第三話 試験
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王都に建つ第七セブンズジェム学園、通称第七学園。セブンズジェム学園は第一から第七学園までが王都と周辺大都市に建設され、地方には分校が建設されている。
俺は隠れ家としている館から一番近い場所に建つ、第七学園の入学試験会場に来ていた。
「リーデ、入学試験は実技だけか?」
「召喚科の入学試験は実技試験が中心ですが、面接や一般教養をはかる筆記試験もございます。ですが、ラグナ様にとっては児戯に等しいことかと」
「確かにそうだな」
入学試験の受付に続く道には、俺と同じように試験会場へ向かう少年少女の姿と、付き添いと思われる親や従者の姿があった。
召喚を行使する為には、魔族か魔獣より採取される魔核もしくは獣核が必要になる。だが、どちらも安価なものではない。
魔族や魔獣を狩って手に入れたものを代々受け継ぐか、高額で売りに出されるものを買うしかない。この段階で、人族の中で召喚を扱える者と、そうでない者とで大きく分かれる。
そして、召喚によって生み出されたものを、人族は〈真影〉と呼んだ。
試験会場である王都郊外の演習場では、〈真影〉の性能評価テストが行われていた。
「次、受験番号七六、前へ」
演習場には幾つかのテントが張られ、試験官と思われる複数の男女がその下で資料を手に受験生を待ち構えていた。彼らが資料と交互に視線を向けるのは、一人の少女。
歳は今の俺と同じ十六だろう。真っすぐに下ろせば腰にまで届きそうな桃色の髪をポニーテールに結び、白い肌に高い鼻、整った顔立ちは人族の美的感覚で言えば、美少女と称して間違いない。
演習場に仁王立ちする美少女が右手を天に向ける。その右手にはフィンガーレスグローブが着けられ、手の甲には赤いの宝石――獣核が嵌っているのが見えた。
「来なさい、私の〈真影〉――召喚魔装!」
美少女の宣言に反応して獣核が強い光を放つ――そして、天に掲げる右手に応えるように、美少女の頭上に大きな魔法陣が現れた。
魔法陣から降り注ぐ光が美少女の体を宙に浮かび上がらせると、地面に残された影が蠢き、大きな人影となって映し出され、美少女の背後に立ち上がった。
その背丈は美少女の倍――いや、三倍はあろうかという大きさだ。だが、美少女を包み込んでいく人影は上半身のみ、下半身はもっと動物的な——馬の四足だ。
やがて頭上の魔法陣が明滅とともに消えると、美少女が纏った影が晴れてその姿がハッキリと顕現した——それは、炎えるように赤く煌めく、人馬一体型の真紅の騎士だった。
その体躯は人族よりも大きく、全高五mほどだろうか。兜からは美少女のポニーテールと同じように、真紅の羽飾りが垂れている。手に持つのは鋭く伸びた突撃槍と円盾。
馬型の後ろ足が演習場の土を蹴り、今にも駆け出して行きそうな荒々しさを醸し出しながらも、その立ち姿は凛々しく美しい。
「まるで彫刻のようだな」
思わず溢れた一言に、背後に立つリーデの気配が少し変わったのを感じた。俺が人族を褒めたことにイラついたか?
感情をほとんど表に出さず、いつも無表情を装ってはいるが、本当のリーデは感情豊かな明るい性格をしている――それは俺が一番よく知っていた。
「では七六番、演習場の先に標的が見えますね? 開始線に移動し、合図と共に標的を破壊してください」
『何とも安易な評価試験ですこと』
真紅の騎士は頭まで覆う全身鎧を纏っている。中にいる美少女の声が少し低くくぐもった声で響き、馬型の四つ足をまるで生きているかのように動かして開始線に移動し、突撃槍と円盾を構えた。
「それでは――開始!」
開始線の横に立つ試験官の合図と同時に、真紅の騎士が駆け出す――五〇〇年以上前、魔王の座に就く前から何度も見た〈真影〉の動き。
力強く演習場を蹴る馬脚は砂煙を巻き上げ、腰に構える突撃槍は炎を纏ってさらに大きな巨槍と化した。
召喚された〈真影〉はただの大きな鎧ではない。召喚者の精神・欲望・記憶から生み出された幾つかの能力を持ち、それが魔法にも似た奇跡を具現化する。
鳴り響く馬蹄音の先で、突き降ろされた炎の巨槍が人型の標的を貫く――同時に、吹き上がる爆炎と共に標的が吹き飛んだ。
「そこまで!」
試験官の声が響く。
テントの下で開始から終了までを見守っていた試験官たちが、一斉に結果をレポートに書き込んでいるのが見える。
「彼女はいいですね」
「キーラ・プル・エカルラート、エカルラート家の一人娘です。騎士科ではなく召喚科に入学を希望するとは……噂以上のじゃじゃ馬のようですね」
「そうでなくては……召喚科を卒業しても生きてはいけませんよ」
標的を吹き飛ばした真紅の騎士は、再びその頭上に現れた魔法陣から放たれる光に照らされ、段々とその姿を薄くして消えていく――燃え上がる標的前に残されたのは、満足げにポニーテールの尻尾を後ろに払い流す、美少女の姿だけだった。
「次、受験番号七七、前へ」
試験官が次の受験生を呼ぶ……だが、誰も前に出てこない。
「ラグナ様が七七です」
「俺か……行ってくる」
「行ってらっしゃいませ」
リーデから受験番号票を受け取り、それをもって演習場で待つ試験官のもとへと歩いて行く。進みでる俺に気づいたのか、試験管や他の受験生の視線が——関心が俺に集まり始めるのを感じる。
「君が受験番号七七で間違いないね?」
「あぁ、間違いない」
受験番号票を試験官に渡すと、それを受け取った試験官が手元のボードに何かを記入していく。
「よろしい。では、〈真影〉を召喚して開始線に立ち、合図とともに標的を破壊してください」
試験官は先ほどと同じ説明を繰り返し、他の試験官たちが見守るテントへと歩いていく。〈真影〉の大きさや形は人によって違う、いつまでも召喚者の近くにいては危険なのだ。
さて……。
左手の袖を捲し上げ、手甲に嵌め込んだ紅い宝石を露わにする。
周囲が騒めくのが聞こえる――獣核での召喚が多い中、一目見て魔核だと判る赤い輝きに、自ずと期待と関心が高まっていくのだ。
しかし、実はこの紅い宝石——魔核そっくりに露出部分を細工した“魔核の種”――魔族が生み出す魔力の結晶体なのだ。
俺は魔王の座に五〇〇年就いていたが、それ以前は錬金術師としてヘイム大陸に名が通っていた。
魔核や魔核の種に魔法文字を刻み込み、術者の魔力を必要とせずに設定された魔法を行使する魔道具作りをライフワークとしていた。
俺が長年研究開発したこの技術は、後に〈魔法紋〉として人族に伝わり流用されるようになった。魔法や召喚に比べれば、人族の〈魔法紋〉はまだまだ拙い。規模も効力も小さく、奇跡というより便利な道具程度でしかない。
だが、俺の〈魔法紋〉は違う。
左手を天に掲げ――そっと呟く。
『――我は命ずる』
誰にも聞こえない呟きに、天が応える――遥か頭上に出現したのは巨大な魔法陣。そのあまりの大きさに、演習場の脇に集まる受験者や付き添い、試験官の視線が上空へと釘付けになる。
しかし、それは偽物の魔法陣――手甲に嵌めた魔核の種によって行使された演出でしかない。本物の魔法陣は、俺の手の先に浮かぶ、極小の闇属性輪環魔法陣だ。
『一指の理を以って顕現せよ、唯一なるは門――』
闇色の指輪を嵌めるかのように、極小の輪環魔法陣に魔力を籠めた指を通す。
『繋ぐは我が理想郷――開け、黄金の門』
天空に浮かぶ偽物の巨大魔法陣の中央に、今度は巨大な黄金の門が現れる。その光景に、周囲から驚愕と歓声が上がった。
だが、驚くのはまだ早い。
「召喚魔装」
〈真影〉を呼び出すキーワードを呟き、あくまでもこれが〈召喚〉であると偽装する――。
黄金の門がゆっくりと開いていく――その内より溢れ出るのは眩い光と轟く雷鳴。そして、ゆっくりと門の内側から顔を出すのは鳥の様であり、トカゲの様にも見える白い頭部。
「ド、ドラゴンだと?!」
誰かの叫びが聞こえた。
黄金の門から現れたのは巨大なドラゴンの頭部、長い首に続いて白銀の巨躯が姿を現し、門を通過しきったところで巨大な翼が水平に展開されていく。
その全長は海上を航行する大型戦艦にも匹敵し、展開された翼から発する紫電は雷鳴を轟かせながら中空を駆け抜ける。
「い、いや……違うぞ、ドラゴンじゃない! あれはまさか?!」
演習場の上空に現れた白銀のドラゴンを模した何か、周囲の目がそれに釘付けになり、それが何なのかを漠然と理解する。
「まさか……飛空艇? 投影型の〈真影〉か!!」
試験官の一人が正解にたどり着いた。
そう……〈真影〉とは騎士の姿だけではない。召喚者の精神・欲望・記憶などを元に能力が構築され、その姿は千差万別。
スタンダートなのは最強の騎士、戦士を求める騎士型だが、他にも自然界に生きる動植物への羨望からくる鳥獣型、そして――強い自己投影と幻想からくる投影型に分れる。
俺が入学試験のために用意した〈真影〉は、二五〇年ほど前に建造した飛空艇を改修したものだ。
いつか自由にヘイム大陸の空を飛び、思いつくままに旅をし、余生を楽しむ。
そんな些細な望みを叶える為に、ヘイム大陸を荒らしまわっていた魔獣――サンダードラゴンを討伐し、その素体を掛け合わせて、飛竜戦艦“ナグルファル”を建造した。
人族との戦いで何度か使用したこともあり、海を覆い尽くすほどの海軍の軍勢を沈めたり、軍を撤退させるためにミルズ大陸の山脈を吹き飛ばしたりと、魔王の力をまざまざと見せつけてきた。
その脅威と恐怖は、人族の間でも伝承として残っている。ここでナグルファルの名を出せば、もしかすると伝承と繋げる者も現れるかもしれない。
「き、君……あれは、投影型かね?」
ナグルファルを見上げる俺の横に、試験官の一人が駆け寄って来た。この場にいる試験官の中では最も歳を重ねている人物、入学試験の責任者だろう。
「その通りだ」
「投影型……あ、あれは、飛空艇で間違いないかね?」
「あぁ、間違いない」
「おぉ――」
声にならない感嘆を上げるのは責任者の男だけではない。周囲の試験官や受験生たちもまた、ナグルファルと俺を交互に見ながら声を失っていた。
俺の記憶と変わっていなければ、ブレイヴ王国に飛空艇の〈真影〉を持つ者は三人いたはず。まだ死ぬには早い年齢のはずだが、魔核を継承は出来ても〈真影〉は継承できない。
飛空艇を召喚できる者は交換のきかない、代えがたい人材なのだ。
「す、素晴らしい……。今年は希少な能力を持った〈真影〉を召喚できる受験生が二人もいる上に、一人は飛空艇とは……」
ほぅ……俺以外にもそこまでいうほどの〈召喚〉を行使する者がいるのか。
責任者の惚ける声を聴きながら、ナグルファルに攻撃態勢を取らせる。
ナグルファルのアギトがゆっくりと開いていき、口腔から激しい雷鳴が轟始めた。
「下がっていろ。まだ試験が終わったわけではないだろう?」
ナグルファルを見上げて惚ける試験官に一声かける。だが、責任者らしき試験官は俺が何を言っているか理解が追いついていないようだ。「はへ?」とマヌケな声を出しながらこちらを見ている。
理解が追いつくのを待つつもりはない。ナグルファルの心臓部である機関室では、勇者コウタから奪った皇魔核が莫大な魔力を生成して光り輝いていることだろう。
その大魔力の奔流を砲撃に変換し、ドラゴンのアギトより放つのがナグルファルの主砲である――。
「――ライトニングフレア!」
閃雷雷霆、放たれた雷のブレスともいうべき主砲の一撃は、標的どころか演習場の一部を突き抜けて地表を抉り、吹き飛ばし、撃ち放った先にある山脈の麓にまで到達し、山肌を完全に崩壊させた。
その爆雷の響きは演習場だけでなく王都全域にまで響き渡り、俺の評価試験の直後に王都の防衛隊が出陣して大騒ぎになるのだが、それは俺のあずかり知らぬことだった。
これで実技試験は終了だ。これを見せて、受験失敗などありえないだろう。
吹き上げた爆煙と粉塵が晴れ、標的の破壊を地表に抉りつけた巨大な爪痕で確信し、ナグルファルを再び黄金の扉の中へと後退させる。
ナグルファルの稼働に一定の満足感を得ながらリーデの下へと歩き出すが、その場に残した試験官は目を見開き、大きく口を開けて固まっていた。
視線を巡らせれば、他の試験官だけではなく、評価試験を待つ受験生たちも絶句し、標的があったはずの爆発地点を——そのさらに先にそびえる山脈を見つめている。
やりすぎたか? いや、勇者の召喚ならこれ以上の破壊を生み出せる。この程度の損壊で留めおいてやったのだ。しっかりと技能を評価し、正しい判断を出してもらいたい。
そう思いながら、リーデの隣へと戻っていった。