第三十六話 ベオルード団
「よーし、そっち持ち上げろ〜」
「尻尾は根元で切断して積み上げろ! お〜い、こっちにもロープの予備を頼む!」
ネイサルの襲撃を秘密裏に退け、眠らせたケインたちが起き始めた頃に、呼び出した回収屋のベオルード団が到着した。
大型魔獣を乗せられるほど巨大な荷車を鳥獣型〈真影〉で引きながら現れた一団に、ケインやキーラは感嘆の声を上げて出迎えていた。
荷車の土台は木板を何層にも重ね合わせて強度を確保したものだが、車輪は巨大な鋼鉄製。とても自在に回転する重量には見えない。
〈魔法紋〉で補助しているのだろうが、魔力の波動はそれほど感じない。やはり、〈真影〉の膂力で引くのがメインなのだろう。
その巨大な荷車を引いてきた鳥獣型も、キーラの真紅の騎馬騎士に匹敵する大型の猛牛タイプ。
今は召喚を解除して休んでいるが、代わりに積み込み作業をしているのも大猿のような鳥獣型や巨象の鳥獣型など、膂力に自信のある力自慢たちが集まっているようだった。
だが、このベオルード団を率いてきた副団長————ススン・ベオルードの容姿は、力強さとは全く無縁————というか、ただの幼い小娘だった。
「ゼクス〜、今年はいい生徒が入ったみたいだな!」
「よぅ、ススン。少しは大きく成長したか?」
ゼクスと顔見知りなのか、ススンはゼクスの足に「うるせぇー、バカッ」と言いながら蹴りを叩き込んでいるが、どう見ても一二、三歳程度にしか見えないススンの体格では、蹴りが蹴りとして成立していない。
ゼクスも全く気にすることなく好きなように蹴られながら、ススンの頭をポンポンしながら笑い声を上げていた。
大型魔獣の積み込みは順調に進み、荷車に載せやすい様に手足や尻尾を斬り落とし、ロープで縛って固定しながら作業が進んでいく。
その積み込み作業にススンは全く関与していないのだが、実際の作業指示は随分と体格のいい老戦士の男が出していた。
あの男が実質的なベオルード団の別働隊を指揮する人物なのだろう。ゼクスと戯れ合っているススンは団長のマークス・ベオルードの孫娘らしく、祖父である団長と共に回収屋としての仕事を切り盛りしている————つもりらしい。
ゼクスはススンと話をしているが、ケインとキーラは積み込みを近くで見学、フレイヤとアオイは少し離れた場所からこちらを見ている第一学園の騎士科パーティの動向に気を配っている。
フレイヤの双子の兄であるユング・ミル・ブレイブがいたパーティとは別のグループの様だが、場所と関係を考えれば見られているのを無視し続けるわけにもいかない。
まぁ、口を半開きにして大型魔獣の積み込みを見ているところを見ると、本当に見学しているだけかもしれないが——。
さて、パーティメンバーがそれぞれ動いている中で俺が何をしているかといえば、ベオルード団の団員たちと共に積み込み作業中の周囲警戒を行なっている。
本来はベオルード団だけで行う仕事なのだが、学生パーティであり、魔獣狩りで大して働いていない俺が手伝いをしているというわけだ。
積み込み作業は二時間ほどで完了した。
「お嬢、作業が全て完了しました」
「おぉ〜、ガル爺お疲れ〜」
実質的なリーダー格であるガルスデット・オライセンが、ゼクスとススンのところへ完了報告に向かうのが見えた。
「いつも悪いな、ガル爺さん」
「それはこちらも同じですよ。ベオルード団の中でもお嬢の部隊を贔屓にしてくれる第七学園は、最高の上客ですから」
「今年の新入生はすごいぞ。魔核持ちが二人だし、一人は飛空挺に一人は王族。取引する回収屋は信頼できるところじゃないとな……それに、おいラグナ!」
周囲警戒をしながら横目で様子を窺っていたが、ゼクスが俺を呼ぶ声をあげた。それに釣られて、ススンとガルスデットの視線もこちらへ向いた。
周囲警戒の途中だが、呼ばれれば行くしかない。
「積み込み作業は終了したようだが、他に何か?」
「いや、お前にガル爺を紹介しておきたくてな————ガルスデット・オライオン、元ラース教皇国の神殿騎士であり、剣聖サイクルス・バルバティーレの唯一の友人と呼ばれていた剣士だ」
「剣聖と————?」
「随分と懐かしい名前を……この少年とサイクルスには、何か関係が? それに、今はお嬢を補佐するだけのジジイですよ」
「おいゼクスッ、こいつが飛空挺を召喚するんだろ? ドラゴンの形をしているって聞いたぞ?!」
剣聖サイクルスは俺の剣技の師匠だと、この南部遠征の最中にゼクスに話したばかりだった。実際には魔王レドウィンの首を取りに来たサイクルスと斬り結び、剣聖の剣技を身体中に刻み込まれ、その真髄を血肉に染み渡るほどに叩き込まれた。
「あぁ、ラグナの飛空挺は凄いぞ。とんでもなく巨大だし、ドラゴンの頭部は魔獣と見間違えるほどだ」
実際に魔獣であるサンダードラゴンの頭骨を利用しているし、外装も意識して残してあるからな。
「それに————ラグナは剣聖に……あ、憧れているらしくてな、剣技もラース教皇国の剣技を学んでいるそうだ」
「————サイクルスに? 本当かい、ラグナ君」
「あ、あぁ、幼少の頃より剣聖サイクルスに憧れ、魔核もサイクルス所縁のハンターから譲り受けた」
「それよりも飛空挺だろッ! 空を飛ぶってどういう感じなんだ? 鳥獣型の背に乗って飛ぶのとは違うのか?!」
俺との約束を途中で思い出して、憧れなどとゼクスは言葉を濁したが、サイクルスを知る者の前でその名を出されて少し驚いた。
だが、俺とガルスデットの間を駆け回るススンにとっては、かつての剣聖よりも飛空挺の方に興味津々らしい。
「俺は一度しか乗っていないが、鳥獣型よりもゆったりと飛行する感じだな、実際の速度はもっと速いのだろうが————」
ゼクスが駆け回るススンの頭を押さえつけ、壮行会で搭乗した時の話を自慢げに語り出した。
「ラグナ、積み込みが完了したから後は王都に帰還するだけですの」
「——帰りは飛空挺」
「第一学園のパーティがまた一つ増えました」
「あの“青騎士”が来る前に移動しようぜ」
ゼクスの話に歓声をあげるススンに、何事かと視線を向けながらキーラたち四人が戻って来た。
「そうだな、ここに長く残る理由はない」
「ゼクス、魔獣の回収代金はどうなるんだ?」
すぐにでも王都へ帰還したいケインだったが、その関心は他にもあったようだ。
「それは任せておけッ! 南部遠征時の回収代金は学園の事務所に預けることになってる。代金はそのあと王都で受け取ってくれ!」
ケインの問いに答えたのはススンだ。両手を腰に当てて全く起伏のない胸をはり、自信たっぷりに鼻を鳴らして受け渡し方法の説明を始めた。
一二、三歳程度の幼女といえど、回収屋の一部隊を率いるリーダーであることに変わりはない。
ハンターとの取引がどのように行われるかは、しっかりと把握しているということだろう。
「ケイン、遠征で得た報酬に関しては学園事務局を通して生徒に支払われる。本来の手順を踏まえれば、このまま回収屋のベオルード団とともにシグル砦まで戻り、そこの学園事務所で精算、代金帳を受け取って王都に帰還、第七の学園事務局で代金を受け取る————まぁ、そんな流れになる」
ススンの説明を補足するように、ゼクスが細かい手順を説明し始めた。
「だが、お前たちのパーティは少し特殊だ。今回の遠征では飛空挺を使わないはずだったが……色々あって帰還時だけ使うことになった。俺はこのままベオルード団に帯同してシグル砦に向かうから、お前たちは一足先に学園に戻って達成報告をしておいてくれ」
そう言ってゼクスは胸元から一枚の紙を取り出して、俺に差し出した。
「これはシグル砦の事務所で精算時にもらう課題達成証明書だ。未開領域への出発前に事務所でもらっておいた。俺の署名が入っているので、証明書として十分に認められる」
課題達成証明書を受け取り、ざっと目を通す。確かに、俺たち五人の課題達成を証明する署名が書かれている。
「判った。これは学園の事務局に出しておこう。だが、ゼクスをここに置いていくとなると、俺たちのパーティは遠征終了後、何をしていればいい?」
「確か……南部遠征が終了すると長期休暇に入るはずです」
「そうですの、二ヶ月の南部遠征後に一ヶ月の休暇、早く課題を終えたものから休暇に入りますのよ」
そんな日程だったか……リーデ任せにしていたから、しっかりと確認をしていなかった。
「ラグナの飛空挺なら帰りの日程も短縮できるし、さらに休暇の日数が増えるな! オレは工房に帰って、今回の遠征でテストした召喚銃の改良をするつもりだぜ。できればラグナ、お前にも手伝って欲しいくらいだ」
召喚銃の改良か————あッ。
「す、すまないケイン。お前たちが休んでいる時に、〈魔法紋〉を弄っていたら銃口が破裂して試作品を壊してしまった」
「何っ?! ラグナいつの間に————?!」
ネイサルたち襲撃者との戦闘で、召喚銃は俺の魔力を制御しきれずに破裂した。地形はヘリアルたちで誤魔化したが、これを直すのはこの場では無理だった。
「……しょうがない。親父には耐久性に難ありとも伝えておく、その代わり————休暇中に一度工房に来てくれよな」
ニヤリと口角を緩めるケインの表情に、俺はため息を一つ吐きながら了承した。
この対価は払わなければなるまい————それに、マグナート工房がどの程度の技術を持っているのか、確かめてみたい気持ちもある。
「おいおいッ! 今の話を聞くとだな、ここに飛空挺を召喚するのか? そうなのか?!」
話を聞いていたススンが俺の腰に張り付き、跳ね飛びながら目を輝かせて見上げている。
「別の場所に移動して召喚する理由はないし、ここなら着陸させても問題はないだろう」
「おぉッ! なら早く、早く見せてくれ!」
魔獣の積み込みが終わったのなら、確かにこの場に居続ける意味はない。「なら少し離れていろ」とススンを引き離し、背中に刺さる複数の視線をヒリヒリと感じながら、草原を歩いてより開けた場所へと歩き出した。




