31話 現れた黒幕……
「しかしコンが俺にも解毒剤を飲ませておいてくれたおかげで助かった……。睡眠薬の効果が切れただけじゃなく体に入ってたアルコールも抜けてすっかり酔いも覚ますことができたぜ。……お前等は飯を食う前にトイレに行った時サラさんに飲ませて貰ってたんだっけか、マーラ」
「うん。確かコン君が錬金術を使って薬を調合しておいてくれたんだよね、サラさん」
「ええ。まだ錬金術を覚えたばかりだというのに昨日の夜寝る間も惜しんで万能薬のポーションを調合しておいてくれたのです。まさかこんなにすぐ役立つ場面が来るとは思っていませんでしたが……」
「へぇ〜、コンはポーションの調合までできるのか。やっぱり死霊っていうのは生きている人間なんかより遥かに優秀なんだな」
「いえ……死霊が皆優秀に思えるのはそれだけ強い魂を持つ存在を選んで蘇らせているからです。単に死霊として蘇ったからといって誰もがコンのような力を持つわけではありません」
「そ……そうか……」
「そりゃもし店長が死んで死霊として蘇ってもきっと酒場の主人以外の役目は務まらないよ。それにしてもサラさんの為に徹夜で薬を調合しあげるなんてコン君は主人思いだね〜。それともサラさんのことが好き過ぎて堪らないのかな〜」
「なっ……違うよっ!。僕はただ死霊としての自覚を少しでも強く持とうと……」
「下らない話をするのはそこまでしておけ。あの扉を出ればもう屋敷の出口のある広間へと出るはずだ。サラの予想通りなら敵はそこで待ち構えているやもしれぬのだぞ」
「ご……ごめんなさい」
「扉を出た瞬間に敵の攻撃を受けるやもしれません。いつ戦闘に入っても大丈夫なよう今の内にフォンシェイを呼び出しておいてください、コン」
「分かったよ。……天から地への制約は……」
屋敷の出口を目指して駆け足で移動しながら少しの会話をするコン達。
その話によるとどうやらコン達が敵の睡眠薬の影響を受けなかったのは昨夜の野営地でコンが調合した万能薬のポーションのおかげだったようだ。
そのことについてお礼を言いながらもこれまでの癖でコンのことを揶揄うマーラだったが、広間へと出る扉を前にグナーデに諭され皆と共に気を引き締め直していた。
コンも事前にフォンシェイを呼び出し、万全の警戒を持って広間への扉を出たのだったが……。
“バアァァァァンッ!”
「……っ!、こ……これは……っ!」
コン達が扉を出た先は吹き抜けとなった広間の3階のギャラリーだが、そこから周りを見渡すとそこには広間中にこちらを向く剣や斧等の武具を持った兵や魔術師と思われる衣装に身を包んだ者達が少なくとも20人はいた。
特に出口の扉の前には5人もの兵が構えており、決してここから出すつもりはないという敵の強い意志が感じられた。
そして広間の最上階……。
そのギャラリーの中央にこれらの者達を従えるこの屋敷の主であると思われる者がコン達を見下ろしており……。
「まさかこんなに大勢の敵がここで待ち受けているなんて……。サラさんの言う通り意地でも僕達をここから帰すつもりはないみたいだね」
「ええ……ですがこちらも逃げ帰るつもりなど毛頭ありません。これだけ戦力を投入した以上このまま我々が捕まらずにいればこれらの者達を操っている敵の親玉も痺れを切らして出てくるでしょう」
「ふふふっ……そんなことせずとももう出て来ているわよ……サラ」
「……っ!、あなたは……」
最上階から広間へと響き渡って来た声に反応し皆が上を見上げると、そこには声の主と思われる少女がこちらを見下ろしていた。
その少女の姿はパッと見た印象でまだあどけなさが感じられる……恐らくコンよりずっと年下で、まだ12、3歳程度の年頃であるように思われた。
髪型は全体的に丸みがあり後ろ髪が肩に掛かる程度のショートボブで、髪の色は赤みの強い紫色をしていた。
コン達の世界で中世の時代に西洋の貴族が着ていたような赤と黒のドレスの形をしたローブを纏っており、少し笑みを浮かべつつも据わった目付きでコン達のことを見つめるその表情からはとても冷たく邪悪であるように感じられた。
どうやらサラのことを知っているようだったが……。
「あなたは……グルーミーですね」
「……っ!、知ってるのっ!、サラさんっ!」
「ええ……彼女はグルーミーといい皆から天才と謳われている死霊術師です。その理由は彼女が若干5歳にしてギルドから死霊術師と認められる実力を持っていたこと……。直接会うのは初めてですが我々死霊術師の間で彼女の存在を知らぬ者はいないでしょう」
「……っ!、それじゃああんな小さな子がこの人達を攫って操ってる死霊術師だっていうのっ!。しかもサラさん達に天才と謳われる程の……」
「ほ……本当にあんな小さな子が死霊術師……」
「ふふっ……何を謙遜してそんなことを言ってるのかしら。どう呼ばれているかはさておき知名度で言うならあなたの方こそ名を知らぬ者はいないでしょう、サラ。禁忌とされている終焉霊魂を蘇らせようとする悪名高き死霊術師……」
「反論させて頂きますが私はギルドから正式に許可を得て終焉霊魂を蘇らせる儀式の研究を行っています。それに禁忌を犯しているというならそれは憑依の死霊術をこれだけの者達に平然と行っているあなたの方でしょう」
「………」
「他の霊体……それも悪霊からの憑依を受けた魂がどれ程傷つくことになるかあなたが知らないはずはないでしょう。何の目的でこのようなことを行っているかは知りませんが……今すぐこの者達の憑依を解くのですっ!」
「ちっ……ちょっと自分の方が名を知られているからって偉そうに私に命令しないでくれる……。それも今からその憑依によって私の奴隷になる者の分際で……っ!」
「………」
彼女の名はグルーミーといいサラにも天才と言わしめる程の実力を持つ死霊術師のようだ。
しかしその死霊術師として持つ理念はまるで違うようで、ジェイスに言われた時あれ程サラが怒りを感じていた奴隷という言葉をグルーミーは平然と口にしていた。
死霊と憑依……その死霊術に違いはあれど同じ死霊術師から発せられるその言葉にサラは怒りを通り越し哀れむような目で相手を見ていた。
「や……やっぱり僕達もこの人達と同じように操るつもりだったのか……。でもその割には随分とお粗末な計画だったね。料理の睡眠薬はともかくあんな手錠で僕やサラさんを捕えておくことができるはずが……」
「いえ……あの手錠は錬金術を用いた特殊な術式を組み込んで作られたもので一度掛けられれば自身の魔力を大幅に制限させられることになります。そうなればあなたやグナーデでも簡単に手錠を解くことはできないでしょう」
「そ……そうなの……」
「まぁ……元々あんなのであなた達を捕えられるとは思ってはいないわ。ただなるべく相手を傷付けずに奴隷にしてあげようという私の優しさよ。こうなった以上力尽くで動けなくなって貰うしかないけどね……」
「……っ!」
グルーミーがサラ達に対して明確な敵意を露わにすると共に彼女の眼前に凄まじい負の霊力が集まっていき、薄い紫色をした禍々しい魔弾が作り出された。
どうやらグルーミーの死霊術のようだがその霊力の凄まじさはサラをも驚かせる程で……。
「……っ!、凄まじい負の霊力……。まさか邪霊級の霊力をこうも簡単に生み出すことができるとは……」
「……邪霊の弾丸っ!」
“バアァァァァンッ!”
「……危ないっ!」
「……っ!、まさか……っ!」
グルーミーの掛け声とともにサラに向けて撃ち出されるその魔弾……。
しかしその魔弾はギャラリーからサラの前へと飛び出したコンにより軽々と受け止められてしまった。
自身の魔弾を受け止め宙に浮きながらこちらを向くコンにグルーミーは驚きを隠せずにいたようだが……。
「くっ……死霊術によるものだから上手く中和できない……はあっ!」
「……っ!。わ……私の邪霊の弾丸が掻き消された……っ!」
死霊術によるものであった為か教会での時のように魔力中和の能力を上手く発動できなかったコンは、受け止めた手に魔力を込め力尽くで相手の邪霊の弾丸を打ち消してしまった。
サラも驚く程の霊力の込められた魔弾もコンにとってはただのボールに等しいもののようだ。
「何故死霊如きが私の邪霊の弾丸を……ま、まさかっ!」
「………」
「サラの奴本当に終焉霊魂を呼び出す儀式を完成させたっていうの……いいえっ!、そんなことあるはずないわ……。ちょっと力を持った死霊を従えてるぐらいであまり調子に乗らないことね……レイサムっ!」
「………」
グルーミーの呼出しに応じ下の階のギャラリーから1人の男がコンと同じく宙に浮いてこの場へと飛び出して来た。
その男はレイサムと呼ばれていたがこの者もグルーミーの憑依の死霊術により悪霊を憑依させられ操られてしまっているようだ。
「……っ!、あ……あれはレイサムっ!」
「……っ!、あの人を知っているの、店長っ!」
「あ……ああ……元はアンファング帝国の王都にある魔術師ギルドの一員で凄腕の魔術師なんだが……4、5年前に移り住んできてこの辺りの村の連中に魔術を教えてくれていたんだ。帝国に見捨てられた俺達にも正式に魔術を学ぶ場所が必要だと言ってくれて……。俺達の知らない魔術を用いた設備なんかも色々と村に配備してくれてその生活も随分便利になったもんさ。だがまさかそのレイサムまであいつに操られちまってるとは……」
グルーミーに呼び出された男の名をレイサムといい、かつてアンファング帝国内の魔術師ギルドに所属していた凄腕の魔術師だった。。
まだ30にも届かない年齢で、店長の話しぶりからしてとても真面目で礼儀正しく、他者への思い遣りを持つ好青年であったようだ。
見た目の印象もまさにその通りで、綺麗に整えられた7・3分けの黒髪、服はスーツのような魔術師のコートを纏っておりとても紳士的である格好をしていた。
ただグルーミーに操られてしまっている為他の者達と同じく表情に生気がなく、辺境の村まで魔術を教えに来たその優しい心は完全に失われていた。
店長とマーラは冷たい目付きでこちらを見つめる以前とは変わってしまったレイサムの姿を見て酷く悲しみ、そのような姿へと変えてしまったグルーミーに対し怒りを露わにしていた。
「本当……あんないい人までこんな目に合わせるなんていくら子供だろうと絶対に許せないわっ!。早くレイサムや私の弟……他の攫った人達を解放しなさいっ!」
「黙れっ!。サラの付き人でしかない只の女がこの私に偉そうに命令するなっ!。……レイサムっ!」
「………」
“バアァァァァンッ!”
「……っ!、うわぁぁぁーーーっ!」
グルーミーがレイサムに命じたと同時にコン達に見えない衝撃波が襲い掛かり、その身を吹き飛ばしてしまった。
恐らくレイサムの放った魔法だろう。
突如襲い掛かった強力な魔法に驚くコン達であったが……。
「い……今のは大気を操る大気の魔法か……。それもこれ程強力なものを瞬時に打ち放つとは……。奴は風属性の魔法を得意としているのか……」
「あ……ああ……。授業を受けてる奴等の話ではレイサムは風属性の魔法で大気を自在に操ることができるらしい。なんでも大気の波を引き起こして放つ衝撃波は普通の風を引き起こす魔法とは比べ物にならない程の威力を誇ってるんだとか……」
グナーデの予想通りレイサムの放ったのは敵に向けて強力な大気の波を放つ風属性の魔法、大気波だった。
これだけの魔法に対抗できるのはこちらの陣営内では恐らくコンしかいないだろうが……。
「風属性の中でも大気は最も強力な魔法で扱える者も少ないからな……。それに風属性の魔法は範囲が広く実体を視認できないのが厄介だ……どうする、サラ」
「あの男の相手はコン……あなたに任せます。グナーデ達は他の配下の者達を誘導してこの場から遠ざけてください。その隙に私がグルーミーにこの者達を操っている死霊術を解かせます……」
「……っ!、サラさん1人であいつの相手をして大丈夫なのっ!」
「ええ……死霊術師としての禁忌をこれだけ堂々と破った彼女にはこの私が制裁を与えねばなりません。あなたの方こそ厄介な相手だとは思いますがどうか私が死霊術を解かせるまで持ち堪えてください」
「……分かったよ」
「ふっ……さあっ!、私の奴隷達よっ!。今度こそあの者達を捕え私の前へと連れて来なさいっ!。心配せずとも敵は生者であるあなた達を気遣ってまともな反撃を行うことはできないでしょうっ!」
やはりレイサムの相手はコンがすることとなった。
そしてレイサムだけでなく他のグルーミーの配下達もサラ達を捕えようと上と下それぞれの階からギャラリーを移動してくる……。
コン達も反撃の為の算段を立て行動を開始するが果たしてグルーミーを打ち破ることができるのだろうか……。