41話 リンカという少女……
「さて……それでは一通り屋敷を見回って行きますよ、コン」
「うん。あの鍵を使う金庫がどこにおいてあるのかも気になるしね。……広い屋敷だし手分けして回った方がいいかな」
「そうですね……。ですがあなたの見回った箇所で少しでも気になるところがあれば必ず私に報告してください」
「分かったよ。それじゃあ早速僕はこっちの扉の方から……」
「待て、そういうことならば私も手伝おう、コン。手分けして回るならば1人でも人手の多い方がいいだろう」
「……っ!、グナーデさんっ!」
店長やマーラ達が村へと向かい残ったコンとサラ達はグリーミーのいなくなった屋敷の探索を始めようとしていた。
しかしその時皆と共に村へ向かったと思っていたグナーデが姿を現し……。
「あなたも皆と共に帰ったのではなかったのですか、グナーデ」
「そのつもりだったのだがあれだけ手練れの者達がいては私の護衛も必要ないと思ってな。ちょうど攫われた者達の1人にサラ、お前に話があると言う者がいたから共に戻って来たのだ」
「私に話がある者……それはそのあなたの後ろにいる……」
コン達のところへ引き返して来たグナーデの後ろにはサラに話があるという10歳にも満たない年齢であると思える1人の少女の姿があった。
そんな年端もいかないような子供が一体サラにどんな話があるのか検討がつかなかったが……。
「ああ。彼女の名前はリンカというそうだ。どうやらこの辺りの住人ではなくグリーミーがこの屋敷に来る前に悪霊を憑依させられたらしいが……」
「えっ……それじゃあこの子の親御さん達の家は一体どこに……」
「………」
「それはまた後で話を聞かせて貰いましょう、コン。それより私に話があるそうですがそれはどのようなものなのですか、リンカ」
「あ……あの……私をサラさんの弟子にしてくださいっ!」
「……っ!」
その少女の名はリンカといい、より歳も幼いということもあり先程とコンとサラによってこの地に埋葬されたグリーミーよりも更に小柄で赤色の髪でショートボブの髪型をしていたのだが、服装はグリーミーによって着せられたメイド服のままだった。
年齢のわりにはしっかりとした顔つきをしていたがどうやらこの辺りの村に住む子供ではないようだ。
そしてその少女は突然サラに対し自身を弟子にして貰うよう頼んできたのだったが……。
「で……弟子にしてくださいって……。それじゃあもしかしてこの子が……」
「死ぬ間際にグリーミーが言っていたとんでもない内容が書かれた資料を持っていた少女ということでしょう。どうやらグリーミーにも弟子になりたいと頼んでいたようですがそれはあなたも死霊術師となることを目指しているというこでよろしいですね、リンカ」
「うん……」
「ではどうしてあなたはそれ程までに死霊術師になりたいのですか。私に助けられたとはいえ先程までその死霊術師の手によってあのような目に合わされていたというのに……」
「それは……お父さんとお母さんを助ける為にどうしても死霊術師にならないといけないから……。私のお父さんとお母さんも死霊術師だったんだけどアンファングの国の偉い人に頼まれて何かの研究をしてる時突然事故に合ってこの世からいなくなっちゃったの……」
「……っ!」
「アンファングの偉い人に頼まれて……。でもアンファング帝国の人達って死霊術師のことを抹殺しようとしてたんじゃなかったの……。それなのにリンカのお父さんとお母さんに研究を頼むなんて……」
「……ではあなたが死霊術師になりたいのは事故で亡くなったご両親をこの世に蘇らせたいからなのですか?」
「ううん……初めはお父さんとお母さんに生き返って欲しいって思ったんだけど私を研究所から連れ出してくれた死霊術師の人がお父さんとお母さんは死んだわけじゃなくてもっと酷い目に合ってるって私に教えてくれたの……。それにお父さんとお母さんを助けるには何かの死霊術の儀式を完成させるしかないって……。でもその人が渡してくれた資料を見ても私じゃ何も分からないから逃げ出した先で偶然出会った私よりちょっと歳が上くらいの死霊術師に弟子にしてくれって頼んだんだけどその後からの記憶が何もなくて……」
「その時にグリーミーによって悪霊を憑依させられたのですね。ですが何故そのあなたを連れ出してくれた死霊術師ではなくグリーミーに弟子にしてくれるよう頼んだのです」
「それが……ドリンゲントの町まで逃げて来た時に私達を追って来た人達が来てその人とはそこではぐれちゃったの……。もしかしたらもうその人達に捕まっちゃってるかもしれない……」
「……そうですか」
「一体この子の両親の身に何があったんだろう……サラさん」
「分かりません……。ですがこれは早急に彼女の持っていたという資料を確認する必要がありそうです。恐らく資料のしまってある金庫はグリーミーの亡くなった最上階の部屋にあるでしょうからそこに向かいましょう」
リンカの話の内容が緊急性の高いものであると判断したサラは直ちにリンカの持っていた資料を確認する為先程グリーミーが亡くなった最上階の部屋と向かった。
金庫は特に隠された場所にあったわけでなく部屋の片隅の棚に置かれているのがすぐに見つかり、近くのテーブルの上まで運んだ後サラがグリーミーの遺体から取っておいた鍵を使って扉を開けた。
「……っ!、こ……これは……」
「……?、その石がどうかしたの、サラさん」
その開かれた金庫の中にはリンカの持っていたものと思われる資料と他にも貴重な薬品や宝石などが入れられていた。
とりわけサラは資料の横の質感の良い高級感の漂うクッションの上に置かれた灰色に光輝く石に目が入ったようで、一体何なのかとコンが尋ねると……。
「これは……冥王星の星の欠片に間違いありません」
「ええっ!、それって前に終焉霊魂をこの世に蘇らせる為に必要って言ってたっ!」
「はい……まさかグリーミーがこのような貴重な品を持っていようとは……」
「そ……それじゃあもしかしてこれでまた終焉霊魂の魂をこの世に……」
「ええ、後は屋敷に帰ってホムンクルスの器さえ完成させればあなたとの約束を果たすことできます。ですが今はそれよりもこちらの資料を確認しなければ……」
「そ……そうだね……」
なんとグリーミーの金庫の中にしまわれていた灰色に光輝く石はコンと同じ終焉霊魂の魂を持った死霊をこの世に蘇らせるの必要な冥王星の星の欠片だった。
これでサラが自身の大切な人を蘇らせるという約束が果たせることになり心の中で歓喜するコンだったが、今はリンカの資料の方が優先せねばならない為沸き立つ気持ちをグッと抑えて資料に目を通してくサラを見守っていた。
「これは……」
「一体その資料には何が書かれているのだ……サラ。先程のリンカの話ではその資料の研究をしている最中にリンカの両親は何らかの事故に合い消息を絶ってしまったのだろう」
「………」
先程のリンカの話をグナーデも気にしていたようでサラに資料に書かれている内容を問い質した。
もしかしたら両親の身に何が起こったか分かるかもしれないとリンカも固唾を呑んでサラの返答を聞いていたのだが……。
「これは……特定の魂を魂の輪廻の理から外す為の死霊術の研究を行っていた資料です……」
「特定の魂を魂の輪廻の理から外す……とは一体どういうことだ、サラ」
「本来我々死霊術師が行うのは輪廻の法則に干渉し本来行われるはずの魂の転生……つまり生まれ変わりとは違う形で死者の魂をこの世へと蘇らせるものです。ですがこの資料で行われてる研究はその逆……本来行われるはずの魂の転生を二度とできなくさせてしまう為のものです」
「……っ!。それじゃあもしその死霊術の対象になっちゃったらその魂はもうこの世に生まれてくることができなくなっちゃうのっ!」
「ええ……恐らくリンカの両親は研究を行っているその死霊術が暴発し自らの魂を輪廻の理から外してしまったのではないでしょうか……。資料によればその死霊術は現在この世に生存している者に対しても掛けることが可能なようです」
「そんな……そんなの本当に死んでしまうより酷いことだよっ!。終焉霊魂の僕だって輪廻の理が外れちゃってたみたいだけど……サラさんに蘇らせて貰えて本当に良かったって思ってるっ!。そんな魂達を救い出すどころか逆にこれ以上と増やそうとするなんて……」
「一体アンファングは何故このような死霊術の研究をしているのだ……」
「それはこの世界を真に支配する為に最も良い方法を考えついたからです……グナーデ」
「……っ!、それは一体どういうことだ、サラっ!」
「この資料によるとアンファングは通常の死者を蘇らせる死霊術の研究もより発展させた形で行っています。つまりアンファングの目的は魂の輪廻の理を自らの手で完全に掌握すること……。この世に転生する魂を全て自分達が選別できるということになればそれは完全なる世界の支配者となるのと同義でしょう」
なんとその資料に書かれていたのはアンファングが世界の支配者となる為死霊術により魂の輪廻の理を掌握する為の研究の内容だった。
そしてリンカの両親はその研究の事故によりその魂が輪廻の理が外れてしまったということだったが……。
「確かに……自分達に従う魂だけをこの世に転生させて逆らう者達は片っ端から皆輪廻の理から外してしまえばいいのだからな……」
「そんなの絶対に許しちゃいけないよっ!。この世界は誰の者でもないんだからそんな研究今すぐにでも止めさせないとっ!。もし研究が完成して皆輪廻の理から外されちゃったらもう取り返しがつかなくなるっ!」
「ええ……コンの言う通りですが強大な力をアンファングにそう簡単に対抗する手段は……」
「ねぇっ!、そんなことより私のお父さんとお母さんはっ!。お父さんとお母さんを助ける為に私は一体どうしたらいいのっ!」
「リンカちゃん……」
「残念ですが今の私にはどうすることもできません……。ですがあなたのご両親を助けることも含めてこれは死霊術師として決して見過ごすことのできないことです。まずは我々のギルドのマスターに報告して全ての死霊術師に協力を仰ぎましょう。今の我々の戦力だけではとてもアンファングに対抗できません。……今すぐあなたの両親を助けることはできませんが……どうか私を信じてついて来てくれますか、リンカ」
「……分かった。今頼れるのはサラさん達しかいないし皆について行く……」
「良かった……とにかく拠点に戻って対策を講じねばどうしようもありません。私の屋敷は我々のギルドの拠点となっている街にありますのでなるべく帰還を急ぎましょう」
「そうだね……けどマーラさん達が村でしてくれるお祝いはどうする……。必ず行くって約束しちゃったけどこんな急を要する自体になっちゃ……」
「いえ……急いでいるからこそ今日は一晩マーラ達の村で休息を取り明日の朝村を出ることにしましょう。グリーミーとの戦いで消耗した体力を回復せねばなりませんし村の者達から話しを聞けばより早く屋敷に帰る為の道順が分かるかもしれません。……それでも構いませんか、リンカ」
「うん……正直私もちょっと休んでから出発したい……。サラさん達のおかで意識を取り戻すことができたけどまだなんとなく体が怠いの……」
「それでは我々は急ぎ屋敷の見回りを済ませてくるので少し待っていてください。……グナーデ、すみませんがやはりあなたはリンカのことを見ていてくれませんか」
「ああ、昨夜私達が泊まった3階の客室のベッドで休ませおくから終わったら知らせに来てくれ」
「分かりました……ではコン」
「うん」
「……っ!、あれは……」
「……?、どうしたのサラさん」
「………」
リンカとの話を終えて再び屋敷を見回りをしようと広間の方へと向かったサラだったが、その時5階の正面のギャラリーの手すりへと止まりこちらに視線を送る1羽の鳥の姿が目に入って来た。
それは正しくコンがレイサムと共に窓を割って屋敷の外へと飛び出した際に侵入して来た頭にコンと同じ霊環のような冠を被ったあの鳥だったが、サラがこちらを見たことに気付くこと瞬く間に再び窓の外へと飛び立っていってしまった。
その鳥が飛び去った窓をサラは神妙な面持ちで見上げていたのだが……。
「今の鳥がどうかしたの……サラさん。なんか頭に僕の霊環と同じで変な輪っかがあったような気がしたけど……」
「いえ……私も今まで見たことのない鳥だと思って見ていただけです。そんなことより早く屋敷の見回りを済ませてしまいましょう」
「うん」
「(今の鳥は何者かがここに遣わした死霊……。そしてあの霊環のシンボルは間違いなく……。どうやらこの屋敷での出来事は全て彼女に見られていたようですね……)」
こうしてコン達は屋敷の見回りを済ましマーラ達の待つマルクドルフの村へと帰って行った。
先程窓から飛び去って行った鳥に本当は何か心当たりがあったようだがサラは特にコンに言わずにいたようだ。
恐らくリンカの話に続いてこれ以上コンに余計な不安を与えたくなかったからだろう。
どうやら何者かがあの鳥を通してこの場の様子を探っていたようだが……。
コン達がマルクドルフへと帰る為にはまたあの大量の悪霊達に襲われた坑道を通らなければならない。
最初に通った時にグナーデによってほぼ全ての悪霊達は全滅してしまっているはずだが、その帰りの坑道内には思わぬ危険がコン達を待ち受けているのだった……。