働く聖女は恋をしない
・このお話はファンタジーでフィクションです。
・アンリさま主催『私の神シチュ&萌え恋企画』の参加作品です。
・企画の片隅にひっそりと置かせていただいております。
【あらすじ】
疲弊した聖女の魂の代わりに期間限定で世界を支えてほしいと請われ、美少女だが酷い環境にある聖女の肉体に憑依した主婦。聖女の悪評をなんとか変えようと頑張る姿に信頼する人々が少しずつ増えていく中での一場面。**検索除外にした『神泉の聖女』の登場人物を使ったアンリさま主催『私の神シチュ&萌え恋企画』の参加作品です。『私の神シチュ』自分の好みドンピシャな男を恋愛とは少し離れたところからガン見する。『萌え恋』お互い自覚なしでの厚い信頼と一途な想い。(女⇔男)こうじゃなくて(女→←男)こんな感じ。**『神泉の聖女』を読まなくとも判るようには書いたつもりです。**戦闘描写がありますが一瞬だけです。苦手な方はご注意ください。
私はルーフェリア。このエルファランド王国で聖女をしている。
聖女とは生きているだけで魔力泉と呼ばれる魔力を回復する水を湧き出す存在らしく、一応国の重要人物だ。
しかし農夫だった親とは全く異なる色彩を持って生まれたために神殿に売られ、地方神殿の一部の聖職者たちに軟禁され、十四歳のころに本神殿に発覚したのだが、物心ついたころからごく少数の者以外会うこともできずに自分たちに服従するように何も教育されず洗脳されていたルーフェリアの性格は大きく歪んでいて、それは本神殿に保護されてからも変わらなかった。
十五で成人するこの国では、ルーフェリアが何も知らないことをあざ笑う周囲の人々に彼女は癇癪を起す以外の対処法を知らず、それがさらに聖女の悪評に拍車をかけるという悪循環。神殿側も教師を付けたりと彼女に常識を身に着けさせようとしたが、成人した大人が勉強を嫌がったために中止になり、それがさらにルーフェリアを孤立させたのだ。
みんな、みんな馬鹿にして!! どうして私を無視するの? どうして私のそばに誰もいないの?
これがルーフェリアの最後の声だ。
さて、お気づきだろうが私はルーフェリアではない。この世界の創生者らしい青年に懇願されて、ルーフェリアの肉体と能力を保持するために一時的にこの体に入っているおばさんだ。
創生の美青年によると、この世界は丸テーブルの上に乗っているようなもので天板を十本の柱が支えている。その柱は人であったり物であったり人外であったりと様々だが、現在柱になる存在が五本しかなく、そのうち四本は一方に偏っていて、反対側で危ういバランスを支えていたのが聖女の存在だった。
ところが聖女の魂が疲弊し弱ってしまったために天板が傾き、世界が不安定な状態になってしまったのだそうだ。このまま聖女が折れれば世界は破滅する……のかどうかは聞かなかったが、とにかく大変なことになるらしく助けを求められたのが聖女と同じ形の魂を持つ私だった。
肉体は魂の形に添って造られる。ジグソーパズルのようにピタリと嵌めないと不具合が起こってしまうと言われれば他の人に頼めとも言えず、しかもうちの世界の神様とレンタル契約までしていて、ルーフェリアの肉体が死ぬことになっても元の世界に返してくれると言われればとりあえず聖女の魂が回復するまでと代理を引き受けた。
そして現在。
紆余曲折を経て黒騎士団第三隊隊長ヴァルター・フォン・ディルグレイスの協力を取り付けて、常識を身に着けるために酒場の給仕として働いている。ついでに監視のためにヴァルターの付き人というか雑用係も引き受けて日々楽しく暮らしていた。
まだまだ聖女の悪評は消えないし一度なくした信用は取り戻せてはいないが、子供の教育を放置した上にそれを理解もせずにルーフェリアだけを責め、馬鹿にしてきた連中を見返すために私は頑張っている。
「おはようございます」
金糸の髪に赤と青のオッドアイを持つ美少女がルーフェリアだ。目立つ容姿にも関わらず悪評はすべて聖女という肩書についているため、変装することも偽名を使うこともなく堂々と外を出歩いている。もちろん重要人物であるためにそれとなく警護はついているが、勤め先のヴァルター様が聖女の守護騎士となられたし、働く場所は王城というこの国で一番安全な場所でもあるのだ。
いつものように本神殿から秘密の通路を抜けて騎士棟に入り職場のドアを開けると、直属の上司であり護衛でもあるヴァルターが行儀悪く机に寄りかかりながら書類に目を通していた。
彼は黒髪に青い目を持つ肌の白い青年だ。身長は180くらいだが、騎士としては平均的である。ものすごくごつい訳ではないし、騎士服を身に着けていると無表情も相まってストイックな雰囲気を醸し出す人物だ。
その彼は珍しく制服の上着を脱ぎ、若干汗ばむような陽気のせいか腕のシャツをまくった姿で集中している。剣を持つ固い手と手首からひじにかけての筋肉の筋がきれいに見えて、ルーフェリアは一人満足してうなずいていた。
まったく制服とはけしからん衣装である。上着を首元まできっちり閉めても、だらしなく鎖骨までボタンを開けても男の色気を感じるし、きっちり折り目のついたズボンももともと長い足をさらに長く魅せる。白い襟付きシャツも下着を着ていないせいで動くたびにうっすらと筋肉が透けて見え、肩幅があるせいで相対的にウエストが細く見えるのだ。残念ながら靴は革ではないが、旅装のブーツはひざ下まであるのでそれはそれでカッコいい。
ここは騎士団なので訓練場に行けば逞しい半裸をさらしている男たちを見ることができるが、それでも制服や礼服を着ている姿には負けると思う。
「おはよう」
ようやく書類を読み終えたのか、こちらがたっぷり観察して満足したころに挨拶を返された。大人の男特有の低く艶やかな声に惚れ惚れしながら頭を下げると、さっそく仕事をしようと別室に移動しようとして引き留められた。
「ルーフェリア」
「はい」
指示を受けようと近づき、机に寄りかかっているせいでいつもより低い位置にある男前の顔を見上げる。しばらく考え込むようにじっと見つめてくるのは彼のくせだ。若い女性なら勘違いしそうなほど真剣に見つめられるが、残念ながら中身おばさんのルーフェリアは彼の考えがまとまるまで見つめあってじっと待つだけである。男のくせにまつげ長いとか、頬にうっすらと傷が残ってるとか、じっくりと堪能していると、同じようにこちらを見下ろしていたヴァルターはゆっくりと瞬きした。
「今日はアステルが出勤しない。一日俺に付き添うことになるが、いいか」
「了解しました。アステル副隊長の代理ですね。ですが私は午後に食堂に用事があるのですが」
「新作のアドバイスか?」
食い気味に質問されてうなずくと、これは別とばかりに機嫌よく了承される。
ヴァルターはお菓子が大好きなのだ。最初に常識を教えてほしいと交渉した時も、報酬にお菓子を強請られ、仕方なく唯一レシピもなく作ることができたアップルパイならぬカイユという果物のパイを献上して協力を勝ち取ったのである。
あの時は若いころの興味だけで作っておいて良かった~としみじみ思っていたのだが、彼のお菓子の消費量が半端なく多いので、この世界のレシピと適当に覚えているあちらの世界のレシピを組み合わせて対応していた。その相談に乗ってくれたのが騎士棟の料理長である。
「試食を持ってきたんですが、私の目指す食感と違ってしまって……」
「俺の分は?」
「一応作った分は全部持ってきましたけど」
出勤したままだったのでルーフェリアの腕には大きなかごがあった。それを食い入るように見つめる美丈夫から背中に隠すと、ヴァルターは不満そうにため息を吐いて立ち上がる。
「午前のお茶の時間に」
「今日の午前中はヴァルター様の大好きな訓練ですよ! お茶をしている時間は午後までありません」
ルーフェリアに叱られ肩をかすかに落としながらまくっていたシャツの袖を戻し、騎士服の上着を羽織る。そのしぐさ一つ一つが格好いいとか、私どれだけ制服好きなんだろうと笑いながら、かごを給湯室に置いて青年の後に続いたのだった。
王城にある騎士棟に併設されている訓練場は騎士たちで常に騒がしい。ここでは主に個人の訓練が行われていて、金属がぶつかり合う気の休まらない音が響いていた。
黒騎士専用であるためにさまざまな人種が揃っているそこで、ひときわ注目を集める集団があった。
ヴァルターは軽い音とともに地面を蹴った。だが音の軽さとは真逆に一瞬で銀狼の獣人に肉薄すると、彼の体が地を這うように低くさらに加速する。銀狼から繰り出される攻撃は風圧すら感じられるほど力強いが、ヴァルターはスルリとかわすと相手の真後ろでたたらを踏んだ。
「おっと、行き過ぎた」
間抜けな声が上がる。
「わー! 隊長!」
「ウルム!! やっちまえ!」
「今の速足だろ? 目で追うのがやっとだ!」
「隊長のバカー!」
「いけ! ウルム班長!」
さまざまな声が飛び交う中を二人は激しく位置を入れ替えながら剣を合わせる。体格差は大きいがぶつかり合う剣に優劣は見えない。ウルムと呼ばれた銀狼が片手の木剣と爪の両方を駆使して戦っているのに対して、ヴァルターは足さばきと木剣だけで対応しているのだ。
「あれってどっちが優勢なの?」
少し離れた場所から見ていたルーフェリアは彼女を護衛するためにそばにいた班長サレイユに聞くと、いつもニコニコと笑っている彼は緑の髪を揺らして首を傾げる。
「ん~。俺には互角に見えるけど、たぶんどっちも完全に全力は出していないと思うよ。まぁ、あくまで訓練だからね。動作確認と速さに対する視覚の慣れのためのものだから、決着はつかないんじゃないかなぁ」
人族である彼は常にニコニコと笑っていた。人当たりのいい面もあるし、頭もいい。人の機微を見極めるのも上手いし、何より細身でいい男なのである。
「それで? この間話していた彼女とは仲直りできた?」
訓練を見つめながらさりげなく話題を変えると、隣で青年が苦笑するのが判った。
「引き留めるほど好きじゃなかったしね~。去るなら追わないよ」
「(いつまでもあると思うな、若さとお金)」
「なんか言った?」
「なにも~」
ルーフェリアの返事とともにどっと歓声が上がる。ヴァルターとウルムの決着がついたらしい。目をやればひざをついた銀狼の姿と、彼の首元に木剣を向けた第三隊隊長の姿が見えた。
「あー、隊長の勝ちか。俺がここでしゃべってたからなぁ」
「お仕事行ってくる」
サレイユはガリガリと頭を掻きながらタオルと水を持ってヴァルターに駆け寄っていくルーフェリアの後姿を見送る。
「君なら追いかけたいと思うんだけどね。でも君は恋愛どころじゃないもんな」
聖女ルーフェリアの境遇は不憫の一言に尽きる。よくあの状態から持ち直したものだと、話を聞いたときにサレイユは素直に思った。警護したり、一緒に仕事をしていくうちに外見だけではない彼女の良さを知ったが、同時に彼女が一番信用しているのはヴァルターなのだとも知ったのだ。
もし彼女が立ち直ろうとしていた時に一番に手を差し伸べることができたら……そこまで考えてサレイユはため息を吐く。
「あの悪い噂の聖女に手を伸ばそうなんて、俺なら絶対思わなかった」
だからどちらにしろルーフェリアの一番はヴァルターだったのだろう。
ごつい騎士たちに囲まれながらも物怖じすることなく仕事をする小柄な姿は見ていて楽しいものがある。どうにか奪えないかと優しくしていた時期もあったが、とにかくルーフェリアの反応がとても悪いのだ。そして今は恋愛などしている場合じゃないと一生懸命に働く姿にまた惚れたなんて……
「ま、おかげで隊長も手出しできないみたいだし、諦めるつもりはないから」
いつもは薄い表情のヴァルターが笑いながらルーフェリアに何事かを答えている。彼女もヴァルターとアステルの前では力を抜いているようにも見えてサレイユは思わず悪態をついた。
「あそこまでお互いが楽しそうに接してるのに付き合ってないとか、いい加減にしてほしいよね。隊長だってルーちゃんを気にしてさっさと試合を終わらせたくせに」
じつはヴァルターの目当てがこの後に待っているお菓子だと知らない彼は、八つ当たりをぶつけようと木剣を手に取って訓練場に戻っていく。
そしてそのまま騎士たちの指導に入ったヴァルターに付き合って訓練場に残ったルーフェリアの声援に驚いて、木剣がすっぽ抜けるのはもう少しあとの話。
読んでいただきありがとうございました~。
他にもたくさんの方が参加されておりますので、ぜひご一読下さいませ。
私も行ってきます!!
ルーフェリア「どうしよう。あまりにも久しぶりすぎてセリフ間違えてないよね?」
サレイユ「大丈夫だよ、ルーちゃん。落ち着いて」
ルーフェリア「だって検索除外にした作品だからって遊びすぎでしょ!」
サレイユ「この作品で一番セリフが多かったのは俺だからね? 隊長なんてあいさつ含めてセリフが7つだよ。可笑しいよね~」
ルーフェリア「サレイユ? 目が笑ってないよ……落ち着いて、落ち着いてゆっくり話し合おう?」
サレイユ「アステルなんて馬鹿らしくて逃げたんだよ。本当は俺の位置はアステルがするはずだったし」
ルーフェリア「え? そうだったの?」
サレイユ「まぁアステルの気持ちも判るからこれ以上は言わないけど(コレで自覚したらシャレにならないし)」