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第11章 ♁授業参観日の出来事

第十一章 ♁授業参観日の出来事


《2016年11月14日 庚子(かのえね)の日 赤口 満月》


 あの二家族三者面談から九か月後の大阪市内にある道頓堀(どうとんぼり)小学校にて。

 「クロンボ、ナナクソ、ハナクソ、アッカンベー」と娘のナナを小憎たらしいほどからかうのは、二十一世紀の今日にして昭和の香りがプンプン漂う、今時非常に珍しいオオサンショウウオ並みの五分刈り頭の洟垂(はなた)れ小僧。わたし、腹が立って仕方がなかった。賢くて優しい娘をからかうなんて愚の骨頂。洟垂れ小僧、何を言っているのよ。ねえ、肌の色が黒いっていけないこと。日本人だって夏になれば、わざわざ色を黒くするために日光浴するのに。肌の色で差別しちゃダメダメ。大人の(しつけ)の問題ね。

 だから、わたしがその洟垂れ小僧を仇討(あだう)ちの敵にでもあったかのようにジローッと半端なく(にら)みを利かせてやった。

 すると、この洟垂れ小僧は「隣にいる人、ナナクソの母ちゃんか? 全然似てへんな。♪ナナクソ、ハナクソ、もらわれっ子……」とまたまた余計なことを言って、玄関のピンポンダッシュをした悪ガキのような顔をして教室から逃げ去った。

 わたしは、ここがナナの通っている小学校だということもすっかり忘れて「こらぁー」と雄叫(おたけ)びを上げて洟垂れ小僧を追い掛けたが速いったらありゃしない。何処にも見当たらないのだ。

 ――クソガキんちょめ。ナナちゃん、さっきの洟垂れ小僧を知っているの?(こいつまだ娘にちょっかい出しているんか。まあ、ええわ。あの茶坊主親父が市議選で落選して、あれ以来テレビにも出てへんからこの洟垂れ小僧はクラスでも皆から総すかんくらっていると、福山先生から聞いたから。よく考えれば、あんな両親が養父母なら、わたしなら家出するか不良になるか、どっちかのような気がする。どっちにしろアカンやん)

 ――去年同じクラスだった。ロナウジーニョ高橋君(今は名前違うし。鬼頭大五郎(きとうだいごろう)やし。あだ名が「ひとひとぴっちゃん」やし。それに、お母ちゃん、一年前に会っているやん。ボケているのか、忘れた振りをしているのか)。

 ――もしかして日系ブラジル人?

 ――お母ちゃん、よくわかったね。

 ――ロナウジーニョと言えば、ブラジルのサッカー選手で有名だったからね。お母ちゃん、むかーしリオのカーニバルに行ったことがあるのよ。キタのサッカーの応援の翌日に……。

 ――お母ちゃんって「喜び組」だったの?

 ――どうせ、それ言ってたのん、教室の外にいる作家先生でしょ。

 ――お父ちゃん、来てるん?

 ――ケータイの位置情報が「学校」になっているから、そうじゃないの? いつものこと。

 ――あたし、知らなかった。お母ちゃん、そろそろ準備しなくちゃ。でも、先生遅いね。

 ――そうね。何か急用でもできたんじゃないの。ナナは心配しなくていいわよ。お母ちゃんが見て来るから、準備をしないと時間がないわよ。

 きょうは、電子黒板とノートパソコンを連動させて行う公開授業

を予定していた。だが、その授業を行う三年四組の担任である福山恵先生が一向に三階の視聴覚教室に現れない。わたしは気が気ではなかった。福山先生とは縁があって公私ともども仲良くしてもらっている。福山先生は授業参観の日には必ずこの時間帯には教室にいて保護者への挨拶は怠りない。若い先生ながらそのあたりの心得はしっかり持っている。なのに、校長先生や教育委員会の方も来られる今日に限ってどうしたのだろうか。

 授業が始まるまで「あと八分」。わたしは福山先生のケータイに電話をするも留守番電話になっていた。「これは、マズい」と思いながら足は視聴覚教室から廊下へと動いていた。

 廊下は早歩きで階段は猛ダッシュ。一階の職員室には二分弱で到着。足が痛い。無我夢中で自分がハイヒールを履いていることなど忘れた結果だ。後の祭り。

 職員室に到着したのは授業が始まる六分前。入り口付近にいたメガネザルのような男性教師に「福山先生の席はどちらですか?」とわたしは早口でがなりたてた。

 その通称・モンチッチ先生は「まあまあ落ち着いてください。あちらの窓際の奥です。しかし、席を外しているようですね。これから授業参観ですから、もう視聴覚教室に行っていると思うんですがね。私は教頭の万年(まんねん)はじめです、何かありましたら、こちらの名刺の携帯番号に掛けてください」と言ってわたしに名刺を差し出した。

 「時間がないわ。どこへ行ったのかしら? あとは、ここしかないわよね」と独り言を言って一階にある教職員用の女性トイレへまっしぐら。

 いたぁー。福山先生は洗面台で涙をポロポロと流している。どうしたのだろう。

 「あと五分」。涙の理由を聞く時間はない。ひとまず福山先生を落ち着かせることが先決だ。わたしは福山先生に「福山先生、時間がありませんので、ひとまず深呼吸をして落ち着いてください」と言うと、福山先生は「ご迷惑をかけて申し訳ありません、オンニ」と泣きながらわたしの身体にもたれてきたのだ。

 一分後、福山先生は「もう、大丈夫です」と言って、一度、職員室へと戻った。

 「キーンコーンカーンコーン」。四時間目の授業「社会」が始まる。 チャイムが鳴ってから二、三分して廊下を走る音がした。いつもは生徒に口が酸っぱくなるくらい「廊下を走ってはいけません」と言う先生自らが廊下を突っ走っている。

 そして、五分後、担任の眼鏡を掛けた福山恵先生が教室のドアを開けた瞬間にドサーッ。黒板消しがドアの上から落ちてきて福山先生の顔や眼鏡(めがね)一張羅(いっちょうら)のスーツが所々、白くなった。いつもならこんな子どもの悪戯(いたずら)には、へっちゃらの福山先生が今日に限っておかしい。わたしが知っている福山先生は男性教師も顔負けの一喝があって然るべき場面で口をポカーンと開けて茫然自失状態。福山先生にきっと何かあったんだろう。福山先生らしからぬ言動が続く。

 「あっ、遅くなってすみません。三年四組の担任・福山です。ゲホッゲホッ」と咳き込む始末。口の中にチョークの白い粉が入ったようだ。いつもの凛とした福山先生はここには居ないようだった。何かあったのであろうか。わたしには、福山先生の心ここにあらずといった感じが否めなかった。

 しかし、それを見ていた大半の子どもたちは、先生がただ単にボケを()ましたのかと思ったぐらいで大爆笑になっていた。ただ、ナナは辛そうに大好きな恩師の姿を見て俯いていた。わたしの方から見る限り、ナナは泣いているように見えた。

 一方、四十数名いる保護者や一般市民の人たちの多くは、電子黒板とノートパソコンを連携させて行う公開授業ということで楽しみにしていただけに不安が頭を擡げた。無論、クスックスッ程度の笑いはあった。そんな中で、廊下から一際大きな聞き覚えのある笑い声が聴こえて来た。わたしの夫だ。笑い上戸だから「ガハッガハッガハッガハッガハッガハッ」とバカでかい笑い声が止まらない。この特異な笑い声に視聴覚教室はさらにヒートアップし、授業どころではなくなってしまい、隣の三年五組の教室からは、「四組解散! 四組解散!」のシュプレヒコールの波。それを先導しているのは五組の洟垂れ小僧だ。視聴覚教室のドアの上に黒板消しをセッティングしたのも彼だということは言わずもがなだった。

 そうしていると、福山先生は正気を取り戻した。

 「あと十分で校長先生たちが来る。何とかしなければ……」。福山先生は、何を思ったのか、相撲取りが取り組み前にまわしを叩くように、右手でお腹を二度ばかりポンポンと軽く叩いて気合を入れた。

 この事態を早々に収拾しないといけないと思った教師生活四年目の十二月に二十八歳になる福山先生は「廊下にいる人は誰ですか? 保護者の方でしたらどうぞ中にお入りください」と黒板消し事件はもう過去の出来事のような扱いでいつものように(りん)とした態度で白くなった顔や眼鏡や服はポケットからハンカチを取り出して素早く拭き取った。まるで魔術師のように鮮やかだった。

 夫は娘の手前教室に入って来ないだろうと思っていたら、すんなり教室に入ってわたしのいる窓側までスタスタと来るではないか。わたしは恥ずかしいやら、娘に申し訳ないやらで、小っ恥ずかしくなった。

この日の夜、 わたしの家に福山先生とじっちゃん先生が訪れた。

 わたしは知っていた。この日、福山先生に何かあったことを。

 福山先生は授業が始まる前にトイレで慟哭していたのをわたしは見た。その姿は、いつもの福山先生ではなかった。何しろ、このわたしに福山先生がもたれかかってきたのだから。

 きょう福山先生がわたしの家に来たのはその件でだろう。

 その件で福山先生はこう切り出した。

 「ご存知かもしれないけれど、私、孤児院育ちなの。今で言う児童養護施設ね。それで私を産んで捨てた両親の事が全く分からなかった。これまではね。それが急転直下、今日その施設から電話が入って、両親の所在が分かったって。信じられなくて、信じられなくて動揺してしまったの。それをオンニに見られたってわけ。不幸中の幸いだよね」。いつもとは違ってどことなくそわそわしている福山先生。

 「そうだったの。それで、そのご両親とはもう会ったの?」。私は福山先生にそう尋ねた。

 福山先生は、「いいえ、まだなんですよ。明日会う予定になっています。それで、その会う場所なんですけれど、住所がこの家なんですよ。どういうことなんでしょうか?」と不思議な顔をして尋ねた。

 「えー。 何ですって。それは寝耳に水ですね。何とも妙竹林(みょうちくりん)な話です」と私は耳を疑った。 しかし、福山先生が嘘をつく必要はさらさらないわけだし、だとするとこれは一体何だろうという気がした。お尻がむずむずして行き場のない便秘の時のようなフンづまり感。 不快感だけが残った。 その時、ふと平野のおっちゃんを思い出した。

 まさかという思いがあったが、「福山先生、少し待っていただけませんか?」と福山先生を待たせて健ちゃんに話を聞こうと思った。 健ちゃんなら何かを知っているかもしれない。ふと、そんな予感がした。

 わたしは、健ちゃんの書斎部屋をトントンとノックした。

 「ハーイ」

 「健ちゃん、健ちゃん、部屋に入っていい?」

 「ええぞなもし」。きょうは漱石(そうせき)気分とは機嫌の良い証拠だ。 グッドタイミングだ。こういうチャンスはそうなかなか訪れない。あれ以来、夫は変わってしまった。

 「健ちゃん、平野のおっちゃんは今どこにいるの?」。私はイラついた表情で健ちゃんに尋ねた。

 「今、旅行中だよ」。いつにも増して明るい声。何かいいことでもあったのだろうか。今はそれを聞く余裕はない。

 「それって九州の方?」

 「おいおい。よくわかったな。霊感でもあるのか?」。健ちゃんは派手なリアクションを取っている。ズッコケたのだ。本当であれば健ちゃんのこの道化(どうけ)に笑うのが筋なのかもしれないが、今はそれどころではない。ウルトラマンのカラータイマーが鳴っているのだ。

 「あるわけないでしょ。それで、平野のおっちゃんは長崎に行くって言ってなかった?」。わたしは慌てすぎて先走りした。

 「おー、ビンゴ。なんでもその場所に二十八年前に置き忘れたものがあるって、確か言っていたな」。それに比べてマイペースの健ちゃん。二十八年前に置き忘れたモノって、やはり福山先生のことなの。

 「えええ。二十八年前。その旅行には洋子おばさんも一緒なの?」

 「もちろんそうだよ。おしどり夫婦だからね」

 「ええ」。私はますますワケが分からなくなってきた。夫婦で一緒に行ったってことは、福山先生はあの二人のお子さんということになるわね、恐らく。それにしても()に落ちないことだらけだわ。福山せん先生にはどう言えばいいの。事情が分からないわたしの出る幕ではないようだわ。

 「健ちゃん、ありがとう」と言って、健ちゃんの書斎部屋から出て一目散に福山・じっちゃんコンビのところへ。

 「お待たせしました。夫にも確認したのですが、原稿の締め切り前で『明日にしてくれ』の一点張りなものですから、取り付く島もなくて。申し訳ありません。明朝にでも何か分かりましたら連絡しますので。わたしは福山先生に嘘を付いた。「嘘も方便」という言葉もある。中途半端な情報を伝えるよりマシだと直感的に思った。

 「そうですか」と落ち込んだ様子の福山先生。その様子をじっと見ていたじっちゃん先生は「明日になれば分かることじゃないですか。コレまでどれだけ待ったんですか。それが二十四時間以内に報われるのですよ。良いように考えましょうよ。今夜はとことん付き合いますからね」といつものじっちゃん先生らしからぬ言葉を吐いている。

 福山先生は、じっちゃん先生の言葉に感涙していた。

 「尚喰(しょうじき)先生、ありがとう」。わたしはこの二人を見ていて、幸せな気分になれた。

           ♁

 翌日の午後一時前のこと。わたしたちの家に福山先生とじっちゃん先生がやって来た。

 最近頻繁に来るのだが、きょうはいつもとどうも様子が違う。

 その二時間半前に平野のおっちゃんと洋子さんが神妙な面持ちで玄関に突っ立っていた。どことなく表情が暗く、何かありそうな雰囲気に包まれていた。

 「こんにちは。きょうは何かあるんですか?」。わたしは惚けて聞いてみた。

 「いや。そのなんじゃな、非常に言いにくい話なんじゃが、ミキには妹が一人おるんじゃ」

 「もしかして、その妹というのは福山先生なんですか?」

 「うーん。知っていたんじゃな。面目ない」。平野のおっちゃんとその横にいる洋子さんが頭を下げた。

 「ミキさん、これまで話すことができなくてゴメンなさいね」。洋子さんも非常に辛そうな顔をしている。

 「おっちゃんと洋子さんはどうして福山先生を捨て…たんですか?」

 「それは非常に悩ましい問題なんじゃが、聞いてもらえるじゃろか?」。平野のおっちゃんが寂しげな顔をしている。

 「はい。おっちゃん、苦しまないでください。わたしでよければ、ぜひ聞かせていただけませんでしょうか?」

 「ミキさん、そう言ってもらえると有り難い。おっちゃんは昔ある者たちから狙われていたんじゃ。その時に半同棲状態にあった洋子が身籠(みごも)ってなあ。それで女の子が産まれた。それで脅迫紛いの電話や手紙が頻発してな。もう生きた心地がしないくらいで。洋子も精神的に参ってしまってな。四面楚歌になって赤子を仕方なく長崎の孤児院に預けたんじゃ。その赤子がナナの担任だと分かったのはごく最近のことじゃ。ミキさんにもご迷惑を掛けることになって申し訳なく思っとる」

 「そう言うことならわたしも協力させていただくわ」とわたしは内心ホッとしながらも、福山先生の立場からすると複雑だろうなあという気がした。捨てられたことには違いない。今更どうしてわたしが父親だ、母親だと言えるのか。そう思われてもしかたがないからだ。

 いよいよ対面の時が来た。応接間には平野のおっちゃんと洋子さんが今か今かとスタンバっている。その横で何も知らない健ちゃんが不思議そうな顔をしている。

 「先生、一杯いかがですか?」

 「きょうは遠慮しとくよ。気を遣わせて悪いな」。靉靆として恐縮した表情の平野のおっちゃん。

         ♁

 健ちゃんが何も知らなくてちょうど良かったような気がする。健ちゃんは、平野のおっちゃんと洋子さんが座っている真向かいに座るよう促してくれた。

 だが、その後がまずかった。「福山先生、それからじっちゃん先生。こちらのお二人はミキの両親なのですが、これまでにもすれ違ったりしていますよね」と健ちゃんが余計なことを言ったために、それから先はどうしようもなく途方に暮れるその他の人々。もちろん私も含めて。この状況を変えてくれるのは一体誰だろうと思案に暮れる私だった。やはり、ここはわたしの出番だ。そう言い聞かせて、わたしは立ち上がった。

 「おっちゃん、おばちゃん。あなたがたがやったことは罪深きことなのです。しかし、主は『汝、隣人を愛せよ』とおっしゃいました。福山先生はきっと猛り狂いたいほど辛い気持ちはあって当然だと思うんだけれど、ここはわたしに免じてわたしを本当の姉だと思ってほしい。理由はあるのよ。あなたを守るためよ」

 「オネエ、わたしを守るためってどういうことなの?」

 「それは、それは…」。わたしはとてもじゃないが言葉に出来そうもなかった。

 そこで、平野のおっちゃんがバッグからA4サイズの茶色いスクラップブックを取り出してテーブルに置いた。「言い訳がましいと思ってくれても構わない。私は当時、外務省官僚で右翼団体に狙われていて、実際に撃たれた。この新聞の記事がそうだ」。一九八九年当時の新聞の切り抜きで大見出しが「昨夜、外務省官僚撃たれて重傷 大阪ミナミ」、「市民巻き添え2人死亡」とあり、その右下には〈1989.5.2 毎朝(まいちょう)新聞1面トップ 神様お願い助けて〉と書道の(たしな)みのある達筆な行書体で書かれてある。わたしはひと目でそれが洋子さんの筆跡だと分かった。この記事を見た福山先生は目をパチクリさせている。その横の「何でキミがそこにいるのや。おい、こらあ」のじっちゃん先生は目が点になっている。

 「これ、おばさんの字でしょ」

 「そうよ。よく分かったわね」

 「家計簿の字と同じだったから」

 「中国の書家、王義之(おう ぎし)に勝るとも劣らぬ字ですね」。さすがは中国系ニッポン人と言いたいところだが、健ちゃんの字を見たらきっと驚くだろう。中国四千年の歴史がぶっ飛ぶくらいの悪筆。中国にいた時は、きっと校閲者(こうえつしゃ)泣かせの作家先生だったに違いない。

 「健三くん、それは褒め過ぎ。多少の嗜みがある程度。この日のために書いてきたのよ。恵さん、見ていただけるかしら?」

 「ええ、まあ。拝見させてください」

 洋子さんはバッグの中から黒い筒を出し、フタを開ける時にポコッと音が鳴り、何となく場違いの高い音だったことから一同の笑いを誘った。

 洋子さんは半紙に「汲古(きゅうこ)」と行書体で書かれてある。

 わたしは洋子さんに思わず尋ねた。「おばさん、どういった意味があるの?」。

 「それはね、『人との出会いを大切にして、そこから新しい人生を汲み直す』という意味があるのよ。恵さん、これが今の私の願いなの。分かってくれる、と言ったら虫がよすぎるわよね、きっと。アーアーアーアーアー。私が悪いのよ。この私が…」。洋子さんが泣いたり(わめ)いたりして苦悶(くもん)している。それに見兼ねた福山先生は、洋子さんの後ろに回って抱きしめ、慟哭(どうこく)した。

 そして、福山先生は「アアーン。お母さんは悪くない。悪くないのよ。過去のことは水に流しましょう。私はお母さんとお父さんとこうして出会えただけでも嬉しいの。本当よ」と泣きながらも過去と訣別して再スタートしようとしていた。

 その姿に胸打たれた平野のおっちゃん。洋子さんと福山先生の肩をぎゅっと握り締めて「ふたりともありがとう。これからは家族として大切にするからな」と言いながら嗚咽(おえつ)し、肩を震わせていた。 

 わたしは、ひとり取り残された気がした。平野のおっちゃんを「お父さん」ともまだ呼べないし、洋子さんのことも「お母さん」と呼べない。わたしって一体何だろう。

 一方、何も知らされていなくて身の置き場さえ失くしていた健ちゃん。その日の夜はいつもにも増して酒癖が悪く荒れていた。「俺たちって日本人の仮面を被った無国籍人のようや。きょうは平野先生ご夫妻にも裏切られたような感じがした。日本人は俺たち中国人や朝鮮人をバカにしてくさらす。ミキ、俺の気持ちが分かるのはお前だけや。ええか、日本人は単一民族としての意識が強すぎるんや。外国人をよそ者扱いにして差別しとるやろ。特に、俺たちのような中国人や朝鮮人に対しては強い偏見があるよな。だから、この日本社会で生きていくために、日本国籍へ帰化したんや。お前なら分かるよな、この遣る瀬無い惨めな気持ち。俺たちって何人なんやろな」。滅茶苦茶に饒舌(じょうぜつ)な大阪弁で(まく)し立てる夫。わたしは、「うん。健ちゃんは大阪人や。こんな流暢(りゅうちょう)な大阪弁を喋る人はどこにもおらん。わたしが保証する」と言って(なだ)めすかす。


◎主な登場人物

▼わたし(広田ミキ/金美姫)

ピョンヤン出身/舞踏家/ニッポンへ脱北/ドジ・のろま/父外務省高官/母小学校教師/アカブチムラソイ/タンゴ/結婚・出産/子不知自殺未遂/記憶喪失/2児の母/コンビニバイト

▼健ちゃん(広田健三/陳健三)

広田家家長/中国遼寧省出身/農家三男/無戸籍/北京大医学部卒/元外科医/発禁処分作家/ボサボサ頭/ニッポン亡命/大正浪漫文化/竜宮の使い/大阪マラソン/母親白系ロシア人

▼ナナ(広田ナナ/チュッチュッ)

広田家長女/タイ難民キャンプ出身/ビルマ人/ニッポン亡命/悪戯好き/高田馬場/交通事故/あすなろ/児童養護施設/養女/道頓堀小/ハイカラさん/福山先生/失語症/車椅子

▼ヒカル(広田ヒカル)

広田家次女/大阪生まれ/天使のハートマーク/ダウン症/ルルドの泉/奇跡/明るい/笑顔/霊媒師アザミン/プリン・イチゴ好き/亡命家族を結び付ける接着剤/天体観測/流れ星

▼平野のおっちゃん(平野哲)

外務省官僚/福岡県八女市出身/両親を幼くして亡くす/ミキ・健三ら亡命者支援/ヒマワリ・サンシャイン/ミキの父・金均一の友人/ミキ養父/西行法師/吉野奥千本に卜居/満開の桜の樹の下で銃殺

▼洋子さん(平野洋子/旧姓有栖川)

平野哲の妻/旧皇族/奥ゆかしさ/ミキ養母/ミキと健三のヨリを戻す/ゆめのまち養育館/福山恵/奈良県・吉野/夫婦で早朝にジョギング、古都奈良散策/いけばな家元/みたらし団子/韓国ドラマ

▼アザミン(水田あざみ/斎木あざみ)

霊媒師/津軽イタコの家系/弱視/青森県・鯵ヶ沢町出身/10歳の時に村八分/大阪・梓巫女町/琉球ユタ修業/ミキの善き理解者/夫は水田豊部長刑事/2男2女の母親/直接的・間接的にミキを救う

▼塙光男(朴鐘九/河合光男)

北朝鮮の孤児/スパイ/金日成総合大卒/ニヒルなイケメン/新潟県可塑村村長の養子/同県大合併市市長/ミキの初恋の相手/北朝鮮、ニッポン乗っ取り計画首謀者/ミキを誘拐/親不知不慮の事故死


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