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51話 現れた女の霊

 「“スゥー……スゥ……”」


 「リンカの奴はよく眠っているようだな……サラ」


 「ええ……」


 コンがルナと共にΩ(オメガ)テリウムと契約した時の夢を見ている頃、隣の部屋ではサラとグナーデが既に起床し安らかな表情ですやすやと眠るリンカのことを見守っていた。


 そろそろ店員が女性の霊が出ると言っていた時間帯になるということでこのまま待ち受けるつもりのようだ。


 「店の者の話によるとそろそろ女の霊が出る時間帯となるようだが……。果たして本当にリンカのことを攫いにくるのだろうか……」


 「ええ……先程からこの建物に漂う負の霊力が強まっているのを感じます……。必ずやこの深夜の内にリンカを狙ってここへやって来るでしょう」


 「そうか……」


 “ゴゴゴゴゴゴッ……”


 「……っ!、噂をすれば早速やって来たようです……グナーデ」


 「ああ……私でもかなり強い負の霊力を持った者が近づいてくるのを感じる……。人の命を奪う程の危害を与えることはないと聞いていたがこれ程の霊力を持つとは……」


 「それ程自身の子供を救えなかったことが無念だったのでしょう……。ですがこれだけの負の霊力に魂を蝕まれながら人への危害を最小限に抑えられているのは本来のその者の魂がとても清らかなものである証拠……。どうにか退治せずにその失意の念から解放してあげられれば良いのですが……」


 「ああ……だがそういうことなら私の聖属性の魔力はお前の邪魔となってしまうな。霊への対処はお前に任せて私は手を出さず後ろで見守っておくことにしよう」


 「ええ……ありがとうございます、グナーデ」


 時刻が深夜を回った頃からサラが感じるこの宿屋の負の霊力は段々と強くなっていた。


 そして部屋の扉の先の廊下についにその負の霊力と元凶となる者の気配が……。


 その者はしっかり整備されていたはずのこの宿屋の床をきしませる音を鳴らしながらゆっくりとサラ達の部屋の方へと近づいて来ているようであったのだが、サラ達の部屋の扉の前まで来たというところでその音が止み……、


 今まさにその者が自分の部屋の扉の前に立っていることを感じ取ったサラとグナーデはグッと身構えて体を扉の方へと向けていた。


 そして暫く全ての物音が消え不穏な静けさがサラ達の部屋を包み込んでいたのだが……。


 “バアァァァァンッ!”


 「……っ!」


 いつまでの続くその不穏静けさに耐え兼ねサラ達の気が緩んだその時……。


 突如として勢いよく扉が開いてその扉の前に立っていた者が姿を現した。


 それはまさにこの店の者が話してたこの宿に泊まった子供を攫いに来るという悪霊……。


 染み込んだ汚れで暗く濁った白のレースに身を包み、鬼のような形相でこちらを睨み付ける以前この宿屋で亡くなったという女の霊であった。


 その女の霊から発せられる凄まじい怨念はサラ達ですら思わず身を引いてしまう程であったのだが……。


 「これは……まさかこれだけ強い負の霊力を持った悪霊が潜んでいようとは……。どうやらこの宿に子供が泊まった時だけここに押し入った者に自身の子供とともにその命を奪われた時のことを思い出しより強い怨念に囚われてしまうようですね……」


 「坊や……私の可愛い坊やはどこ……」


 「……っ!、坊やと言っているがリンカは女の子供だぞ……。どうやら子供の性別の区別もつかなくなってしまっているようだな……」


 「“スゥー……スゥ……”」


 「……っ!、いた……」


 「……お待ちなさい」


 「……っ!」


 その女の霊は黄色い眼光を放つ禍々しい瞳で部屋の中を見渡し、ベットに眠るリンカを見つけてそこへ足を運ぼうとした。


 しかしそれを遮るようにサラが女の霊の前へと立ちはだかり……。


 「残念ですがあの子はあなたの息子ではありません……。あなたの息子は亡くなる直前まで注がれたあなたの強い愛情のおかげで既に霊界へとその魂が旅立っています……。ですからあなたもいつまでもこの世のしがらみに囚われていないで……」


 「ウゴォォォォォッ!」


 「……っ!。なんという凄まじい怨念だ……。これでもサラは本当にこの者を説得するつもりか……」


 必死に説得を試みるサラであったが事実を受け入れない女の霊は凄まじい雄叫びを上げるとともにサラ達に向けて衝撃波を撃ちは放ち、その言葉を遮った。


 グナーデの言う通りこれではとても説得など不可能なように思えるが……。


 「息子を殺した者……そして息子を守れなかった自身をも恨んでしまうあなたの気持ちはよく分かります……。ですがその怨念に囚われた姿は決して本当のあなたではありません。それだけの負の霊力に魂を蝕まれながらあなたはこれまで誰一人として命を奪うことはなかった……。それはあなたの魂にまだ心から息子を愛していた時の心優しい思いが残されているからです。どうかその時の思いを思い出し本当のあなたの姿に戻……」


 「うるさぁぁぁいっ!、私も私の息子も死んでなどいなぁぁぁいっ!」


 「……っ!」


 それでも尚説得を試みようとするサラであったが、どれだけ言葉を投げ掛けようと女の霊に届くことはなく、再びと凄まじい怨念の雄叫びと衝撃波によってその思いは撥ね退けられてしまった。


 サラの思いが全く伝わっていないというわけではないだろうが、サラのことを警戒するあまりサラの言葉を自身を浄化する為の虚言ではないかと疑ってしまっているようだ。


 事実サラの思いを拒絶しながらも女の霊は中々標的であるリンカへと襲い掛かろうとはしなかった。


 サラの死霊術師ネクロマンサーとして持つ強すぎる力が意図せずして女の霊の敵意を強めることになってしまったようだ。


 「これではとても説得など不可能だぞ……サラ。どうやら我々のことを完全に敵と見做してしまっているようだ。恐らく私が悪霊となった自身の天敵である聖職者であることも本能で感じ取っているのだろう。お前が死霊術師ネクロマンサーであることも理解しているようだしこれでは相手の警戒を解くことも……」


 「仕方ありません……。この場は一先ず霊を退けて明日死霊術ネクロマンシーの準備をして彼女の魂を蝕む負の霊力を浄化して差し上げることにしましょう……。できれば自らの意志で負の霊力を振り払って貰いたかったのですが……」


 「ふっ……何を甘いことを言っているのかしら……サラ」


 「……っ!、今の声はまさか……」


 完全にこちらに敵意を抱く女の霊を前にサラは説得を断念し明日死霊術ネクロマンシーを用いて強制的に魂を浄化をすることにした。


 サラとグナーデの実力を持ってすればこの場で退治することも容易だったはずだが、女が悪霊となった経緯に同情する思いのあるサラはどうにか彼女の魂を傷付けることなく霊界へと還してあげたかったようだ。


 だがサラがそう決意した時突如その女の霊の後ろから別の女の声が聞こえ……。


 「……邪霊の手スペクトラル・ハンド


 「……っ!、う……うごぉぉぉぉっ……」


 「……っ!、お止めなさいっ!、ジルエッタっ!」


 「……っ!、ジルエッタだと……っ!」


 「ふふっ……」


 更にその別の女の死霊術ネクロマンシーを発動させたと思われる言葉が聞こえてきた直後、女の霊の頭上に紫のオーラ状の手が出現し、女の霊の頭をガッチリと掴み込んでしまった。


 その紫のオーラの手はまるで老練の魔女のものであるかのように悍ましいもので、蜘蛛の足のように細長い指をしており、その指からは獣のもののように鋭く尖った爪が生え伸びていた。


 そしてその手に頭蓋骨を丸ごと掴み込むように握られた女の霊は苦しみのあまり喘ぎ声を上げてしまっていた。


 それに対しジルエッタという名を叫び女の霊を掴んだ手を放させようとするサラ……そしてそのジルエッタという名に驚くグナーデだったのだが……。


 一体ジルエッタとは何者なのだろうか……。



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