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第七話 私室にて




 館に侵入した賊の雇い主を突き止めるため、リーデと共に深夜の王都で追跡を開始した。結果、突きとめた場所は歓楽街に建つ一軒の奴隷商館だった。


「それでリーデ、そちらの状況はどうなっている?」

『私がいるのは二階の個室です。部屋の外に見張りの人族がおります』

「商館の主とは接触したか?」

『いいえ。ですが、間もなく引き合わされると思います』


 俺はリーデとお互いに身に着けている通信用魔道具でやり取りしながら、商館全体を包み込む静穏の〈魔法〉を準備していた。


『我は命ずる――二指の理をもって顕現せよ、一つは静寂、一つは結界、森閑たる闇の結界をもって、魂の叫びを封じよ――無音結界サイレントフィールド


 闇色の輪環魔法陣に魔力を籠めた二本の指を差し入れ、浮き上がる魔紋マジックスペルによって魔法陣が完成する。


 魔法名の宣言と同時に、奴隷商館を闇色に光る膜が包み込んでいく。そして何度か暗滅を起こすと、光る膜は商館全体に溶け込むように染み込んでいき、周囲は何事もなかったかのように深夜の暗闇へと変わった。


 魔法の効果が行き渡ったことに一つ頷くと、続いて両手を握りしめて精神を集中させていく――指と指の間から僅かに赤い光が漏れだし、次に両手を開いた時には小指ほどの紅い宝石――“魔核のプルト”がいくつものっていた。


「行け、ヘリアルたちよ。商館内の情報を全て俺に届けろ」


 奴隷商館の裏手に立つ建物の屋上からばら撒いた魔核の種プルトは、地に落ちると周囲の土石を巻き込みながら小型の動物――鼠型ヘリアルとなって動き出した。


「リーデ、”無音結界サイレント・フィールド”とヘリアルを放った。商館の主を確保し、障害が発生すれば躊躇ちゅうちょなく排除しろ」

『畏まりました――ラグナ様は?』

「俺もそちらへ向かう。対価の眼前で突きつけたいからな」

『畏まりました。商館全体を即刻制圧し、お待ちしております』


 商館で働くすべての人族を排除するのは簡単だ。だが、力で急襲して全てを奪っては人族と同じ。

 対価として求めるのは奴隷商館と商品として管理されている奴隷のみ、魔核マテリアルとリーデを狙ったことに無関係な者に用はない。


 放った鼠型ヘリアルが木窓を食い破り、内部へと侵入していく。へリアルの視界を通して見る商館内部は暗く、すでに多くの従業員が休んでいるのか帰宅しているのか、人族の気配をそれほど多くは感じない。

 裏口の鍵をヘリアルが破壊したのを感じ取ると、商館全体を見下ろしていた屋根上から通りへと飛び降りた。


 商館は地上三階建て、地下一階で構成されており、地下が奴隷たちの待機所――というよりは地下倉庫を改造した大部屋となっており、男女合わせて八名の姿があった。

 一階は営業スペース、二階が事務所、そして三階が奴隷商館の主が使っているプライベートスペースとなっているようだ。


 上階から男の叫び声が微かに聞こえてくる――リーデが処理をしているのだろう。過去の体験から、リーデは人族に容赦がない。感情に身を任せて殺戮衝動に溺れることはないが、俺が魔王であった頃は事あるごとに「人族の国家を滅ぼしましょう」と提案してきたものだ。


 無人の一階を見渡しながら二階へ上がると、体格の良い男が二人倒れているのを発見した。既に事切れているところを見ると、リーデが最初にいた個室とはここのことか。


「へリアル、血の一滴も残すな」


 足元を走るヘリアルたちに一言命令し、三階へと上がっていく。背後ではヘリアルたちが男たちの死体に群がり、肉を、骨を食い尽くし――血を、体液を吸い尽くしていく。


「女! お前なんでここ――」

「ぎゃぁー!」

「ちょ、ちょちょちょっと待ってくれ! 俺は無関係なんだ!」

「無関係? では、その手に持っているナイフは?」

「こ、こ、これはその……」

「時間切れです」


 俺が三階の一室へ入った時と、壁際で腰を落とした男の首がリーデの手刀で天井にまで飛んだのは同時だった。


 室内に俺が入ってきたことに気付いたのか、リーデが振り返り――まるで、それまでの戦闘がなかったかのように、ゆっくりと美しく清楚なお辞儀をして見せた。


「お待ちしておりました、ラグナ様」

「随分と綺麗に片づけているようだな」


 ヘリアルが集めてくる情報から、奴隷商館内に残っている人族は地下階に集められた奴隷たちを除いて、生きている姿はほとんど見つからなかった。


「はい、現在この商館にいるのは主人あるじと共に強盗や誘拐に加担していたものばかり、何も知らずに働いていた者たちは既に帰宅済みだと、見張りの男から聞き出しております」

「そうか――それで、その主人あるじはどこだ?」

「この奥の部屋で、最後に残った部下と共に……」


 リーデが視線を向けた扉の先には、確かに人族の気配と魔力の波動が漂っていた。ここまで主人あるじの私室や寝室らしき部屋は見当たらなかったので、この奥がそうなのだろう。

 扉の向こうからは僅かな物音に混じり、怒り、疑念、恐怖、様々な感情が吹き巻いているのを感じる。


 ここまで〈真影シャドウ〉の姿を見なかったが、この状況にまで追い詰めれば間違いなく使うはずだ。現に、感じ取れる魔力の波動は人族が内包するソレをはるかに凌駕している。


 扉の向こうでは、二体――もしくは一体のシャドウが臨戦態勢で待ち構えているわけだ。


 しかし、それを警戒して俺の歩みが止まることはない。


 ゆっくりと扉へ向かって進み、先導するリーデがそのドアハンドルに手をかけて押し開く――その瞬間、明かりの消えた暗い私室から三本の鉄針ニードルが飛来した。


「無駄だ」


 鉄針を投げた主は、それが俺の頭部を突き刺し、脳液を部屋中にぶち撒ける絵を幻視したかもしれないが――現実は違う。鉄針は空中に出現した氷の結晶にその勢いを阻まれ、床へと落ちた。


 これは魔族の基本的な防御術――空気中に含まれる水分を魔力によって瞬間的に凍結させ、純粋な氷の結晶を生み出し盾とする。

 輪環魔法陣を必要とせずに、ただ一つの現象を顕現させる基礎中の基礎的な魔法だが、即時に行使することができるが故に、その使い方は無限に広がる。


『なっ、“暗躍のダーク・ニードル”がそんなもので?!』


 部屋にいたのは小太りの人族と一体の〈真影シャドウ〉。


 目を引くのは〈真影シャドウ〉の方だ。発する魔力の質から見て、獣核ビストによって召喚されたもの。

 魔核マテリアルによる召喚に比べ、獣核ビストによって召喚された〈真影シャドウ〉は一回り以上小さなものや、大型でもせいぜい五mメラールほどが多い。


 目の前に立つ――ボロ布を全身に巻き付け、歪な曲線を描きながら立つ片腕の〈真影シャドウ〉も、その全長は天井すれすれの二mメラール弱といったところか。


 部屋の奥には小太りな男が金属製の金庫箱を小脇に抱え、片手には大きな紅い宝石をしっかりと握りしめている。だが、その顔は暗闇の中にあっても一目瞭然なほどに蒼褪め、口元から声にならない引きつった音を漏らしながら、目を見開いてこちらを見ていた。


「お、お前たちはなんなんだ! トルマ! これは一体どういうことだ?!」


 奴隷商館の主人と思われる小太りの男が、トルマと呼ぶ〈真影シャドウ〉の召喚者を激しく叱責するが、トルマにはその問いに答えている余裕はないようだ。


「さて、この商館に残っているのはお前たち二人と地下の奴隷たちだけだが、どうする? このまま死を迎えるか、それとも情報提供と対価を引き換えに命だけでも助かるか?」

「ふ、ふんっ! 無能どもが何人死のうが関係ない! これほどの魔核マテリアルならば、すぐに買い手は見つかる。それを元手にすればすぐに元通りに――いや、これまで以上に儲けることができるわ!」

「なるほど、これ以上の裏はないようですね」

「そのようだ――なら、もう用はない」

「トルマ、早くこいつらを始末しろ!」


 商館の主人がどこで俺のことを知ったのか――考えるまでもない。セブンスジェムの入学試験を監視していたのだろう。遠方から受験する者や、獣核ビスト魔核マテリアルの管理に隙がありそうな者を獲物とし、学生寮に入る前に襲撃する。

 これまではそうやって利益を得ていたのだろうが、今回は襲う相手を間違えたな。


『どうやって“暗躍の針ダークニードル”を防いだのか判らないが、〈真影シャドウ〉に子供と女だけで勝てると思うなよッ!』


 トルマが――片腕の〈真影シャドウ〉がその場から回転するように跳躍反転し、天井を這いながら俺へと接近——刃物のように細く鋭い手刀が俺の頭上へと振り下ろされた。


 その一撃を半身に捻りながら躱し、攻撃の勢いを逆に利用する――片腕を取って肘関節を極め、捻り上げながら背後の壁へと叩きつけた。


 だが、獣核ビストの〈真影シャドウ〉と言ってもこの程度では沈まない。


『我は命ずる――二指の理よ、我が拳に宿れ、一つは豪腕、一つは疾風、吹き荒れろ、破壊の拳撃――』


 青緑に輝く風の輪環魔法陣に二指を立てて腕を通し、その魔法を右手に宿らせる。


『――暴風乱撃ストームラッシュ!』


 壁に叩きつけた〈真影シャドウ〉の歪な体躯を吹き荒れる暴風の拳打が繰り返し叩き、殴り、打ち抜く。


 その一撃一撃が細い少年の腕から繰り出された拳打とはとても思えないほどの重さと威力を兼ね備え、〈真影シャドウ〉の体躯を貫通して壁を破壊した。


「ま、魔法だとッ?!」


 背後で奴隷商館の主人あるじが叫び声を上げたが、まずは〈真影シャドウ〉からだ――壁を突き破り、体躯に大穴を開けて倒れ込んだトルマを見下ろす。

 次第に体躯の輪郭が朧げに崩れていき、床に沈み込むように黒い影となって消えていく。


 〈真影シャドウ〉の最後――つまり、召喚者の命が途絶えた証左だ。そして残るは――。


 首だけを回して背後を伺い、静かに待機していたリーデへと声をかける。


「あとは任せる、奴隷たちの権利書を手に入れるのを忘れるな。へリアルよ、今夜起きた痕跡を一粒残らず喰らい尽くせ、魔力の残滓すら僅かにも残すな」

「畏まりました」


 後のことはリーデに任せ、先に館へ戻って明日以降の下準備をしておこうと、そのまま私室を出て行こうとしたが――。


「ちょ、ちょっとお待ちを! ま、魔族のご子息よ。どうやらこちらの不手際で、無関係の貴方に多大なご迷惑をお掛けしたたようだ。この通り、伏して謝罪申し上げる。ど、どうだろうか、先程の提案を飲ませてほしい、貴方様の欲しい情報はすべて提供するし、魔核マテリアルをお返ししてご迷惑を掛けた対価もお支払いする。それで……今夜のことは、どうか不問として貰えないだろうか?」


 俺と視線を合わせることを恐れたのか、小太りの主人あるじは床に額を擦り付け、小脇に抱えていた金庫箱を頭の前へと押し出しながら震えて訴えた。

 手に握る魔核マテリアルは金庫箱の上に載せ、両手を擦り合わせながら突き出た尻を震わせてさらに懇願した。


「対価はいか程支払えばいいだろうか? 一〇〇〇? 二〇〇〇?」


ミルズ大陸に流通する貨幣は、その国々によって価値に差がある。金貨、銀貨、銅貨、石貨の四種類を基本としているのは共通だが、一枚あたりの価値が微妙に違っているのだ。


 ここはブレイヴ王国なので、この男の言う枚数はブレイヴ硬貨での話だろう。


「俺は今回の対価を、この商館と管理している奴隷たちと決めている」

「へ? しょ、商館と……ど、奴隷たちですか?」

「そうだ。より正確に言えば、お前以外の全てを置いていけ。そうすれば命だけは助けてやろう。王都を離れ、まっとうな商人として一からやり直すんだな」


 命を奪うことは簡単だ。歯向かうものを皆殺しにし、力と恐怖で従わせ、ありとあらゆるものを問答無用で奪い去る。


 だが、それでは欲望の赴くままに動く人族と同じだ。対価を求め、それに応じるのならば、それ以上の物を奪いはしない、それが魔族だ。


「し、しかしそれではっ! せ、せめて何か……再起のために何かっ!」


 奴隷商館の主人あるじは自分の命と将来に恐怖し、床に押し付けた額をさらに激しく擦り付けながら、なんとか一縷の望みをつなごうと必死になっていた。


 リーデは固く口を閉じ、俺たちの交渉の行方を見守っている。だが、右手の指先はピンっと伸び、うっすらと魔力を漂わせていた。俺の命令一つで即座に主人あるじの頭部を貫手で突き刺し、この聞き心地の悪いダミ声を静めるつもりなのだ。


「ならば――これをやろう」


  そう言って懐の中に手を入れ、精製が見えないように“魔核のプルト”を一つ生み出す。もちろん、〈〈魔法紋マギア〉でとてもシンプルな〈魔法〉を刻み込んでおく。


 床に擦り付けていた額を上げた奴隷商館の主人あるじは、俺の手の中で紅く輝く宝石の光に目を奪われ、恐怖に引きつっていた震えは歓喜の震えへと変わっていた。


「おぉぉ……なんと素晴らしい輝き……」

魔核マテリアルには劣るが、獣核ビスト以上の代物だということは判るだろう? それを売り、再出発の資金にするがいい」

「あ、ありがとうございます!」

「その代わり、今夜見たことはすべて他言無用だ。この約束を違えた時は、お前がいつどこに居ようと、口に出した瞬間に命が絶たれると思え」

「わ、わかりましたッ!」

「リーデ、あとは任せたぞ」

「畏まりました」


 最後の忠告の意味がちゃんと伝わったのか判らないが、主人の眼前に転がした魔核の種プルトにかぶりつく姿を、これ以上眺める気にはなれない――リーデに再度一声かけ、私室を後にした。





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