第三十話 狩り再開
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「――召喚魔装!」
森林地帯から再び丘陵地帯へと進み、アオイたちが〈真影〉を召喚し始めた。
キーラの〈真影〉は人馬一体型の紅い騎士型だったが、アオイの〈真影〉もまた、人族の倍ほどはある体躯に古風な鎧を着込んだ騎士型だ。
鋼鉄製の全身鎧に包まれたキーラや他の生徒の〈真影〉と違い、アオイの〈真影〉はもっと柔らかい材質で織り込まれた鎧で、顔を覆う面頬は鬼気迫る死神の風貌を現していた。
そして何よりも目を引くのは、背中から伸びるもう一対の手――計四本の腕を持つ人ではない人型の騎士であった。
あの姿にはやはり見覚えがある。ヘイム大陸に何度も侵攻してきた人族の軍勢の中で、ひときわ異彩を放っていた一部隊。
少人数ながら、全て同じ風貌の〈真影〉で揃えた部隊の異様さと、その練度の高さは今でも覚えている。
アオイの〈真影〉は両腰に二本ずつ刀剣を佩いていた。腰の武器の組み合わせだけが、死神の面貌を被る〈真影〉の個体差だったことをかすかに思い出す。
「オレも出すぜ、召喚魔装!」
キーラとアオイに続き、ケインも〈真影〉を召喚した。
ケインは左手を広げて地面につけると、そこを中心に大きな魔法陣が浮かび上がった。
魔法陣から何枚もの光の帯が立ち昇り、ケインの体を半球状のドームで覆うと――。
パキーーッン!
と硝子が割れるような音と共に半球状のドームが崩れ落ち、中から鋼鉄の装甲に覆われた巨象タイプの鳥獣型が座っていた。
女好きで口の軽い男――ケインの〈真影〉が鳥獣型だと知った時には驚いた。
人族の中で最も一般的で人気のある〈真影〉は騎士型だ。投影型は中途半端な創造で具現化されて能力が劣るものが多く、鳥獣型は特化型と言えば聞こえはいいが、サイズが大きいだけの器用貧乏になることも少なくない。
それに対してケインの鳥獣型は、防御能力特化型とも言えるぶ厚い装甲が特徴で、背中部分には人族を三人ほど乗せることが可能なスペースがある。
巨像型という四つ足動物がモデルのため、手に武器を持つことはできないが、鳥獣型を生かした攻撃手段はいくつか持ち合わせているそうだ。
『フレイヤとラグナはオレの背に乗ってくれ』
ケインが纏う〈真影〉の長鼻が伸びて俺とフレイヤをまとめて絡め取ると、振り落とさない絶妙なバランスで背中の上へと持ち上げた。
「きゃッ!」
「おぉっと」
ケインの背中は外から見た以上に広く、四方を装甲の防壁に囲まれて守りは十分。上から狙いをつければ、マグナート工房が試作中の召喚銃や弓で守られながら攻撃を仕掛けることもできそうだ。
『行きますのよ』
『――準備完了』
『いつでも行けるぜ!』
「ゼクス! 獲物は見えるか!」
前衛の準備が整ったところで、上空を旋回する鳳のゼクスに向けて声を張り上げた。
聴覚が強化されているのだろう。上空のゼクスは視線をこちらに向けると、旋回しながら高度を下げてケインの真上までくると、両翼を広げて滞空姿勢をとった。
『騎士科の連中は南西に行ったようだ。大型魔獣の姿はまだ見えないが、こちらは真南に向かってはどうだ?』
「そうだな、森林地帯との境界線を進みつつ、騎士科と距離を離して丘陵地帯を探索する。ケイン、南だ」
『おぅ!』
ゆっくりと立ち上がったケインの背中は高さが五mほどあり、小型サイズの〈真影〉から攻撃を受ける心配は殆どなさそうだ。
そしてそれは対魔獣戦でも同じだ。ケインを起点に縦横無尽に駆け回るキーラと、中間点でドッシリと構える四刀流のアオイ。
その後方でケインの背中から俺とフレイヤが召喚銃と弓で援護し、小型の魔獣を瞬く間に殲滅していく。
狩場を丘陵地帯へと移し、そろそろ遅めの昼食にしようかという頃、進行方向の丘の向こう側から、大きな魔力の波動を感じた。
「ケイン、止まってくれ」
「ラグナさん、どうかしましたか?」
「何か見つけたか?」
もうすぐ昼食にする予定もあり、内包魔力の節約も兼ねてゼクスもケインの背中で待機していた。
〈真影〉による飛翔は常に魔力を放出している状態に近く、長時間飛び続けることは難しい。度々地上に戻っては、休息をとっていた。
「丘の向こうに何かがいる」
『判りますの?』
「あぁ、〈魔法紋〉の勉強をしていたせいか、魔力の流れみたいなものが微かにだが感じ取れるんだ」
もちろん、俺が感じ取っているのはそんな些細なものではない。丘の向こうから感じる魔力の波動は、明らかに魔獣のもの。それも荒々しい暴威を纏った魔力――間違いなく大型魔獣のものだ。
「偵察してくるか?」
「……いや、もうすぐそこだ。キーラ! ちょっと見てきてくれないか?」
『よろしくてよ』
再び上空へ飛び立とうとしたゼクスを止め、すでに〈真影〉を纏っているキーラに偵察を頼む。
人族の召喚は〈真影〉を纏う瞬間に大きな魔力を発する。その波動を大型魔獣に感じ取られては、相手も見えぬ状態でこちらが奇襲を受ける可能性がある。
俺だけなら大丈夫だが、前に立つキーラやアオイがそれに反応できるかどうかは怪しい。
キーラは装甲に覆われた馬の後ろ足で足踏みをすると、手に持つ真紅のランスを構えながら早足で偵察に向かった。
そして丘の上にゆっくり進むと、すぐさま反転して戻ってきた。
『居ましたわ。トカゲ型の大型魔獣ですの』
その報告に、ケインたちから『おぉ〜』っと小さな歓声が上がる。
『寝ているのか、じっと動かずに目を閉じていましたの』
「奇襲を仕掛けるチャンスだな。キーラはフレイヤを乗せてアオイと共に奇襲攻撃を、一撃を喰らわせたらフレイヤを降ろして離脱。フレイヤは奇襲の隙に〈真影〉を召喚――見せてもらうぞ、お前の魔核タイプをな」
「はいッ!」
『了解ですの』
『――承知』
『オレとラグナはどうするんだ?』
「見通しの良い場所で待機だ」
『だと思った……』
奇襲作戦は決まった。
大型魔獣に対して、人の身のまま狩りに参加するのはあまりにも危険だ。そのための召喚銃でもあるが、大型魔獣の防御力と試射から感じる召喚銃の威力では、柔らかい眼球を狙い撃ちしても一時的に視力を奪う程度で、魔獣が持つ自己再生能力の前には無力だと考えられる。
『行きますの』
キーラの背中にフレイヤとアオイの〈真影〉が跨り、奇襲攻撃を仕掛ける態勢が整った。
『気をつけてな〜』
ケインが巨象の長いノーズを上げて送り出すと、キーラは腰に真紅のランスを構えて一気に丘を駆け上がった。
それを追い動き出すケインの背に揺られ、召喚銃の準備をして大型魔獣が見えてくるのを待つ。
効果が薄いとはいえ、何もしないわけにはいかないからな。
狩りに参加しないゼクスは〈真影〉を再び纏い、上空から周囲の偵察を兼ねて俺たちの狩りを見下ろしている。
ケインの進む先から爆煙が上がった。
キーラの先制攻撃が直撃したのだろう。魔獣の痛烈な叫び声が響き渡り、それに引き寄せられるようにケインの進む速度も上がる。
丘の上にまで移動してその先を見渡すと、全長二〇mは越えようかという大きな茶色のトカゲが、アオイの〈真影〉を追って大きな顎を振り回し、刺々しい強固な鱗に覆われた長い尾でアオイを追い回しながら地面を叩いていた。
だが当たらない――アオイは四本の刀剣を巧みに操り、大型魔獣の攻撃を往なしながら、その動きをコントロールするようにグルグルと大型魔獣をその場で回転させていた。
そして、少し離れた場所でキーラがフレイヤを下に降ろし、いよいよフレイヤの〈真影〉が姿を表す――。




