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第15章 ♁秀麗なる3万本の桜の里へ-その2

第十五章 ♁秀麗なる3万本の桜の里へ-その2


《2017年4月9日 丙寅(ひのえとら)の日 先負 天恩日》


 満開の桜が咲く奈良県・吉野の奥千本(おくせんぼん)。名前のとおり、吉野山では一番の山奥にある地。この季節は通常であれば、この辺りの車の乗り入れはできないが、平野のおっちゃんの家がこの奥千本の世界遺産「金峯神社(きんぷじんじゃ)」のそばにあるため、一度、平野のおっちゃんの家に車を置いて、金峯神社へと向かった。

 金峯神社は吉野山の地主神(じぬしのかみ)である金山毘古命(かなやまひこのかみ)(まつ)り、修験道(しゅげんどう)の修行場ともなった場所。その地下には黄金が眠っているという健ちゃんが好きそうなロマン(あふ)れる伝説がある。その境内(けいだい)からさらに右の細い山道を分け入ること約二十分で「西行庵(さいぎょうあん)」へと辿(たど)り着く。その間、桜の花が“これぞ、どないやねん”ていうくらいに咲き誇っていた。

 その途上で、

 「三キロ先のネズミが見える」と平野のおっちゃんが突拍子(とっぴょうし)もない発言をし、物議(ぶつぎ)(かも)し出した。

 その言葉にまず反応を示したのは、わが娘ナナ。彼女は「えー、ネズミが見えるの。視力がいいんだね、ジイジイ」とちょっと不思議そうな顔をしながら言った。

 「お義父さん、ライオンとかではなくて、どうしてネズミなんでしょう?」と健ちゃんが平野のおっちゃんに訊ねた。

 「それは、見えないと思えば見えない。見えると思えば見える。念じれば叶わないことも可能になる。それを別の言葉で置き替えれば『奇跡』ということじゃな。君たち亡命家族はある種、神懸かっている『奇跡』的な家族と言えるので、そう言ったまでなんじゃ」

 「おっちゃん、わたしたち家族のことを言ったの」。わたしは何となく分かったフリをした。

 しばらくすると、西行庵(さいぎょうあん)が見えてきた。約八百年前、西行法師(さいぎょうほうし)が二〇代の時に妻子を捨てて出家(しゅっけ)し、ここ吉野の桜や紅葉に魅力されて、三年の間、(きょ)を構えたのが、この西行庵だという。

 西行庵の内部は、小ぢんまりとしており、(いん)を結んだ西行の坐像(ざぞう)が安置されているのが印象的だ。

 「西行法師という人は花を()でるのが好きで、『願わくば 花の下にて春死なん その如月(きさらぎ)の望月の頃』という詩を残しておる」と平野のおっちゃんが言うと、ナナが「ジイジイ、その詩の意味が分からないよ」と言って()ねている。

 「それはだな、『願いが(かな)うならば、春の日に桜の()の下で死んでみたい。二月の満月の頃に』という意味じゃ。ナナには少し難しいかも知れんのう」

 「……」

 「お義父さん、どうして二月の満月の頃に死にたいと思ったんでしょう?」

 「健ちゃん、そんなことも知らないの?」とわたしは健ちゃんにツッコミを入れた。

 「知らないよ。悪かったな。お義父さん、ミキをギャフンと言わしてくださいよ」

 「じゃあ、ミキは分かるのか?」と平野のおっちゃんがわたしに問い掛けた。

 わたしは待っていましたとばかりに「それはですねぇ、お釈迦様(しゃかさま)が亡くなられた頃のことです」と鼻高々(はなたかだか)に踏ん反り返って答えた。

 すると、博学の洋子さんが「さすがね。ニッポンに仏教を伝来させた民族ね」と言う。

 健ちゃんは「ニッポンに仏教を伝えたのって中国人じゃないんだ?」と残念そうな顔をした。

 「あたし、お母ちゃんから聞いたことがある。朝鮮からニッポンに入ってきたモノ、たーくさんあるって」

 「賢いわね、ナナちゃん。じゃあ何か言ってみて」と喜色満面(きしょくまんめん)の洋子さん。

 「ワシも聞きたいのう」と顔を(ほころ)ばせて顔がクシャクシャの平野のおっちゃん。

 「ジイジイ、バアバアがそこまで言うんだったら…。間違っていたらゴメン。えっへん。漢字、儒教、仏教、お経 、印刷 、陶器、木綿(もめん)の栽培…」

 「オー、スゴいじゃないか。ナナは頭が良いんじゃのう。よしよし」と平野のおっちゃんはさっき以上に驚きながらも喜びに満ち溢れた顔をして、背の低いナナの頭を優しく撫でた。

 「お義父さん、()めすぎですよ。それに、その多くは中国から伝わったものばかりじゃないですか」といちゃもんをつける健ちゃん。

 「確かに、そういう一面はあるが、例えば漢字が朝鮮に入ってくることによって独自の固有の漢字が生まれたり、ハングルという表音文字が生まれたりしたんじゃ。新しいモノが誕生してきたのであって、文化を伝承した国が偉いと考えるのはあまりにも傲慢じゃのう」と平野のおっちゃんは健ちゃんを一喝した。

 わたしには、自分の祖国に対しても言っているように聴こえた。だから、こう言った。

 「そう言われると、共和国で日本の文化の起源は朝鮮にあると習ってきたわたしにも耳が痛い言葉だわ」

 そこで、洋子さんがこう言った。

 「ニッポンでは漢字を真の名と書いて『真名(まな)』、その漢字から派生(はせい)したニッポン固有の文字を仮の名と書いて『仮名(かな)』と呼んだのよ。そういう中国や朝鮮なくしてニッポンはないという謙虚さが大切だと思うの。それがいまのニッポンには欠けているわ。残念だけれど」

 「それは、たぶんこういうことじゃろう。中国は漢族の国、朝鮮半島は朝鮮・韓国人の国、ニッポンは日本人の国という具合にあたかも『単一民族』が国を治めているということになっておるが、漢族にしろ、朝鮮・韓国人にしろ、日本人にしろ、色んな民族の混血であってそれが実態なんじゃよ。だから、健三くんにもミキにもナナにもそれぞれの起源の文化・伝統を持ちつつも『ニッポン人』として生きてほしい。それが、私の願いじゃ」

 「はい。お義父さん、(きも)(めい)じます。ミキも何とか言えよ」

 「そう言われても。おじ様、なんて言って良いのか分からない」。私は率直に言って戸惑った。

 そこへ洋子おばさんが予想も出来ない言葉を吐露(とろ)した。

 「何も言わなくていいのよ。夫が言いそうにもないから私の口から言うわ。さっきの夫の願いはミキさんのご両親の願いでもあるのよ。だから、ミキさんを養女に迎え入れたの。ただ単にニッポンへ亡命するためじゃなかったの。これまで言わなくてごめんなさい」

 「おば様、こちらこそごめんなさい」

 「謝らなくていいわよ。私たちをニッポンの親だと思ってくれると良いんだけれど。厚かましいかしら」

 「おい。洋子、何を言うんだ。それこそ傲慢(ごうまん)の何ものでもない」と平野のおっちゃんが洋子おばさんを叱りつけるものだから、わたしは自分が悪いような気がして悲しくなってきて、それまで押さえていたものが(せき)を切ったように一気に溢れ出し、泪が(こぼ)れてきたのだ。その泪を、洋子おばさんがハンカチを取り出して、「うん、大丈夫だからね」と言いながら(ぬぐ)ってくれた。

 「洋子お母さん、ありがとう」。この時、わたしは洋子おばさんのことを初めてお母さんと呼ぶことができた。

 その様子を訝しげに見入る平野のおっちゃん。「いつの時代も男は損な役回りをさせられる。西行法師だってそうさ。出家しても自分の娘のことが忘れられずこっそり見に行くんだが、変なおっちゃん呼ばわりされるし、娘が変な男のものとなろうとしたら娘を奪い返して妻の元に戻したりしている。悲しい性やのう」と(つぶや)くように言った。

 そこで、健ちゃんが「お義父さんには僕らがいるじゃないですか。ナナ、そうだよな」と言うと、ナナも「ジイジイ、元気だして」と平野のおっちゃんを勇気付けた。

 「ありがとう」と言いながら満開の桜の樹の下で涙ぐむ平野のおっちゃん。

        ♁   

 「ここが西行庵じゃ」

 「せまぁー」。ナナが(こぼ)した言葉。

 「うん、そうだな。確かに狭い」と健ちゃんも追随(ついずい)する。

 「西行法師はここに三年いて、その後、奥州(おうしゅう)――現在の福島・宮城・岩手・青森の四県と秋田県の一部に当たる地域など日本各地を転々としながらも詩を(したた)めたんじゃ。それは、後の俳人・松尾芭蕉(まつおばしょう)に大きな影響を与え、芭蕉が『おくのほそ道』を完成させたといわれておるのう」

 「ジイジイ、この人、『坊主(ぼうず)めくり』のジョーカーだねぇ。エヘヘ」とナナが微笑んで言った。坊主めくりとは、藤原定家(ふじわらのさだいえ)が京都・小倉山(おぐらやま)の山荘で選んだといわれる百首の和歌『小倉百人一首』の遊び方のひとつで、「坊主」をめくると手持ちの札をすべて没収され、「姫」をめくると場の捨て札を全て手に入れるというルールがある。坊主の札は全部で二十七枚。そのうちの一枚が西行法師の札っていうわけだ。

 「アハハハ、確かに。『嘆けとて 月やは物を 思はする かこち顔なる わが涙かな』だな。何だったらウチに来てやるか?」

 「うん。でも、ジイジイだったら、トランプのジジ抜きだよ」 

 「アハハハ。じゃあ、健三くん、ウチの家内だったら?」

 「お義父さん。それをナナではなくて僕に言わせる気なんですか? まあ、いいでしょう。お義母さんだったら、ババ抜き。ババ抜きです」と健ちゃんは半ばヤケグソ気味に言った。

 平野のおっちゃんは満開の桜の樹の下で「アハハハハー」と天下を取った太閤秀吉のように高笑いした。

        ♁

 帰りの電車でも健ちゃんはぐっすり眠りこけていた。時折、うわ言のように「お義父さん、西行、西行法師。大当たり」と先程おっちゃんの家でやっていた坊主めくりを振り返っているようだった。平野のおっちゃんが最後の最後で西行法師の札を取ってしまい、惨敗して、皆が笑ったのだが、なかでも一番腹を抱えて笑っていたのが平野のおっちゃんだった。

 健ちゃんの横でナナも眠っていた。疲れ切ったのだろう。寝言で「お腹ペコペコ。ジイジイ、ジャージャー麺」と言っている。平野のおっちゃんは愛されキャラなのだ、とつくづく思った。 

 そして、翌朝のこと。わたしは最近、お腹が痛くなったり、熱が出て長引いたりと体調が(すぐ)れないので、きょうは終日ぐうたらママになろうと心に決めてベッドで寝ていたら、健ちゃんが血相(けっそう)を変えてわたしを揺り起こそうとするのだ。その手は桑名の何とかで、寝たふりをしていた。

 健ちゃんは(あきら)めたのか、すぐに寝室から出て行った。それから矢庭に居間にあるテレビのこれ以上ないっていうくらい大きな音が聴こえてきた。健ちゃんが音量を上げたようだった。

 「はい、レポー、リポーターの時田真子(ときた・まこ)です。奈良県吉野からの中継です。こちらが今朝、発砲事件が起きました奥万本、奥千本の現場です。被害者のひとりがちょうどこの満開の桜の樹の下で倒れていたそうです。血痕(けっこん)の後が生々しいでしゅ、ですね。奈りゃ、奈良県警によりますと、犯人は右翼団体のメンバーとみられております」。やや興奮気味の甲高い女性の声が聴こえてきた。カミカミしながらのリポートだ。きっと、リポーター経験が浅いのだろう。わたしには、リポーターの名前が「()き卵」に聴こえた。お腹が空いているせいで、そう聴こえたのか分からないが、とにかくお腹は正直なものでグーッグーッとアラームのように何度も鳴った。

 テレビの方から今度は溶き卵とは対照的な渋めのイカした男の声がする。

 「初めてのリポートということで緊張気味のようですが、時田リポーター、それで被害者の状況はどうなんでしょうか?」。この声の主は、飛ぶ鳥を落とす勢いで活躍中の「ニッポンのヨン様」こと四明神(よんみょうじん)一郎アナではないか。わたしがニッポンに来て最初に好感が持てた国営放送のアナウンサーだ。ハキハキしていて、見た目に裏表がなさそうなところが魅力的なのよ。

 「発表、発砲された弾丸はしゃんぱつ、三発とみられておりまして、うち二発を左の胸部に撃たれた五〇代の男性ひとりが即死。その流れ弾に当たった四〇代の男性が重傷を負っているとのことです」。女性リポーターは相変わらずカミカミだ。なんか聞いていられない。

 「時田リポーター、被害者の身元について、もう一度、ここでお願いできますでしょうか?」。四明神アナは、リポーターとは大違いで言語明瞭で(さわ)やか。しかし、健ちゃんはどうしてテレビの音声をこんなに大きくしたのだろう。そんな疑問を抱きながらも、わたしは再びウトウトしかけた。

 「はい。亡くなられたのは中国通の元外務省職員で、現在は亡命者支援組織『ヒマワリ・シャンシャイン、ヒマワリ・サンシャイン』の代表である平野哲(ひらのさとる)さん、五十九歳……」。驚天動地(きょうてんどうち)。わたしは、自分の耳を疑った。ベッドから起き上がって健ちゃんに何回も訊ねたが、事実だった。わたしはしばらく放心状態に陥った。

 その間に洋子さんから健ちゃん宛てに電話があったという。健ちゃんの話では、「お義父さんの最期は桜の樹の下で天下を取ったようなにこやかな表情で倒れていて、満開の桜の花を愛でていたようだったって。それから、ミキのスマホがズーッと留守電になっていると嘆いておられたよ」ということだった。スマホの電源を切っていたわたし。洋子さんからの留守電にLINEへのメッセージも入っていた。非常に申し訳なく思った。

 昨日はあんなに元気だった平野のおっちゃんが銃弾に倒れるなんて信じ難いことだった。そのテレビの音声が夢であってほしいと願っても、それは現実だった。わたしは何か悪い夢を見ているような気分のまま平野のおっちゃんの葬儀に参列した。喪主でもある洋子さんは表向き気丈に振る舞われていたものの、風邪を引いていて、今にも倒れそうだった。洋子さんはひとしきり嘆き、自分を責め立てていた。「私が風邪を引いたばっかりに、ひとりでジョギングに行ったのよ、あの人」。いつもは早朝の決まった時刻に夫婦仲良くジョギングをしていた。ただ、平野のおっちゃんは大好きな西行法師と同じように満開の桜の樹の下で亡くなったことだけが救いだったのかもしれない。それが唯一の光明だった。わたしは結局、平野のおっちゃんを一度も「お父さん」と呼ぶことができなかった。それが最大の悔やまれる点だ。

 ナナによると、ひと言も語らず葬儀に親族のひとりとしてわたしの横で落ち込んでいた福山先生は、それから二週間余り経つが学校には来ていないらしい。とても心配だが、じっちゃん先生が頼みの綱だ。早く立ち直ってほしいと願うばかり。

 わたしはと言えば、体調がよくない。そんなある時、洋子さんが「アナタ、もしかして、おめでた?」。洋子さんにそう言われてハッとした。月のものがない。で、近所のドラッグストアで妊娠検査薬「クリアブルー」を買って来て確認してみたら青いラインが出た。陽性だったのだ。わたしは平野のおっちゃんが亡くなってすぐのことで喜べなかった。ところが、洋子さんは「悪いことの後には良いことがあるって本当ね。嬉しいじゃないの。男の子かしら? それとも女の子かしら? ミキさんはどっちがいいの?」と喜色満面になってわたしに尋ねるのだ。洋子さんって何てステキな人なんだろうと改めて感心させられた。

        ♁

 星が好きな健ちゃんは、平野のおっちゃんが亡くなった日の夜中も吉野にある葬儀場の屋上にいた。彼は小型の天体望遠鏡で星を眺めながら泪を流していた。「お義父さ~ん」と激しく絶叫した。

 わたしは健ちゃんが狂ったのかと思い、(そば)に行くと、「あのアバター野郎、お義父さんを幻の惑星『ケンタウルス座アルファ星Bb』に連れて行きやがったな」と彼は(うそぶ)いた。

 「アバターって映画の…」

 「そうそう。アレは実在する宇宙人と人間のDNAを混ぜた人造人間なんや。実像はあんな宇宙人の顔をしていなくて、普通の人間やで」

 「えっ、ウソー」

 「ウソに決まっているだろう。それより、ミキ、この天体望遠鏡を(のぞ)いてみなよ」

 わたしは久しぶりに天体望遠鏡で夜の星を見つめた。

 「あー、スゴい。大阪よりよく見えるね、星が」

 「そらなあ、空の空気がそもそも違うからな」

 「いまのダジャレ。そらなあ。空の……」

 「お義父さん、ダジャレ好きやったやないか」

 「そうねえ」。わたしは思わず平野のおっちゃんの笑った顔を思い浮かべて泪がこぼれてきた。

 「ミキ、今夜は思う存分泣いていいぞ。生きとし生けるものは、お義父さんのような敬虔(けいけん)なキリスト者であろうと、宗教に(かかわ)らない無神論者であろうが同じようにやがて『星』になるんだよな。切なくて悲しい」。健ちゃんも滔々(とうとう)と語ったと思いきや(うな)るような嗚咽(おえつ)の声を漏らして身悶(みもだ)えた。

 「アザミンが言っていたけれど、その星のひとつ、冬の空に一際輝く赤い星オリオン座の一等星『ベテルギウス』はもうこの世に存在していないんだって。いま見えているベテルギウスは六百四十年前のモノで、人間で譬えるならヨボヨボのじいさんかばあさんって感じだよって」

 「そうさ。ベテルギウスは。六百四十年後のいま、爆発寸前なんや。その大きさもスゴイで。太陽の一千倍、直径約十四億キロもあるんや。ちなみに地球の直径は一万二千七百四十二キロしかない」

 「そう考えると地球ってちっぽけだね。ところで、ベテルギウスって。もう爆発したんじゃないの。夕べのネットニュースで確かに見たよ」

 「ホンマかいな。俺たちも爆発してリフレッシュしようか。お義父さ~ん。お義父さ~ん。『せーのーで』で言おうや。ミキも言えなかったことを叫ぼうや。ええな?」

 「うん」

 「せーのーで」

 「お父さ~ん。さよなら、お父さ~ん」。わたしは健ちゃんの口車にまんまと乗せられて、星に向かって平野のおっちゃんを「お父さん」と初めて呼んだ。胸につっかえていたモノが取れてなくなったようで、何だか気分がすっきりした。わたしたちはとても大切な人を失ったけれど、再出発して光を取り戻すのよ。星が爆発して光り輝くように……。

        ♁

 ある日の午後、健ちゃんはいつもの健ちゃんではなかった。そわそわして何か言いたそうにしていた。ナナが学校から帰って来て、その答えがようやく分かった。

 「ミキ、おめでとう。名前は決めたぞ。男の子でも女の子でもヒカルだ。ちょっと早かったかなあ」とさりげなく花束を差し出しながら照れ臭そうに言う健ちゃん。「名前まで考えてくれてありがとう。でも、ヒカルって、もしかしてアザミンに占ってもらったでしょう」

 「まいったな。うちの嫁はんはカンが鋭い! アザミさんから久しぶりにメールが来て、『娘の名前はヒカルにしなはれ』と。あの人、何でもお見通しだから、逆らわない方がいいと思ってな」。健ちゃんはアザミンが大の苦手。健ちゃんが一度、犬猿の仲だった水田部長刑事に酒に誘われて、天王寺で酒を浴びるくらい飲んだ後にその近くにあるチョンの間風俗「飛田新地(とびたしんち)」へ行ったことをアザミンにバラされたことがある。アザミンに感謝。 

 そして、ナナも「お母ちゃん、あたしの妹が産まれるんだね。ありがとう」と言ってお手製の花輪をわたしの頭に載せてくれた。ナナに感謝。

 「きょうの夜、言おうと思っていたのに」とわたしが言うと、健ちゃんは「お義母さんが嬉しさのあまりフライングしたみたいだな。お義父さんがあんな形で亡くなったから、今回は大目に見てやれよ」と優しいことを言う。わたしは思わずウルウルきそうになった。「健ちゃん、今回の立役者はお母さんだよ。わたし、自分のことながら妊娠のことに全然気づいていなかったのよ。そしたら、お母さん『アナタ、もしかして、おめでた?』と言ってくれて……」。わたしは、洋子お母さんの複雑な気持ちを思うと、もう言葉にならなかった。そんなわたしを夫はぎゅっと抱きしめてくれた。健ちゃんの奥さんになって本当に良かった。そう実感できた。

 しかし、そんな幸せは長く続かなかった。神様はわたしたち家族に試練を与えたのだ


◎主な登場人物

▼わたし(広田ミキ/金美姫)

ピョンヤン出身/舞踏家/ニッポンへ脱北/ドジ・のろま/父外務省高官/母小学校教師/アカブチムラソイ/タンゴ/結婚・出産/子不知自殺未遂/記憶喪失/2児の母/コンビニバイト

▼健ちゃん(広田健三/陳健三)

広田家家長/中国遼寧省出身/農家三男/無戸籍/北京大医学部卒/元外科医/発禁処分作家/ボサボサ頭/ニッポン亡命/大正浪漫文化/竜宮の使い/大阪マラソン/母親白系ロシア人

▼ナナ(広田ナナ/チュッチュッ)

広田家長女/タイ難民キャンプ出身/ビルマ人/ニッポン亡命/悪戯好き/高田馬場/交通事故/あすなろ/児童養護施設/養女/道頓堀小/ハイカラさん/福山先生/失語症/車椅子

▼ヒカル(広田ヒカル)

広田家次女/大阪生まれ/天使のハートマーク/ダウン症/ルルドの泉/奇跡/明るい/笑顔/霊媒師アザミン/プリン・イチゴ好き/亡命家族を結び付ける接着剤/天体観測/流れ星

▼平野のおっちゃん(平野哲)

外務省官僚/福岡県八女市出身/両親を幼くして亡くす/ミキ・健三ら亡命者支援/ヒマワリ・サンシャイン/ミキの父・金均一の友人/ミキ養父/西行法師/吉野奥千本に卜居/満開の桜の樹の下で銃殺

▼洋子さん(平野洋子/旧姓有栖川)

平野哲の妻/旧皇族/奥ゆかしさ/ミキ養母/ミキと健三のヨリを戻す/ゆめのまち養育館/福山恵/奈良県・吉野/夫婦で早朝にジョギング、古都奈良散策/いけばな家元/みたらし団子/韓国ドラマ

▼アザミン(水田あざみ/斎木あざみ)

霊媒師/津軽イタコの家系/弱視/青森県・鯵ヶ沢町出身/10歳の時に村八分/大阪・梓巫女町/琉球ユタ修業/ミキの善き理解者/夫は水田豊部長刑事/2男2女の母親/直接的・間接的にミキを救う

▼塙光男(朴鐘九/河合光男)

北朝鮮の孤児/スパイ/金日成総合大卒/ニヒルなイケメン/新潟県可塑村村長の養子/同県大合併市市長/ミキの初恋の相手/北朝鮮、ニッポン乗っ取り計画首謀者/ミキを誘拐/親不知不慮の事故死


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