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第八話 執事




 翌朝、リビングから漂う芳ばしい紅茶の香りに目を覚ますと、すでに朝食の準備を整えてリーデが待っていた。


「おはようございます、ラグナ様」

「おはよう、リーデ」


 リビングの一脚テーブルにはポットと軽食が置かれ、横に立つリーデが俺の着席を待っていた。


 席に着いてカップに注がれる紅茶を一口飲み、一息吐いて意識を各地のヘリアルに飛ばす――魔王だった頃と変わらぬ毎朝の日課なのだが、今日は最優先で確認すべき視界がある。


 その視界を共有すると、そこは黒焦げに焼けた落ちた一軒家だった。ヘリアルが見つめているのは、燻る煙に巻かれ、動かぬ肉片と化した一体の焼死体――奴隷商館の主人あるじ”だった”ものだ。


 まさか、俺との取引条件を夜明け前に破るとはな……。


 奴隷商館の主人あるじに渡した“魔核の種プルト”には、あらかじめ〈魔法紋マギア〉を刻み込んでおいた。


 それはとてもシンプルな約束を守る、ただ一つの魔法――昨夜の出来事を口外しない。たったそれだけの約束を数時間のうちに破るとは——人族の恨み、怒りの根の深さ、そしてかえりみない愚かさには本当に呆れる。


「馬鹿な男だ……」


 ヘリアルの視界を通して見つめる丸焦げの焼死体に、思わず言葉がこぼれた。


「昨夜の男ですか?」

「あぁ、魔核の種プルトに仕込んだ〈魔法紋マギア〉が発動した。誰かを雇い、俺たちを再び襲うつもりだったのか、それとも他の権力者に取り入り、魔族の情報を売ろうとしたか――」

「あの場で処理してもよかったのでは?」

「結果は同じでも、過程は大事だ。だが、これで後の禍根が残る心配はなくなったな」


 その一言で、俺は小太りの男のことは忘れた、もう二度と思い出すことはないだろう。その後は朝食をとりながら幾つかの報告を聞き、それに対して指示を出していく。


「奴隷商館の地下にいた八人のうち、三人の少女はメイドとして館で働かせる」

「残りの五名は?」

「ゴルドからエイル、カルラ、ゲンドールの三人に拠点の移動を指示し、奴隷商館をレイ商会として運営する。残り五人はそこで雇え」

「畏まりました。それでは朝食後に斡旋所に行ってまいります。当館の執事を手配し、メイドの教育準備も手配しておきます。昼過ぎには戻りますので、ラグナ様には来週の初めに予定されている学園の入学準備を」

「判った。昼過ぎまではアーモロートでナグルファルの改修作業をしていよう」




 朝食後に出かけるリーデを見送った後、”悠久なる虹の橋ビフレスト・コネクト”を開いてアーモロートへと転移した。


 アーモロートの造船ドックでは、飛龍戦艦ナグルファルの改修作業が多数のヘリアルによって進められていた。

 入学試験までに外装の改修は終わらせたが、まだ内装の改修と武装の積み込みが終わっていない。


 魔核マテリアル持ちに加え、飛空艇という希少な擬装〈真影シャドウ〉を用意はしたが、俺は人族のために最前線で戦うつもりはない。

 〈真影シャドウ〉を飛空艇という乗り物にしたのも、前線どころか非戦闘員として人族の戦いを見下ろすためだ。


 だが、飛空艇には一切武装がない――とはいかず、いくつかの武装を積み込む予定でいる。 

 その一つが主砲の“ライトニングフレア”なのだが、これは皇魔核ルーン・マテリアルを最大限に活性化させないと発射することが出来ない。

 その後の運航を考えると、生成した魔力の大半を撃ち放つ武装だけでは〈真影シャドウ〉として成立しないだろう。


 ナグルファルの基本武装は、皇魔核ルーン・マテリアルが平常稼働時の出力で賄える程度の武装にするつもりだ。


 入学後に備えて製作しなくてはいけないものは他にもある。


 第七セブンズジェム学園までの通学手段に、ゴルドから呼び寄せる三人のために、通信用魔道具を作っておく必要がある。

 いや、今までの個別通信ではなく、複数人数と同時に通信できるように改造した方が良いかもしれない。


 魔族同士が離れた場所で活動していながら、一つの指揮系統にしたがって行動することは非常に珍しい。だが、今後のミルズ大陸での活動を考えれば、複数人数と同時に通信できた方が効率いいのは間違いない。


「フッ――これはいい研究になりそうだ」


 魔王ではなく、魔族でもなく、錬金術師としての血が騒ぐ。ナグルファルの改修はヘリアルに任せ、俺は一人工房に篭って作業を始めた。




 グゥ〜〜〜。


 時の流れを感じたのは、不意に鳴った腹の虫の声を聞いた時だった。気づけば時刻は昼時を通り過ぎ、俗に言うお茶の時間が差し迫っていた。

 いつもならリーデからの通信が耳に聞こえてくるのだが、今はその通信魔道具をバラして組み直し、新しい魔道具へと作り変えていたため、その呼び声が届くことはなかった。


 一時的に通信が不能になっても、リーデが俺のことを心配することはない。リーデに与えた通信用魔道具を内包したペンダントは、俺の魔力によって稼働している。

 もしも俺が再び死ぬようなことがあれば、ペンダントは通信不能状態ではなく、稼働不能状態になるはずだ。


「戻るか――」


 工房から出てナグルファルの改修状況を確認し、“悠久なる虹の橋ビフレスト・コネクト”を唱えて館の私室へと転移した。


 私室へと転移して少し待つと、魔力の波動を感じ取ったリーデが老齢の男性を一人連れて部屋に入ってきた。


「ラグナ様。斡旋所より紹介を受け、執事候補のハイネルを連れてまいりました」

「ハイネル・サットマンと申します。これまでに二つのお家で執事を務めさせて頂きましたが――最後にもう一仕事と思い、斡旋所にて機会を待っておりました」


 ハイネルは白髪を後ろに流したオールバックに、どこか軍服に似ている丈の短い執事服を着て、姿勢よく立っていた。頭髪と同じく白く長い剣眉とシワの多い表情から見て取れるのは、好好爺というよりも厳格な老紳士。


「この館の主、ラグナ・レイだ」

「レイ……と言いますと、東の商業都市ゴルドにあるレイ商会と何かご関係が?」

「――レイ商会は実家だ。王都にも支店を構え、そこは俺が管理運営することになる」

「左様でございましたか。レイ商会とは、一〇年ほど前にお仕えしたお家で一度だけ取引をしたことがございます。堅実で正確な仕事をする商会だと記憶しております」

「一〇年前に一度だけの取引を覚えているのか」

「一〇年以上前の取引もすべて覚えております。それだけではなく、ご挨拶させて頂いた名家の方々や、職人の顔や名前もすべて記憶しております」


 ほぅ……それが本当ならその記憶力と積み重ねた情報は、俺の生活にとって非常に有益なものとなる。


 欲しい——リーデを先にブレイヴ王国に送り込んでいたとはいえ、俺が復活するまでの一六年間は決して目立たずに潜んでいたはずだ。

 その状態で得られた情報も確かに貴重なものだが、王国の中心部で長年生きてきた経験と情報は、何物にも変えがたい。


「それは凄い、ぜひとも当館に仕えてくれ――だが、執事としての能力は確認させてもらうぞ」

「はい、もちろんでございます」


 人族の社会において、執事とは館で働く使用人たちのまとめ役であり、館全体の管理運営を担当する者である。だが同時に、執事とは館の防犯と主人の護衛を務める守りの要でもあり、〈真影シャドウ〉の能力や練度が非常に重要な役職となっている。


 奴隷商館の主人が入学試験直後に襲撃をかけてきたのも、俺の館に執事がまだいないことを知ってのことだったのだろう。


 執事の〈真影シャドウ〉に求められることは主人を守る防御力と、外敵を排除する攻撃力、その両方において高い適性を示し、同時に館内で稼働できるコンパクトなサイズという、相対するバランスを高水準で兼ね備えることだ。

 また、主人が魔獣狩りやヘイム大陸への遠征、またはミルズ大陸内において他国と交戦することになった場合、その戦場にまで同行し、主人を守るのが執事の役目とされてきた。


 もちろん――俺には執事の護衛など必要ないし、いざとなればリーデがいる。


 だが、ハイネルの〈真影シャドウ〉がどれほどのものか——それを確認せずに採用はあり得ない。


 それに……ハイネルの力量がすなわち高水準の執事の戦闘力、引いてはブレイヴ王国の戦闘力を図る基準値となるかもしれない。


「リーデ、おもちゃを用意した。お前がハイネルの相手をしてやれ」


 そう言って、アーロモートで製作してきたばかりの紅い宝石が埋まった手甲を、一脚テーブルの上に置いた。


「畏まりました」


 リーデは突然の指示にも関わらず、表情一つ変えずに手甲を受け取り左手へと着装していく。


 手甲といっても、リーデの腕に合うように設計した。青みを帯びた白銀のプレートには美しい戦乙女ヴァルキリーたちの装飾を施し、小ぶりの紅い宝石はそれを見守る太陽のように輝いていた。


 ハイネルの視線も俺が置いた手甲へと向いたが、僅かに長く白い剣眉が動いた程度で、メイド服を着ているリーデが相手をすることに驚いている様子はない。


 その立ち振る舞いからリーデの実力をすでに見抜いているのか、新しい主人となる人物の言葉をいきなり否定するような愚行は起こさないだけの判断力を持ち合わせているのか。

 長年執事として複数の名家に仕えていたということは、ハイネル自身の能力と〈真影シャドウ〉がそれだけ高い水準に位置していたのは間違いない。

 

 それに対して、俺が製作した偽装〈真影シャドウ〉がどれだけいけるか――いや、どの程度の出力までならば、〈真影シャドウ〉として自然な立ち回りとなるか、それをじっくりと検証させてもらう。


 俺とリーデ、そしてハイネルの三人で私室から館の前庭へと移動し、そこで模擬戦を行うことにした。





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