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彼と彼女の日常

言葉遊び

きっと今の僕じゃこの胸騒ぎに気付けなくて、このドクドクと胸に手を当てなくてもわかる緊張に息も吐けず、唯々泣きそうになるのをグッと息を飲んで堪えるんだ。

それしかできない。

それしか今できない。

僕じゃなくなる。

僕がなくなる。

変わることか恐ろしい。

代わる自分が嫌なんだ。

わからない先のことを、わかってる自分が憎らしい。

『未来なんてどうにでもなるよ、足りないのは勇気だけ』

頭を抱える。

蹲ったって答えは出ない。

わかってる。

わかってたけど弱いから身を守りたくてしゃがんだ。

『臆病者は生きてけないよ。楽観者はのうのうと笑える。慎重者のように地に足着けて、傍観者みたいに周りを見て生きないと』

うるさい五月蝿い煩いじゃかあしい黙れ消えろ。

頭上で物を言うな。

物珍しげに御高閲垂れるくらいならさっさとどっか行け馬鹿。

更に惨めになるだろうが。

更に寂しくなるだろうが。


生きてきたくて生きてる訳じゃないし、生き続けて途中ポッキリ道が終わってるかもしれない。

落ちた痛みで歩けなくなる。

起き上がれなくて泣きそうになって声すら出せなくて嗚咽が木霊するんだ。

僕独りの道だ。

誰も助けに来やしない。

寄り添ってくれる人達は引き剥がしてこの道しか見てこなかった。

先すら向かず真下ばかり睨み付けて、ふと髪引かれる思いで思い出を振り返ってこの様だ。

愚か過ぎて笑えて言葉も見当たらない。

何故今になってあの日を振り向いてしまったのか。

渡せない手紙は握り締めてグシャグシャで自分で読むのも難しくなってしまった。

あの子への気持ちもインクのように薄らいでしまう。

あの汗が滲むような熱を忘れてしまいそうだ。

青い春に浮かんだ物をどうしたら…どうすれば良かったのか。

萎んだ風船のゴムは棄てなければ手荷物になってしまうのに、僕は勿体無くてそれに埋もれてしまった。

それを心地好いと錯覚するのは勝手なんだけど、盲目は他人の迷惑になる訳で。

一しか見ない者は多を見る者に置いてかれる訳でして。

そんな僕がここに残って跪く。

ゴミに埋もれて夢見心地なのはきっと端から見て気持ち悪いの一言だろう。

それで良い。

そのままで良いと“誰か”が諭してくれたのに。

……別の声に、私は、遂に錆びた顔を上げてしまったんだ。


声は周りをうろつきながら小首を傾げる。

不思議そうに不満そうに不平そうに唇を尖らせて。

『今更弱った足腰で進めるなんて夢見すぎ。皆頑張ってる、頑張ってた、頑張り続けて進んでるのに。君だけ簡単なのは狡いよ』

黒い腕で胸の前に×を作る。

前のめりになると同時に長い髪が揺らいで懐かしいシャンプーの香りがした。

薄っすら眼を開けると涙で滲んで上手く視界に捕らえられない。

アレも背後に座って僕の真似して両手を頭に当てる。

馬鹿にするように眉間に皺を寄せて唸り声を低くさせる。

『馬鹿みたい馬鹿ばっか馬鹿災害警報。なんで勝手に起きちゃうのでしょう。なんでさっさと歩いたのでしょう。なんでそれだけ置いてかなかったのでしょう。なんで私を見ないのでしょう』

歌うように紡ぐ声に、何故か胸が痛んだ。

足をばたつかせて嫌々と子供が駄々をこねるように頭を振る。

チラと盗み見た黒髪が何だか懐かしく感じた。

着ていた白いワンピースに見覚えがあった。

小さな真っ直ぐな背中に誰かを重ねた。

手の中のラブレターはいつの間にか無くなっていた。

それでも心が落ち着いて呼吸がしやすかった。

重荷が取れたように落ち着いて見えた。

誤っていた、否、勘違いしていた。

未来じゃない、過去の僕を。


先のことばかり口にしていたと思っていた。

今のことを教えてくれていたのに。

呆れてるんだと思っていた。

本当は先に進む手伝いをしてくれていたのに。

うっとおしくて嫌いだった。

離れず見守ってくれてたのに。

息も上手く出来ない情けない(いま)を過去は見捨てずいてくれたのに。

嗚呼、酷いことばかり口にしてしまった。

溢れて溢れて止まらない滴を拭おうとしたボロボロの腕より先に、白いハンカチが押し当てられた。

懐かしい柄に実家の洗剤の香りがした。

『泣いたって遅いですよ。ばーか』

そのまま突き飛ばされて奈落に落ちてく浮遊感。

ヒラヒラと手を振る彼女に慌てて口にした言葉は声にならず、


ーーガンッ!!


ベッドから落ちて別の形に変わった。

腰を擦りながら起き上がり、最初に目につくのは写真立ての二人。

…嗚呼でもきっと、あの子はこの言葉を受け取るつもりはなさそうだ。

なら言わなくても良かったかもしれない。

懐かしい思い出の写真に苦笑を浮かべ、会社への身支度を整える。

出掛ける間際、また写真立てに両手を合わせニッと歯を見せる。

これが精一杯の笑顔。

「いってきます」

ガチャンと鍵を掛けたワンルーム。

昔の私がちょっと笑い返した気がした。

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