54話 死霊達の奇襲……
「私の申し出を断るなんてどういうつもりよ……サラ。私がティア以外にもそれに劣らぬ価値を持った保存死体を持ってるのはあなたも知ってるでしょ」
「別に私は今保存死体など欲してはいないし金銭の貯蓄も十分にあります。どれだけ価値のある品を提示されようとそれが私の欲する物でない限り断るのは当然でしょう」
「くっ……」
「ですがそうですね……。あなたがティアの遺体をアマーレの国へと返還し心からの謝罪を行うのであれば少しは取引に応じることを考えてあげてもいいでしょう。死霊術の研究に集中したい私としてはなるべく世界の情勢が落ち着いていてくれるのが好ましいですから……」
「なんですってぇ……っ!。この私がそんな屈辱的な条件を飲むわけがないでしょうっ!。こっちが下手に出てお願いしていれば調子に乗ってぇ……っ!」
「………」
ジルエッタの申し出を断ったサラは新たな条件を彼女へと提示した。
しかしそれには明らかにサラの彼女を挑発する意思が込められており、サラが決して取引に応じるつもりはないことはジルエッタにハッキリと伝わっていた。
先程までジルエッタのことを警戒していたサラであったが、コンとの約束を果たす為にも冥王星の星の欠片を譲り渡せるはずもなく、彼女と敵対する覚悟も既にできていたようだ。
そして取引を断れたこと以上にサラの安い挑発に耐え兼ねたジルエッタは……。
「……いいわ。そういうことなら力尽くで頂くことにするまでよ……。元々あなたが私に協力的でないことは分かっていたしその覚悟ができているからそんな安い挑発を仕掛けてきたのよねぇ……サラ」
「………」
「だけど流石にここまであなたが愚かだとは思っていなかったわ……。私はきちんと対等……むしろあなたに分があると言っていい程の条件を提示してあげたつもりだったけどその取引を蹴って私と敵対することを選ぶなんて……。そんなに私が終焉霊魂の死霊を得てあなたと同等の力を手にするのが嫌だったの……」
「さぁ……それはどうでしょうかね……。ですが私とあなたの関係は元々信頼して取引を行えるような間柄ではなかったはずですが……。それとも暫く会わない間にあなたの性格も随分と丸くなったということでしょうか」
「……っ!、サぁ……らぁぁぁーーーっ!」
「……っ!、こ……これはなんと凄まじい霊力だ……。先日戦ったグリーミーなどはとても比べ物にならない……。これがサラと対をなす赤霊の死霊術師の実力か……」
「………」
度重なるサラの挑発的な言動にジルエッタは怒りを露わにして霊力の波動を撃ち放ってくる……。
まだこちらに害を与えるようなものではなかったもののその霊力の凄まじさは聖職者として高い実力を持つグナーデをもたじろかせてしまうものであった。
サラも最善の注意をジルエッタへと向け臨戦態勢を取っていたのだが……。
「ほ……本当に今ここでこの者と戦うつもりか……サラ。取引のことに私が口を挟むことはできないがお前達程の実力の者がぶつかり合えばこの建物……いや、この村全体に甚大な被害を与えることになるぞ……」
「ええ……ですが取引に応じることができない以上仕方ありません……。なるべく村の外に戦いの場を移動するよう彼女を誘導するのであなたはリンカと共にここに残ってください。死霊術師としての我々のいざこざにあなたを巻き込むわけにはいきません……」
「何を言うっ!。今の私はお前と協力関係にあるのだっ!。これ程強大な力を持つ敵を相手に力を貸さない道理はないっ!。それに私の聖属性の魔力の力は奴の死霊にとって有効な対抗手段となるはずだっ!」
「ふふっ……だけど私のその死霊はどこにいるのかしらねぇ……聖職者ギルドのお仲間さん」
「なに……っ!」
「……っ!、しまっ……!」
“バアァァァァンッ!”
「……っ!、えっ……な……なに……っ!、きゃあぁぁーーーっ!」
「……っ!、リンカっ!」
部屋の扉の前で強大な力を放ち続けるジルエッタに注意を向けるサラ達であったが、ジルエッタが意味深な言葉を発すると共に突然背後から窓が割れる音がし直後にベッドで眠っていたはずのリンカの悲鳴が聞こえてきた。
慌てて後ろを振り向くサラとグナーデであったが、そこには2階にあるこの部屋の窓を破って侵入してきたと思われるまるで熊のような体格の大男が泣き叫ぶリンカを抱えている姿があった。
その男の頭上にある霊環を確認するまでもなくサラとグナーデはその男が間違いなくジルエッタの死霊であることを悟り、リンカが人質に取られてしまったことを一瞬の内に理解した。
リンカの身に危険が及ぶ以上サラもグナーデはその男に手出しすることができないことを分かっていたのだが、その光景を知らずただリンカの悲鳴を聞いただけのコンは……。
「……っ!、今のリンカの悲鳴っ!。お前ぇっ!、リンカに一体何をし……っ!」
“バアァァァァンッ!”
「……っ!、くっ……!」
リンカの悲鳴はジルエッタが何かしたものによるものだと直感したコンは、サラに手出しするなと命じられていたにも関わらず怒りに任せて氷の槍魔法を彼女に向けて撃ち放とうとした。
しかしその時のコンの横の廊下の窓を破って突然何者が撃ち放ったと思われる鮮やかな光沢を放つ火球が襲い掛かってきた。
すぐさま反応し後ろに下がって攻撃を躱すコンだったが今度はその破れた窓からジルエッタのもう1人の死霊と思われる女がゆっくりと宙を移動して廊下へと侵入し、ジルエッタを守るようにコンの前に立ち塞がった。
その死霊から放たれる威圧感を前に悲鳴を上げたリンカとサラ達のことが気になりつつもコンは迂闊な行動を取ることはできず……。
「くっ……私としたことが目の前の彼女に注意を取られるあまり背後からの奇襲に気付かないとは……」
「今のリンカの悲鳴は何があったのっ!、サラさんっ!。こっちにその女の死霊と思われる奴が現れて僕はそっちに向かえそうにないんだけど……」
「……コンっ!。こちらも部屋の窓から彼女の死霊の奇襲を受けリンカが人質に取られましたっ!。ですからあなたも決して彼女に手を出してはいけませんっ!」
「な……なんだって……っ!」
一瞬の内にジルエッタの死霊達に不意を突かれ窮地に立たされてしまったコン達……。
リンカを人質に取られては流石のサラも彼女に冥王星の星の欠片を引き渡すしかないのだろうか……。
そうなれば夜空瑠那を蘇らせるというコンとの約束を果たすのがまた遠のいてしまうが……。
そして圧倒的優位な立場にたったジルエッタはコン達に対し……。




