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〇3月23日(金)

 あらガクちゃん、わざわざ来てもらって悪いわねえ、と、大好きなおばあちゃんはシーツの白に埋もれるように包まれながらも、そう普段通りの声と笑顔で接してくれるのであった。


 それでも流石に顔色は白いというか、血の気が抜け落ちて透明、のように久我には感じられてしまうのであった。具合が悪くなって先々週入院したと聞いてからは何とかお見舞いに行こうとしてはいたものの、引っ越しおよび式の準備などの諸々が重なり、半月があっという間に過ぎてしまった。


 入院当初に母づてで聞いた「発熱」と「胃潰瘍」という病名を、久我は未だに信じ続けているのであった。ずっと付き添いでこまごまとしたお世話をしてくれている、やつれた顔の伯母には改めて聞くことなど出来ないし、聞く必要もないと思っていた。


 おばあちゃん、あの指輪をリメイク、いやアレンジ、えーと打ち直して、僕と佳苗の結婚指輪にするっていう作戦、うまく進んでいるよ、と寝たきりの顔のそばまで身を屈めて、そう耳打ちする。二人だけの秘密を共有する者同士にしか通じない、にやりとした笑みを向かい合わせるのだった。


 おばあちゃんはいちばんいい席に招待するからね、と、自分の声が震えないように裏返らないようにするのに苦心しながらも、笑顔を保ち続ける。


 佳苗も仕事終わったら来るから、でも指輪の事は内緒だよ、と久我は続ける。このおばあちゃんの前だと、不思議と言葉がつっかえることも、変に上擦って空回ってしまうこともないのであった。


 そう、それは嬉しいねえ、桜も見られたし、思い残すことなんてもう無いんだろうねえ、と窓の外に目を向けてそう呟かれた言葉に、何かを感じて息を詰める久我。おばあちゃんの横倒しになった顔、その目がいつの間にか静かに閉じられているのを見て、慌てて呼びかける。


 おばあちゃんおばあちゃんっ、と切羽詰まった声に、何だい、とぱちりと目を開けてこちらを見つめ返してくる。その顔は悪戯っぽい少女のような佇まいも持ち合わせているのであった。


 ガクちゃんも騙されたの、と伯母が水を換えた花瓶を持って背後からそう含み笑いでそう言う。察した久我も、やられたぁ、らしいや、と少しのけぞりつつ、おどけた笑顔で恥ずかしさを紛らわすしかない。


 少し遅れてやって来た佳苗の持参したプリザーブドフラワーの小さなバスケットに、すごいねこれ、などとひとしきり盛り上がった後、おばあちゃんは思い出したかのように昔の話をゆっくりと始めるのであった。


 静謐な空間に染み入るように紡がれる言葉。久我にしてはもう二十回は聞かされている話ではあるものの、不思議と聞き飽きることはない。隣の婚約者も興味深く頷きながら聞いてくれているのを見つつ、やっぱりおばあちゃんはすごいな、と改めて思うのだった。


「あれ? ……どうなさい」


 佳苗の声に、少しまどろみ気味だった意識を戻す。見ると、おばあちゃんは微笑んだ表情で薄目を開けていた。ああー、佳苗さんも、と言おうとした久我だったが、先ほどの様子とは明らかに違うことを瞬時に感じ取り、言葉は出なくなってしまった。慌てた様子でナースコールを押し込む佳苗の姿を、自分には関係の無い出来事のように傍観することしか出来ない。


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