第四話 アーモロート
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ラグナが第七セブンズジェム学園への入学試験を終えた日の翌日。学園の会議室に集まった試験官たちは、入学試験の結果を見ながら受験生のクラス分けについて話し合っていた。
「では受験番号五五、彼女は上級でよろしいですね?」
「魔核持ちと言うだけで合格は間違いないとも言えますが――その性質、有効性、そしてなによりその血筋、申し分ないかと。筆記試験の結果も上級クラスの規定ラインを上回っています」
「異議なし」
「私も異議なしですね」
「異議なし」
一六歳からの学園入学が義務付けられている以上、受験の結果で入学ができない――つまり、不合格という判定が下されることはない。
しかし、受験結果によって明確なクラス分けがなされ、能力が著しく低い者は王都郊外や地方の寄宿分校へと回され、逆に能力が高い者は上級クラスに振り分けられ、より密度の濃い学園生活を送る事が出来る。
「続いて受験番号五六――」
受験結果を踏まえ、新入学生のクラス分けが次々に決まっていく。そして――。
「次は受験番号七七の彼ですね」
「……ラグナ・レイか。ブレイヴ王国では四人目となる、飛空艇の〈真影〉を召喚して見せた。筆記試験では一般常識で少し点を落としたが、数学、物理では満点」
「研究科向きの資質を持っているのでしょうね。召喚した飛空艇も今までの海上船舶型ではなく、飛竜……もしくはドラゴンの生態を熟知した上での召喚だと思います。でなければ、あれほど見事な投影型は生み出せません」
「それで、この受験生はどこで魔核を?」
「資料によりますと……王都の東の大都市、ゴルドに本店を構える商人の長男で、魔核の入手ルートは引退したハンターから買い取った物だとか」
「なるほど、商人の息子が飛空艇ですか、その商会の未来は約束されたようなものですな」
「いや、わかりませんよ? 生活科ではなく、召喚科を希望していますからね。ハンターとして、未開領域の魔獣狩りで財を成すかもしれないし、軍に入ってヘイム大陸へと赴く事になるかもしれない」
「あの攻撃力は勇者の一撃と間違われたほどです。昨日から王都近郊の有力者から事態の説明を再三求められていますし、注目度は今年度一番かもしれません」
「なんにせよ――彼が卒業するまでの間、傍に誰かをつける必要がありますね。これは五五番の彼女もそうですが、学園在籍中にもしものことが発生すれば、貴重な〈真影〉持ちを失った責任を取らされかねません」
「確かに……いいでしょう。その件に関しては私から理事長に話しておきます」
「よろしくお願いします。では、彼は上級クラスに振り分けるとして、次は受験番号――」
朝早くから始まった会議室での話し合いは夕暮れまで行われ、その結果はすぐに受験生のもとへと通達された。
*****
『ラグナ様、第七学園より入学の案内が届きました』
地底湖を思わせる、岩山をくり貫いたかのような造船ドックにリーデの声が響き渡る。だが、この場にリーデの姿はなく——低く澄んだ声だけが、俺の耳に着けられた小さなリングイヤリングから聞こえてくる。
その声を聴くのは俺と、俺が生み出した無機生命体であるヘリアルたち――そして、地底湖に浮かぶ二五〇年ほど前に建造した飛竜戦艦“ナグルファル”だけだ。
リーデの声を発しているのは、俺が〈魔法紋〉で作った通信用魔道具。対となる二つの魔道具により、大気中の魔力に声を乗せて遠隔地にいる人物との会話を可能とする。
俺はこの地底湖を改築した造船ドッグで、ナグルファルをより完璧な〈真影〉とするべく、内外装の改装と動力源の改造を続けていた。
本来、ナグルファルは俺の魔力だけで運航する事が出来る。だが、航行速度を上げたり、搭載されている砲門を使用するには、俺の皇魔核を活性化させる必要があった。
そうなれば、自ずと俺の黒目は赤目へと変わる。もしくは、それ以上の変化を露わにすることになるだろう。
せっかく魔王の座から降りることができたのだ。人族の住む大陸や学園を見て回りたい気持ちもあるし、つまらないことで魔族とバレて追われるのは面白くない。
そこでだ――勇者を暗殺して手に入れた皇魔核を主動力源とし、俺の魔力を必要とせずにその能力を発揮できるように改造をしているわけだ。
「それで?」
『はい、ラグナ様は召喚科・上級クラスへの入学が決まりました。必要なものは全て揃っておりますが、寮と通学のどちらを選ばれますか?』
「通学だな、人族と寝食までを共にするつもりはない。それに、ナグルファルの改造にはまだまだ時間が掛かる。寮に入ってはこの島に来るのも苦労しそうだからな」
『畏まりました。それと、ご夕食の準備が整いました。温かい内に館へお戻りください』
「わかった、戻ろう」
そう――俺がナグルファルの改造作業をしている場所は、王都アヴァリティアの館ではない。それどころか、人族の住むミルズ大陸ですらない。
ここは魔族の住むヘイム大陸北西の海上に浮かぶ、霧に覆われた三日月形の孤島。俺はこの孤島をアーモロートと名付け、過去五〇〇年以上もの長きの間、錬金術師としての隠れ工房として利用してきた。
この島の位置を正確に知っているのは俺以外誰もいない。側近として信頼を寄せているリーデですら、ヘイム大陸北西の海上としか知らなかった。
俺の命令だけを聞き、忠実にそれを実行するヘリアルたちに残る指示を与える――この無機生命体であるヘリアルは、魔族の魔力を凝縮させた魔核の種によって生み出され、創造主の命令に絶対服従のゴーレムとなる。
その姿は様々だ。人型、獣型、植物型、そもそも形を持たない無形のヘリアルも存在する。いわば、魔族版の〈召喚〉であり、その能力・知能は創造主の魔力・知識に比例する。
アーモロートで稼働するヘリアルたちは全て俺が生み出し、錬金術師としての知識を分け与え、様々な仕事に従事させている。
だが、与えたのは技能や知識のみ。仕事に必要な体――手と足は造ったが、頭部はない。首付近が僅かに盛り上がり、そこに魔核の種が単眼のように埋まっていた。
「あとは任せたぞ」
俺の命令に紅い目を怪しく光らせ、ヘリアルたちが無言で応えるのに満足し、魔法を唱える。
『我は命ずる――二指の理を持って顕現せよ、一つは橋、一つは転移、我が前に遥かなる大地へと繋ぐ橋を架けよ――悠久なる虹の橋』
眼前に出現した光属性の輪環魔法陣に、魔力を籠めた指を二本通す。輪環の中央に二つの理を示す紋様が走り、魔法が行使される。
輪環魔法陣の反対側へ七色の眩い光がランダムに照射され、やがて合わさり一本の光の道へと姿を変えた。
”悠久なる虹の橋”は任意の地へと転移する魔法だ。二指の理で行使できる魔法だが、魔族の誰もが使えるものではない。
光属性を基礎とし、そこに六つの属性――火・水・風・土・雷・闇の属性魔力を注ぎ込み、合わせて七属性の魔力で空間に穴を開けなくてはならない。
それほどの魔法技術を持つ者は――五〇〇年に渡り魔王の座に君臨してきた俺ぐらいなものだ。
入学試験でナグルファルを通過させた”黄金の門”も”悠久なる虹の橋”と同じ転送魔法の一種だが、あれは特定の場所と繋げるための魔法だ。
それに加え、〈魔法紋〉の補助によって一指の理だけで行使することができたが、魔法だけで生命体をも転移させる魔法を行使するには、それ相応の魔法技術が必要というわけだ。
ゆっくりと光の道を歩き、虹の橋を越えて王都の館へと戻る。
「お帰りなさいませ」
光の道の終着点である館の私室に到着すると、そこにはリーデが待っていた。
「すぐにお食事になさいますか? それとも先に汗を流されますか? それとも――」
「まずは食事だ。汗を流しに行っては冷めてしまうだろうからな」
「畏まりました」
丁寧な言葉遣いながらも、相変わらずの無表情を浮かべ――いや、極僅かに残念そうな表情を浮かべ、リーデは静かに頭を下げた。