22話 行方不明者と崖の上に立つ館の話……
「……っ!。カァッ!、な……何だこれ……っ!。味がどうとか言う前にく……口の中が痛い……っ!」
一先ずベルーイグングの酒場で食事を取ることにしたコン達。
運ばれて来た料理はどれも美味しく食べることができたものの、やはり初めて飲む酒にウィスキーを選んだのは不味かったのかコンは一口口に含んだだけでその高いアルコール度数に耐え兼ねて思わず吐き出してしまっていた。
一方サラの方は頼んだ生ビールをジョッキを片手にグイグイ飲み干していたのだが……。
「ゴクッ……ゴクッ……はぁ〜。……やはりアルコールがきつ過ぎましたか、コン。こんなことならあなたにもビールを勧めておいた方が良かったですね。もしあれなら今から頼み直しても……」
「い……いいよ……もう。お酒はあれだけど料理は凄く美味しかったから十分満足できたし後は水でも飲んでるよ。……サラさんはもう何も頼まなくていいの?」
「そうですね……では……。すみません、生ビールをもう一つ頂いてよろしいですか」
「(ま……まだビール飲むんだ……)」
最初に頼んだビールを飲みほしたサラは店員のマーラに向かってサラッとお代わりを要求してしまった。
昼間からジョッキでビールを2杯も飲む女性というのも珍しいだろう。
その飲みっぷりからしてもどうやらサラは相当お酒……特にビールに関して飲み慣れているようだ。
そして注文を受けたマーラがすぐさまサラの元へビールを届けに来たのだが……。
「お待たせしました〜。お客さん中々お酒に強そうですね。店の奥から見てましたけど気持ちいいくらい良い飲みっぷりでしたよ〜。それに比べてそっちの少年は……はぁ……」
「な……なんだよ……そのガッカリした表情は……。僕はまだ17歳なんだからお酒なんて飲めなくて当然だろ」
「ははっ。まぁ、お酒の飲める飲めないは人によりけりだからね〜。でもこの辺だと17歳どころか12、3歳になる頃には皆一度くらいお酒を口にする機会があるはずだよ。お客さん達どの辺りに住んでる人?」
「いえ……住んでる場所というより彼は死霊なのでそもそも生きていた時代が違います。聞くところによるよ彼の生前暮らしていた時代では酒は二十歳になるまで禁止されていたようです」
「ええっ!。そんな決まりがあった時代があったんだっ!。確かに家の店でも酔っ払ってトラブル起こす人も多いし別に変なことじゃないかもしれないけど……」
「そういうこと。分かったらもう早く仕事に戻れよ」
「………」
マーラの店員としての態度に多少苛つきを感じ始めていた為か、コンもそれに対抗するように突き放すようにこの場から立ち去るよう言い放った。
しかし注文の品を運び終えたにも関わらずマーラは他の業務に戻る気配もなく、先程までのようにおちゃらけた様子で喋ることもなく無言になってその場に立ち尽くしていた。
不思議に思ったサラがマーラへと問い質すのだったが……。
「……どうかしましたか?。もう特に注文するものはございませんよ」
「あの……ちょっとお二人にお聞きしたいことがあるんですけど……。ここに来る途中どこかこの男の子を見かけませんでしたか」
“スッ……”
サラに問い質されたマーラは深刻な様子で徐に12〜15歳程度と思われる少年の似顔絵の描かれたチラシをコン達の前に差し出し、何処かで見ていないか問い質してきた。
そのチラシは先程サラが見ていた店の壁に張られた数多くの行方不明者を探す張り紙と同じもののようだったか……。
「うーん……って言われても僕はこの世界に蘇ってまだ一日しか経ってないし……ここに来るまでの道中もこの男の子どころか人なんて誰も見掛けなかったよ。……サラさんはどう?」
「私も見掛けた記憶はありませんね。どうやらこのチラシはあそこの壁に張られているものと同じ行方不明者を探す為のもののようですが……」
「えっ……あっ!、本当だっ!。行方不明者を探すチラシがあんなに一杯張られてるっ!。しかも皆違う人みたいだけどこの村ではそんなに沢山行方不明者が出ているの?」
「この村だけじゃねぇ……。ここ三か月ほどの間にこの辺り一帯の村で合わせて50人以上の行方が分からなくなっちまってるんだ」
サラの問い掛けに対しカウンターの方からマーラに代わって店長の男性が声をあげてきた。
どうやらこの村とその近辺ではここ最近の間に行方不明者が頻出しているらしく、行方不明者を探す者達の声が数多く届く酒場の店長としてはその話に割り込まずにはいられなかったようだ。
「50人もっ!。たった三か月の間にそんなに行方不明者が出るなんてどう考えてもおかしいよね……サラさん」
「ええ……偶発的に起きたものとはとても考えられません」
「このチラシの子も私の弟なんですけど……二週間前に何の音沙汰もなく姿を消してしまってそれっきり……。それで弟と同じ年頃の君を見てついちょっかいを出しちゃったの……。いなくなる前私の弟もちょうどお酒を飲めるようになろうと頑張ってるところだったから……。そんなことして気を紛らわせてもあいつが帰ってくるわけでもないのにね……。それなのにあんな鬱陶しいことばかり言ってごめんね、少年」
「い、いや……そんなこと僕は全然気にしてないから謝らなくていいよ……。それよりその行方不明になった人達の家族は皆寂しい思いをしているだろうね……。(今日目が覚める前に見ていた夢に出てきた女の子も僕を見て凄く寂しそうな顔をしていた……。っと言っても僕はもうその女の子のところには戻ってはあげられないけどせめて誰だったのかだけでも思い出してあげないと……)」
マーラが差し出してきたチラシに乗っていた似顔絵の人物は自身の弟であったという……。
確かに似顔絵の雰囲気からコンと同じくどちらかと言えば大人しくて真面目な少年である風に思えるが……。
「その行方不明になった者達の中ですでに見つかった者はいないのですか。死体となって出て来た者達も含めて……」
「……っ!。し……死体ってそんな……っ!」
「落ち着け……マーラ。……いや、死体も含めてまだ誰も見つかっちゃいねぇよ。俺達も捜索隊を編成してこの辺り一帯を隈なく探したんだがな……」
「では目撃者の情報は……。それと行方不明になった者達の共通点やいなくなる直前に不信な行動が見られたりはしませんでしたか……」
「それが何人かはいなくなる前夜中に寝間着のまま裸足で……まるで亡霊みたいに虚ろになった様子でここから南の方へ歩いて行く姿が目撃されてるの……。他の行方不明者達も全員夜皆が寝静まっている間にいなくなってるからきっと同じようにしていなくなったんだと思うけど……」
「なる程……。南に向かったというその者達の行き先について何か心当たりはありませんか」
「それが……」
「ここから南には行った先にはもう50年以上も前に廃坑になった鉱山があるんだが、その坑道を通ってしか行けないその先の崖の上にもう大分前に亡くなった鉱山の持ち主が建てた馬鹿デカい屋敷があるんだ」
「……その屋敷にももう人は誰も住んでいないのですか」
「ああ……そのはずなんだが実は……」
「……?」
「最近その屋敷に何者かが住み付いてる気配があるらしいんだ……。なんでも夜中にいくつも部屋に明かりが点いてるのを見た者が大勢いるとか……。もしや行方不明になった奴等がいるんじゃないかと思って俺達もすぐ捜索隊を作って向かったんだが……」
「………」
どういうわけかサラはその行方不明者が続出している事件についてマーラや店長に深く問い質していた。
何か気になることでもあるのだろうか。
店長は坑道の先の屋敷に皆がいる可能性があるところで少し口を噤んでしまっていたが……。
「屋敷のある場所に繋がってる坑道に悪霊共が大勢巣食っていやがって通り抜けることができなかったんだ……。屋敷にはその坑道を通ってしかいけねぇし……悪霊共にも歯が立たねぇから結局ここで手をこまねいていなくなった奴等が帰ってくるのをただ祈ってるしかねぇってわけだ。……情けねぇことだがな」
「悪霊……その話が本当なら行方不明になった者達の多くはその悪霊達によって誘拐されてしまった可能性が高いですね。そして連れ去った先は恐らくはその坑道の先に立つ屋敷……。相手が悪霊ならば魔術による攻撃が有効なはずですがこの村には魔術に通じている者は誰もいないのですか」
「いや……いるにはいたが今は全員その行方不明になった奴等の中さ……。他にも剣や武術など戦いの腕の付く奴等が片っ端からいなくなっちまってる。いなくなった奴等の一番の共通点といえばそれだな。だがそれも半分くらいで……残りは若い女子供の連中だ。そこのマーラの弟のようにな……」
「………」
「マーラさん……」
「……それは少し妙な話ですね。我々が少し行って見てこようと思うのでできればその屋敷に通じる坑道の場所を詳しく教えてくださいませんか」
「……っ!、サラさんっ!」
「……っ!、本当ですかっ!。そういうことなら私に道案内させてくださいっ!。最初は見て驚いちゃったけど死霊術師の人が一緒に来てくれるならとても心強いですっ!」
「それは俺やこの辺りの村に住む全員にとって有り難いことが本当に大丈夫なのか……。俺達が行った時は相当な数の悪霊がいて滅茶苦茶凶暴に襲い掛かって来やがったぞ……」
「心配には及びません。死霊術師である私は悪霊の扱いにも慣れていますから……。それに今は終焉霊魂の死霊であるコンも従えています」
“コンコンッ!”
「失礼……コンチビも一緒でしたね」
「それじゃあ私早速準備をしてくるからここで待っててくださいっ!。あっ、そういうことだからマスターっ!。今日のこの人達のお代は只にしてあげてねっ!」
「分かってるよ。だがお前一人に行かせるわけにはいかねぇな。今日はもう店じまいにして俺も付いて行ってやらぁ」
こうしてコン達はマーラと店長に案内されてその行方不明者達がいるかもしれないという屋敷へと向かうことになった。
このような提案をサラがしたのは何か気にあることがある為かそれとも単純に人助けと思ってのことか……。
どちらにせよコンは自分からも同じ提案をするつもりであったようでそれ以上気にすることはなかったようだが……。
コン達が協力してくれると聞いてマーラは喜びを露わにして支度を整えに行こうとした。
しかしちょうどその時酒場に新たな客が扉を潜って現れ……。
「失礼する……」