2話 死霊術師(ネクロマンサー)のサラと呼び出された終焉霊魂(しゅうえんれいこん)の少年
今から約1億年前……現在の世界でハルマゲドンと言い伝えられてる突如発生した謎の衝撃波により地球上の生命は全て消滅してしまった。
そこからどういった経緯があったかは分からないが、地球上では“魔力”というハルマゲドン以前の世界でいう“超自然的”な力を手にした新たなる生命が誕生し、様々な種族へと進化してこの世に存在していた。
その中には以前の人類とほぼ同じ姿形をした種族も存在していて、新たに得た魔力の力によりハルマゲドン以前のものとはまた異なる文明を作り上げ日々の生活を営んでいた。
しかしその文明は以前の人類達の多くが空想の中で思い描いていたもので、まるで“剣と魔法のファンタジー”と呼ばれる物語の世界を具現化したもののようであった。
「1000年に一度天より降り注ぐとい言われている“冥王星の星の欠片”、伝説の錬金術士、アリエス・ソルティーに調合して貰った“魂と肉体の中和剤”となる霊薬、そして私が5年の歳月を掛けて造り上げた“ホムンクルスの器”……」
そして今、既に時刻は深夜を回り夜明けまで数時間となったこの世界のある廃墟となった教会。
その礼拝堂内でサラという淡く青白い……まるで紡がれたばかりの糸のように柔らかく繊細で、長く美しい髪を持つ女性が新たなる文明で誕生した“魔術”の一つ、“死霊術”を用いて何かの儀式を取り行おうとしていた。
「既に周囲に漂う“負の霊力”の浄化も完了しこの空間は“正の霊力”に満ちている……。後は4時44分……現世と霊界が繋がる時刻にあのハルマゲドン以前の神の紋章を描いたステンドグラスを通して差し込む月光の霊力を、“ホムンクルスの器”の心臓の位置に置いた生命の核となる“冥王星の星の欠片”に注ぎ儀式を行うだけ……。長年の間研究してきたこの“終焉霊魂”をこの世に呼び出す為の儀式……。果たして上手くいくかしら……」
どうやらその儀式を開始するまで後はある時刻になるまで時間が経過するのを待つのみだったようで、その時刻まであと僅かになったところでサラは儀式を行う為意識を集中し始め、吐息を吐くように静かに口ずさみその時刻となるまでの秒数を刻んでいた。
「4……3……2……1……今だわっ!」
“パアァァーーン……”
その時刻となると同時にサラの後ろのステンドグラスを通して差し込む月の光が急に強くなっていく……。
その眩いばかりの月光に照らされたサラの体は瞬く間に影へと染まり、まるで霊界からの使者のシルエットのようになって月光の中に映し出された。
それから数秒経つとともに月光は元の明るさへと戻り、再びサラの姿もこの場に現れた。
だがそのサラの体からは青白いオーラのようなものが漂い、瞳はまるで宝石にでもなったような強く美しい眼光を発していた。
それを一目見ればほとんどの者が今サラの精神と肉体に先程の月光の霊力が充満していると分かるだろう。
その凄まじい霊力をサラは自身の目の前にある礼拝台の上の“ホムンクルスの器”の核としておかれた冥王星の星の欠片に向けて一気に注ぎ込み、それと同時に自身で“魂と肉体の中和剤”と呼んでいた霊薬を“ホムンクルスの器”の口から飲ませて儀式の詠唱を行った。
「紡がれるべきは魂と器……、断ち切られるべきは運命と宿命……。この世の始まりと終わり……万物の生と死……我、霊界よりの命を受けハルマゲドンにより破壊された輪廻の理をここに再現する……。終焉の世界を彷徨いし霊魂よ……。我が導に従い新たなる始まりの世界に新たなる命を持って今ここに蘇えれっ!」
“パアァァ〜〜ンッ”
先程までのか細い声から一転……、終焉霊魂なるものを呼び出す為のサラの詠唱は非常に力強く気迫に溢れるものであった。
それでありながらも決して濁りのないまるでこの世界のどこまでも響き渡っていきそうなサラの透き通った声は、霊魂への敬意や相手を思い遣る優しき心のようなものを感じさせた。
そんなサラの詠唱と注がれた月光の霊力を受け終焉……ハルマゲドン以前の世界を彷徨う一人の死者の霊魂はサラの用意したホムンクルスの肉体を器とし、新たなる命を得てこの時代の世界へと転生するのだった。
「う……う〜ん……あれっ?。こ、ここは一体……僕の身に一体何が……」
「………」
「……っ!、う、うわぁっ!」
ホムンクルスの器に宿り新たな命を得てこの世に蘇えったのはまだ年端もいかない年齢と思われる淡い紺色の髪の少年だった。
目覚めたばかりの少年は少しずつ意識を取り戻してながら辺りを見渡していたのだが、右側に顔を傾けた瞬間無言のままジッとこちらを見つめているサラの姿が現れ驚きの声を上げていた。
死んで蘇えったばかりということを考えれば当然の反応ではあるのだが……。
「あ、あなたは一体誰っ!。それにここは一体……っ!。ってどうして僕裸なんだっ!。女の人が目の前にいるっていうのにとにかく早く服を……」
「そんな慌てずとも異性の全裸など気になりません。それに私にとってあなたは異性であるかどうかという前に死霊術によって呼び出した僕なのですから。主人として僕の着る衣服を用意する義務はあるかと思いますが生憎今は代わりになるようなものを持ち合わせておりません。まさか全裸で転生してくるとは思ってもみなかったので……」
「ぼ……僕があなたの僕……。それに転生ってどういう……。死霊術なら聞いたことあるけどまさか実在するはずが……」
「どうやらまだ事態が把握できていないようですね……。やはり終焉霊魂を呼び出すとなるとこれまでの儀式と同じようにはいかないようです……」
「こ……これまでの儀式……」
「これから私があなたをここに呼び寄せた経緯をお話します……。自身の死すら自覚できていない霊魂を持つ死霊にとってはかなり衝撃的な話となるかもしれませんが気をしっかり保って聞いてください」
「じ……自身の死……そ、それってまさかっ!」
どうにも事態を理解できていない様子の少年を見兼ねてサラはこれまでの死霊術の儀式により彼の霊魂をこの世に蘇らせた経緯を説明した。
通常の儀式で死者の霊魂を蘇らせた場合、その霊魂の持ち主は死霊……この世界では蘇生を意味する“レイズデッド”と呼ばれ僕として主人に仕える為の知識や情報を全て与えれて転生する。
だがハルマゲドン以前に存在していた終焉霊魂を持つ者の場合はこれまでのようにいかないようだった。
死霊術についての説明を聞くことは自身の死やその原因……この少年にとってはハルマゲドンにより以前自分達が暮らしていた世界が完全に消滅したことを知ることになり、これまで以上の衝撃を与えてしまうことになるのだったが……。
「う……嘘だっ!。僕達の暮らしていた世界が消滅したなんてそんなの信じられるものかっ!。僕だけならまだしも父さんや母さんっ!、それに……ってあれ?。僕の父さんと母さんって一体どんな人だっけ……。それに今思えば僕自分が一体誰なのかすら……」
「ふぅ……どうやら事態どころか自分が何者であったかすら忘れているようですね……。これも終焉霊魂に対する知識が不十分であった私の責任です……。ですがせめてあなたが私の僕の死霊となったことは理解して貰わねばなりません。……ちょっとあそこに掛けてある鏡であなたの頭の上に浮いている“霊環”を見て来てください」
「れ……霊環だって……っ!。こ、これは……っ!」
サラに促され少年は礼拝堂の右奥……自身が寝かされていた礼拝台から段差を下りたところの壁に掛けられた鏡へと向かい自身の頭上を確認した。
するとそこには自身の世界でよく天使や死者の霊のイラストの頭上に描かれていたような青白い光の環があった。
その環の中央には同じく青白い光の球体があり、その球体の中心に周りを更に小さい8個の光の球体がそれぞれ別の円の軌道を描き回転していた。
恐らくそれがサラの言っていた霊環なのだろうが一体この光の環にどういった意味が……。
「その環はあなたの霊魂が死霊術の法則の支配下にあることの証しであり、その法則の力によりあなたは死霊としてその霊魂をこの世に留めておくことができます。環の中にある9個の球体は私があなたの主人である死霊術師であることを象徴するシンボルであり、同時に霊魂をこの世に留める見返りとして術者である私に僕として仕えなければならないことを意味しています」
「は……はぁ……。死霊術師のことは遊んでたゲームにもよく登場してたから一応知識として知ってるしなんとなくは話は理解できたけど……。実際はまだ何がどうなってるのかさっぱり分からないよっ!。一体あなたが僕の身に何をしたっていうのっ!。それにいきなり僕として仕えろだなんて納得できるはずが……」
「そうですか……ならば仕方ありません。不本意ですがあなたが私の支配下にあることを身をもって知って貰うしかないようです。少し苦しい思いをすることになりますが覚悟してください……」
「えっ……よく分からないけどそんなの嫌に……」
“バアァァァァァァァンッ!”
「……っ!」
「ここにいたかぁーーっ!。危険度SSランクの王国指名手配犯、死霊術師“サラ・N・ネクロマンシー”っ!。この辺りでの目撃情報を聞いてすっ飛んで来て正解だったぜっ!。おかげでお前の首に掛かった賞金2億マジーは俺達のものだっ!」
「な、なんだ……あの人達は……」
サラが少年にこれまでの経緯について説明している最中、突如としてその手に武器を携えた謎の集団が教会の扉を蹴破りこの場へと押し入って来た。
その者達は礼拝堂に並べられていた老朽化した長椅子をも蹴散らしながらこちらへ向かって来ると、瞬く間にサラと少年を取り囲み敵意を剥きだしにしていた。
一体どこから……そして何を目的としてここへやって来たのだろうか。
未だに自身が何者も思い出せずサラの話も理解できないでいる少年には到底見当もつかないことであったが……。