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第三十七話 視線




 背中に感じるは期待に膨らむ熱い視線————そして、どこか俺を疑うような疑心にまみれた視線。

 飛空挺の〈真影シャドウ〉がそれほど信じられないのか、ベオルード団の団員たちも俺の背に視線を向け、視界の端に見えている第一学園のパーティも、一人集団から離れていく俺の動向を注視していた。


 そんなに見たければ見せてやろう————飛空挺という〈真影シャドウ〉が信じられなければ見せつけてやろう。


「我は命ずる————一指の理をもって顕現せよ。唯一なるは門、繋ぐは我が理想郷アルカディア――開け、黄金の門ヴァル・グリンド


 小声で囁くように呟き、ナグルファルが停泊しているアーモロートの造船所を繋ぐ転移門である“黄金の門ヴァル・グリンド”を開いた。


「おおぉッ! なんだあれ?! さすがに飛空挺ともなると、召喚魔装エボルヴの魔法陣も全然違うじゃん!!」

「何度見てもすげぇ召喚だぜ」

「本当にそうですの————荘厳にして豪壮、絶対王者たるドラゴンの風貌を纏って天空を支配する王の玉座」

「また、あれに乗れるのですね」

「帰りは楽」


 ススンを始め、天空に出現した黄金色に輝く巨門に周囲のほとんどの目が集まる————そう、ただ一人の視線を除いて、他全員だ。


 途切れることなく向けられ続ける猜疑の視線、それが誰なのか————少し気になって僅かに後ろへ振り返り、視線を順に動かして確認していく。


 まず見えたのは離れた位置でススンたち以上に驚愕の表情を浮かべている第一学園のパーティ、彼らの視線は全て上空に向けられ、だらしなく半開きになった口と興奮して紅潮させる頰からは、猜疑の感情どころか感動しか感じられない。

 その次に見えたのがケインたちパーティメンバーの五人と、ススンのはしゃぐ姿————まだナグルファルは姿を現していないのに、ススンのはしゃぎ様はベオルード団を率いる副団長というより、年相応の幼女にしか見えない。


 そして最後に視界に入ったのが、無表情を装いつつも腰に佩く刀剣を力強く握りしめ、上空の“黄金の門ヴァル・グリンド”ではなく、俺のことをまっすぐに見つめ続けている————ガルスデット・オライセンの姿だった。


 ガルスデット……剣聖サイクルスの友人にして元神殿騎士、そして現在はベオルード団副団長の子守役。

 何を疑う? 俺の剣技がサイクルスに憧れて修練したという下りか? あの狂戦士バーサーカーを師と仰ぐつもりはないが、殺し合うことでラース教皇国の剣技を学んだ————そこに嘘偽りはないぞ?


 距離が離れているため、ガルスデットは俺と視線が重なり合っていることを正確には感じ取っていないかもしれない。


 だがそれでも、時を追うごとに強まる猜疑の視線は殺意と怒気をまとい始め————。


 “黄金の門ヴァル・グリンド”が繋ぐ先より進み出てきたナグルファルが放つ、雷鳴の轟きによって霧散した。


「おぉ……」


 それまで騒いでいたススンも、ナグルファルの頭部を見た瞬間に言葉が続かなくなり、ガルスデットの視線も俺の〈真影シャドウ〉を無視できなくなっていた。


「まさか……これほど巨大な〈真影シャドウ〉を召喚できるとは……」


 胴体と同じ白銀の両翼を広げ、空を覆うほどに巨大なナグルファルの姿に誰もが言葉を失い、その威風堂々たる姿に恐怖した。


 船体全てを通過させたナグルファルは、ゆっくりと高度を下げていき、四つ足のかぎ爪を大地に立てて着陸した。


「準備完了だ。胸部搭乗口から乗り込んでくれ」


 絶句するススンと、再び飛空挺に乗れる喜びにニヤつくケイン達の元に戻り、壮行会の時と同じように、開放した胸元の搭乗口から乗り込むように声をかけた。

 俺が近づくことで、ガルスデットの視線から感じる不快な感覚は消え失せていた————いや、正確には隠されたのだろう。


 だが、俺を見る眼光の奥底には、隠しきれていない確かな感情————殺意をほのかに感じる。


 どうやら、僅かな会話の中でガルスデットは何か疑問を感じ、それが内なる怒りと静かな殺意に繋がっているのだろう。


「うぉー! 乗りてぇー!」

「ススンまで乗ったら、誰がベオルード団を指揮しますの?」

「それはガル爺がいるから大丈夫!」

「でも、乗ったら王都まで直行だと思うぞ」

「途中下車は不可能」

「王都へ向かう前に軽く周回するだけなら可能ではないでしょうか?」


 飛空挺に————ナグルファルに乗りたがるススンだったが、ケインやキーラたちの言う通り、乗れば行き先は王都だ。

 フレイヤは回遊を提案したが、俺が却下する前にガルスデットがススンの肩に手を乗せ————。


「————お嬢、危険です」

「えぇー? ちょっとぐらい、いいじゃないかガル爺!」

「好奇心で飛び込んだ虎穴の中にいるのが、幼い虎子だとは限りません————腹をすかせた母虎か、もしくはそれ以上の存在がいるかも……」


 ススンにだけ聞こえるように呟いたガルスデットの言葉に、ススンは首を傾げながらガルスデットを見上げていた。


「ススン、少しだけでも見ていかないのか?」


 飛空挺に向かって歩き始めたケインやフレイヤが、ススンの動向を気にかけて足を止めたが————。


「我々は結構、日が沈む前にシグル砦へ荷を運ばねばなりません。お嬢、遊びはそこそこにして、仕事に集中してもらいます」

「うぅ〜、しょうがない。ラグナ! 王都に遊びに行った時には必ず乗せてもらうからなッ!」


 ガルスデットを観察するため、少し離れた場所で様子を見ていた俺にススンが手をブンブン振って声を掛けてきた。


 それに軽く手を上げて応えつつ。


「対価はもらうからな」


 ススンの社交辞令とも思える言葉にも、魔族として言うべきことは言っておく。


 キーラやアオイたちもススンとガルスデットに別れを告げ、ゼクスに王都での再会を約束してナグルファルへ歩いていく。


 結局、最後尾でナグルファルへと足を向けた俺の背中に、再びあの視線が刺さった。


 だが、もう振り返って確認する必要はない。ガルスデットがススンに話した言葉も、足元で偽装していたヘリアルの聴覚を通して俺にも聞こえていた。

 これだけ情報が揃ってくれば考えるまでもない。ガルスデットは俺の正体————もしくはサイクルスとの関係について確固たる疑いを持っている。


 それが別個のものなのか、それともリンクして一つの答えを導き出したのか、これはもっと詳しく調べる必要がある。


「ヘリアルたちよ、ベオルード団とガルスデットを監視しろ」


 ネイサルとの戦闘で荒れた大地を元通りに偽装している小型ヘリアルたちの群れへ命令を出し、背後で無数の魔核の種プルトが紅く瞬くのを感じた。


 胸部開放デッキに足をかけて振り返り、遠く離れたベオルード団の姿をもう一度確認する。


 ガルスデットが何に感づいたのか、何に疑問を持ったのか————もしもそれが俺のミルズ大陸での生活を邪魔することに繋がれば————その対価、必ず支払ってもらう。


「部屋に案内する。厨房の場所も教えるが、食材は何もないからな」


 胸部搭乗口の上で待っていた五人を船室に案内しながら、他の主要な部屋の位置を教えていく。もちろん、入って欲しくない階層や機関部などの動力部には入って欲しくないのだが、それを直接口にすれば入りたくなるのが人族のさが


「他の部屋や階層に移る場所には鍵や隔壁を下ろしておくが、無理やり侵入するようなことはしないでくれよ。くすぐったくて飛空挺をひっくり返してしまうかもしれない」

「それは勘弁してほしいな」

「全くですの、誰かさんのように見てはいけない場所を覗いて墜落するなんて、勘弁してほしいですのよ」

「その通り」

「そうですね」

「あれれ〜? 何かおかしな方向に話が向かっていないかな?」


 三人の小娘たちに集中砲火を浴びせられているケインの姿を見れば、封鎖されている場所に無断で侵入することはないだろう。


 それでももし俺の期待を裏切るようなことがあれば————その時はナグルファルから強制的に降りてもらうしかないだろうな。


 たとえそこが空高く雲の上を飛行する、飛空挺の上であっても————。




*****




「拝啓、親愛なる我が友よ……突然の手紙に驚いたことだろうが、元気にしていただろうか。私は今、ブレイヴ王国の南で回収屋コレクターをやっている————」


 未開領域を飛び立った日の夜遅く————酒場で騒ぐ声も静かになったシグル砦の宿屋の一室で、ガルスデット・オライセンは一人個室で手紙を書いていた。

 蝋燭の明かりだけが揺らめく薄暗い部屋の中で、ガルスデットは癖なのか書く文章を声に出しながらペンを走らせていた。


「————実は、今日ペンをとってお前に連絡を取ったのは、一つ確認して貰いたいことがあるからだ。我らの親友……サイクルスの魔核マテリアルが今どこにあるか、あいつがヘイム大陸へ旅たった時に、三人で埋めたあいつの墓の下に、今もそれが埋まっているのかを至急調べて欲しい————」


 その個室の隅に————蝋燭の明かりが届かない闇の一角に、監視につけたヘリアルの紅い目がうっすらと光っていた。


 船室のベッドで横になりながら、視覚と聴覚をヘリアルと共有しながらそれを見聞きし、ガルスデットが何に反応したのかがやっと判った。


 あの時————ベオルード団が大型魔獣を回収しに来た時、俺はサイクルス所縁ゆかりのハンターから魔核マテリアルを貰い受けた話をした。


 どうやら、それが不味かったようだ。サイクルスは俺との決闘で〈真影シャドウ〉を使わなかった————正確には、魔核マテリアルだけでなく獣核ビストすら持っていなかった。


 剣一本で上位魔族を斬り伏せ続けた男、それが剣聖サイクルス・バルバティーレだった。


 さて……。


 ガルスデットは事の次第を事細かくに手紙へ書き記していた。俺の名前も、飛空挺についても書いている。

 剣聖サイクルス————その名声とは裏腹に、随分と友人の少ない孤独な男だったようだ。それが逆に“サイクルス所縁のハンター”という言葉に強烈な違和感を感じさせたに違いない。


「この事は誰にも知られずに調査して欲しい————相手はブレイヴ王国で四人目の飛空挺持ち、確証のない疑惑で騒ぎ立てれば、ブレイヴ王国とラース教皇国の間で戦争になるかもしれない————」


 その通りだ。


 飛空挺の〈真影シャドウ〉持ちにあらぬ疑いを掛け、その魔核マテリアルを取り上げるような事態になれば、王国は俺を守ってその要求をはねつけるだろう。


「それと最後に————これは何の確証もない憶測だが————彼が召喚した飛空挺の強大さは、他の三船とは全く違う————あれは魔獣そのもの、ドラゴンそのものだ。サイクルスと共に地龍や火龍を狩った我らなら一目で判る————あれは作り物ではない、本物だ」


 ほぅ、地龍や火龍はミルズ大陸でも何匹か確認されている大型魔獣だ。それを狩った経験を持つとは……ガルスデットの実力、少し見誤っていたか?


「————そしてそれを操るあの少年————彼は多分————魔族だ」


 手紙を書きながら呟くガルスデットの言葉をヘリアルが聞いた瞬間、俺の考えは決まった。


 そして飛龍戦艦ナグルファルは星明りに照らされる雲海を泳ぎ、王都アヴァリティアへとゆっくり飛行していった。







書き溜め分の投稿が完了したため、次回更新日は未定。

本業が多忙すぎて、あまりかけていないんですよね……。

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