漂い始めた。
どうやらサラの死霊術を扱う為の正の霊力というものが十分に満ちたようだが果たして男の魔法に対抗できるようになったのであろうか……。
「宇宙より生み出されし灼熱の恒星よ……。我が魔力の重力に引かれこの地へと落下せよっ!」
「くっ……何故私達が共に過ごした日々を思い出してくれないのです……マスター……。マスターと僕として共に数多くの試練を乗り越えて来た絆は所詮空想の……ゲームの中だけの話だったということなのですかぁぁーーーっ!、コォォォォーーンっ!」
「……っ!、コン……そうだっ!。僕の名前は確か……そしてNEVER FORGET YOUR SOULで就いてた職業は……」
「この場に満ちる清き魂達の霊力よ……。我を災厄から守りし盾となれ……アストラル・シ……っ!」
「うおぉぉぉーーーーっ!」
“パアァァーーーンっ!”
「……っ!、な、何ですかっ!」
魔術師の男から撃ち放たれようとしている魔法……そしてそれに対抗しようとするサラの死霊術……。
二つの強大な魔力がぶつかり合おうとするその時、サラの背後から突然少年の叫び声が響き渡ると共に凄まじい力の波が押し寄せて来た。
何後かと思い死霊術を発動する途中でサラが後ろを振り向くと、そこには眩い光の中に包まれる少年の姿があった。
しかし少年に気を取られるサラとは裏腹に、魔術師の男は構うことなく魔力の溜め終った最上級の威力を誇る魔法をサラ達に向けて撃ち放ってくるのだった。
少年の方に意識がいってしまっていたサラも慌てて死霊術で対抗しようとするのだったが……。
「……灼熱の恒星っ!」
「……っ!、しまったっ!。アストラル……っ!」
“バアァァァァァンッ!”
「えっ……」
「………」
「マスターっ!」
男が天に向けて突き上げた指先をサラ達に向けて振り下ろすと共に頭上に造り出された宇宙空間から凄まじい速度で撃ち放たれて来る灼熱の炎の塊……。
灼熱の恒星と呼称されたその最上級の威力を誇る魔法を前に慌てて対抗しようとするサラであったが、その死霊術を発動する直前、信じられない光景がサラの目に飛び込んできた。
なんと目の前には自身が蘇らせたあの死霊……、それも全裸の姿から一転輝かしいまでの白色に包まれたローブを身に纏った少年が、あの男の魔術師によって撃ち放たれて来た灼熱の恒星の灼熱の火球を片手で受け止め、自身を守るようにして立ち塞がっていたのである。
その幻想的で美しい……それでいてどこまでも頼もしく感じる姿にサラは完全に魅入られてしまっていた……。