3話 襲い来る謎の集団……冒険者ギルドのジェイス達
「な、何なの……あの人達は……」
「落ち着いてください。あの者達は恐らく王国指名手配犯である私に懸けられている賞金を目当てに冒険者ギルドからやって来た者達でしょう。そういった者達の襲撃を受けるのはいつものことなど別に気になさらないでください」
「こ、この状況を気にするなって言われてもそんなの無理……。どう考えてもあの人達僕達のこと殺すつもりでしょっ!」
サラの死霊術でこの世に蘇るや否や自身の名前も思い出せない内に少年は突如やって来た謎の武装した集団によって命の危機に陥ってしまっていた。
しかし全裸で慌てふためく少年とは対照的に、恐らくはあの集団の直接的な標的のなっているサラの方が何故か落ち着いた態度で余裕を保っている。
どうやら日常的にこのような集団の者達に狙われているようだったが……。
「……っ!。そうだわ……これは終焉霊魂であるあなたの力を試すのにちょうど良い機会……。あの程度の者達が相手では到底力の全容は測り切れないでしょうが……」
「えっ……この状況でさっきから落ち着いたまま何を言ってるの……?。そんなことより早く逃げる手立てを考えた方がいいんじゃないの……。でもこれだけ大勢に取り囲まれたらそれも難しいだろうし……。どうにかあの人達と和解して見逃してもらうしか……」
「そのような必要はありません。これからあなたにあの者達の討滅を命じます……」
「ええっ!。それって僕にあの人達を倒せってことぉっ!。そんなの無理無理無理っ!。ゲームの中ならいざ知らず現実の世界でそれも武器を持った相手に裸の状態で勝てるわけないじゃないかっ!。そんな無茶なこと言ってないでもう早く逃げ……うっ!、……な、なんだ急に胸が苦し……くっ……」
いきなりサラにこの場を取り囲んでいる者達の討滅を命じられる少年であったが、武器を持った相手に全裸で立ち向かえる訳がない。
そんな命令に従わずわけにもいかず、反対にこちらからこの場から逃げるよう進言しようとした。
しかしその時突然少年に何かに胸を締め付けられているような痛みが襲い掛かり、呼吸をするのも苦しいようで胸を抑えながらその場へと蹲ってしまった。
一体少年の身に何が起きたというのだろうか……。
「先程あなたに私の僕であることを身をもって知ってもらうと言ったのはこういうことです。最早あなたは私の命に背くことは許されない身なのです……」
「……っ!。こ、今度は体が勝手に宙に浮いて……うわぁぁーーーっ!」
少年の胸が痛み出したのはサラの死霊術によるものだった。
死霊術師とはその名の通り“死者の霊”を従える者のことを呼称するが、サラの死霊となった少年も当然自身を蘇らせた術者であるサラに逆らうことは許されなかったようだ。
先程サラが身をもって知ってもらうと言ったのは自身の命に背くようなことがあれば今のように肉体や精神に苦痛を与え……場合によっては命を奪うこともできるということだろう。
自ら蘇らせた者の命をそう簡単に奪うことはないだろうが……。
そしてサラは更にその死霊術を行使し、今度は少年の体を無理矢理宙に浮かせ、強制的にこの場に乗り込んできた集団の元へと送り込んだ。
“バッ……ドスンッ!”
「うわぁっ!。……い、痛たたたたた……っ!」
「……っ!、な、なんだ……この全身裸の子供は……」
サラの死霊術が解けると同時に少年は地面へと落下してしまった。
いきなり目の前に来たかと思うと尻餅をついて痛がるその間抜けな姿を見て謎の集団の者達も呆気に取られてたのだが……。
「お、恐らくサラが差し向けて来た死霊よ……ジェイス。頭の上に死霊であることの証明である霊環が付いているわ」
「い、いや……それは分かっているがどうして服を着ていないんだ……。下着も履いてないし完全に裸だぞ……。それに差し向けて来たといってもこんな子供が俺達を相手に何をどうできるというんだ……。」
裸の少年を前に呆然とする謎の集団だったが、その中の弓を持った女の一人がジェイスという剣を構えた男に話掛けていた。
女の態度と集団の先頭立っていることから恐らくそのジェイスがこの集団のリーダーなのだろう。
「わ、分からないけどサラの奴も私達の襲撃を予知できずにまともな死霊を従えてなかったんじゃないの……。とにかく相手の手下がこいつしかいないっていうのは私達にとってラッキーなはずよ」
「そうだぜっ!。もうこんなガキとっととやっちまおうっ!。モタモタしてるとサラの奴が逃げ出しちまうぜ、ジェイスっ!」
「ああ……。だが子供の姿をしているといってもあのサラの死霊だ……。俺が始末するからお前達は警戒を怠るな。勿論奥に構えているサラに対してもな……」
「わ、分かった……」
「よしっ……」
少年から感じられる脅威がなさ過ぎて逆に動きを止めてしまうジェイスだったが、仲間の男に煽られ決意したのか、少年を始末すべく剣を構えて単身で立ち向かって来た。
もしかしたらサラの罠かもしれないと仲間には警戒を促していたが、やはりリーダーというだけあって慎重な行動を心掛けているようだ。
そんなジェイスに対し少年はようやく痛む体を抑えて地面から立ち上がったところだったが……。
「くそ……っ!、な、何だったんだ……今のは……。まさか僕本当に死霊術であの女の人の僕になっちゃったっていうの……。ゲームの世界だってこんなことな……っ!。(あ、あれ……でもさっきから僕が話してるゲームって一体何だ……。よく分かんないけど僕はそのゲームの中でこんな状況に近い体験をいつもしていたような気が……)。……ってええっ!」
「さぁ……なんで裸なのか知らないが俺達の邪魔をするってんなら容赦しねぇぜ……ガキ」
「うっ……うわぁぁーーーっ!」
立ち上がったはいいものの未だに事態を飲み込めず頭の中で必死に思考を巡らす少年……されどどれだけ考えもその答えが出ることはなく、気付けば目の前には自身へと剣を突き立てたジェイスが差し迫って来ていた。
しっかりと研ぎ磨かれた鋭い光を放つその切っ先とジェイスの気迫に押され、少年は思わず後ずさりして悲鳴を上げていた。
この様子ではジェイスに立ち向かって行くことすらできないだろうがサラは……。
「何をしているのですっ!。私はあなたにその者達の討滅を命じたのですよっ!。それに背きこちらに逃げ戻ることなどあなたには許されません……っ!」
「……っ!」
その恐怖からジェイスから遠ざかろうとするも、これもサラの死霊術の力なのか背後から迫る謎の圧力のようなものに押され、少年はそれ以上後ろに下がることすらできなかった。
それを見たジェイスは少年に引く気がないものと思いその剣を振り上げ……。
「はあぁぁっ!」
“ズバァーーーーンッ!”
「うっ……うわぁぁぁぁーーーーーっ!」
「……っ!」
勢いよく剣を振り下ろして放たれたジェイスの斬撃に少年は何の抵抗もできず、その右腕を肩の辺りからバッサリと斬り落とされてしまった。
その切断面からは血が噴き出し、少年は痛みと精神的ショックでこれまでにない悲鳴を上げ、反対の手で必死で腕を斬り落とされた右肩の方を抑え付けていた。
しかし当然その程度で止血できる怪我であるはずもなく、その右肩からはまるで流水のように血が垂れ出していた。
少年の腕を斬り落とした張本人にであるジェイスの方はというと、あまりにも呆気なく相手に致命傷に与えられたせいか、逆にこちらの方が驚いてると言わんばかりの表情を浮かべていた。
「う、腕が……僕の腕が……ぐわぁぁぁーーーっ!」
「お……おいおい……。いくら子供とはいえあまりにもあっさりやられすぎじゃねぇか……。おまけに死霊だっていうのにやけに血を流してやがるし本気で怪我を痛がってるみたいだしよ……」
「こ、これは……」
この出来事に驚きを隠せずにいるのは少年とジェイスだけでなく、後ろで様子を見守っていたサラも同様だった。
自身で終焉霊魂と呼んでいた少年をこの世に蘇らせるのにサラはかなり手間の掛かった……それ以上に死霊術師として相当な技量と魔力を要求される儀式を行っている……。
それにも関わらず少年はジェイスに全く歯が立たないどころか、そもそもまとも戦闘を行う心構えすらできていなかった。
恐らくサラは少年が自身にとって最高の死霊であり、その力でジェイス達を圧倒することを期待していたに違いない。
「し……死んじゃう……。このままじゃあ本当に死んじゃうよ……」
「はんっ!。死んじゃうも何もお前は元々一度死んでるんだよ。全く死霊の癖に死を恐れやがるとは……。こんな死霊しか従えてないところを見ると噂のサラも全然大したことない死霊術師だったみたいだなぁっ!」
「………」
「うっ……ううぅっ……」
「待ってな……俺が今その苦痛と恐怖から解放してやるぜ……。死霊術師の奴隷でしかない死霊としての人生なんてお前ももうこれ以上送りたくはないだろう……」
「……っ!」
「うおぉりゃぁぁーーーーっ!」
“ガッキィィーーンっ!”
「……っ!、な、何……っ!」
少年に止めを刺すべく再び放たれたジェイスの斬撃だったが、その剣身は少年の身を斬りつけることなく空を切り、勢いよく振り下ろされた切っ先は地面に叩き付けれれ礼拝堂内に甲高い金属音を鳴り響かせていた。
それに驚くジェイスだったが、どうやらジェイスの斬撃が少年を斬りつける直前のところで後ろで見守っていたサラが、先程と同じく死霊術で少年の身体を操り、斬り落とされた腕ごと再び自身の元へと連れ戻したようだ。
そして先程地面に落下して叩き付けられた時とは違い、ゆっくりと優しくサラの前にその身体を置かれる少年だったのだが……。
「はぁ……はぁ……な、何だ……。今度は何がどうなって……僕はまだ生きているの……」
寸でのサラに命を救われた少年だったがジェイスに殺される恐怖のあまり自身が助かったことすら認識できず未だに身を震わせて怯えていた。
そんな少年に対しサラは優しく声を投げ掛けるのだったが……。
「申し訳ありません……少年。どうやら私の死霊術の儀式に大変な欠陥があったようです……。死霊として最低限備わっているはずの“死体保持”の内の“止血機能”、“痛覚遮断”、そして“精神耐性”すら与えることができていないとは……。あなたの主人の死霊術師として完全に失格です……」
「………」
サラの儚げで優しい……まるで極限にまで感情をろ過し、相手を思い遣る気持ちをどこまでも透き通らせた水のような心に安らぎを感じ、少年はこれまでの苦痛と恐怖を忘れ落ち着きを取り戻し始めていた。
先程まで……っというより今もそうだが未だに彼女についてほとんど何も分かっていないというのに、この時少年は彼女がこれまでに出会った誰よりも清廉で高潔な魂持った女性であることを悟った。
そんな彼女に少しの親しみを抱き始めたせいか、少年は恐らく先程ジェイス達が発していた言葉の中から覚えたのであろうサラの名を自然と口ずさんでいた。
「サ……サラさん……」
「もしかしたら終焉霊魂を呼び出すことにすら失敗していたのかもしれませんね……。今傷を治しますから少しジッとしていてください」
“パアァァ~~ンッ!”
「……っ!。あ、あいつに斬り落とされた腕が一瞬でまたくっついたっ!」
サラは左手で少年の斬り落とされた腕を持ち、その切り口を少年の身体の方の傷口と合わせた。
すると今度はそこに右の手の平を翳し、再び死霊術を発動させ、瞬く間にその傷口を塞ぎ、斬り落とされた腕を完全に元の身体についた状態へと復元してしまった。
一瞬にして痛みが消え、元通りに腕を動かせるようになったことに少年は喜びつつも、それを上回る驚きによりサラへの感謝を上手く表現できずにいた。
「こ、これは一体どうなって……。これもサラさんの死霊術師としての力のなの……っ!」
「もう大丈夫のようですね。私の失態によりこのような事態に巻き込んでしまい本当に申し訳ありません……。あの者達を始末した後ですぐにあなたの霊魂を平穏に暮らしていた霊界へと帰して差し上げますから少しの間ここで待っていて下さい……」
「サ……サラさんっ!」
そう言ってサラは少年の元を離れ今度は自らジェイス達の元へと向かって行った。
恐らく少年に代わって自身で彼等の相手をするつもりなのだろう。
しかし美しく気品の溢れる姿と、その凜とした態で相当な威圧感こそ放ってはいたものの、その身体つきはどう見ても虚弱で、とても戦闘などを行えるようには思えなかった。
更に死霊術師として名高い称号を得ているとはいえ、頼みの死霊がいない状態で果たしてジェイス達に打ち勝つことができるのだろうか。
「はんっ!、とうとう本命のお出ましかっ!。あんな出来損ないの死霊を助けるなんて一体何のつもりだっ!。悪名轟く死霊術師のサラがこんなお人好しとは意外だったぜ」
今ジェイスに出来損ないと言われていたが確かに少年は死霊としてはかなりの機能に欠落があるようだった。
先程サラが言っていた死体保持とは死霊として蘇らせるにあたって例えば‥…
・止血機能は血が流れていない……もしくは通常の生きている人間に比べて流れている血の量が極端に少なく肉体に損傷を追ってもほとんど出血しない、
・痛覚遮断は痛みを感じない、
・精神耐性は恐怖を感じにくくする
など、
主に戦いにおいて生者よりも有利なるよう一部の機能を死体と同じ状態に保持しておくことをいうようだ。
各能力の名称の頭に付いている“デス”は“その機能だけ死んでいる”という死霊術に相応しい呼称になるよう付けられているのだろう。
「確かに先程の少年の死霊としての性能が不十分だったのは私の責任によるものです……。ですが例えそうであったとしても私は術者として自身の死霊を傷つけた者を許しはしません……」
「ふんっ!、そんなのてめぇがあんな弱っちぃ死霊を送りつけて来たのが悪いんだろうが……」
「それにあなたは先程あの少年に対して“奴隷”という言葉を口にしました……。我々死霊術師にとって蘇らせた死霊は自身に忠誠を尽くしてくれる大切な僕……。あなたの発言は我々に対するこの上ない侮辱ですっ!」
「はんっ!。一体奴隷と僕の何が違うって言うんだっ!。死霊術で死んだ奴の魂を無理矢理蘇らせて自分の都合の良いようペットにしてるってことに変わりはねぇだろうがっ!」
「………」
どこまで死霊術師としての自分を冒涜するジェイスに最早サラは言葉を返すことはなかった。
後は力で捻じ伏せて黙らせるという意志の表れだろう。
ジェイス達もそれをひしひしと感じ取り、先程少年の相手をしていた時は比べ物にならない程の気迫で臨戦態勢を取っていたが……。
「サ……サラさん……」
「(……マスターッ!)」
「……っ!、な、何だ……今の声はっ!」
いよいよサラとジェイス達との戦いが始まろうとしたその時、突如として少年の頭の中に恐らく自身に対して“マスター”と呼び掛けてきているような謎の声が鳴り響いて来た。
もしかしたらこの世界に蘇る際に失われてしまった少年の生前の記憶に関係することかもしれないが、自身に代わってジェイス達に立ち向かうサラの身を案じる少年にそれ以上そのことを気に掛けている余裕はなかった……。