〇2月24日(土)
もう小二時間ばかり、衣装の試着に付き合わされているのであった。
肩出すとちょっと厳めしいな、とか、Aラインがやっぱ無難っちゃあ無難だけど、でもマーメイドっていうのも捨てがたい、みたいに、いつもの決断力はどこへやら、一向に決め手に欠いてしまっている婚約者を目の前にして、流石の忍耐の久我も、真顔になってしまうのを避けられないでいる。
逐一を携帯のカメラに収め、恋人の色々な花嫁姿をコレクション出来るのはいいけどなどと思いつつ、もうそろそろ決めても良いんではないでしょうか、と意を決し、卑屈な微笑みを絶やさず持ちかけるものの、うーんあと一回これ着させて、と真剣な表情で言われると、もはや返す言葉は無いのであった。
曖昧な笑顔のまま、あるのか無いのかぱっと見には分かりにくい短い首を巡らすと、背後には一面のガラス越しに、滝の落ちる庭園が望める。今は物寂しいけど、初夏になればきっと緑が映える、柔らかな風景になるんだろうなあ、と珍しく詩的なことを思う。
意識をそういったところまで飛ばさないと、迫りくる空腹に耐えきれそうもないのであった。そして冬から夏に至るまでの、その間に挟まるはずであろう、桜の季節のことも、わざと意識から飛ばしておく。
時刻午後2時。ごはん入れたらサイズ変わっちゃうかもだし、ちゃちゃっと済ませるから、まずは衣装合わせ行こうよ、と普段通りの佳苗の仕切りに、大して疑問も抱かず流されるまま付いて行ったのが約二時間前。どんなに仕事をてきぱきこなし、性格がさばさばした女性であろうと、自分の結婚式の諸々については、男が計り知れないほどの時間をかけて吟味するということを、久我は今日初めて実感させられている。
本でも持ってくれば良かったな……と、自分は一瞬で決定を受けた、光沢のあるクリーム色のタキシードに、逆に着られているような状態のまま、窓際のソファで恋人の試着をただぼーっと待つだけなのであった。
意識を努めて飛ばしているその力と間の抜けた顔だったが、入って来た時に通ったあのカフェラウンジのあんみつ美味しそうだったな……和栗ってどんな味なんだろう……と、やはり脳は甘味を欲しているようである。




