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第三十三話 刺客②




 中型の騎士型ナイト真影シャドウ〉の首を斬り飛ばすと、残された胴体は装甲の輝きが消え、色がくすみ、ボロボロと朽ち果てるように崩れ落ちていった。

 俺が踏み台にしている大鎚も、空気が抜けた風船のようにふやけ、俺の体重すら支えきれずに潰れてしまった。


 そして、崩れ落ちた〈真影シャドウ〉の後方に、大剣を構える大型の騎士型ナイト真影シャドウ〉が立っていた。


『こいつは驚きだ……まさか魔族がセブンズジェムに潜入しているとはな』

「それを知った以上、生きて逃げられると思うな」

『はッ、バカを言うな! 魔族を捕まえたとなれば依頼主からの報酬は倍額でもたらねぇ、このチャンスを目の前にして、逃げ出すわけ――』

『ぎゃぁぁぁぁぁぁ!』


 大剣持ちが俺をやる気になっている一方で、大型魔獣を挟んだ反対側から悲鳴が聞こえてきた。


『ちぃ、向こうにもいやがるのか』


 前方に立つ〈真影シャドウ〉の意識が叫び声に向いた隙に、その全身を観察して能力を見極める——先ほどの中型よりもさらに大きい、三mメラールほどの全長を持つ大型の〈真影シャドウ〉、細身で黒色の装甲には機動性の向上を目的とした噴射口らしき装甲がいくつも付いていた。

 その〈真影シャドウ〉の視線が悲鳴の聞こえてきた方へ僅かに向けられると、小型の騎士型ナイト真影シャドウ〉が吹き飛ばされ、地面を転げながら動かなくなるのが見えた。


 向こう側には俺が護衛として生み出したヘリアルがいる。特殊な能力は持たせずに、注ぎ込んだ魔力をシンプルに膂力と防御力に回した一体だ。

 大型魔獣の潰れた頭部の向こうからそのヘリアルが現れ、ゆっくりと歩きながら動かなくなった〈真影シャドウ〉へ近づいていく。


『もうゴーレムを配置してやがったか』


 目の前に立つ大型〈真影シャドウ〉が呟く。どうやら魔族の特徴である赤眼の他に、使役するヘリアルのことも知っているようだ――つまり、こいつはヘイム大陸に渡り、魔族を狩った経験を持っているということだ。


 意思を持たないヘリアルの赤い単眼が俺の姿を捉えて瞬き、足元で気絶している〈真影シャドウ〉をどうするべきかを無言で問う。


「――潰せ」


 問いの答えは一つしかない。呟くようにヘリアルに命じると、柱と見間違えるほど太い足が上がり、その影が〈真影シャドウ〉を包み込む、そして――。


『ま、待ちやがれ! そいつを殺ったら、この小娘の首を掻っ切るぞ!!』


 その動きを制止するように、後方から小型の騎士型ナイト真影シャドウ〉が声をあげた。


 視線をそちらに向けると、全身が刃物のように鋭利で細い装甲に覆われた〈真影シャドウ〉がフレイヤを抱きかかえ、首筋に腕と一体化している刃を押し当てていた。

 フレイヤは俺の魔法の影響で深い眠りに落ち、起きる様子はない。ぐったりと力なく抱えられ、その白い肌に凶刃を迎え入れていた。


 だが、ヘリアルが俺以外の言葉に耳を貸すわけがないし、俺も聞くつもりはない。


 制止の声など一切無視し、ヘリアルの巨脚が〈真影シャドウ〉の上半身を踏み潰した。


 グシャリ、と〈真影シャドウ〉の全身鎧が一瞬で踏み潰され、その衝撃で腰から分断された下半身が跳ね飛んでさらに転げていった。


『お、おまっ! この娘がどうなってもいいのか!?』


 フレイヤの首筋に刃を当てている〈真影シャドウ〉が絶叫するが、逆に目の前で大剣を構えたままの〈真影シャドウ〉は黙って事の成り行きを見ていた。


「最初から魔核マテリアルを奪って殺すつもりだったのだろう? それとも、仲間の命を乞う事で考えを改めたのか?」

『ふざけるなよ、クソガキ!』


 自分の言葉を無視されたことに激昂したのか、それとも仲間を無残に踏み潰されたことに激怒したのか、全身刃物の〈真影シャドウ〉はフレイヤの首筋に当てていた刃の先端を、今度は俺に差し向けてさらに吠えた。


『今すぐ剣を捨て、舌を出して両手を見えるようにしろ!!』


 ほぅ、頭に血が昇っている割には随分と的確な指示だ。


 魔族の使う〈魔法〉は、輪環魔法陣に理を差し入れることで完成する。つまり、詠唱とその手順を封じれば魔法の発動をある程度抑制することができる。

 過去を遡れば、捕縛した魔族の舌と指を切り落とし、魔法を使えなくする行為が流行ったこともある。


 実際には手首でも足の指でも理を灯すことは可能だし、無詠唱でも純粋魔力の結晶で人族に対抗することができるので全く意味のない行為だったが、それが広く周知されるまでは当たり前のように指や腕を切り落とされていた。


 しかし、それを知っているということは、やはり魔族狩りの経験がある者たちということだ。


「何を勘違いしているのか知らないが、俺に……魔族に人族の人質が有効だと、本当にそう考えているのか?」


 大型〈真影シャドウ〉をひと睨みし、まだ動く気配がないことを確認してフレイヤを抱える〈真影シャドウ〉へと近づいていく。


『と、止まれ! 本当に殺すぞ!』

「殺す気なら早く殺せ、俺は何も困らん。魔獣狩りの最中にパーティが半壊し、俺以外全員死んだ――そう伝えれば、セブンズジェムも疑うことはないだろう」

『――ッ?!』

「もしくは、生き残ったメンバーの記憶を魔法で改竄し、その小娘一人死んだことにしてもいい――どちらにせよ、俺をわずらわせた貴様は楽に殺さないぞ。体の自由を奪い、痛覚を増幅して指の先から虫に喰わせよう。それとも、仲間のように足からゆっくりと踏み潰していこうか? あぁ、ヘイム大陸に連れ帰り、人体実験が大好きな魔族にお前を差し出すのもいいな……きっと可愛がってもらえるぞ。寿命が尽きるその日まで、自我を失わず、狂気に飲み込まれず、自意識を維持したまま身体中を切り刻まれて実験動物モルモットになるがいい」


 フレイヤを抱えた〈真影シャドウ〉は俺が一歩近づけば一歩下がり、俺に差し向けた剣先は恐怖を隠しきれずに上下に激しく震えていた。


『カリスト、小娘を投げつけろ!』


 フレイヤまであと数歩まで近づいた瞬間、背後の大型〈真影シャドウ〉が突如動き出した。


 足元の土を蹴り上げ、大型にしてはいい速度で俺の背後に迫った――同時に、正面の恐怖に身を震わせていた〈真影シャドウ〉は、大型の指示を天の助けと言わんばかりに聞き入れ、フレイヤの体を俺目掛けて投げ飛ばした――が。


「守っていろッ!」


 ――投げつけられたフレイヤを受け止めて、わざわざ隙を晒すつもりはない。


 飛んできたフレイヤの脇に手を入れ、その勢いを利用して流れるようにヘリアルに向けて投げ飛ばした。

 同時に、背後から突き出された大剣と、正面で刃の腕を交差するように振る両〈真影シャドウ〉の攻撃を、魔剣ローグを地面に刺して支えにし、体が逆さまの状態になりながらも凶刃の上へと跳躍した。


『我は命ずる。一指の理をもって顕現せよ、引き寄せるは万物の祖、“重力球グラビティー”!』


 そして逆さまの状態でローグから手を離し、即座に魔法を詠唱して発動。


 俺の体があった場所を大剣と交差する刃が空振り、魔剣ローグの柄に出現した闇色の球体が俺たち三者の体を中央へと引き寄せた。


『ば、バカな……』


 刺客たちにしてみれば、お互いの距離を見切った上での挟撃だった――しかし、“重力球グラビティ”によってお互いが中心へと引き寄せられたことで、突き出された大剣は全身刃物の騎士型ナイト真影シャドウ〉の腹部を貫いていた。


 上に飛び上がった俺の体も“重力球グラビティ”に引き寄せられるが、軽やかに体勢を整えて魔剣ローグの真横に着地。


『チッ、使えない奴だ……魔族のガキィ、この損失はお前の魔核マテリアルだけでは足りそうもないぞ』

「損失……か、此の期に及んでまだ自分の益を望むとは……」


 “重力球グラビティ”の効果が弱まったところで地面に刺した魔剣ローグの柄に手を掛け、魔法の効果が完全に消滅したところで引き抜いた。


 大剣持ちの〈真影シャドウ〉も効果が消滅した瞬間に突き刺した大剣を横に払い、仲間の〈真影シャドウ〉を両断すると、胸部の噴射口から大量の空気を噴射し、その勢いを利用して一気に後方へと跳躍した。


『依頼主には悪いが、てめぇを連れて行く依頼はキャンセルだ。ここで狩りとってやる』

「〈真影シャドウ〉一騎で魔族を狩れると思っているのか?」

『普通じゃできねぇ話だ、普通じゃな――』


 大型〈真影シャドウ〉はそう呟くと、なぜか召喚を解いて素の人族の姿を露わにした。


 そして、その姿には見覚えが――この南部遠征に備え、王都で買い出しをしている最中に絡んできたゼクスと古い付き合いのあるハンター——ネイサルだ。




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