21話 到着、マルクドルクの村。そしてベルーイグングの酒場の謎の張り紙……
「着きました……。ここが一先ず我々が目指していた村です」
「おお……こんな荒野の真ん中にあるにしては結構な賑わいのある村だね。村中人が行き交っているし、あの辺りにはお店も一杯並んでるみたいだよ」
「確かこの少し先に行ったところにそれなりの大きさのある川が流れていたはずです。水源の近くということで周辺からより多くの人が集まって来ているのでしょう。この辺りではここが一番賑わいのある村だと思います」
「そっか……。でもやっぱりここで一番って言われちゃうとちょっと物足りなく感じちゃうかな……。僕が前に行きてた時代だとそこら中人が行き交ってて、お店だって一生かかっても回れないんじゃないかってくらい並んでる街もあったわけだし……。まだお昼だけど折角立ち寄ったんだし今夜はここに泊まっていくんだよね、サラさん」
コン達が野営地を出てから約5時間……。
あれから特に会話もせずに黙々と荒野を歩き続け、ちょうど昼になる前といった時間にコン達はようやく目的の村へと到着した。
村の入り口からコンはこの世界の住民達がどのような暮らしをしているか注目しながら周りを見回していたのだが、これまで何も目に付くものがなかった荒野から一転、入り口から見るだけでもその村の中には何十人もの人が行き交っており、住宅や商店など多くの建物が建ち並んでいた。
ただそのほとんどが木材を積み重ねて造った……コン達の世界でいう所謂ログハウスと言われるようなものばかりで、アメリカの西部劇などで出てくるような少し古めかしい街並みをしていた。
それも平屋ばかりでやはり辺境の地にある村という印象まではぬぐい切れなかったようだが……。
「はい。特に用があるというわけではありませんがどこかで宿を借りてこれまでの旅の疲れを癒すことにしましょう。……まずは酒場にでも行って何か食事でも取りましょうか」
「酒場か……前の時代に生きてた時僕は大人にならないまま死んじゃったからそういったお店には行ったことないな……。勿論お酒だって飲んだことなかったし……」
「……?、何故です。別に酒を飲んだからといって体に影響を受ける年頃のようには思えませんが……」
「僕達の生きてた時代……っていうか国ではお酒は二十歳になってからでないと飲んじゃいけなかったんだよ。まぁ、大人の目を盗んで飲んでた人もいたけど僕は割と真面目な方だったから……。こっちの世界ではお酒とか煙草とかに年齢の制限ってないの?」
「そうですね……。アンファング帝国のような大国の領土内となれば話は別ですが……。このようなどこの国の統治も行き届いていないような地域では酒や煙草に関わらず制限等が設けられていることはないでしょう。……もし酒が飲みたいのであれば頼んで貰っても構いませんよ、コン」
「ほ……本当っ!。それじゃあちょっと怖いけどなんか頼んでみようかな……」
「とにかく先に店に入りましょう。……あそこにちょうど良さそうな酒場があります」
村についたコン達は食事を取る為一先ず目先にあった酒場へと向かった。
酒場といえば近所の住民達や旅の者達が多く訪れ賑わっている場所だ。
蘇えったばかりのコンがこの世界に慣れ親しむ為には絶好の機会となるのではないだろうか。
最もこの時間ではまだあまり客も入っていないかもしれないが……。
「いらっしゃいませぇーっ!。このマルクドルフの村で一番の酒場、ベルーイグングへようこそっ!。今はランチタイムで各種定食メニューが1割引……って」
「……?」
入り口の扉を潜ってコン達が酒場の中へと入るとこの店の店員と思われる若い女性が明るい声で挨拶をしてきた。
しかし店に入って来たコン達を見て何か戸惑った様子で、折角の元気の良い挨拶を途中で止めてしまったのだが……。
「そ……そっちのお客さんの頭に浮いている輪っか……」
「……っ!、ぼ、僕のこと言ってるの……」
「それってもしかして……」
「ああ……この少年はコンと言って頭の上の霊環を見て分かる通り死霊です」
「そ……それじゃあやっぱりあなたは……」
「このコンの主の死霊術師です」
「どっしぇぇぇぇーーーーっ!、や……やっぱりぃぃーーーっ!。まさか本当の死霊術師がいきなり店に現れるなんてぇぇーーーっ!」
コンとサラが死霊とその主の死霊術師であると聞いて店員の女性はとてつもない驚きようで叫んでいた。
どうやらコンの頭の上にある霊環を見て二人の素性について勘付いたようだ。
「うるせぇぞっ!、マーラっ!。折角来てくれた客の前でいきなりそんな大声出してんじゃねぇっ!。馬鹿やってないでとっと仕事しろっ!」
「け……けど店長……。お客って言っても相手はあの死霊術師だよ……」
「知らねぇよ。死霊術師だろうと何だろうと客は客だろうが。とっとと席に案内してやれ」
「わ……分かったよぉ……。えーっと……お二人様……っとペットが一匹でよろしいですね。こちらの席へどうぞ……」
「はははっ!、死霊術師を目の前にして全く動じないとは相変わらず強気だな、店長。前に5000万マジーの賞金が掛けられてるはぐれ者の剣士が来た時も文句一つ言わずに店に入れてやったんだよな。それで帰り際に『ご馳走様……美味い飯だった』なんて言われててつい俺達もデカい声で笑っちまったぜ。これまでに何人ものの人を殺して来た凶悪な賞金首がいるってのによ」
「ふん……ちゃんと魔力さえ払ってくれれば客は誰でも構わねぇさ、俺は。最も店の中でトラブルを起こすようなら腕ずくで追い出してやるがな」
「はははっ!、だってよっ!。もし店長が襲い掛かって来たからちゃんとその美人な姉ちゃんの主を守ってやれよ、死霊の兄ちゃんっ!」
「は……はぁ……」
色々とゴタゴタしながらもコン達は無事席へと案内された。
やはり昼間ということもあって店内はガラ空きで、客と思えるのは今大声で店員の女性に話掛けていた性格の荒らそうな中年のおっさんを絵に描いたような男だけだった。
「もうっ……いくら優しそうな男の子が相手だからってあの店長が死霊と戦って勝てるわけないでしょう……。あの人昼間から酔っぱらっちゃってるみたいなんで無視してください。……それじゃあご注文が決まったらまた声を掛けてくださいね」
そう言って店員の女は他の業務へと戻って行った。
コン達を見て最初は驚いていたようだがもう普通に客として対応して貰えそうだ。
「ふぅー……最初大声で驚かれた時は追い出されちゃうと思っちゃったよ……。でもそうか……頭にこの霊環があるから他の人には僕が死霊だってすぐに分かっちゃうんだね」
「ええ……私も死霊を連れて歩く経験はあまりないので失念していました。このような辺境の村ならば私のことを知る者も少ないと思い安心していたのですが……どうにか店に入れて貰うことができて良かったです」
「……っ!。そういえばあの酔っ払ってそうな男の人が5000万の賞金の剣士がどうとかって言ってたけど……サラさんはそれを超える2億の賞金が掛けられた指名手配犯だってあのジェイス達に言われてたっけ」
「ええ……この大陸の実質的な支配者であるアンファング帝国の王はどういうわけか死霊術師を目の仇にしており、私だけでなく他の死霊術師達の多くに賞金が掛けられています。一昔前には王自らが大規模な軍団を編成してこの世に存在する全ての死霊術師達の討伐に乗り出してきたこともありました」
「そ……そんなことが……。やっぱり僕達の時代の漫画や小説の世界と同じで死霊術師って皆から恐れられてる存在なのかな……」
「恐れられているというより死者を蘇らせるという行為を数多くの国の統治者達から危険視されてきました。過去には全世界の国の間で死霊術の使用を禁止する条約が結ばれたこともありましたが……。現在では死霊術師を一国民として受けれている国も少数ではありますが存在します。いずれにせよこのようなどの国の統治も行き届いていない村ではあまり関係のない話ですので今は何を注文するか決めましょう。……そこにあるメニューを見せてください」
「ええっと……これだね。はい、どうぞ」
サラに頼まれコンはテーブルに置かれていたメニューをサラの方へと開いて見せた。
3ページ程のメニューだったが元々この世界の住人であるサラはサラッと全てを見通してすぐに自身の注文するものを決めてしまったようだ。
その後メニューを手渡されたコンを自身の注文を決めるべく順に目を通していったのだが、メニューの内容を見て何となくどのような品が出てくるかは分かったもののよく分からない記載などもあり少し悩んでいた様子だった。
「何々……ウィンド・イーグルのローストチキンにブル・ピッグのポーク入りパラパラチャーハンか……。一応ほとんどのメニューは名前でそれがどんなものか想像できそうだけど……。値段とかは気にしなくていいの?」
「はい。持ち合わせは十分にあるので好きな物を頼んでください」
「そう……。(この世界の通貨の感覚についてまだよく分かってないんだど多分1マジーが僕達の世界の1円って考えていいんだよね。メニューの価格を見ても大体そんな感じがするし……)」
「………」
「よしっ……僕もどれにするか決まったよ、サラさん」
一応コンはサラの財布の懐の気を遣って注文する品を選んでいたようだ。
好きな物を頼んでいいと言われてもサラが持ち合わせがどれ程あるかなどコンに予想が付くはずもなく、見慣れない通貨の表記を見ながらどうにか自分達の世界で高くも安くないと思えるような品を選んでいたようだったが……。
「そうですか。あの……すみません」
「はいは〜いっ!、ご注文ですか〜」
「あなたの方からどうぞ、コン」
「はい。えーっと……それじゃあディノレックスのカルビ焼き肉定食をお願いします」
「ディノレックスのカルビ焼き肉定食をお一つと……」
「それだけで良いのですか……コン。先程外で話ていたお酒はどうしました?」
「あっ……そうだった……。お肉合うお酒って何がいいかな……サラさん」
「そうですね……。カルビ焼き肉と一緒に頼むなら私ならウィスキーをハイボールなどにするでしょうか……」
「じゃあそれも一杯お願いします」
「ウィスキーのハイボールがお一つと……」
「あっ……彼はお酒を飲むのが初めてのようなのでなるべく薄めて出してあげてください。(死霊としてアルコールに対しても強い耐性を持っているでしょうか念の為です……)」
「えっ……初めてのお酒でウィスキーっていうのはちょっときついと思うんですけど……。まぁ、ハイボールだし思いっきり薄めて出せば大丈夫か……。でも一気にアルコールが体に回っちゃわないようになるべく少しずつゆっくり飲んでいくんだよ、少年」
「わ……分かりました……」
この世界では特に年齢による飲酒の制限がなく、サラの勧めもあってコンはウィスキーをハイボールで注文した。
コン達の世界で考えるなら初めての飲酒でウィスキーを選ぶというのは少し危ない行為であるように思えるが、あまりお酒に関する知識のないコンにはお酒などどれを頼んでも同じだろうという感覚でいたようだ。
最もサラや店員の女性に関してはそのようなことはなく、これがコンの初めての飲酒の機会であると知って色々と気を遣ってくれたようだったが。
「私はアイアン・フェザーとブル・ピッグの合い挽き肉を使った餃子定食……それと生ビールを一つ」
「……っ!。サラさん生ビールなんて頼むのっ!」
「ええ……餃子にビールは付き物だと思うのですか……。何かいけないことがございますか?」
「い……いや……ただちょっとイメージに合わないって思っただけ……」
「ふふっ、そういう偏見を持っちゃてると女の子にモテないぞ、少年。もしかして今までも女性と付き合ったことないのかなぁ〜」
「ぐっ……そんなのあなたには関係ないじゃないですか……。それより注文を聞き終わったなら早く厨房の方に届けてあげた方がいいんじゃないですか」
「はいはい……。えーっとそれじゃあディノレックスのカルビ焼き肉定食がとアイアン・フェザーとブル・ピッグの合い挽き肉を使った餃子定食がそれぞれ一人前と……ウィスキーと生ビールがお一つですね。それではすぐお持ちしますので少々お待ちください。……あと図星を突かれたからってそんな皮肉ばかり言ってると余計モテないぞ、少年」
「なっ……!」
その後サラの注文も聞いてマーラと呼ばれていた女性の店員はその内容を厨房の方へと届に行った。
何かとコンに対して突っかかっていたがもう死霊術師や死霊に対する恐怖や抵抗の感覚はなくなってしまったのだろうか。
「は、初めて会ったばかりだっていうのになんて失礼なことばかり言うんだ……あの店員さんは……。最初は僕が死霊だって知って大声出して驚いてたくせに……」
「冷たい態度を取られるよりは良いではないですか、コン。言っておきますが死霊術師やその僕である死霊対してはもっと排他的な行動を取られることも少なくありません。場所によっては店から追い出されることもあるでしょうし……アンファング帝国の領内に入ろうものなら瞬く間に衛兵達に囲まれ牢獄へと送られてしまう事態にもなりかねませんから覚悟しておいてください」
「わ……分かったよ……サラさん」
女性の店員の態度に若干違和感を感じつつもコンは注文した料理と酒が運ばれて来るのを楽しみに待っていた。
初めてこの世界の文化の一つに触れるコンは果たしてどのような感想を浮かべるのだろうか。
一方サラの方はというと店内の壁に張られた数多くの行方不明者を探す張り紙を神妙な面持ちで眺めていたのだったが……。