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▲エピローグ:六月の花嫁


「……本当に、今までありがとうございました」


 両親への手紙は、何とか涙腺からにじみ出るくらいでこらえ切った。そもそも泣きじゃくるなんて柄じゃないし、嫁ぐっていってもまあ、この縁が切れるわけでも無いわけだしね、と殊更のさばさば思考で乗り切ってみる。父さん母さんもまあ冷静って感じ。このくらいの距離感が、私たち家族には心地よいって言える。妹も最近買った一眼で専属か? くらいに私らのことをいろいろな角度から撮りまくっているけど。あんたもさばけてるわ。


 披露宴もそろそろ終わり。いろいろあって、いろいろ疲れたけれど、隣でメガネを時折ずらしては、ハンカチで顔全体を拭っている新郎をちらと見て、やっぱり私はこの人を選んで良かったんだと思っている。ニュートラルに、そう思っている。


 いちばん前の席には、写真が飾られていて、ちゃんとその前には料理や、好きだったと聞いた白ワインのグラスが並べられている。生前お会いした時より二十年は若返って華やいだ、どこか人を食ったようなその流し目の笑顔に、式と披露宴の間中、目が合うたびに元気をもらってきた。しゃんとやり通せたのは、このおばあちゃんのおかげかも知れない。


 きっと空の上から見守ってもくれているのだろう。


 病室で聞かせてもらった昔話は、胸を打つものだった。戦時中はひとりで三人の娘の面倒を見ながら、実家の町工場で昼も夜も無く働いていたそうだ。とにかく子供たちには食べる物を何とかしてあげたくてねえ、なんて軽い感じで言っていたけど。そこはもう私ら世代には計り知れないところがあるわけで。


 そして空襲の夜も、身一つで子供たちを守り抜いた。近くに落ちた焼夷弾の爆風で埋まった防空壕の中から、下駄で土を掘って何とか這い出したそうだ。そしてまだ十か月だった双子の赤ん坊を、帯一本で自分の体の前後に縛りつけ、五歳の娘の手を引いて、炎の中を駆け抜けた。


 私らの苦労とか苦悩とかは、全然大したことはないのかも。だから、いや、でも、それだからこそ、そうだったとしても、私は、私らしく思うがままに生きていこうとか、柄にも無いことを考え続けている。隣の、どうしようもないほどドジで、おっちょこちょいで、お間抜けで、人に優しい、この人と共に。


 ガクちゃんは、自分はおばあちゃんという大きな星の周りで回る、衛星のひとつみたいなもんだよ、みたいなこれまた柄にも無い詩的なことを言ってたけど、それも何だか納得できるような気になっている。家族、親族、血族、そして、人と、家との繋がり。嫁ぐっていうのは、そういう面も確かにあるのだと思う。


 退場の際にもう一度、とびきりの笑顔を作って写真に会釈をしてみる。瞬間、自然にこみあげてきた物で光の屈折が変わったのか、写真の中の人が頷いてくれたように、私には確かにそう見えた。


 表面張力で何とか留まっていた雫が頬を伝っていくのを感じながら、何だか私も衛星のひとつとして認められたような気がして、ガクちゃんの手を取って駆け出したくなる衝動を抑え込むのに、しばしの集中を余儀なくされる。


(終)


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