第三十四話 召喚霊装
ネイサル・ガスト、それが学園統括委員会からの刺客として送り込まれた男の名前だ。
かつてはブレイヴ王国軍に所属し、ゼクスらと共にヘイム大陸侵攻作戦に参加。その後除隊して魔獣狩り(ハンター)に転職するも、気性の荒さと残忍な性格からパーティを転々とし、自然と似たような気性の犯罪者たちと連むようになった。
今では犯罪者の王国となった元ルクリア帝国を根城にし、ミルズ大陸の諸国を回りながら裏の仕事を請け負っている。
これが、魔戦騎のエイルに調べさせたネイサルの経歴だ。
俺を襲った刺客が学園統括委員会に雇われていルコとは想像がついている。
学園統括委員会のベケット委員以外に、俺の身柄を攫おうなどという人族はいない。エイルから聞いた経歴から、ネイサルはもっと下等な依頼を受けるハンター崩れかと考えていたが、どうやらブレイヴ王国の上流階級と太いパイプを形成していたようだ。
こうなると――。
「――武器専門店で出会ったのは偶然じゃないな?」
魔剣ローグの刀身についた土を軽く振って払い、剣先を突きつけてネイサルに問う。
「ふふん、俺の依頼主はお前がセブンズジェムの入学試験を受けた直後から目をつけていたらしいぞ。まぁ、そんな輩は他にも大勢いたようだがな」
「依頼主……か、それは学園統括委員会のベケット委員だろう?」
「ほぅ、知ってたか――あぁ、ゴーレムか。魔族の人形は害虫みたいにウジャウジャとそこら中にいやがるからな、どこかで聞き耳を立てていたか」
「それで、召喚を解除してどうする? 人族のお前が、魔族である俺と生身で戦うつもりか?」
その問いは、この状況とは全く別の理由で俺の興味を引いていた。
人族の身でなぜ召喚を解除したのか? 俺たち魔族と戦うために生み出した召喚という奇跡を、なぜ放棄するのか?
もしやこいつには、召喚とは別の何かがあるのか? その疑問に錬金術師としての血が密かに騒ぐ。
そして、ネイサルは確かにそれを持っていた。
「魔族が最強だった時代はもうすぐ終わる――この魔血の種でな!」
ネイサルが懐から取り出したのは獣核や魔核とは全く違う、蒼魔卵に似た真っ青な宝石――だが、遠目から見てもその宝石が内包する膨大な魔力の波動を感じ取ることができた。
ネイサルは左手に着けている手甲から自分の赤い獣核を外すと、代わりに魔血の種と呼ぶ青い宝石を嵌めた――そして。
「見るがいい魔族のガキよッ! これが人の手にした新しい力――“召喚霊装”だ!」
手甲に装着した青い宝石の輝きを見せつけるように腕を立てると――瞬く間に青白い靄が腕を覆い、突き立てた指先が獣のように太く鋭い爪を持ち、腕を伝って靄が体全身を包み込めば、ネイサルの肉体が風船のように膨張していく。
これはまさか――。
体格も骨格も目に見えて変化していく様子は、通常の召喚プロセスとは全く違うものだ。
ネイサルの体は二mを超える長身となり、全身を覆う装甲は魔獣を想起させる毛皮に覆われ、肩や背には雄々しいツノが伸びていた。
頭部は通常の〈真影〉と同じようにフルフェイスの兜に覆われているが、ネイサルが被っているのは明らかに獣の頭部を模したもの――。
『グゥゥゥワァァァ!!!』
そして、〈真影〉と似て非なるものを纏ったネイサルが獣の如く咆哮をあげた。
丘陵地帯を駆け抜ける咆哮に、思わず深いため息が漏れる――。
「ハァ〜、貴様……自分が何をしたのか判っているのか?」
顔を手で覆いたくなるような落胆を我慢しつつ、頭を軽く振ってネイサルの姿をもう一度よく確認する。
間違いない……あれは人の内面を具現化したものではなく、魔獣の暴威を無理やり纏ったものだ……。
方法は判らないが、肌にヒリヒリと感じる獣臭い魔力の波動、そして凶暴な欲望を剥き出しにした姿を見れば容易に見当がつく。
だが、今はその方法論よりも――。
『何を言う? この全身を巡る力と魔力の快感……〈真影〉を超える〈悪影〉の力、最高だ……最高の気分だァ!』
ネイサルは両手を広げ、天を仰ぎ見て再び吠えた。
「せっかく寝かしたのに、起きてしまうだろうが――吹き飛べッ!」
俺から視線を外した瞬間に一気に距離を詰め、体内の内包魔力を循環させて身体能力を強化し、地を割るほどの踏み込みからネイサルの腹部に掌底を叩き込んだ。
そして、衝撃と同時に風属性の純粋魔力を叩き込み、暴風を巻き起こしてネイサルの巨躯を吹き飛ばした。
『ウォォォ――ッ!』
ネイサルの巨躯———〈悪影〉は地面を転げながら森林地帯にまで吹き飛び、そのあとを追いながらゆっくりと歩いていく。
『我は命ずる――二指の理をもって顕現せよ、一つは静寂、一つは結界、森閑たる闇の結界を持って、魂の叫びを封じよ――無音結界』
森林地帯へ突っ込んだネイサルを中心に音を遮断する魔法を展開し、魔剣ローグの刀身が真紅に染め上がるほどに魔力を注ぎ込む。
このまま派手に魔法戦を続けていけば、フレイヤの双子の兄である青騎士のユングや、他の学生パーティを呼び寄せてしまうかもしれない。それでなくとも、こちらへ向かっている回収屋のベオルード団がいるのだ。
事態の収拾を即座に完遂せねばなるまい。
『このクソガキがぁー!』
“無音結界”の中に足を踏み入れると、ネイサルが森の樹々を殴り倒しながら怒り狂っていた。
『大人しく狩られていればいいものを……魔族のガキが調子に乗りやがって!』
そう叫ぶと同時に、ネイサルは足元の地面を爆発させるほどの蹴り足で突撃してきた。武器を持ってはいないが、両腕の手甲から三本の鋭い爪が伸びている。
荒々しく左右に跳躍しながら接近する様は、こちらの的を絞らせないハンターの経験からくる動きであろうが、魔獣の突進を思わせる猛進さとは釣り合わないチグハグさを感じさせる。
まだ未完成なのか? そう考えながらも、こちらも迎え撃つべく駆け出す。
そして“無音結界”の中央でネイサルの振り下ろしを魔剣ローグで防ぐ――。
——ほぅ、想像以上の力だ。
ネイサルの“召喚霊装”によって全身にまとった〈悪影〉は、召喚魔装の〈真影〉よりも遥かに荒々しい膂力を持っていた。
振り下ろしの一撃に、足元の地を割り脛まで地中に埋まる。
『切り刻んでやるわ————ッ!』
俺の動きを物理的に止めたネイサルの両爪が、荒れ狂う狂獣のごとく連続で繰り出される————それを魔剣ローグで防ぎ、弾き、受け流す。
鋼鉄よりも硬く、名匠の打った剣よりも鋭利なネイサルの三本の爪と魔剣ローグがしのぎを削り、ネイサルは尽く受け流されることが面白くないのか、その狙いを固定されている俺の下半身へと変化させた。
「小賢しいッ!」
その攻撃すらも魔剣ローグを回転させながら切り上げる————だが、ネイサルも熟練のハンターだ。この防御は織り込み済みだったらしい。
上半身を守るように踊っていた刀身が下半身に下がった瞬間————。
『今度はお前が吹っ飛べ!』
ネイサルは脚狙いの攻撃を弾かれた反動を利用し、流れるように膝蹴りを顔面目掛けて繰り出した。
二mを優に超える巨躯から繰り出された膝蹴りは、人であれ魔獣であれ、その首を容易にへし折り、吹き飛ばす威力があっただろう。
しかし、ネイサルの前に立つのは————元魔王である、この俺だ。
「ハァッ————!」
瞬時に爆発的な魔力の奔流を巻き起こし、眼前に氷の防壁を張ってその一撃を防ぐ————同時に、再び暴風を巻き起こしてネイサルの巨躯を吹き飛ばした。
『我は命ずる。四指の理をもって顕現せよ、一つは弾丸、一つは虚無、陣を複製し、連続行使――』
吹き飛ばしたネイサルは空中で体勢を整えると、“無音結界”の端で着地した。
『テ、テメェ……赤目だけじゃなく、赤髪だとぉ……』
魔族はその身に宿す魔核を活性化させて魔力を身体中に循環させると、外見に変化が起こる。
目の色が赤く————髪の色が赤く————その変化は活性化させるほど顕著に現れ、人族の間でも知られる変化は恐怖の対象でもあった。
中でも赤髪への変化は上位魔族の証明でもあり、〈真影〉一体で……〈悪影〉一体で倒せるような相手ではなかった。
突き出した右手の先に浮かぶ輪環魔法陣に四つの理を差し入れる俺の姿を見て、ネイサルの雰囲気が一変した。
『聞いてねぇ……聞いてねぇぞ……』
ネイサルの〈悪影〉が振りまいていた魔獣臭い荒々しさは消え失せ、怯える小動物のように恐怖する気配を漂わせて一歩、二歩と後退りしていく。
「俺が魔族と知り、この赤目赤髪を見た以上、貴様を生かして逃すつもりはないぞ」
ネイサルを追うように一歩、二歩と俺も前に進む————すでに魔法の準備は出来ている。
『……ハ、ハハ————ッ、考えようによっては、お前の情報はとんでもない高値で売れるはずだ』
俺との距離を測りながら、ネイサルの考えが逃げの一手へと完全に傾いたのを感じる。
だが、それをさせる訳にはいかない。
魔法を完成させる最後の文言を唱えるために魔核をさらに活性化させ、俺の赤髪は全身から溢れ出る魔力の奔流に逆立ち始める。
同時に、ネイサルも逃げるための秘策を実行すべく、左手に嵌めた青い宝石がより一層輝きを増していった。




