あなたでないと
とある夜会にて。
一人の令嬢を四人の見目麗しい男たちが取り囲み、どうにかしてダンスのパートナーを勝ち取ろうと必死に口説いていた。
「どうか私の手を取ってください。騎士の名にかけて、あなたを何ものからもお守りします」
最初に口を開いたのは、王家の覚えもめでたい騎士、キース・ロクソンだ。
青い髪に紺の瞳の彼は辺境伯爵家の次男であるが、若くして第二騎士団の団長を任されており、先の戦でも先陣を切ってあっという間に敵を制圧して見せ「隼」と呼ばれた英雄である。
真っ直ぐで一途、確かに彼の隣ならば、この国で一番安全と言えるかもしれない。
「ロクソンは真面目すぎるよ。もっとウィットに富んだ、気配りのできる男のほうが一緒にいて楽しいんじゃないかな?僕みたいなね」
ロクソンとは正反対の、物腰柔らかい声が割り込む。
彼、フェン・イーヴン公爵令息は女性に優しく流行に敏感と評判で、紺色の髪は長く伸ばして後ろで括り、右肩に垂らしている。
金の瞳はいつもあたたかな光を湛え、聞き上手なため尚更女性には人気である。
反対に男性からは、妬みの視線も多いようであまり一緒にいるところを見かけない。
「イーヴン様はたくさんの女性に囲まれすぎて、心配になるんじゃないかなあ。俺なら、本当に大事な人にしか優しくしないけど」
隣からひょっこり顔を出したのは、ふわふわしたピンク色の髪の小柄な青年だ。
瞳はロクソンと同じ紺色なのだが、その髪色が特徴的すぎて全く同じようには見えない。
ノーザン家は侯爵家で代々武力はからっきしだが、医学に秀でている。ロクソンとはまた別の面から王家を支えていると言えるだろう。
嫡男であるこのセトアはまだ勉強中の身だが、大変優秀であるらしい。
「ふん。優しさだけでは女性は守れない。ロクソン殿が強いことは認めるが、魔法ならば攻守どちらも持ち合わせている。よって俺こそが貴女に相応しい」
クセのありそうな話し方をする銀髪赤目の男、リヴィン・セディナは魔術師である。
本人も自慢するだけあってその力は確かであり、現在国の魔術師団のトップにいる。
魔術師というのはどうも変わり者が多いようで、彼も例に漏れずというか、筆頭にというか、まあとにかく世間とは少々ズレがある。
なかなかのナルシストなのだが、見目も良く伯爵の地位も持っているので、女性の人気は高い。
このように国の人気者たちに囲まれてしまえば、普通の令嬢ならどうしていいかわからず困ってしまうだろう。
誰か一人を選んでしまうと他への顔が立たないし、あっという間に外堀を埋められてしまいそうだ。
かと言って全員断るというのも高飛車なイメージがつきかねない。
しかしミグライン・ヘディック公爵令嬢は毅然とした態度で、にっこり微笑むとこう告げた。
「皆さまお誘いありがとうございます。大変光栄ですわ。けれどわたくしにはすでにパートナーがおりますので、その方以外と踊るつもりはありませんの」
えっ、と当事者の四人ばかりでなく周りで聞き耳を立て好奇心をむき出しにしていた参加者たちも驚いた。
彼女はまだ婚約者はいなかったはずで、男性との噂どころか、父親や弟以外と一緒にいるのを見たこともない。
いつも女性の友人たちがピタリとくっついていたので、彼女らが自分の婚約者たちとダンスをするこの時を狙って四人は声をかけたのだ。
「呼んだかな?私の姫」
大きくはないが通りのいい声が響き、ミグラインの後ろから背の高い男性が現れた。紺の髪に鮮やかな赤い瞳、肌は白く綺麗な顔立ちだが、体格がいいので軟弱そうには見えない。馴染みのない顔だったが、ロクソンがハッと目を見開いた。
「あなたは、隣国の…」
「初めてお目にかかります、隣国ウェルネス帝国第一皇子、アスリン・バファー・ウェルネスと申します」
ウェルネス帝国といえば、高い武力と統治力で近年周囲の国々をまとめ上げ、その名を轟かせている。
この国も大きく武力はあるので、攻め入られるようなことはないだろうと言われていたが、今のところ特別友好国でもない。
実力主義の帝国で次代の皇帝に一番近いと噂される第一皇子は、ミグラインの腰を抱きにっこり笑いかけるとゆっくり周囲を見渡した。
口元は弧を描いたままだが目が笑っていない。名乗っただけであるのに何故か皆に悪寒が走った。
ピシリと固まった空気をほぐすように、ミグラインのやわらかな声が場を包む。
「先程申し上げましたように、わたくしはこちらのアスリン殿下のパートナーです。本日の夜会にて婚約の発表をさせて頂く予定でしたので、まだご存知ない方のほうが多いでしょう。皆さまのお気持ちは有り難いのですが、わたくし彼でないと…安らぎを感じられませんの」
頬を染めてアスリンを見上げるミグラインと、彼女だけに優しく目を細めるアスリンは、もはや二人の世界を作り上げていた。
はたから見れば、目線だけで周囲を威圧してみせたアスリンのどこに安らぎを感じるのか全くわからないが、本人がそう言っているのだからいいのだろう。
「では皆さま、失礼いたします」
二人は一礼すると、ポカンとする四人と野次馬を残して国王やヘディック公爵家の面々がいるほうへ去っていった。
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……頭が痛いので気を紛らわそうと妄想に走ってしまった。さっさと薬を買ってこよう。
薬局の棚からいつもの紺と赤のパッケージの頭痛薬を手に取ると、私はレジに向かった。
オチをわかって頂けましたでしょうか。
わかりづらかったらごめんなさい。
皆さまはどの頭痛薬が推しですか?